PARTⅣの8(41) 妖脳ネットワーク発動

 金ゾンビに凍結させられた天狗達はしばらく朝日を浴びると解凍されて元に戻った。


 テレビ放送は、ニュースだけが辛うじて続いていた。おもいはテレビに映る巨大な甕の映像を通じて相手の気を読みながら、


「新月の晩、つまり今晩、奴は勝負に出る。こちらも陣容を整えてみんなで東京に行って三百六十三人の人間達を救出し、決戦にのぞもう」


 と宣言した。


 すでに作戦は立っていた。


 作戦に参加する全国の妖怪達は青木が原樹海の草原に集結し、準備を整えたあと、磐座いわくらを使って東京に行き、


 日没までには、今や雲をつらぬいてそそり立つほど巨大化した金の甕の直近ちょっきんに布陣した。


 日が暮れて真っ暗になった。甕の周囲の金のかすみは張られたままになっていた。


 ヒカリと手をつなぎながら陣の中心の台座の上に座っていたおもいは金の霞の気や記憶を読んだ。


「この霞に触れた住人達はカードにされ、最寄りのATMのカード挿入口に自ら入って、


 金銭換算されてそれを全部吸い取られ、捨てられたまま放置されている。


 ″″はわしらが来ていることを感知して警戒して、金の霞を更に厚く張ったようじゃ。


 あの霞には下手に入らない方がいい。入ったら消されるか、凍らされるか、カードにされるかしてしまうじゃろう。


 こちらの準備が整い次第、作戦開始じゃ」


 彼の声は作戦に参加している全ての妖怪達に聞こえていた。


 その直後、おもいが異常に強大な妖気を感じた。それはおもいと手をつないで座っているヒカリにも伝わった。


「まずい、すぐにシールドを張るじゃ!」


 おもいのコマンドを受けて、ヒカリの背負っているリュックの中の2号がパワーを供給し、


 そのパワーをもらった天狗達が強力なシールドを発生させて、妖怪の陣を保護した。


 次の刹那せつな、巨大な金の甕から、まるで核爆発のような勢いで金の霞がほとばしり出て、みるみるうちに地球全体をすっぽりと覆い、じきに消え、


 甕の周囲の金の霞だけが残った。


 甕は長細くなりながら天に向かって、新しいバベルの塔のようにどんどん伸びて行った。おもいは何があったのかサーチした。


「甕の中の者達を除く世界中の全ての人間達が一人残らずカードにされて一番近いATMにワープし、


 それぞれが一生にかせぐだろう稼ぎ分のお金に金銭換算きんせんかんさんされ、


 それに臓器ぞうきの売り代金分も付加された額の金額に替えられて猛スピードのオートマチックな流れ作業で次々と引き出されて行っている。


 甕はその金を吸収しながらどんどん上に向かって伸びて行っている。


 金を全て引き出されたあとのカードはATMから吐き出されて捨てられ、


 そのカードが一枚一枚きれいに積み重ねられ、途中で崩れると、またそこから積み重ねられ、また崩れると更にそこから積み重ねられ ・・・


 ああ、そうじゃの、たとえば、一つ積んでは母のため、二つ積んでは父のためといったあんばいで ・・・ 


 世界中のATMの周辺がまるでカードのさい河原かわらのようじゃ。ああ、カードと同じ数の内なる子供達の泣き声が世界中に響き渡っている ・・・」


 それらの映像と声は、作戦に参加している全ての妖怪にも見え、聞こえた。


 おもいの中に世にも忌まわしいイメージが浮かんできた。他の妖怪達もみなそれを共有した。


 おもいはそれを確認するために、岩彦にテレパシーで尋ねた。


「作戦会議の時、君はガメツカメを遠い南の海に封印したとわしに言っていたね」


「ええ」

「正確な場所はわかるか?」

「いいえ」


「じゃ、封印した場所の景色を思い浮かべてくれないか」

「はい」


 岩彦は南の海のゆがんだ楕円形だえんけいのサンゴしょうを思い浮かべた。それを読みとったおもいは、


「やはり ・・・」

 とつぶやいた。


 岩彦は「そのサンゴ礁が何か?」と聞いた。


「ビキニ環礁かんしょうじゃよ。君がガメツカメを封印したのは。


 アメリカが一九四〇年代後半から五〇年代にかけて何度も何度も核実験かくじっけんをくりかえしたところじゃよ」


「え、じゃ ・・・」


「そうじゃよ、あれは核実験の結果、封印が解けて、しかも放射能の気を浴びて、


 以前とは比べ物にならないパワーを持った、狂った妖怪となって復活した。


 そして日本に戻って、まず、拝金主義的はいきんしゅぎてきなな経済を成長させながら株屋の男をしもべとして選び、そのあと彼を捨ててその女房に乗り換え、


 金融機関の電脳ネットワーク全体をもボディとしつつ、人間社会を金まみれにしながら今日に至った。


 生き物のゴジラに対して、あれはヴァーチャルゴジラと言ってもいいかもしれない。


 ヴァーチャルには、【名目上めいもくじょうはそうではないが、実質上じっしつじょうのの】という意味があって、そっちの方が本来の意味なんじゃが、


 あいつの方が本当のゴジラかもしれんな、実質的には。


 いずれにせよゴジラは人間が創りだした破壊のモンスターじゃ。それはわしらと同じく人間の心の反映じゃ。


 わしらは手助けはできるが、それが勝つのか滅びるのか浮かばれるのかはやはり人間の手に委ねられてるんじゃよ」


 宇宙空間に飛んだ剣彦つるぎひこから連絡が入った。

「準備オーケーです」


「よし、じゃ、もう時間がないと見た、ただちに作戦開始!」

 おもいがコマンドを発した。


  おもいは他者の考えや気などを読むだけでなく、自分の念を他者に伝えられる。


 2号は座敷わらし一京けい人分ものエネルギーを有している。


 そしてヒカリは座敷わらしとして、あの晩″″が謡に言っていたように、


 チャレンジしたり何かを創り出したり変化させたり進化させたりできる力の源なのだ。


 強力なエネルギー源である2号をリュックに入れて背負うことによってその能力は創造主そうぞうしゅである″″の域に近づく。


 そこでヒカリはまずおもいと手をつないで彼を生ける妖怪量子ようかいりょうしコンピューターに進化させた。


 そしてそのおもいと、エネルギー源である2号を背負った自分を手をつなぐことによってリンクさせて三位一体の強力な妖怪マザーコンピューター兼パワージェネレーターとなり、


 更に、作戦に参加している全ての妖怪達ともワイヤレスでリンクして妖脳ようのうネットワークを形成して、この決戦にのぞんだのだった。


 これこそが、妖怪の総大将であるぬらりひょんの提案ていあんした作戦だったのだ。


 妖怪マザーコンピューター兼パワージェネレーターはまず、


 今や金のバベルの塔と化した″マザー″の側方に隠れ蓑をかぶって待機していた百人の天狗達の持っている団扇うちわに強力なエネルギーを送った。


 彼らの団扇は銀緑色に輝きだした。


「それ!」

 天狗達を率いている岩彦が号令をかけた。


 天狗達は隠れ蓑をかなぐり捨てて姿を現すなり、一斉に、金の霞めがけてパワーアップした団扇をあおいだ。


 台風の風にもビクともしない金の霞が一瞬にして吹き飛んだ。霞の中にいた百体ほどの金ゾンビ達が姿を現した。


「よし、雲外鏡うんがいきょう、あんたの出番だ!」


 マザーコンピューター兼パワージェネレーターは、剣彦率いる天狗達によって宇宙区間に運ばれていた鏡妖怪の雲外鏡十体にエネルギーを送りつつ、


 それらを一斉に巨大化させた。


 それらはマザーコンピューターに制御されながら、凹の度合いを微細みさいに変化させる生きた凹面鏡おつめんきょうとなって焦点しょうてんを合わせ、


 地球の反対側から照ってくる太陽の光を反射させて、宇宙空間から金ゾンビめがけて強力な太陽光をピンポイントで照射しょうしゃした。


 いつわりの輝き性によってボディを保っている金ゾンビは直接太陽光に当たると早晩そううばんちりになって消えてしまう。


 たとえば夏の強い日差しに当たった場合、金ゾンビは一分も浴び続けるうちに力を弱め、かすみ、消えてしまう。


 それを避ける目的もあって、日中に行動する時は金の霞を張っていたのだ。


 金の霞は太陽光を金ゾンビにとって無害なものに変えるためのバリアであると共に、それに触れた者達を虚無化きょむかして消したり、凍結させたり、カード化する機能を有していた。


 そのことを読みとっていたおもいはこのような作戦を立てたのだった。


 雲外鏡による太陽光のピンポイント攻撃を受けた金ゾンビ達は次々と塵になって消えていって、残った金ゾンビは一体だけとなった。


 おもいはその金ゾンビに向かって、2号によって増幅された強力な念を送って、それをコントロールしはじめた。


 金ゾンビは金のバベルの塔に向かって走って行って、大きな輪に変身しながらその壁に張りついて内側の円の部分の壁を虚無化して大穴をあけた。


「よし、侵入部隊、前進!」


 岩彦は自ら天狗の新入部隊を率いて″″のボディである金のバベルの塔の中に侵入した。


 その時、塔の内側の空間いっぱいに″″の声が響いた。

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