2-3 空想上の生物
結論から言えばジャンの作戦は作戦と呼べるようなものではなかった。
内容は仲間の誰かがもし裏切って本来の作戦で戦うのが難しくなってしまった場合、前もって手を組んでいたジャンの仲間と合流して再度残ったメンバーと共に戦うというもの。
その仲間というのも一人だけで、ジャン曰く信頼できて戦闘能力も申し分ないとのことだったが、仮にこっちが信用できても向こうがジャン以外のメンバーをどう思うか分からないうえに、そもそもジャンしかその相手を知らないのだから信用できるかの判断もできない。
「アーニャちゃんの言いたいことも分かるけどよ、今は俺の話に乗るしかねえと思うぞ」
「……そうね、結局他に強い仲間を見つけるしかないのだからあなたの作戦に乗るしかないわね」
「よし、決まりだな」
アーニャは自分のことは微塵も疑っていないように見えるジャンを見て不思議に思ったが、単純男だからという理由で片付けることにした。
「……ところであなた最初からリアンのこと疑ってたようだったけどさっき思いっきり泣いてたわよね?」
「あー、まぁそれはあれだ、流石に死体偽装されるとは思わなかったしな、アハハ……」
「かっこつけてるわりにはしっかり騙されてるじゃないのよ」
「くっ、いい感じにかっこつけさせてくれよなー」
アーニャの言葉に少し拗ねるジャン。
「それでオリビアの居場所なんだがこっからだと普通に歩いて1時間弱、他の参加者に気をつけながら進むと考えると2、3時間はかかりそうだな。そんで俺の仲間ってのは慎重に進んでもこっから20分くらいで合流できそうだ。だからまずは俺の仲間と先に合流してからオリビアのところに向かうことになるが大丈夫か?」
「ええ、それでいいわ」
「おし、そんじゃ二人に連絡入れるから少し待っててくれ」
そういうとジャンは自分の能力で二人に今までの経緯を簡単に話し始めた。
アーニャとの合流、リアンの裏切り、今後の行動について。
話し終えたジャンは額に汗を滲ませながら身体を休めてふぅと息を吐いた。
「あなたの能力って案外体力使うのね」
「まぁ、あんま距離が離れてるとな。そういえばオリビアちゃんアーニャちゃんの事心配してたぞ?」
「ふーん」
「アーニャちゃんは冷たいなー、まぁなんにせよ二人とも合流には賛成そうだ」
「そう、そういえばあなたの仲間の名前まだ聞いてないんだけどなんて名前なのかしら?」
「睦沢 亮っていうんだ、日本の俳優なんだが知らないか?」
「さぁ、知らない」
ハッキリと言い放つアーニャに亮が聞いたら悲しむだろうなと思いつつ苦笑する。
「確かにアーニャちゃんそういうのには疎そうだもんな」
「別に疎くないわよ。いちいち日本の俳優なんて私が知ってるわけないじゃない。私ロシア人なのよ?」
「まぁごもっとも」
「そもそもなんでジャンがその日本の俳優なんかと知り合いなのよ。あなたフランス人でしょ?」
「まぁそりゃあ色々とあってだな──」
突然黙りこくるジャン。
「ジャン?」
「静かに……」
ジャンは先程までとは違う真剣な表情でアーニャの言葉を静止させた。
アーニャもその様子を見て何か起きているのだと気付き戦闘態勢に入る。
「なんだよこれ……やべぇ……急いでこっから離れるぞ!!!」
そう言って洞窟の出口に急いで向かうジャン。
それにつられるようにアーニャも急いで出口へ向かう。
「なんなのよいったい!?」
「リアンだ! あいつが信じられねえ速度で真っ直ぐこっちに向かってきてやがる!」
「それって……」
「とりあえずここじゃどっちみち逃げ道がねぇ!」
二人がちょうど洞窟を抜け外へ出た瞬間だった。
それは空を覆うように姿を現した。
金色に輝く大きな身体に二つの巨大な翼。そしてワニのような口と爬虫類のような目。
二人がそれを見た時の印象は全く同じものだった。
「ドラ……ゴン……?」
ドラゴンの実物など当然見たことはないし、実際にいるなんて話は聞いたことがない。
ドラゴンとはあくまで想像の生き物であり、現実には決して存在しない存在。
しかし二人はその姿を見て目の前にいるのはドラゴンだと確信した。
目の前の空を飛ぶその生き物をそれ以外に言い表せないのだ。
「どうですかお二人さん? 驚いたでしょう?」
その声の主はドラゴンの背中から二人に問いかけた。
「これが君たちとの戦力の差、まさかこの私から逃げれたなんて思ってませんよね?」
「冗談きついぜまったく」
冗談口調のジャンだがその顔に一切の余裕はない。
このドラゴンがどんな攻撃をしてくるかは分からないがあの巨体が突っ込んできただけでも命に関わるのは明白。
そして一瞬でここまで来た早さを考慮すれば逃げるのも容易ではない。
「結局どんなに悪知恵を働かせようと強大な力の前では無意味ということですよ。君たちのことは気に入っていましたがここでお別れです。どうかお元気で」
「クソ野郎が……」
「やりなさいファフニール君」
ファフニールと呼ばれたドラゴンは先ほど見せた火の玉の10倍はあろうかという球を瞬時に口元で生成し、空中からアーニャとジャンに向けて放った。
