7-1 おおかみと少女
【10:03 森エリア】
「ねぇ起きてー! もう朝だよー!」
大きな黒目が特徴の少女が、木の根に背中を預けて寝ている青年の頭をバシバシと叩いている。
「おおかみさーん! おおかみさんてばー!」
青年を叩く手は次第に回数を増やしていき、少女の声も次第に大きくなっていく。
「あーわかった、わかったってば、今起きるって」
面倒くさそうに少女の手を払いのける青年、ヴァラヴォルフはダルそうに身体を起こし時間を確認した。
「おっと、もうこんな時間か……」
ヴァラヴォルフは神埼 希沙良を殺し心臓を入手した後、次の獲物を探すためにメルルの千里眼を使って自分達に近い人間を探していた。
しかし最初こそ順調に参加者の現在地をヴァラヴォルフに伝えていたメルルであったが、次第にその様子はおかしくなり、ついには突然倒れてしまったのだ。
ヴァラヴォルフはそれを見て能力の使いすぎだと判断し、一旦メルルの体を休ませることにした。
結局それからメルルは目を覚ますことなく、夜中の3時を過ぎた時点でヴァラヴォルフも一度寝ることにし、今の時間まで目を覚ます事はなかった。
睡眠を取る前に敵の襲撃も考えたヴァラヴォルフだったが、メルルの千里眼ほどでないにしろ寝ていても敵の接近に自分の鼻が気付くと考えてのことであった。
「つーかいつの間に起きてたの?」
「えーと、少し前くらい……かな?」
「そっかそっか、体の調子は?」
「全然だいじょーぶ!」
「そっかそっか、そりゃ良かった」
(やっぱこいつに能力を使わせ続けるのはリスクが高いか……)
初日のペースで能力を使わせてたらあっという間にメルルは使い物にならなくなる。
利用するだけ利用しようと思っていたヴァラヴォルフだったが、流石にゲーム序盤で壊れてしまっては意味がない。
「まっ、昨日の時点で俺が一番だったしそんな急ぐことねーか。どうせあと6日間もあんだしな」
その言葉にメルルは目を輝かせる。
「おおかみさんいちばんだったの! すごーい!」
「だろ? これもメルルのおかげだよ」
そう言ってメルルの頭を撫でるヴァラヴォルフ。
「えへへ、このままゆうしょうだねっ!」
「おうよ、さくっと終わらせちまおうぜ」
この時すでにヴァラヴォルフはこのゲームの報酬について考えていた。
ヴァラヴォルフは別に神様になりたいわけじゃない。
一族の人間はヴァラヴォルフを神にするためにここに送ったのだが、ヴァラヴォルフにとってそんな事はどうでもいいこと。。
「人間界で叶えられる範囲の願いをなんでも一つねぇ……メルルはこのゲームで勝ったらどんな願いを叶えてもらいたいの?」
何気なしにメルルにそう尋ねるヴァラヴォルフ。
その質問にメルルはんー、と少し悩んでから答えた。
「そうだなー、わたしはみんなの人気者になっておともだちたくさんほしいなー」
その答えにヴァラヴォルフは少し怪訝な顔をする。
「人気者? メルルって元の世界じゃすごい人気者だったじゃん」
自分とは違って、その言葉を口には出さず心の中に留めるヴァラヴォルフ。
「そーじゃないの! もっとこうアンドレイ君みたいに足が早かったりとか、アナちゃんみたいにべんきょうがすごくできたり、そういうふうに人気になりたいの!」
「よっくわかんねー、メルルは世界中の人から千里眼のお姫様って言われてんだよ? そんな足が早いとか勉強ができるとかなんかよりずっとすごいじゃん」
「そんなことないよ……だってわたしおともだち一人もいなかったし」
そう言って口をとがらせるメルルにヴァラヴォルフは思わず笑ってしまう。
「アハハ、それ俺と同じだ」
「おおかみさんもおともだちいないの?」
「あったりまえじゃん。昨日も言ったけど小さい頃からすげー命狙われてたんだぜ、そんな奴と友達になりたいなんて思うやついねーよ。まぁそもそも友達なんていらないんだけどさ」
それを聞いたメルルは少し悲しそうな顔をしてヴァラヴォルフに尋ねた。
「どうしてみんなおおかみさんをいじめるの?」
「化け物だから……かな」
その返答にメルルは首を傾げる。
そんなメルルにヴァラヴォルフは自分の過去を少しだけ話し始めた。
ヴァラヴォルフの住んでいたドイツの田舎にある森、そこには昔から狼男の伝説があった。
人間を襲い、その肉を食らう、昔から不死の怪物と恐れられていた狼男。
ヴァラヴォルフの一族はその狼男の末裔とされ、近隣の村の住人からは避けられ恐れられていた。
ヴァラヴォルフはそんな一族の中で生まれ、そしてすぐにその自らの能力を使ってみせた。
狼への変化、それは一族が待ち焦がれていた狼男そのものであった。
噂はすぐに広がり、ヴァラヴォルフ達一族は以前にも増して村の人間から恐れられた。
そしてある出来事をきっかけにヴァラヴォルフ達は命を狙われることとなる。
