シルバーブレイブ ~元勇者の後継育成物語~

東利音(たまにエタらない ☆彡

第1話 継剣の儀

 


 継剣けいけんの儀が行われようとしていた。


 継剣の儀というのは、先代の勇者から次の勇者に向けて、聖剣を譲り渡すという由緒正しい儀式である。

 譲り渡すといっても手渡し、直接というわけではない。

 本来であれば先代の勇者が没してから何百年もの時を経て行われる儀式であり、その目的は倒しては復活を遂げてくる厄介な魔王に対抗するために新たな力を新勇者へと継承するためである。


 つまりは、儀式が行われるということは魔王が復活を遂げたということを意味している。この国の神官が微弱ながらも魔王の波動を検知したのだ。

 それによって新たな勇者を擁立する必要が生じた。


 だが、今回の儀式は多分にイレギュラーな要素を含んでいる。

 先代の勇者であるアズマがまだ存命、つまりはまだ生きているということ。彼はその他の群衆に混じってこの場で儀式を見守っている。

 そしてもう一つの不安事項は新たに勇者として異世界から召喚された若者が、やる気のないダメ人間だということだ。


 その新たな勇者の名はタツロウ・ヨシダと言い、先代勇者であるアズマと同じ地球のしかも日本から召喚された若者である。

 タツロウを異世界に召喚した儀式で彼は驚いた風でもなく、飄々としていた。

 その堂々たる立ち振る舞いに初めのうちは、期待が高まったが、その期待は急激にしぼんでいった。


 なんでも、タツロウは日本で『ニート』という職業に就いていたらしい。

 アズマが日本で生きていた頃には無かった職業であったが、よくよく聞いてみるとそれは職業でもなんでもなく、働かずに家でゴロゴロ過ごすことを意味するということであった。


 召喚されたタツロウは、その日本での暮らしぶりを変えようとはしなかった。

 彼は、剣術の修行はもちろん、魔術の修行も断わりつづけ、日がな一日ゴロゴロしていたのである。

 食べては寝て、侍女にちょっかいを出し、精々暇に任せて書物を読み漁るぐらいが唯一目を覆わずに見ていられるぐらいの暮らしっぷり。


 それでも、人々は喚びだした勇者にすがらねばならない。魔王の脅威に対抗できるのは勇者だけなのだから。


 ローライダム王国の王、ジャルク王が、いわば既成事実を作る名目で継剣の儀を強引に執り行うことになった。

 外堀を埋めればさすがのタツロウのやる気になるだろうという算段である。


 タツロウや王を始め、主要な人々は王国でも王城の次に重要な施設だと言われている大神殿の大広間に集められた。

 王家からは、ジャルク王はもちろんその親族たち。

 王家に仕える様々な役職上位の者たち。その多くは貴族である。

 神殿を守護する大神官や神官など。

 そして、先代の勇者であるアズマの姿ももちろんあるのである。


 一般人からすれば恐縮しきりな位の高い数多くの者の前で、タツロウは背を曲げて突っ立っている。猫背だ。

 普段の彼を知るものとしては、鼻をほじっていない分だけまだ場をわきまえていると言えるだろう。


 確かに、長々と続く大神官の宣言、宣誓などは誰にとっても退屈ではある。

 それでも、世界を救うという大役を背負わされることを考えれば、かつてのアズマなどはしゃんと姿勢を正して聞いていた。


「というわけだ。タツロウ。

 ローライダム王国に伝わる聖剣ホシクダキ。

 これを受け継ぐことでお前は真の勇者となるのだからな」


 若干砕けた口調でジャルク王が、タツロウへと言葉をかける。

 王はまだ若く――御年9歳のまだまだ子供――、威厳を含んだ口調を取ろうとして良く失敗している。

 それにしても、返すタツロウの言葉には遠慮も畏怖も敬いもまったく含まれていなかった。


「まあ、貰えるもんは貰っとくけどな。

 だからと言って、城を出て魔物や魔族と戦うなんて御免だから。

 それだけは先に行っておくぞ」


「この痴れモノが……」

「一体これから世界はどうなってしまうのか……」

「ああ、嘆かわしい」

「こんな奴はさっさと野垂れ死んだらええんや、ほんで次の勇者様に期待をすべきなんや」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で周囲からどよめきが起こる。

