8-5 疑惑の天使
──天界──
神や天使が暮らす天界には多くの建物があった。
建物はそれぞれの天使が思い思いのものを作れるため、その外観はどれもバラバラである。
共通していることといえば家の中にある家具の一つ、巨大なモニターだけであろう。
そのモニターに映しだされているのは自分が担当しているゲーム参加者の現時点の映像であった。
天使たちは皆その映像を一日中監視し、一喜一憂している。
アーニャの担当の天使であるガブリエルもその一人であった。
「なんとかボレロには遭遇せずに済みそうですね……」
ガブリエルが見つめる映像にはアーニャの他に三人の人間がいる。
グローリアに襲われた時はハラハラしたが、新しい仲間も得られ、なんとか窮地は脱出できている。
「このまま上手くいけばいいのですが……」
「それはどうかしらねー」
「ミ、ミカエルさん!? なんでこんなところにいるんですか?」
ガブリエルに突然話しかけたのは雅史の担当の天使であるミカエルだった。
「えー、別にいいじゃなーい」
「よくないですよ! ゲーム開催中は他の天使たちと接触禁止! それが神様が決めたルールなの知ってますよね!?」
「ガブっちはほんと頭でっかちねー、そんなのばれなきゃいいのよ、ばれなきゃね! あ、あとあたしのモニターも家の前置いといたから後で運んどいてね」
そう言いながらガブリエルにミカエルは片目を瞑りウィンクをおくる。
「なっ! いったい僕をなんだと思って──」
「あら、いいのー? このガブリエルちゃんにそんな口聞いちゃって?」
「うっ……わ、わかりましたよ……それで一体何しに来たんですか?」
「別に大した用なんてないわよ、ただ一人で見てるのに飽きちゃっただけだから、それにあなたとあたしの担当はチーム組んだみたいだしね」
「そんなことで……」
「それよりガブっちの担当アーニャちゃんて言ったかしら? 彼女中々当たりじゃないの」
「まぁそうですね、能力はそんなに強くはありませんが身体能力は参加者の中でもトップクラスですね、それに他の参加者に対する武器も豊富なようですし、というかミカエルさんの担当の人間って何者なんですか?」
「んー?」
「能力を知らないでゲームに参加するなんて前代未聞ですよ、どうなってるんですか?」
「さぁ? なんでかしらね?」
「また何かろくでもないこと考えているんじゃないですか?」
ガブリエルは雅史の参加に疑問を持っていた。
人間が自らの願いを叶えるために参加するこの神様のゲーム。
アーニャと話している雅史を見る限りどう見ても望んで参加しているようには見えなかった。
「人聞きの悪いこといわないでよー、あたしはまーくんの事純粋に応援してるんだから!」
「そうですか……とりあえずもう問題起こさないでくださいよ、神様に怒られるのいつも僕なんですから」
「わかってるわよ、そういえばガブっちはこのゲーム誰が勝ち残ると思う?」
「そうですね、今のところはドイツの狼男、ヴァラヴォルフと氷の女王ボレロ・カーティスが他の参加者よりも一歩リードしてるように見えますね、ミカエルさんはどうなんですか?」
「そうねぇ、確かにその二人は強いけど生き残ることはないんじゃないかしら?」
「え? どうしてですか?」
「だって二人とも大きな弱点があるもの、それじゃあこのゲームで勝ち残るのは難しいわよ」
「弱点? それってなんですか?」
「それくらい自分で考えなさい」
ガブリエルにはミカエルの言っている意味がいまいち分からなかった。
現時点でヴァラヴォルフは心臓を八個、ボレロ・カーティスは手に入れた心臓は一つだが、生き殺しのような状態で保管している人間が何人かいる。
「ならミカエルさんは誰が勝ち残ると思うんですか?」
「そうね、きっと勝ち残るだけならまーくんと黒の魔術師の二人じゃないかしら?」
「え? 黒の魔術師ならともかく市原 雅史?」
「そうよ、まぁガブっちにも見てればそのうちわかるわよ」
昔からミカエルの言うことはどこかおかしい。
しかしミカエル本人は自信満々に言うので思わずガブリエルは本当に市原 雅史が生き残るのではないかと思わず思ってしまう。
「さてと、あともう少しで二日目も終わり、そろそろまーくんのためにプリント作成しないとね、天使長様からの連絡はまだきてないの?」
「そろそろ来ると思いますが……」
「そう、それじゃあゆっくりとゲーム観戦でもしてましょうか、なんかおやつはないの?」
そう言ってモニター前にあるソファーに寝そべり、ガブリエルにお菓子を催促するミカエル。
「ここ一応僕の家なんですけどね……」
ガブリエルは仕方なくミカエルのためにお菓子を探しにキッチンへと向かう。
(市原 雅史、彼は一体何者なんでしょうか……?)