ヴァラヴォルフが10歳になった頃、たまたま森に遊びに来ていた子ども達を見つけヴァラヴォルフは近づいた。
普段から一族以外の人間と会うことを固く禁じられていたヴァラヴォルフはその子供たちと友達になろうと思ったのだ。
子供たちはヴァラヴォルフとすぐに仲良くなり、それから頻繁に森に遊びに来るようになった。
そんなある日、いつものようにヴァラヴォルフ達が森で遊んでいると巨大な熊に遭遇してしまった。
ヴァラヴォルフは子供たちを、友達を守るために決して一族以外の人間に見せてはいけないと言われ続けてきた自身の能力を使いその熊を殺した。
その能力はこの頃からすでに強力なもので、熊の体を鋭い爪で引き裂き、刃物のような牙でその喉笛を掻き切った。
熊を殺し終えたヴァラヴォルフは「皆を守った」そう安心したのだが、子供たちは恐怖で震え上がっていた。
その恐怖の矛先は自分達を襲った熊ではなく、熊を殺した自分に向けられたもの……それにヴァラヴォルフはいち早く気づいた。
この出来事以降、子供たちが森に遊びに来ることはなくなり、代わりにハンターと名乗る人間達がヴァラヴォルフの命を狙いに何度もやって来た。
自分を崇める一族と自分を殺しに来るハンターの血みどろの争いを見てヴァラヴォルフはやがて悟った。
自分は化け物だということに──
話終えたヴァラヴォルフは少しだけ後悔していた。
どうしてこんな少女に自分の過去を、思い出したくもない事を話してしまったのかと。
メルルは一通り話を聞き終えるとある質問をした。
「ばけものってなぁに?」
それを聞いて真面目に話してしまった自分にヴァラヴォルフは呆れてしまう。
所詮はまだ相手は子供なのだ。
「んーとそうだな、普通の人と違う力を持ってるってことかな」
「じゃあわたしもばけものだー!」
そういってはしゃぐメルル。
その姿に少しだけヴァラヴォルフの中に殺意が芽生えた。
「おいおい、化け物ってそんな喜ぶことじゃねぇーぞ」
「うん知ってる!」
もちろん子ども相手に本気で切れるほど感情が高ぶったわけではない。
しかしそれでもヴァラヴォルフから見たメルルのその喜ぶ姿は、まるで自分の過去を馬鹿にされているような気分だった。
今まで化け物と言われ続け、命まで狙われた。
それをこの少女は自分も化け物だと言って喜んでいる。
「あのさ、ならなんで喜んでんの?」
ヴァラヴォルフは静かに自身の手を変化させ、鋭い爪を背中に構えた。
「んーとね、わたしもおおかみさんといっしょでみんなからすっごい怖がられてたんだ。わたしの事すごいすごいって言ってくる子もいたけど結局だれもわたしのおともだちにはなってくれなかったの。大人の人はわたしのことを大事にしてくれるけど話すことはお仕事の話ばっかり……でもおおかみさんはわたしとおともだちになってくれた!
わたしのことをおひめさまじゃなくてちゃんとメルルってよんでくれた! だからおおかみさんと同じばけものでうれしいの!」
この少女は一体どれほど馬鹿なのだろう。
自分が利用されているとも知らずにこんなにも自分を信用してくる。
「おおかみさんもおともだちいなくてさみしかったと思うけど、今はわたしがおおかみさんのおともだちだからさみしくないね!」
友達? もちろんこっちはそんなことは思っていない。
自分がこのゲームに勝ち抜くための道具、ただそれだけだ。
「おおかみさん?」
俺はただ勝ち残って自由になりたい。
あの場所に戻るのは嫌だ。
誰も自分を恐れず、誰も自分に干渉してこない。
そんな場所に行きたいだけだ。
そのためなら他の人間なんて知ったことではない。
どうせ最後は自分から離れていくのだから。
なのになぜだろう。
この気持は一体なんだ?
「おおかみさん大丈夫? どこかいたいの?」
気づけばヴァラヴォルフの目からは涙が流れていた。
「大丈夫……じゃないかもな……」
「え、え、早くびょういんいかないと!」
「アハハ、そんな大したことじゃないから大丈夫だよ」
「そ、そうなの?」
心配そうに自分を見つめるメルルの頭をポンと叩くヴァラヴォルフ。
いつの間にか変化させた腕は元の姿に戻っていた。
「早くこっから抜けだそうな」
「う、うん?」
勝ち残るには心臓を7日目までに10個集めればいい。
ヴァラヴォルフにとってそれは簡単なことだった。
千里眼の力で適当な相手を見つけて殺すだけ。
1つは目の前の少女を殺せば手に入るのだから本来ならあと5つ集めるだけで済む事。
「まぁ……少しくらい仕事が増えたところで楽勝か」
メルルのためでなはい。
ただ自分を馬鹿みたいに信用してくる道具に少し同情しただけ。
ヴァラヴォルフはそう自分に言い聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます