157豚 風の神童と古の魔王【前編④】
ダンジョンの中をえんやこーら。
遠足気分でえんやけーら。
リハビリ気分でえんやこーら。
ぶひっ、ぶひっ、ぶひ。
もぐもぐガツガツ。
背中に背負った巨大なカバンから食べ物を食い尽くしていく。
「ゆで卵ぉ!? あれをゆで卵にして食べちゃったの!? さすがの俺もドン引きだよ……もぐもぐガツガツ。あれは自然界には存在しちゃいけない色合いだった気がするけどな」
「闇の大精霊様があんなものは茹でてしまえーって言うもんですから……でも結局は闇の大精霊様も匂いに顔を顰めて食べませんでした。もういらないから捨てていいって言われたんですけどスロウ様が大切にしてたものですから一応、取ってあります……見ますか?」
俺はふるふると首を振った。
死の大精霊の卵のゆで卵とかもう意味不明すぎて怖すぎる。
さすがにダンジョンの中に捨てたらモンスターになって蘇るとか恐ろしい展開が待ってそうだから、落ち着いたら適切な廃棄方法を考えるとしよう。
「昔のスロウ様なら食べてた気がします。ああいうゲテモノ。好きでした」
「―――いやいやちょっと待ってくれ、さすがの俺もあれは食べないって!」
全く全く!
一体シャーロットは俺のことを何だと思ってるんだろう。
食べ物なら何でも吸い込むバキュームカーとでも思ってるんだろうか。
「スロウ様忘れたんですか? ハーホウ伯爵様の家に遊びに行った時、庭の物置にあった年代物のお菓子を食べて寝込んだことを。私は生まれて初めてあんな色のお菓子を食べてる人を見ました」
「あー……あれはまぁ……若気の至りというか小腹がすいたというか。世ではお菓子大臣とまで言われてた伯爵のことだからどっかに貴重なお菓子を溜め込んでると思ったんだよ。てかよく覚えてるねシャーロット。あれはまだシャーロットがうちに来てすぐの話じゃなかった?」
「アリシア様が大騒ぎしてましたから、よく覚えてるんです」
「思い出した。そういえばあいつがあの小屋にお菓子があるに違いないとか言い出したんだよ」
小さい頃、アリシアはサーキスタの情勢が悪いとの理由から暫くうちに預けられていた期間があった。
結構なじゃじゃ馬で我がままなおてんば娘。
お姫様ってのは面倒で出来れば係わり合いになりたくないと思っていたのだが、いつの間にか懐かれてしまい、そのまま俺達は婚約させられたんだ。
「あいつは心配性だからな。この俺が食中毒ぐらいで死んでたまるかっての」
「……そういえばスロウ様。さっきこのダンジョンの中から冒険者の方々が出てくるとき、アリシア様の姿がちらっと見えた気がするんですけど。スロウ様が何やら考え込んでどか食いしてた時です。」
「えっ……アリシアが? まじで?」
シャーロットは水筒を取り出して水をごくごくと飲み干した後、こくこくと頷いた。
「フラグじゃん。それ……」
「え? 何ですか?」
「ああ、いや。こっちの話」
はぁ~~~。
こんな場面でシャーロットがわざわざ可能性の低いことを言い出すとは思えない。それにあいつの声は特徴的だから……ここにいたんだろうなあ。
何て言ったってあいつはアニメの
「ぶひィ~~~~~~~~~~」
喧しいアリシアがいるってことは、シューヤもいるんだろうな。
まだ借金を返し終わっていないはずだし、一緒に行動してるだろう。
そうだな、クルッシュ魔法学園が一時的な機能不全に陥って休業している今、冒険者としてお金を稼ごうと思ってやってきたのか? それにアリシアも着いてきたとかそんなところか?
……。
わざわざ俺が大騒動を起こす予定の今、ここにいなくてもいいだろうに。
いや、主人公級の存在感を持ってるあいつらにそんなことを言っても無駄か。
「あの、スロウ様。何かお考えのところすみませんが……」
声に含まれた冷たさを感じて思わず振り返る。
そこには綺麗なシルバーヘアーを整えて、腰にはナイフとか物騒な装備を身に着けたシャーロットの姿。
長きに渡るおやすみ状態から復活した俺の「ダンジョンに潜る。準備して」の一言に怪訝な顔をしながらも、入念に用意を整えてくれた愛すべき彼女。
しかし、そんな優秀な従者さんは何故か呆れ顔である。
なんで?
「がつがつもぐもぐ。なに?」
「あの、スロウ様。ちょっと食べるのやめて下さい」
「え?」
シャーロットがじーっと俺を見つめる。
けれどハムを貪る俺の手がとまることは一向になかった。
俺はリスのように高速で飲み物代わりの果物を齧りながら、中から溢れ出る冷たい果汁を飲み干すのだった。
ごっくん、ぷっはー。
「見てくださいここ! もう首回りが苦しそうです! どういうことですか!」
「へ?」
「この短時間で一回り身体が大きくなってると思います。いえ、一回りじゃなくて二周りといってもいいぐらいです! もうそれは取り上げますから!」
「ちょっ! 止めて! これは俺のご飯だから! ご飯だから!」
いやいや、そんな馬鹿な。
今朝目を覚ました時は俺はガリガリだったんだよ?
それが半日経っただけで豚るわけがない!
「もう! いつまで食べてるんですか! スロウ様が食べてるそれはダンジョンに潜るっていうから買ってきた数日分の食料なんですよ!」
「ぶひ、ぶひぶひぃ。まぁいいじゃんシャーロット。前に言ったように俺は太れば太るほど強くなるんだよ。つまり俺は今、食べることで修行してるってわけ。そう修行。これは修行なんだよ。がつがつもぐもぐ。あー、修行辛いなー、がつがつ。失った力を取り戻すのしんどいなー」
ちょっと前まではあんなに痩せたがっていたっていうのに、今は決戦に備えて少しでも太りたい俺がいる。
いやあ、人生って波乱万丈だなあ。
「修行!? もう、ワケが分かんないです! それより持ってきた分を全部食べそうな勢いじゃないですか! やめて下さい!」
「ぶひぃ。ぶひひひぃィィィ」
「急にオーク語になるのもやめて下さい! スロウ様、悪質ですよ!」
「ぶっひっひー」
ダンジョンの中だというのに俺達は呑気だった。
ダンジョン内の通路は等間隔に松明が置かれ、明るさと暖かさを保っている。
ご覧の通り、ダンジョン都市によって管理されたダンジョン内部は平和だった。
冒険者となる者達の大半はまず力を付けるため、モンスターに慣れるため、仲間を募るため、知識を得るため、様々な理由で自由連邦のダンジョン都市に集まるものだ。そこに目をつけた自由連邦の大商人達によって整備されていく街はどこまでも巨大なギルドへと成長した。
ダンジョン都市を支配する冒険者ギルドの力は絶大だ。
集まり続ける大勢の冒険者達がモンスターに殺されないよう、ダンジョン内部は彼らギルド職員によって管理されている。荒野に存在する二十四のダンジョン全てに存在しているモンスターの種類を冒険者ギルド南方本部は完全に把握しているとの噂だが、あながち嘘でもないだろう。
これはダリスに届いていた噂以上だな。
ギルドマスターさん、すごいっす。
……。
だけど、それにしてって静かすぎる。
ギルドマスターからの撤退指令に従いダンジョン都市へと帰っていった冒険者達が上層を闊歩するモンスター達を粗方片付けていたのかもしれないが、それにしたって出会わなすぎる。
「だから意味深な思案顔でどか食いするのやめて下さい! ってうわ、骸骨のモンスターがやって来ましたよ! スロウ様! あそこです!」
「やっと一体目が現れたか……へぇ、あれはやけに強そうなオークさんの登場だな」
「うわぁ……あの骸骨さん、何だかとっても強そうなんですけど……。え? オークですか?」
「うん。よーく見れば骨格は人間の者じゃなくてオークさんだよ。とはいってもオークのスケルトンなんて滅多にいないからよく分かんないよね」
「ブヒ~。ブヒ~」
「……すごいなシャーロット。あのオークさん、スケルトンになっても喋ってるよ」
ブヒ~ブヒ~と鼻息荒く近づいてくるオークのスケルトンは豪勢な装備を身につけている。少なくともC級に分類されるダンジョンの上層で出てきていいモンスターの格じゃない。
スケルトンが立ち止まり、瞬時の敵意に俺は身構える。
ある筈の無いモンスターの両眼が俺の動きを射抜いていた。
……驚いた。
こいつの生前は恐らく、ブヒータの比じゃないほど強力なオークキングだったに違いない。
「ブヒ!」
「……急ごうシャーロット―――既に魔王は目覚めているみたいだ」
何だか理解を超えてしまい、固まってる様子のシャーロットに向けて俺は言い放った。
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