「アーニャちゃん! アイギスを使え!」
「わかってるわよ!!!」
アーニャは瞬時に別空間からアイギスと呼ばれる装置を手元に転送してそれを発動させた。
その発動と同時にジャンとアーニャを囲むようにシールドが展開される。
ドラゴンから放たれた火の玉はシールドと激突すると二人を除いた周囲の地形を爆音と同時に一瞬で火の海に変えた。
「ほう、アイギスを使いましたね?」
対能力者用シールド【アイギスの盾】、アーニャがこの戦いに備えて準備した道具の一つでありアーニャのチームが誇る最強の防御手段である。
アーニャは自身の能力自体が戦闘には向いていないため、ありとあらゆる武器を自身の能力で持参し、それを転送して扱うことで並みの能力者には引けをとらない実力を持つ。
しかし持ち込んだ武器はあくまでも人間が作った機械。
欠陥は必ず存在してしまう。
「助かったぜアーニャちゃん……あと何回くらい持ちこたえられそうだ?」
「そうね、せいぜいあと2、3回が限界ってところかしらね……」
アイギスは能力者の攻撃に対して無敵の防御を誇る反面、使用回数に制限が付きまとう。
能力者の力を糧に使用できる対能力者兵器は一回の使用で使用者の体力を大幅に食い、一度に何回も使うことはできない。
元々緊急時の切り札に用意していた兵器であって実戦には向かない兵器なのである。
「今はあいつの攻撃で視界が悪い、今のうちに森の中に逃げるぞ!」
「ええ」
炎と煙に紛れ森の中へと二人は逃げこんだ。
空中にいるリアン達の視界を森の木々が遮り、発見されにくくなることを願って二人は森の中をひたすら走る。
しかし願いは届くことはなく、二人が走るすぐ横の木々が突然火をあげたかと思うと次の瞬間には灰となって消えてしまった。
「くそ!!! ドラゴンの嗅覚だが聴覚だか視覚だか他の能力なのかは分からないがあきらかにこっちの動きを把握して動いてやがる」
仮に相手の攻撃を防ぎきってもアイギスが切れる頃にはアーニャの体力は限界を向かえて走ることすら困難になるだろう。
このままでは共倒れになってしまうと思ったジャンはアーニャにある提案をした。
「アーニャちゃん、作戦がある」
「なに?」
「恐らく音からしてこの先に大きな川、もしくは滝がある。そこにいちかばちか突っ込む」
またもや作戦にすらなっていない、そう思ったアーニャだがあの化物に追いかけられているよりは随分マシだろう。
「運がよけりゃ逃げ切れる、もうこれしか思いつかねえ」
「いいわ、それでいきましょう」
「オッケイ、多分あともう少しで──」
ゴウッ!というガスバーナーから火が噴出されるような音が一瞬したかと思うと、二人の視界が赤一色で染まった。
アイギスのおかげで燃えることはないが2度めの発動は想像以上にアーニャの体力を奪うこととなる。
「大丈夫かアーニャちゃん!?」
「なん……とかね……」
息も切れ切れに返事をするアーニャはどうみても走るのも限界で、シールドを維持するのがやっとなのは明らかである。
「もうすぐだ!!!」
ジャンの言う通り森を抜けた瞬間大きな川と滝が姿を現した。
そこはかなりの高さであり、落ちれば助かる可能性はかなり低い。
しかし──
「アーニャちゃんもう限界だ、こっからは俺がアイギスを使うから装置を貸してくれ!」
アーニャはその言葉に一瞬躊躇したが、自分の体力の限界を悟りアイギスの装置をジャンへと手渡す。
アイギスを受け取ったジャンはニヤリを笑みを浮かべ、アーニャに話しかけた。
「……なぁアーニちゃん、今更なんだがここから滝に飛び降りて逃げても助かる確率は低い上に向こうは飛行能力をもったドラゴン、簡単には逃してくれるとは思わねえんだよ」
「ジャン……」
「だからここであいつらを引きつけておく役がいないと駄目だと思うんだわ」
その表情は何かを決意した顔だった。
そしてアーニャはジャンが今考えている事を察し、そして後悔した。
どうしてこの危機的状況で自分を守る最大の武器を渡してしまったのだろうと。
どうして仲間に裏切られたばかりのこの状況でこの男を信頼してしまったのだろうと。
「悪いなアーニャちゃん、どっちかが生き残るにはこうするしかねぇみたいだわ」
復讐を決めたあの日からアーニャは利用できるものは何でも利用すると決めていた。
自らの目的を最優先に考え、その目的のために生き残る事を。
「ほんと自分が情けないわ……」
後悔しかない。
結局自分は何も出来ずに死んでしまう。
なんて馬鹿なのだろうか。
アーニャは死を覚悟し、そして目を瞑った。
その時何かが自分の肩を押し、体が宙に浮かぶ感覚を覚える。
「え……」
「生き残れよアーニャちゃん」
アーニャが滝下へと落ちる瞬間見たのは、いつも通り陽気に笑うジャンの姿だった。
そしてすぐにそこは真っ赤な炎に包まれた。
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