439豚 騎士国家を去るということ②

 俺は学園長が魔法で隠れていたことにさえ気づかない程、集中力を欠いていたのか? 確かに今日は色々な出来事があったさ。けど、こんな近くにいながら気付けないなんて言い訳のしようがない。


「公爵殿、彼の理解はまだ得られていないのかね。時間が無い、王都から数名の王室騎士。陛下の手が伸びているようじゃ。夜明け前には、ここへ到着するじゃろう」


 ダメだな、気が鈍っているのか。

 しかし、学園長がどうしてクルッシュ魔法学園にいるんだよ。驚いている俺を置いて、父上と話し始めているし。


「……モロゾフ殿、見くびられては困る。王室騎士程度なら、どうとでもなる。陛下の使いなど、待たせておけばいい」


「この地に向かっている王室騎士の名前を聞いたらそうも言っていられないじゃろう。騎士の名はセピス・ペンドラゴン、そしてシューヤ・ニュケルン。公爵殿、貴方に対する陛下の疑念は相当に深いようじゃな、最悪の組み合わせじゃろう」


「……ペンドラゴン侯爵家の秘蔵っ子、それに火の大精霊を抱える少年。陛下は、薄々気付かれておられるのか。モロゾフ殿、光の大精霊様はどうでしょう?」


「心配なさらずとも、あの方はいつだって中立じゃよ。しかし陛下が望めば、首を振るじゃろう。何せ陛下は大精霊様の大のお気に入りじゃ。そして公爵殿、さらに悪い知らせがある」


「悪い知らせとは?」


「遠方で爆発的な魔力の高鳴り、恐らくセピス君の魔法。彼は風の大精霊様の降臨に気付き、シューヤ君の魔力を借りたようじゃ」


「……時間は無い、ということですか。しかし」


「物騒なことを考えてはいかんのう、公爵殿。王室騎士の意思は陛下の意思、君が安易な考えで王室騎士に手を出せば、恐ろしい見返りが待っておる。ダリス王室と公爵家の決裂以上のな、確かに儂は君の味方じゃがそれだけは避けねばならぬ」


 俺を放置して進められる会話。

 分からない、二人は何を話している。

 陛下? 決裂? それより父上と学園長が繋がっていたのか? 学園長はヨーレムの町にいる筈じゃ? ずっと俺たちの戦いを見ていたのか?

 それに父上と俺の会話だって聞かれていた?


「スロウ君、こちらで全て準備しておる。さあ、立つのじゃ」


 俺のイメージだと学園長はいつも温和で落ち着いている。クルッシュ魔法学園の大黒柱で何があっても生徒の味方だ。だけど今の学園長はいつもと違う。どこか焦っているように見えた。こんな学園長を見たのは初めてかもしれない。


「今の君を王室騎士に合わせるわけにはいかんのじゃ。特にセピス・ペンドラゴン、彼は厄介じゃな。今の彼は守護騎士を目指し、功を焦り過ぎておる。何が何でもスロウ君、君を王都に連れ帰ろうとするじゃろう。勿論、力づくでな」


 様子が可笑しいのは学園長だけじゃない。

 王室騎士がクルッシュ魔法学園に向かっているだって?

 しかもセピス・ペンドラゴンとシューヤ? 

 シューヤはどうでもいいが、セピスと言えばアニメの中じゃ裏切りの騎士として有名だ。騎士国家を見限り、帝国に寝返った男。あいつが――やってくる?


「……説明してください」


 もう限界だった。何が何だか分からなかった。

 でも俺は目を丸くした。そろりと、何かが部屋の中に入ってきた。とても小さくて細長い。黒くて、素早そうな四足歩行の生き物。

 黒い猫、つまり風の大精霊さんのいつもの姿。にゃあにゃあ言いながら、歩いている。少しは空気を読んでくれと言いたかった。


「ば、ばか!」


 俺の声だ。俺は慌てて風の大精霊さんを掴んで、腕の中に抱き寄せた。だって、父上も学園長もこの姿が風の大精霊だとは知らない筈だから。


 大精霊さんの登場によって、父上と学園長が身体を固くした。二人がガチガチに固まったのが、俺の目からはよく分かった。

 二人はすぐに片膝をついて、身体を低くし頭を下げる。


「…… 学園長。ただの猫ですよ……」


 それは圧倒的上位者に対する態度だ。仕方のないことだと思う。あいつは風の大精霊、瞬き一つで俺たちの動きを止めることだって可能な超常の存在。


 でも。この姿が大精霊さんだって、二人は知らない……はずだ。それに父上も学園長も騎士国家では極めて高い身分で、この人たちが頭を下げる相手なんて……それこそ女王陛下とかカリーナ王女殿下、あとは光の大精霊ぐらいしか――。

 なのに俺の考えも知らないで、腕の中で大精霊さんがもぞもぞと動いて。


「バルデロ、モロゾフ――火の大精霊エルドレッドの力を利用してる奴がいるにゃあ。とんでもない速度でここに向かってる、お前たちの知り合いかにゃあ」


 そして俺の腕の中で、二人に話しかけた大精霊さん。

 学園長が顔を上げる。


「大精霊様、この学園の卒業生であります。名前はセピス・ペンドラゴン。極めて優秀な生徒で思い入れもあり、儂が彼を王室騎士に推薦しました」


 その様子が決定打だった。俺は理解させられた。身体から力が抜けていく。


「嘘ですよね…………父上も学園長も、知っているんですか……」

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