エピローグ

 第一次ロムズール会戦は、スクエリアの甲機精霊マキナ・エレメド、ガイアスの勝利で終わった。


 この戦いは歴史を大きく塗り替えるべき可能性を幾つも示唆した。


 帝国軍ではライオールが複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークルの運用に成功し、また機械幻獣同士を組み合わせた革新的な召喚獣を使用した。


 そしてそれ以上に衝撃を与えたのはガイアスとドラグアスの存在だ。

 新たな甲機精霊マキナ・エレメドを生み出す秘術。

 加えて甲機精霊マキナ・エレメド同士の融合合体。

 


 フラットラントにおける戦いの根底を覆しかねないものばかりだ。


 そしてまた、この戦いで主要な役割を演じた者たちはこれ以降のフラットラントにおいて重要なポジションを締めることになるだろう。


 帝国軍の将、ライオールはもちろんのこと。ゼッレ、アクエスという双璧。甲機精霊マキナ・エレメドの操縦者。

 幻獣軍団を率いたネスラム。

 孤高の召喚士、ハルキ。


 スクエリアにおいても、シュンタに次ぐ第二の甲機精霊マキナ・エレメドの搭乗者となったアリーチェはもちろんのこと、ナルミヤとミクスもこれからの時代を動かす力を持っていると言ってさしつかえはないだろう。


 そしてこの戦いに直接の関与はしなかったものの、間接的に大きな影響を与えたヒラリス。


 時代は彼ら、彼女らを中心として動いていく。

 第一次ロムズール会戦の終結は戦争、混乱の終結を意味しないのであろうか?

 それはスクエリアの新たな時代の幕開けでしかないのだろうか?




◇◆◇◆◇




「シュンタ。ご飯が出来ましたということですわ」


 アクエスの声に俺は振り向く。


「ああ、すぐ行く」


「何を書いてらっしゃるのですか?」


 アクエスが遠慮がちに俺の手元にある紙片に目をやる。


「日記と言うか……歴史書もどきというか」


 読まれて恥ずかしいというほどのものでもないが、じっくり読まれてしまうのもなんとなく嫌だったので俺はさっさと片付けて立ち上がった。

 まあ、この世界の文字で書いているわけじゃないからアクエスには読めないのだろうけど。


「今日の料理当番は誰だっけ?」


「アリーチェですわ」


「じゃあ期待はできないな」


「でもナルミアさんでも似たようなものかと」


 アクエスは遠慮がちに目を伏せた。このこもアリーチェとナルミアの料理センスの無さに辟易しているのだろう。


「いっそアクエスが作ってくれたらいいのに」


「でもわたしは……」


「お客さんだからな」


 アクエスの言いたいことは違った意味であるとわかっていてあえてそういう言葉を選んだ。

 アクエスは一緒に飯を食う仲になっているが、れっきとした帝国軍人でありその立場は今も変わらない。

 食事に毒でも入れられたら……と俺達が疑心にとらわれる可能性を配慮して余計な手出しを控えてくれているのだ。不味い飯に付き合ってくれているのだ。




 戦いが終わり、意識を失ったままのライオールはゼッレを筆頭とする帝国軍によって引き取られた。

 将を失い、またガイアスの持つ圧倒的な力を見せつけられた帝国軍にはもはや戦う意思は残っていなかっただろう。

 絶妙のタイミングでアクエスが敗北を認める宣言を出した。

 それを機に戦いは終わった。


 帝国軍は建設途中の要塞を放棄して退却。8割方完成していたそれを明け渡すということには不満も悔しさもあったろうが、ライオールの言葉が聞けない状況ではゼッレやアクエスの意見に従うしかない。

 さらに言えば抵抗したところで負け戦であることは目に見えていたというのも混乱や徹底抗戦を避けるのに一役買った。


 アクエスは、帝国軍とともに引き上げなかった。

 彼女は複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークルの破棄をスクエリアに対して要求し、それが確実に為されることを確認するための見届け人になることを望んだ。

 数日もすればスクエリアから騒ぎを聞きつけた仲間たちがやってくるという。

 そこで開かれた会議によってアクエスの要求を飲むのかどうかが決定される。

 それまでの間はアクエスは俺達と居場所を共にし、そうなれば敵であろうと区別をせずに食事の世話くらいはするのがアリーチェやナルミアの性格だ。


 そんなわけで、アリーチェ、ナルミア、アクエスと三人の美少女に囲まれての食事である。


「これはっ! 親子丼ねっ!」


「よくわかったわね、ナルミア。さっすが~」


「まったりとしてっ、仄かな酸味がっ、口の中に広がりっ!

