PARTⅣの6(39) おもいは金ゾンビの気を読み
″マザー″は彼らが本栖湖のホテルに集結し終えたことを把握していたが、放置していた。
そして、その集結完了の日の翌日から総仕上げのプロセスを開始した。
まず第一弾として、その日、世界のあちこちで同時多発的に巨額の債務不履行が起こったという報道が地球上を駆け巡り、
それを引き金にして
本栖湖のホテルにいた謡達は″マザー″の仕業だと考えた。
早速、高志のリーダーシップの元に、ホテルの支配人や従業員達にも参加してもらって
高志は
お金が全て消えてしまってどうしていいかわからずに頭を抱えていた支配人や従業員達も高志の説明を聞いて、当然興味を持った。
しかし、支配人は、
「そういう通貨を作ってもすぐにその″マザー″に邪魔されてしまうんではないでしょうか?
邪魔されなかったとしても、虚無に呑みこまれて人間も世界も全て消えてしまうんじゃ、意味ないじゃありませんか」
と
それを、あの土佐の一本釣りの漁師が坂本龍馬の「死ぬ時はどぶの中でもまえのめりに」という言葉を引用して説得した。
更に高志が、
「情報が
百パーセントとは言いませんが、五分五分でそれは可能だと思うんです。どうぞ信じて、あきらめないでできるだけのことをしましょう」
と説得した。
更に謡も、
「みなさんご存じのように、″マザー″は東京に巨大なボディを現して今や世界を、そして宇宙全体を虚無に呑みこむと言う大仕事に取りかかっていると思います。
あたし達を個別にいちいち
だから、こちらは淡々とコミュニティ通貨を進めましょう。そしてこちらが消滅させられるか、それとも相手が消滅するかの大勝負に賭けましょう。
お父さんも今言ったように勝てる可能性はあります。あたし達に任せて下さい」
と説得した。
その結果、支配人や従業員達も話に乗ることになった。彼らはみな地元の人間だったので、
高志のリーダーシップのもとに採用されたのは、
ドイツの「交換リング」やイギリス・カナダ・オーストラリアニュージーランドなどの「LETS」や日本の「ガル」などと同じ方式の、
高志によって「レイ」と名付けられた地域通貨だった。
それは、
「1レイは、大恐慌勃発前の1円と同等の交換価値を有する」と約束し、
「レイ通貨通帳」という取引通帳を用いて、「ものやサービスや知識」と「レイ」の取引を行う、
地域通貨のシステムだった。
通帳はハガキサイズの二つ折りで、開くと内側に横十行の書き込み欄があり、
一つの行に、
「年月日」
「交換相手」
「交換内容(もの、サービス、知識、など)」
「レイ勘定 提供した時は+ 提供を受けた時は-」
「レイ残高」
「交換相手サイン」
という書き込み項目が左から右に向かって並んでいた。
まず最初に、○年△月×日にAさんが200レイ支払ってBさんからリンゴを2個買ったとする。
その場合、Aさんは第1行目の各書き込み項目に、
「○年△月×日」
「Bさん」
「リンゴ2個」
「-200」
「-200」
と自分で書き込み、
最後の書き込み項目にはBさんにサインをしてもらう。
次に、○年△月◆日に、AさんがCさんに500レイもらって英会話を1時間教えて上げたとする。
その場合Aさんは第2行目の各書き込み項目に、
「○年△月◆日」
「Cさん」
「英会話1時間」
「+500」
「+300」
と自分で書き込み、
最後の書き込み項目にはCさんにサインをしてもらう。
このようにして、取引のあるごとに一行ずつ書んでいくという、そういう使い方をしていくのだった。
高志はこの通貨システムを提案するに
「元手が〇の人でも、相手が取引に応じてくれれば使えます。
この方式だと、レイを使っている人達全体では、どんなに複雑な取引をしても常にプラスマイナス〇となります。
また貸し借りしたり預けたりしても利息は〇という約束でスタートしたいと思います。
そういう〇と、いつも原点を忘れないようにという願いを込めて『レイ』という単位にしたわけです。
あと、レイには『
どんな通貨も
たとえば、
これでは不便だとみんなが思った時このシステムをどう改善していくのかとか、
