間章Ⅵ 再建のクルッシュ魔法学園
217豚 再建のクルッシュ魔法学園プロローグ
「~~~~~~~~~~ぶひぃ~~~~~~~~」
規則正しい呼吸音。
深い充実感を表している優しい寝息。
「ぶひぃ~~~~~~~~。ぶ、ひぃ~~~~~~~~~」
「――まっ、――様」
まどろみの中で、どこからともなく俺を呼ぶ声が聞こえた。
いつまでも聞いていたくなるような優しい声の持ち主が俺を呼んでいるようだ。
一体、誰だろう?
「――様、ッロウ様。いつまて寝てるんですか! 後、寝息がすごいです、ちゃんと息してますか?」
「ぶ、ひぃ~~~~~~~~……?」
ふむふむなるほど、なるほどね。
これは考えるまでもなもない。
シャーロットだ。
俺の従者にして、今は無き滅びた皇国のお姫様が俺を呼んでいる。
目覚めと同時に君に会えるなんて何て俺は幸せものなんだろう、アーメン。と神様に祈りを捧げながら、俺はぐーすかぴーと寝続ける。
ゆらゆらとシーツの上から身体を揺らされる。シャーロットは俺を起こそうと必死のようだった。
でも、起きません。寝ます。
だって、そうだろ?
俺、頑張った。
世界は平和でいいことづくめ。そりゃあ三銃士が北方から放逐されたり、闇の大精霊さんの鬼畜な悪戯が全部暴露されたりとか想定外のこともあったけれど、世界はかねがね平和で大きな争いが起きそうって気配は微塵もない。
そんな平和を作り上げた俺には惰眠を貪る権利があるんだ。
俺はまどろみを楽しみながら、もう一度深い睡眠に入るために柔らかなシーツの中にむんずと潜り込むのであった。
「……もう! スロウ様、私、言いましたよね。ダリスの王室やデニング公爵家の方々だけじゃなくて街の皆さんもスロウ様を探してるって。そりゃあ最近倍額に跳ね上がった懸賞金が欲しいって理由もあるでしょうけど……。でもスロウ様がクルッシュ魔法学園の再建に協力してから出頭するって言った時は私、本当にスロウ様は立派になったんだなぁって思ったもんですよ!」
ふかふかのシーツ。
神の息吹にも等しい有難みを感じる。まさしく人間を堕落させるベッドだ、俺は学園にいた頃、毎日こんな素晴らしいものに包まれて夜を過ごしていたのか。
すりすり、すりすり。
「起きなさいってば豚のスロウ! 豚、豚、豚こら! ……少しはいい所もあると思ったらこれですもの、もう埒があきませんわシャーロットさん!」
シャーロットとは違う金切声に眉根をひそめる。
ええと、これはアリシアの声だ。
俺とシャーロットの愛の巣になるはずだった住居に押しかけてきた厄介者。
アニメのツンデレプリンセス、唯我独尊タイプで最終的に結果オーケーを叩き出す強運の持ち主。俺はそんな空気読めないメインヒロインに純白のシーツを剥ぎ取られ、ベッドの上をころころと転がる羽目となった。
そして落ちた。床に。
「に”ゃ”あ”」
腹に嫌な感触。
どうやら床で俺と同じように惰眠を貪っていた風の大精霊さんを押し潰してしまったようだ。風の大精霊さんの抗議の声をガン無視して、俺は再び快眠の続きを楽しむため瞼を閉じた。
シャーロットの呆れたような声とアリシアの罵り声が聞こえる。
モンスターが闊歩していた皇国跡地ではもっと劣悪な環境で寝ていたのだ。オークの里の固いベッド。あれに比べたらこの床は何て優しい造りをしているのだろう。
ていうかちょっと待てよ。
何で朝っぱらからこんな襲撃を受けなければいけないのだ。
分かってんのかアリシア。
ええ、こら。俺は隠れたスーパー英雄だぞ。え、い、ゆ、う。
お前なんて今回何にもしてないじゃないか、アニメのメインヒロインの癖に。
「スロウ様……そんな姿で人前に出れると思ってるんですか? ほらアリシア様だって呆れてるじゃないですか」
あーもう、うるさいうるさいうるさいうるさい。
俺は両手で耳を塞いだ。
「アリシア様がスロウ様出頭の付き添いをする予定なんですよ、そんな時にスロウ様がそんなおでぶちゃんな姿で現れたらどうするんですか!」
ちょっとぐらい寝坊してもいいじゃないか、権利だ、権利。これは俺の権利なんだ。頑張った自分へのご褒美なんだ。
それに俺だって好き好んでクルッシュ魔法学園の再建に尽力しているわけじゃないよ。事情があるんだよ、事情が。
「手配書の姿と違い過ぎるって皆、びっくりしちゃいます。あんなにダイエットするんだって意気込んでたスロウ様は一体どこに行っちゃったんですか?」
肌寒い。
ベッドから床に垂れ下がっているシーツを掴みゴロゴロとくるまった。
今、俺たちがいるのは学生も先生達も学園長もいないクルッシュ魔法学園敷地内にある建物のとある一室。
何で学園の利用者が誰もいないのかって。
それはね、再建中だからだよ。
あの黒龍やモンスターに学園がメチャクチャにされちゃったからだよ。
家に帰っている学生達の代わりにいるのは学園に雇われた大勢の平民達だ。技術を持った大工とか沢山の単純労働者とか、豊かな景観を整えるための美術家とか、そんな彼らに生活用品を提供する沢山の行商人とか。それにお金を稼ぎにきた流れの魔法使いが今のクルッシュ魔法学園で生活している全てだった。
魔法使い。特に優れた土の魔法使いが沢山いればあっという間に再建は終わるのだろうが、それは現代の考え方。
ダリスにおいて魔法使いの大多数を占める貴族はこんな大工仕事に魔法を使うのは恥だと考えている。
でもあの平民部屋の貴公子、貧乏ちゃまであるあいつぐらいは貴族としてのプライドをかなぐり捨てて金稼ぎに精を出していると思ってたけど。
「ぶひぃ~~~~~~~~。ぶ、ひぃ~~~~~~~~~」
だから今、このクルッシュ魔法学園には殆どダリス貴族の若者がいない。学園内を歩けばどこかの工事現場に迷い込んでしまったかのような気持ちを味わえる。
――俺たちを除いては。
そう、何を隠そう今俺たちがいるのは高位の貴族のみが立ち入りを許されている例の場所。
「だからスロウ様。もう朝じゃなくてお昼過ぎなんですってば! お昼ご飯の時間ですよ!」
「え――ちょっと待ってよっシャーロット? 朝ご飯はどこ行っちゃったの!?」
朝ご飯を逃しただと?
がばりと飛び起き目を擦る。また風の大精霊さんの悲鳴がまた聞こえたけれど、無視だ無視。
「ないですよ、スロウ様はねぼすけされたんです。スロウ様がぐぅぐぅ寝てた間に私たち沢山のモンスターを森から追い払ったんですからね」
艶やかに肩先まで伸びたシルバーヘアーが僅かに揺れる。
透き通るような清潔感を持つ女の子が額に手を当てはぁーとため息を付いていた。
「……」
もう一人の女の子は腰に手を当てて仁王立ち。
長い亜麻色の髪がふんわりとした柑橘系の香りを運び、俺は一瞬また眠気に襲われる。けれど、本来は愛らしいと言ってもいいのだろう彼女の顔立ちは歪み、真っ直ぐに俺を睨んでいた。まるで気性の荒い子猫のようだと俺は思う。
「ええと……とりあえず二人とも。おはよう」
そして。
そんな俺たち三人のいるこの場所は高貴なるクルッシュ魔法学園の男子寮四階。
――つまり、懐かしの我が家だった。
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