 このサクサクとした食感のアクセントっ!

 美味しいじゃないっ!」


 とても親子丼を食べた後の反応とは思えない感想。

 食べてみると美味しいという以外は大体あってた。

 ともかく、卵も使ってなければ肉も入ってないからこれは絶対に親子丼じゃないと思いつつ、黙って黙々と食べるアクエスを見習って、栄養補給と割り切る。


「そろそろ誰かが来てもおかしくない頃なんだけど」


 アリーチェが言う。


「まあ帝国軍が残していった食料の備蓄もあるからのんびり待ってたらいいと思うけどっ。アクエスも別に急がないでしょっ?」


「ええ、わたくしのほうは……」


「誰がなんといおうと、複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークルはここにあるべきじゃないから始末はするつもりだけど。

 アクエスはそれを見るまでは帰らないのよね?」


「アリーチェさん達を信じてないというわけではありません。

 ただ……自分自身の中でのけじめというか……」


「まあね。すぐに消しちゃわない私たちにも問題はあるんだけど」


「そのことについては理解できます。

 あれを解析しておきたいという皆さんの考えも」


「でもっ! それを戦争に使おうってわけじゃないんだからねっ!」


「わかってますよ」


 ライオールの創り上げた複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークル

 それは強固で消去するのにも難儀する代物らしい。

 ただ地面に描かれた落書きなのだが、魔術的な力を帯びており普通に消しただけでは消滅しない。魔法陣の構造を解析して中和していくという作業が必要となる。

 アリーチェとナルミアの二人で出来ないこともないが、他のスクエリアの召喚士にも見せておきたいというのが彼女たちの要望だ。

 その構造を解析するということはそれを自分達でも使えるようになるということを意味する。

 が、アリーチェもナルミアもそのつもりは無いらしい。

 彼女らは機械幻獣という存在の有り方に疑問を抱いている。もっといえばライオールの方針自体に。


 幻獣であれば召喚者と心を通じ合わせて相互理解が深められる。

 幻獣にも心がある。だからこそ、戦争を行っていても手加減というわけではないが手心を加えることや幻獣同士の暗黙の了解とでもいうべき不文律で凄惨な状況には陥りにくい。

 それはこの世界の人間にとって、戦争に関わる人々にとっての希望であり免罪符なのである。

 が、甲機精霊マキナ・エレメドはともかくとして機械幻獣が戦争の主流になってしまえば。

 無味乾燥な、最後まで相手を叩きのめす壮絶な現実が待ち受けていることは想像に難くない。

 アリーチェもナルミアも、そしておそらくはアクエスも。そんな世界は望まない。

 どこかうかつで人間臭い彼女たちが、心を分かち合う幻獣とともに戦っているからこそこの世界はぎりぎりの一戦を超えずにいられていると俺も思う。

 それでも時には悲しみが生まれ、そして憎しみが連鎖していく。

 戦争なのだからといえばそれまでだが、だからといって無慈悲に卑劣にという方向へ進むことを助長する立場には立ちたくないのはここに居る全員の共通意識だろう。


 つまりは召喚陣を使うためではなく。次に使われた時に対抗する手段を得ておくために、あるいは二度と使用できないようにする対策を練るためにというのが破棄を遅らせている理由のようだった。


「できればもうアクエスと戦いたくはないなあ」


 俺は素直にただ思ったことを口にする。


「わたくしも思いは同じです。

 皆さんが和平を望むのなら、喜んで使者となりましょう。

 それもあってこちらに残ったという意図もありますから」


「そうよね。

 こんな要塞……」


 アリーチェが建築途中で放棄された大きな壁を見上げる。

 つられて俺達も同じ方向を見つめる。


 戦いがあるから要塞が必要になる。

 要塞があるからそこが戦いの場となる。

 どちらが先なのか。

 卵が先か鶏が先か……じゃないけれど。


 アリーチェの作ったどこに親子関係が生じていたのかさっぱり理解不能な親子丼の奇妙な味を思い出しながら俺はこれからのことを考えていた。

 アクエスに仲介してもらって和平交渉を行うというのが一番望ましい道だろう。

 アリーチェ達スクエリア側からすればまったくもってやぶさかではない方向だ。

 問題は帝国がどうでるのか。

 ライオールと言う奴は乱世で生きるのを喜びと感じているような人間だ。

 平和より戦いを望む。

 いろんな大義名分はあるだろうが、戦うために戦っている。生きるために戦いが必要な人間だという印象を受けた。

 それが誤りであってくれれば、あるいは彼を掣肘するだけの人材が帝国に居てくれればと切に願う。




◇◆◇◆◇




「ゼッレ。俺は負けたのか?」


 馬車の中で目を覚ましたライオールが問いかける。


「残念ながら。

 ロムズール要塞はスクエリアの手に墜ちました。

 ライオール様の召喚陣も解析の後破棄されるとのこと。

 アクエスはその立ち会いのために現地に残っております」


「ゼッレ。俺と二人だけの場だ。

 そうかしこまる必要もないだろう?

 俺は負けたのだ。優しくいたわってくれる存在が必要だ」


 ゼッレは顔を赤らめる。何も二人はそういう関係ではない。

 が、ライオールの言葉に違う意味を感じてしまう。

 ライオールとしては気心の知れた人間にごく普通に接してくれと頼んだだけであるのだし、ゼッレとしてもそれは十分に心得ている。

 それでも、尊敬するライオールに面と向かって言われると恥じらいにも似た感情を抱いてしまうのはゼッレの若さと素直さがそうさせるのであろうか。


「帝都へ戻って報告が必要だな」


「はい、ライオール様。

 そちらへ向けて進んでおります」


「進むか……。

 物は言いようだな。

 退却、あるいは戻っているというのが現実だ」


 ライオールは金髪を掻きあげる。その表情はもちろん敗戦の影響で沈んでいるがだからといって瞳の輝きの全てを失ったわけではない。


「ゼッレ。俺は決めた」


 それどころか、彼の瞳の輝きは一層増していた。


「スクエリアの甲機精霊マキナ・エレメドは二体。

 こちらの甲機精霊マキナ・エレメドも二体。

 数の上では同等だ。

 だが、こと戦力比で考えればどうだ」


「面目ありません。

 僕もアクエスも一瞬で撃破されましたから」


「とはいえ、機体が失われたわけではない。

 だが、それだけでスクエリアに勝てるかと言えば首肯はできかねる。

 そうであるならば……だ。

 我らはより強い力を身に付けなければならない」


「ですが、スクエリアは和平を申し込んでくるでしょう。

 この敗戦を受けて皇帝もその申し出に応じるという可能性は十二分に考えられます」


「皇帝か……」


 ライオールは吐き捨てるように言い放った。


 ゼッレの鼓動が早くなる。

 ついにその時が来たのかと。彼が薄々感じていた予感。ライオールの覇気。彼の覇道を歩むための翼が広げられたことを悟る。


「俺は決めたぞ。

 皇帝を倒し、帝国をわが物とする。

 そして最強の軍勢を作り上げ、スクエリアを併合する」


 ライオールはゼッレを見つめる。

 何を言えばいいのか。何が言えるのか。悩むまでもないことだった。

 ずっと前からこの時の到来を信じ、用意していた言葉がある。


「ライオール様。

 どこまでもついていきます。

 どんな高い場所にでも。

 ライオール様が望まれる限り」




 シュンタ達の思惑をよそにライオールの野心は燃え上がりを見せていた。

 乱世は争いが起きているから乱世なのではなく、それを好む力あるものが望むからこそ成立している。

 それを多くの人間が理解するまでにそれほど多くの時間は必要とされなかった。


 数々の思惑を乗せて、異世界は大きなうねりに飲みこまれていく。

 帝国歴198年。

 異世界の歴史がまた一ページ、一ページと刻まれてゆく。





                 甲機精霊ガイアス・第一部完

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