あるいはまったく別のシステムに変えていくのかどうか、
電子マネー型にするとかしないとか、
紙幣やコインを発行するとかしないとか、
いろいろ考えるべき問題点や新しい
みんなで話し合いながらそれらをクリアして行きましょう。
レイの場合、ドロロと違って、『価値の減って行くお金方式』は採用していませんが、
そういう要素も盛り込む必要があるとかないとか、そういったことも今後検討することになるかもしれません。
とにかく、みんなで話し合い、試行錯誤し、創意工夫も重ねながら、使い勝手のよい、
それはほかならぬ私たち自身の社会の新しい血液なのですから。
最後になりましたが、一番肝要なのは私達の、
それなくして、暖かい血の通ったお金は育てられません。
相互に信頼し合い高いモラルを持つ者達からなるコミュニティや社会の中では、
利息を取る行為も、弱者から
是非、″マザー″が何をしかけてこようと、私たちは相互信頼と相互扶助と高いモラル意識によって、私達の暖かいお金とこれからのコミュニティや社会をできる限り創りだし育てて行きましょう」
高志と一徹は岩彦に頼んで神通力で東京に連れて行ってもらって、
【地域通貨は財務大臣が禁止しなければ発行し流通させることができる】
という意味のことが「
それで、高志は一徹に付き添ってもらって、花枝に話しに行こうと思ったのだ。
高志の話を聞いた花枝はこう答えた。
「私は地域通貨によって、あの一九三〇年代、
これまでに日本も含めて世界の様々な地域で様々な地域通貨の実践が積み重ねられて来ていることも知っています。
通帳方式なら法律上問題はないので、私が禁止するしないの問題は生じません。
もちろん私は禁止できても禁止などしませんし、今の事態に対してむしろ積極的に
こうなってしまった今、みなさんが創意工夫をこらして生き残りをはかって、
それでうまく生き残れたところが中心になって人間社会を新しく立てなおしていくしかないように思います。
私もそういう動きがもっともっと全国に、いや全世界に広がるように声を上げ、必要な
どんな時にもベストを尽くすのが人間というものだと私は思います」
高志、一徹、岩彦は本栖湖のホテルに帰る前に、聖川社長に会って仲間にならないかと誘った。
聖川は喜んで仲間に加わり「ホテルは自由に使って下さい」と申し出た。
さっそく「レイ取引通帳」が印刷され、それを用いた取引と流通が始まった。
全国、いや全世界のあちこちでも同種の試みが広がり始めた。
すでに以前から地域通貨を使っていた地域が全世界には結構たくさんあり、
そういった
物流に携わる企業や生協なども参加し出し、地域通貨はものやサービスを流通させ、仕事を生み出し、
社会の暖かい血としての機能を発揮しはじめた。
銀金トミは巨大な黄金の
今や食べることも飲むことも必要なく生き、テレビや新聞やインターネットなどのメディアなしに世界の情報を得られるようになっていたトミは、
″マザー″を神と呼び始めていた。
彼女は甕の内側の巨大な虚空を見上げながら言った。
「神様、人間達はコミュニティ通貨なるものを作って生き延びようとしていますが、全く無駄な努力ですね」
「
もう、誰も私を止められるものなどいません。そろそろ第二弾を放つとしましょうか」
これまでこの世界では、ほんの
一%の富裕層がもつ資産の総額は残る九十九%の人口の資産を合わせた額と同程度だった。
また、七十三億以上が暮らすこの世界において、富裕層上位六十二人の資産総額は、貧困層三十六億人の資産総額に
そういう者たちを中心とする、富裕層の中の更にまたほんの一握りの超富裕層の者たちは、
実は、以前から今回のような大恐慌が来た時に自分達の間で流通させる一種のコミュニティ通貨「セレブ」を準備していたのだ。
そして彼らはその「セレブ」の価値を裏付ける金などの貴金属、宝石、不動産、食糧生産業も含むあらゆる企業体を大量に保有していた。
彼らこそが″マザー″のボディを大きくすることにもっとも貢献してきた、いわば
彼らは大恐慌の勃発に際して、早速この「セレブ」を、紙幣の形で