 中にはあてつけのようにわざと声を高めているものもいるが無理もないだろう。

 誰しもがタツロウの態度をうとましく思っているのだ。


「まあ、そういうな。

 まだお前には勇者としての自覚が乏しいんだろう。

 聖剣の力を得ることで、気持ちが変わることを期待している」


 王は毅然きぜんと言い放った。


 それを聞いてタツロウは、だらだらと、心底嫌そうに聖剣が突き立てられた石造りの土台へと近づいていく。


 聖剣を手にすることが出来るのは勇者のみ。

 であるからして、ここにある聖剣はアズマが役目を終えた時――すなわち魔王を討伐せしめた際――に突き刺したものだった。いわば返還である。


 魔王討伐という大業たいぎょうを成し遂げた後、聖剣自体にも休息が必要となる。ほぼ使い切った力を再び取り戻していくために。

 今までは短くても百年以上の間を開けていたのであるが、今回はインターバルが極端に短く、聖剣が再び力を取り戻しているかは議論が分かれている。


 それでも、魔王が復活してしまった今となってはその力にすがるしかないのがこの世界の人間のおかれた現状であるのだ。


「聖剣を抜くだけの簡単なお仕事……っと」


 ぶつぶつ言いながらタツロウは聖剣に手をやる。


 一同が固唾かたずを飲んで見守る中で……。


「なんだ、これ? 固くて抜けねーんだけど?」


 と振り返ったタツロウが言い放つ。


「そんな馬鹿な?」


 今度は、大きなどよめきが起きた。


「やはり、勇者召喚に失敗したのか?」

「確かに、前回の勇者召喚から50年と経っていない」

「聖剣の力が戻っていないということも……」


「ちょっと、アズマ?」


 ふいに、ジャルク王がかつての勇者の名を呼んだ。

 既に勇者からは退しりぞいた身。

 先代の勇者アズマは、今はただの王国の顧問でありご意見番としての役割を背負わせられているものの、60手前の隠居じじいである。


 が、彼にも元勇者としての矜持は残っているし世間体もある。

 王に対する口調を普段とは変えて応える。


「はっ、なんでしょうか?」


「えっとね、抜くときのコツとかそんなのあったっけ?

 心構えみたいなやつ?」


「特に記憶しておりません。

 触れると自然と剣が語りかけてくるような感覚があり、その力が自分の中に流れ込むという経験をしたのは覚えておりますが」


 これは半分嘘を交えた説明であったが、真実は口止めされているためにありのままに伝えるわけにはいかなかったのである。

 だから言葉を濁しているのだが、新しい勇者が聖剣に認められたのであれば理解できうる範囲での内容は含ませていた。


「だって、じゃあもう一回やってみようよ」


 とジャルク王はタツロウに促した。


「しゃーねーな……」


 とタツロウは再び剣のつかに手をやる。


「どうだ? 聖剣の声が聞こえるか?」


 王は再びタツロウに問いかける。


「もしもーし、聖剣さーん? 聞こえますかー?」


 タツロウはそれに応えずに失礼とも思える言葉を聖剣に対して放つ。


『ふえっ? もう朝なの?』


 ふいに、アズマの頭の中に声が響いた。

 懐かしさに一瞬目頭が熱くなる。


 もう何十年も聞いていないかつての仲間。ともに魔王を倒した同志の一人。

 忘れようもない相手なのだ。


 アズマはその相手に心の声とでもいうべき念話で問いかけた。


『ほーちゃん……なの……か?』

『あれ? アズマなの? どういうこと? 次代の勇者じゃない?』

『儂の次の勇者ならお前の目の前におろうが?』

『ああ、確かに居るね。頼りなくて小汚いのが。でもボクこの人嫌い。ってか勇者の資質なんてないじゃん?』


 ほーちゃんというのは聖剣ホシクダキの愛称だ。剣が意思を持っているというのは本人から口止めされており、アズマとその限られた仲間にしか伝えられていない。

 先代の王にはそれとなく漏らしていたが、今現在国を支えるジャルク王はまだ知らない事実である。

 それというのも、それをばらすかどうかはほーちゃん本人と新しい勇者に任せるという方針をとろうと考えていたからなのであった。


 それはともかく、タツロウに勇者の資質が無いというのはどういうことだろうか。

 アズマは、再びほーちゃんに問いかけた。


『タツロウは勇者召喚によって喚びだされたのじゃぞ。

 資質がないなんてことはないはずじゃ。

 それよりも、お主の力は戻っておるのか?』


『あー、それね。正直なところ完調までには程遠いかな。

 でもなんだかいろいろ複雑みたいだね。

 ちなみに言うとこうやって話ができるってことはボクとアズマの接続リンクも切れてないみたい』


『どういうことじゃ?』


『うん、面倒だからはしょるけど、ボクの所有者は今のところアズマだよ』


『なに?』


 その事実は驚きではあったが、それよりも今のこの場を治める方法を探らねばならない。アズマはほーちゃんからの情報をなんとか引き出そうとする。


『その所有権を移譲、今目の前におるタツロウへと引き渡すにはどうすればよいのじゃろうか?』


『それはわかんないんだよね~。こんなに早く目覚めたのも初めてだし、目覚めた時に前の勇者が生きてたこともなかったし。

 今までは起きた時には既に前の所有者の情報がリセットされてたから』


『ふーむ……』


 アズマは考え込んでしまった。周囲の喧騒を他所にである。

 周りでは王を含めた面々が倦厭諤諤と言い争っているようではあるが。


「ほらみたことか!? なにが勇者召喚だ。そいつは力も資格もないろくでなしではないか?」

「そもそも魔王の復活が早すぎた。召喚陣に十分な魔力が蓄えられていないのを無理やりに儀式を行えと指示したのは……」

「それでも出来る限りのことはやるというから、承認したのであろう!」


 派閥としては神官たちと、政治を司る貴族たちの間でもめている。責任転嫁の醜い押し付け合いが勃発している。


「いや、言い争いは後でしようよ。

 それより今どうするかでしょ?」


 王が一同を黙らせる。さすがに王直々に言われてはそれ以上騒ぐ人間は居ない。

 だが、代わりに意見を述べるものもおらず、しーんと静まりかえってしまった。


「じゃあ、話がまとまったらまた呼んでくれよ。

 ちょっと小腹がすいたから何か食べてくる」


 タツロウは、そう言って出て行ってしまい、止めるものは居なかった。一同呆れ果てていたのであるし、そもそも期待していないという面もあった。


 確かに今回の継剣の儀は、長い歴史の中でも特別な状況にある。

 だが、ほーちゃんからの話を聞く限りにおいては、一番の問題はアズマにあるようである。

 少し考えて多少はまとまった考えをほーちゃんにぶつけることにした。


『なあ、儂が死んだとしたら、聖剣の所有者を変更することは可能かの?』


『えっ? それは……』


 ほーちゃんは考え込んだ。だがきっぱりと言い返してくる。


『無理だと思うね。確かにアズマが死んだらボクの所有者情報はリセットされると思うけど、そんなことは今までになかったことだし、何よりボクがそれをさせないよ。

 ボクの使命は勇者を護ることだから。

 それに、アズマが死んだらボクは再び眠りにつくことになるからね。

 ちょっとやそっとじゃ起きないよ。

 今回だってこんな睡眠不足の状態で起きられたのはアズマが居たからだと思うし』


 ほーちゃん、聖剣ホシクダキは通常は役目を終えたあと数十年単位、いや百年の眠りを必要とする。

 長き間に蓄えた力を魔王討伐のために使っていくのだ。

 さらには聖剣、つまり、ほーちゃんは勇者の命を一番に考える。ある種の信頼関係で結ばれた勇者と聖剣の絆がより大きな力を生むという正のサイクルで超常的な力を発揮するのはかつてのアズマが経験したことである。


『じゃあどうすればよい?』


 とアズマがほーちゃんに疑問を投げかけたのと、たまりかねた王から言葉がかかったのは同時じゃった。


「アズマ、なんか名案ない?」


『魔王が復活したんでしょ? じゃあ、今のボク達にできることはひとつだけだよ。

 アズマ! また一緒に旅をしようよ!

 仲間を集めてボクたちが魔王を倒したらいいじゃん』


 その時点でアズマにできることといえば黙り込むことだけだった。

 確かに若い頃に魔王を倒すという偉業を成し遂げた。

 であるがそれは、ひとりで行ったことではない。

 仲間に支えられたのも事実であったし、あのころは精霊を味方に付けて力を借りたのだ。


 今はその精霊との契約も解除してしまったし、なにより腰痛を抱えて満足に剣を振ることすらできないのが今のアズマだ。


『儂ももう老いた。かつてのような冒険はもうできんじゃろう』


 と、ほーちゃんに返しつつ、王のほうを向き直った。


「お恐れながら申し上げます。

 我が王よ。儂はもう枯れ果てた身。年を取り、多少の知恵は身に着けたもののこの状況を打破するだけの案はなにも……」


 と言いかけたときだった。


 神殿の大広間を明るい光が照らす。

 その光は聖剣の刀身から放たれているようだった。


『我は聖剣ホシクダキ……』


 その声は念話でアズマの頭の中に響く。ほーちゃんの発したものだろう。

 だが、その響き、声色は荘厳で、過分な演技が含まれていた。

 どういうことか? と考えかけてすぐにその理由に思い至る。

 神殿にいるアズマ以外の皆が口々に、


「おお! 聖剣が語っている!」

「奇跡か! 奇跡が起きているのか!?」

「なになに? みんなにも聞こえてるの?」


 などと、どよめいているのだ。

 それまでの念話と違い、ほーちゃんはその場に居るすべての人間に語りかけているのだ。


『勇者アズマは未だその力を失ってはおらぬ。

 アズマよ! 聖剣を手に取るのだ。

 そなたの勇気は時を超え、再びこの世界に光明を見出すことだろう』


――いや、ほーちゃん……。そんなことをすれば儂は引くに引けなくなってしまうではないか?

――儂ももう、58歳。この世界ではとっくに死んでいてもおかしくないお年頃なのじゃぞ?


 アズマは困惑しながらも、慢性的に痛みを抱える腰を撫でさするのであった。

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