第10話 超越反射補助<HRSS>

 もとよりガイアスの射程――それは両手両足が届くごくごく短い距離だ――の遙か彼方から遠隔攻撃に徹するマーキュスは論外。


 ファイスの持つ槍という武装はガイアスとのリーチの差でいえば、手足で及ぶものでもないが、こちらのほうがまだ接近の芽がある。

 何度となくファイスへと特攻をかますも、そのたびにファイスはひらりと後退する。ガイアスとの距離を保つ。

 そして、リーチの差を活かして地味に攻撃を加えてくる。

 著しい疲労や倦怠感など魔力を消費しているという実感は伴っていないが、そもそもにして二対一。

 我慢比べをしていれば、いずれ先に魔力が枯渇して動けなくなるのはこっちのほうだという未来予想図。


 アリーチェだっていつまでハルキの攻撃を躱し続けられるかわからない。

 視界に入るアリーチェ対ハルキの戦いは一進一退の攻防……ではなく、明らかにアリーチェが劣勢だった。

 助太刀したいのはやまやまだが、それを許すライオール、アクエスではないだろう……。

 と考えて……はたと閃いた。


 ガイアスの接近許すまじというファイスやマーキュスの戦術は、戦術的にはもっともで熾烈――実際に俺のストレスは徐々に蓄積され不満が声となって出ていく――なものだが、戦略的にはどうであるのか?


 これってば……。

 思いついてみれば単純なことだった。

 ファイスとマーキュスの攻撃は執拗だが致命――脅威――ではない。

 そして、俺がファイスとマーキュスに近づこうとすれば相手は距離を取る。

 なぜならガイアスには徒手空拳の格闘以外に手段がないから。

 そして相手は少しでも攻撃を食らうリスクを抑えようとしている。パンチもキックも投げ技も食らいたくない。


 この状況は……俺は極端な劣勢を強いられているとばかり思い込んでいた――そしてそれは視点を極致に限って見れば妥当な分析だろう――が、例えばここで。

 俺がハルキへと目先を変えて向かったところで。

 ファイスもマーキュスも俺の進行を止める手立てはない。

 俺の行動を制限しようとすれば、自らの機体をもってせねばならないわけで、それは今の戦術――ガイアスとの距離を取って消耗を強いる――と相反することになる。


 ならば。


 ハルキとアリーチェの戦いに割り込んで助力できればそれもよし。

 ハルキと会話を交わすチャンスも得られる。一挙両得。

 はたまたライオールあるいは、アクエスが甲機精霊マキナ・エレメドを壁として俺の針路を塞ぐなら。

 現状、俺の劣勢の一番の理由であるガイアスとの距離が失われることになる。

 それはそれで結果オーライ。活路が見いだせるかもしれない。

 今度はパワーボムでもお見舞いしてやろう。


 思い立ったら即実行。相手に気取られることを心配するまでもない。


「ハルキ!」


 ガイアスをハルキの傍へと走らせる。


「おいおい! おっさん! そいつの相手はアクエスとあんたで引き受けてくれるんじゃなかったのか!?」


 ハルキは不満を漏らしつつも、アリーチェへの――さして効果の見込めないガイアスではなく――攻撃を緩めない。そうしつつもガイアスを警戒し始める。


 ハルキは――おそらく――異世界召喚時にチートを得ているとはいえ生身の人間だ。と思う。

 捕まえてしまえば、ハルキとナルミアでの交換という状況、交渉が出来るのではとガイアスを駆るが、どうにも力加減がわからない。不安だ。

 誤って――握りつぶしでもして――死なせてしまえば後悔どころではなく、そしてその可能性は十二分に考えられる。

 じっとしていてくれればまだしも、動き回る人間に危害を加えずに捕獲するなどという繊細な動作はさすがの甲機精霊マキナ・エレメドでも困難を伴う。


 が、ハルキの気を逸らすことには成功した。

 ガイアスから逃げ惑うハルキはアリーチェへの攻撃の手を緩めざるを得ない。


「アリーチェ!」


 俺は叫んだ。

 今なら、ナルミアを救出する隙がある。その意図を伝えるために。

 が、敵も馬鹿ではない。


「ここは通しませんわ!」


 マーキュスが飛竜の行く手を阻んだ。


 これはまずい。

 ガイアス対ファイス&ハルキはまだしも、アリーチェ(の乗る飛竜)VSマーキュスでは勝負にならないだろう。


「あっ、そうか……」


 言いながら、俺はガイアスの針路を変えた。俺自身がナルミアの救出に当たればよかったという今更の事実に気付きながら。


「そうはさせん!」


 ライオールファイスが、行く手を阻む。


「どけよ! おっさん!」ハルキの呼称を借りて。


「卑怯者め!

 取引に応じないばかりか、取引材料を力ずくで奪い返そうなどと!」


 ライオールが批難するが、


「知るか! 卑怯は異世界人の専売特許なんだろう?

 そもそも人質作戦が道徳ぎりぎりっていうじゃないか!?」


「ぐギっ」


 ライオールが黙った。だが、数瞬の間をおいて、


「双方に告ぐ! 一旦、戦いは中断だ。

 提案がある」


 その声に、ハルキもアリーチェも、マーキュスもそして俺自身ガイアスも動きを止めた。


「何が提案だ?」


 不審に思いつつもライオールの言葉を待つ。


「召喚士道に基づいて、この決着をつけるのなら。

 ガイアスの乗り手、シュンタへと申し込む。

 一対一の決闘だ。

 万一お前が勝てばナルミアの身柄は間違いなく返還しよう」


「で、万一俺が負けたらガイアスを返せってことだな?」


「そういうことだ」


「どうするアリーチェ?

 悪い話じゃないだろうし、信じてもいいんだろうな?

 ライオールの話は」


「約束を違えることはないでしょうけど……」


 アリーチェの口調には言外に俺がライオールに後れを取る可能性への懸念が込められていそうだった。


「心配すんな。負けやしねーよ!」


 それだけ伝えながら……。


 先手必勝!! ガイアスをファイスへ向けて走らせる。


「その話乗った!」


 と、宣戦布告も忘れずに。


 マーキュスからの攻撃はそもそも嫌がらせにしかなっていなかったし、アリーチェがハルキにやられるのを防ぐこともできた。


 この決闘を提案したライオールにどんな意図があったのかわからないが、状況は俺に味方したような気がする。


 が、


「馬鹿の一つ覚えが!」


 とライオールは片足タックルに行ったガイアスをバックステップで躱す。


「我慢比べでもしようってのか?

 それとも、このまま追いかけっこに興じたいなんてのが望みじゃないだろうな?」


 と俺はライオールを挑発気味に煽るが、


「ふん。武装も使えない素人め。

 調整に手間取ったが……。

 甲機精霊マキナ・エレメドの持つ真のちから。

 その一端を見せてやろう!

 陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノン!!」


 ライオールが叫んだ瞬間に、ファイスはその手に持つ武装を換装していた。

 紅い槍から、同じく赤系……赤褐色のどう考えてもライフルとしか思えない武器へと。

「食らえ!

 陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノン!!」


 いちいち発射の度に技名叫ばなけりゃならないってルールでもあんのかっ!?

 などと突っ込みを入れる暇もなく。


 ファイスのライフルから発射されたのはまさしくビーム!

 異世界のロボットにビーム兵器が搭載されていたなんて……!!!!


「アリーチェ!

 ビームあるじゃんかよ!!」


 躱すことはままならず、ビームがガイアスの装甲へ到達する以前に身じろぎすることすら叶わず。

 左腕に鈍い痛みを感じながら、意味も無くアリーチェに毒づいてしまった。


 弐射目が来る!! 本能でそれを悟った俺は、ガイアスをファイスへと突進させる。

 遠距離武器を装備したファイスに対して武器を持たないガイアスでは分が悪いが、どっちにしろこっちには接近戦しかない。


 漫画やアニメで得た知識を動員してジグザグの軌道をガイアスに取らせる。


「させん!」


 ファイスから放たれた熱線が、ガイアスの後方へ着弾して地面が爆ぜる。


「卑怯だろうがなんだろうが!」


 俺は、素早く身をひるがえし、ガイアスのポジションを変えた。


 ファイスから見れば俺の後ろに、まさに直線上にマーキュスが来るように。

 俺に直撃すれば問題ないが、仮に俺が躱せばビームはマーキュスへと当たる。

 卑怯な戦法だとは分かっているが、味方への攻撃フレンドリーファイアの可能性があればライオールが如何に射撃に自信があろうとて――このライフルはついさっき初めて使用し始めた武器であるためにその可能性は低いが――、躊躇なく発射することはできないだろう。


 その一瞬のためらいがあれば十分。


「くうっ!」


 俺の意図に気付いたファイスがライフルを降ろす。

 この場合、陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノンとやらに、銃剣のように接近戦用の攻撃手段を併持していなかったことが幸いした。


 すぐさまファイスは武器を槍に持ち変えるが、ガイアスがファイスに体当たりをかますほうが先だった。


 一瞬の隙をついて、ついにガイアスはファイスへと一撃を食らわすことに成功する。

 が、ここで気を抜けば折角作った好機は失われる。

 ライオールが申し出た一体一のためにさっきのようにマーキュスのカット(同胞を救うためにタッグマッチなどでパートナーが乱入すること)が入ることは考えなくていい。


 ゼッレが搭乗していた時は、いわば相打ち狙い――あの時は知らなかったが――のストンピング攻撃――こちらも魔力を相応に消費する――で勝ちをもぎ取ることができたが、このライオール。魔力量はゼッレを凌駕しているかもしれない。