◇
【23:48 森エリア】
ボレロが創りだした氷の城から黒炎があがるのを目にしてから約八時間。
雅史たちはメトロポリスを目指し月明かりだけが照らす森の中をひたすら歩いていた。
幸いその間に敵に出くわすようなこともなく、ほとんどの参加者がボレロの動きに注意して慎重になっているのが上手く働いたようだった。
「結局どうなったんスかね、ボレロとペネロペは? アーニャさんが言うように相打ちになってたりしないスかね」
「どうかしらね、まぁそれももうすぐ分かることよ、あと数分もすれば二日目が終わるわ」
二日目の終わり、よくここまで生き残れたと雅史は純粋に思った。
当初は初日ですら怪しいと思っていたが気付けば仲間ができ、こうして四人で行動をしている。
アラン、ミランダ、キース、そしてグローリア達、参加者の死を何度も経験したが自分がまだ生きていることが奇跡だとさえ思えた。
「でもまぁそうね、もしもあの黒炎がボレロへ届いたのならボレロ本人もただでは済まないはず、生きてはいてもしばらくは動けないかもしれないわね」
氷の城はあれからかなり遠ざかり、ボレロに怯える事も必要は無くなってきた。
もしかしたらペネロペという男がボレロを倒してしまった可能性さえある。
「ならあとはクライムっつー奴にさえ注意すればいいんスね」
「一番はそうね、でもS級以外にもA級の連中はまだ残っているわ、これからあいつらがどう動くは分からないけれどおとなしくしてるはずがないもの」
「そうッスよねー」
「それにしても睦沢さんは結構能力者について詳しいんだな、ただの俳優だとばかり思ってたけど」
「まぁこれでもジャンの友達ッスから、ある程度の常知識はありますよ」
(俺はその知識どころか能力者間の常識さえ知らないんだけどな)
歩きながら自分がなぜここに来てしまったかは二人に説明してあった。
二人の反応は揃ってかわいそう、同情するッスと言った哀れみの言葉だった。
しかし二人はこのゲームに参加した理由を言わなかった。
勝利者の褒美、神の一人となってこの世界に住むことを許される、人間界に戻り、人間界で叶えられる範囲の願いをなんでも一つだけ叶えることができる、常識で考えればこの二つが狙いだろう。
アーニャは復讐のためと言っていたがそれはあくまでも特殊なケース。
まぁ誰だって一つや二つ叶えたい願いはあるはずだ。
言いたくないのなら無理には聞かない、雅史はそう思い特に二人に参加理由を聞くことはなかった。
「ここらで、休憩しましょうか、そろそろ定時連絡がくるわ」
アーニャの言葉で雅史達はその場に腰を下ろした。
雅史も近くの大木へ腰を降ろす。
するとオリビアもその近くにやってきた。
「ねぇ雅史くん、隣いいかな?」
「おう」
オリビアは何かと自分に気を使ってくれる。
こんな可愛くて胸の大きな子が自分に良くしてくれるというのは正直気分が良い。
傷の手当までしてくれるあたりミカエルよりもずっと天使と呼べる存在である。
「あのさ、雅史くんとアーニャってどういう関係なの?」
「へ? どうってさっき話した通りだけど……」
「ふーんそっかぁ、じゃあここに来る前とかは別に知り合いとかじゃないんだよね……?」
「当たり前だろ、それがどうかしたのか?」
「ううん、なんでもない! 気にしないで!」
一体なんなのだろうと雅史は疑問に思った。
オリビアが今更そんなことを聞く理由がわからない。
「ほら何してるの二人とも? もう今日の連絡が来る時間よ」
「あ、そ、そうだね!」
アーニャの声に少し焦ったようにオリビアは立ち去っていく。
「雅史? オリビアとなに話してたの?」
「なにってほどのことじゃねーよ、ただお前と俺がここに来る前から知り合いだったのかって聞かれただけで……」
「……そう」
アーニャの様子が何かいつもと違うように見えたが、気のせいだろうか。
少し何か考えていたような、もしくは何かを気にしているような様子であった。
『まーくーん! おっまたせー! ミカエルちゃんだよぉー!』
突然ミカエルのやかましい声が雅史の頭に鳴り響く。
『ああ、定時連絡ってやつか』
『そうだよー! プリントそっちに送ったからちゃんと見といてね!』
『それは分かってるけどよ、お前に聞きたいことがあんだが』
『それじゃあねー!!!』
『お、おい待てよ! おい!』
ミカエルの通信はまたしても一方的に切られてしまった。
こっちの話を聞くつもりは毛頭ないらしい。
(ルールにある天使のサポートってなんだったんだよ……)
仕方なく雅史は送られた紙に目を通した。
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