 ならば! と、俺はファイスを引き起こして背後に回る。そのままフルネルソンに捉えて後方に投げ捨てる。


「ドラゴンスープレックス!?」


 ハルキの声だ。解説サンクス。しかし、ただのドラゴンではない。投げっぱなしである。


 ファイスとガイアスの弐機が続けざまに地面に落下したことによって振動と爆音が生身の人間たちを襲う。


 よろよろと立ちあがったファイスの腕を取り柔道技の『腕返し』を敢行する。いわばドラゴンスクリューの腕版の技。

 しかも、相手を投げることを目的とするのではなく関節の破壊を狙った逆関節を取った禁じ手(柔道ではルール違反)だ。


 漫画で得た技がぶっつけ本番でできるとは。

 どうやら、ガイアスの動作には俺の身体能力がそのまま反映されるのではく、俺が思い描いたイメージ道理にモーションをサポートしてくれる機能があるようだ。

 と今更ながらに気付く。

 勝手に『HRSS』とその機能に命名する。

 今の俺なら、サマーソルトキックだって、シャイニングスタープレスでもムーンサルトプレスでも実行できそうである。しかもコーナーポスト無しでだ。


「もう一丁!」


 俺は、ファイスを引き起こし、温存していた最終兵器、パワーボムの態勢に持ち込んだ。


 が、そのもくろみは不発に終わる。


「ライオール様! 申し訳ございません」


 マーキュスがいつの間にかガイアスのすぐ脇に居た。

 そのまま足を取ってもちあげられる。

 効果はてきめん。片足を取られたガイアスは、バランスを崩して倒れ込む。


さし・・の戦いじゃなかったのかよ!」


「だって、ライオール様の、ファイスの腕が……」


 アクエスの言葉に、ファイスに目を向けると、肘関節がスパークをあげながら、あり得ない方向へと曲がり、肘から下はぶら下がっているような状態だった。


 ちょっとやりすぎた? これって搭乗者の体へも同じだけのダメージがフィードバックされるなんてことは……ないよな? だとしたら後味が悪い。

 いくら真剣勝負だとはいえ、後遺症は残したくない。


「わかった、わかった。TKOそういうことでいいだろ?

 えっと、つまりはそっちが降参ってことだ。

 そもそも、一対一の決闘に割り込みいれたんだからルール違反で負けってことなんだから」


 と俺は戦いの決着を望んだ。


 が、アクエスはそれでは納得しない。


「ナルミアは約束どおりお返ししましょう。

 召喚士の精神のメンツにかけて。

 ですが……、今度はこのマーキュスを賭けて。

 わたしが新たに決闘を申し込みます!」


「アクエス……それは……」


 ライオールがアクエスを宥めようとするが、


「ゼッレが破れ、そして卑劣な手段を使われたとはいえライオール様までが破れ。

 このままでは帝国の威信は地に落ちます。

 脅威の尖兵たるはガイアス。

 不安の芽は早めに摘んでおくほうがよろしいでしょう。

 それともライオール様?

 このわたしでは、マーキュスではガイアスに勝つことはできないとお考えですか?

 ご存知のはずです。マーキュスのアシミレーションレベル第弐段階の武装の力を。

 蒼洋のアクア苦無ニンジャナイフとは比肩するまでもないその威力を……」


 アクエスはきっぱりと自分の意思を表現する。


『アシミレーション』って奴がよくわからんが、シンクロレベルみたいなものか。

 ニンジャナイフという武器の名称が若干ひっかかりもしたが、どうやらファイス同様にアクエスも奥の手を隠し持っているようだった。


 わっとどうゆうどう!!


 どうする俺? アリーチェを仰ぎ見る。


「シュンタ。ナルミアは返してもらえるんだし、マーキュスと戦うことに意味はないわ。

 ここは、大人しく、この戦果をもって成果としましょう」


 ナイス判断。まさしく大人の意見。合理的でかつ明快。

 そう、目的はナルミアの奪還だ。

 それが成就ったのならば、これ以上を戦うことに意味はない。


 理性ではわかっている。それに女の子を――如何に甲機精霊マキナ・エレメドを通した戦いであったとしても――痛めつけるのはちょっと気が引ける。


 ここまでのライオールの様子を見る限り甲機精霊マキナ・エレメドが破損しても搭乗している召喚士自体に――魔力消耗以外の――ダメージが振り注ぐわけではなさそうだが。


 気後れはする。今の段階で目的は果たせた。これで良いとささやく声がする。

 だが、マーキュスの持つ力を見たいと考える俺が居た。

 その力とガイアスでどこまで戦いたいかと望む俺が居た。

 戦いを望んでしまう俺が居た。


 戦いの興奮を喜びと感じ始めていた俺が居た。


 すべては、ガイアスが与えてくれた俺のイメージ通りに体が動くと言うその性能。

『HRSS』

 その魅力。

 その力をもっと試してみたい。


 その欲求には抗いがたい。


「すまん、アリーチェ。

 なんだか、わくわくしてきちまった。

 だから、この申し出。

 断る理由なんてどこにもねえ!」


 意味も無くガイアスを失うというリスクを背負うことを選択した俺をアリーチェは諦めたような表情で見つめるのだった。

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