だが、″マザー″は無慈悲にも彼らの「セレブ」紙幣から数字を消し去った。そして彼らの金庫からは全ての貴金属や宝石が消えた。
それらを吸収した″マザー″はますます巨大化した。
拝金″マザー″教の幹部信者達は彼らの神に操られたあげくの果て、用済みになってあっさりと切り捨てられた。
このニュースはすぐに世界を駆け巡り、本栖湖のホテルにいる者達にも届いたが、彼らはもう何が起こってもびっくりしなかった。
「自分たちのアイデンティティとしてお金にあれだけ執着して、人や地球を食い
こんなバブリーで虚しい人生はないんじゃないかな?」
みんなでホールに集まってそんなこと話しているうちに、酒呑童子と茨木童子が青木が原の草原の
酒呑童子は開口一番、
「ここに人が入れる大きさの冷凍室はあるかな?」と尋ねた。
「ええ。肉を保存しているのなら ・・・」支配人は答えた。
「実は新しい護衛として雪女を連れてきたんだが、早速、彼女を冷凍室に入れてあげていいか?」
「はい。どうぞ」
酒呑童子と支配人が雪女を冷凍庫に連れて行っている間に、茨木童子がみなに報告した。
「飛騨に住んでいるさとりという人の心を読める妖怪がいるんだ。
彼に『岩の記憶を読めるか?』と問いあわせたところ、『岩でも木でもなんでも、記憶は読める』という返事だった。
早速大江山に招いて、円い穴をあけられた岩戸の記憶を読んでもらったんだ。
その結果わかったのは、あの時金ゾンビは輪の形に変身して岩戸に張り付き、
そのあと、輪の内側の
さとりは、
『金ゾンビは冷たいお金の虚無性を活用した妖力を持っているようじゃ』
と言っていた。
あと、さとりは、
『富士山麓の大和田村の森林の中におもいと呼ばれている妖怪が住んでいるが、それは私達の仲間の別名なんじゃ。
富士山麓のおもいは一族の最長老で、能力もわしなんかに比べたら桁違いと言うか、
ただ相手のことを読むだけでなく、相手に自分の
是非、力を借りたらいいと思う』
と言っていたよ。
これからあちきが酒呑童子と一緒に探しに行って、ここに来てもらおうと思っているんだ」
二人の鬼は雪女の
その夜、
夜空で警戒中の護衛の天狗の一人が、ホテルに向かって進軍してくる身の丈十メートルほどの人の形をしたもの、十体を発見したのだ。
それはもはや石油ゴーレムというべき巨大石油ゾンビだったのだ。
金ゾンビも一体、一緒に進軍していた。空には四十羽の巨大な金のコウモリも現れた。
剣彦の率いる十人の天狗達がホテルの周囲にシールドを張り、残りの天狗達は隠れ蓑で姿を隠して空に控えた。
石油ゴーレムは周囲を火の海に変えながら近づいてきた。
冷凍室から出て来た雪女は岩彦と共にシールドを抜けて、地響きを立てながら迫りくる石油ゴーレムの前に立ちはだかった。
岩彦は「頼んだぞ」と言いながらヒカリから借りた、2号の入ったリュックを雪女の肩にかけてやった。
雪女は印を結び、2号の力を借りて増幅した強力な
冷凍気を浴びた石油ゴーレム達はその場で立ちながら
続いて雪女は空のコウモリ達に向かって冷凍気を放った。
――これでコウモリは空で凍結して墜落し、地面に激突して粉々になる。
岩彦はそう踏んでいた。だが、冷凍気を浴びても金のコウモリは全く凍結しなかった。雪女も天狗達も動揺した。
地上にいた金ゾンビがさっと手を上げて合図した。コウモリたちは地上にいる岩彦と雪女に向かって降下した。
剣彦は硬撲棍を構えながら真っ先に突っ込んでくるコウモリに向かって飛んで行き、他の天狗もあとに続いて、空中戦がはじまった。
金ゾンビは雪女と岩彦の前に進み出た。雪女は相手の気を感じて叫んだ。
「こいつ、あたしより冷たい、気を付けて!」
金ゾンビが金のビームを放った。岩彦は雪女を抱えて空に逃れた。ビームの当たった草が一瞬のうちに凍結した。
空では天狗とコウモリが戦っていた。東名自動車道の時と違って双方はほぼ同数で、天狗達は
心の余裕をなくして硬撲棍を振りかざしながらしゃにむに突っ込んで来る天狗達に対して、金のコウモリ達はいきなり金のビームの一斉射撃を浴びせた。
半数弱の天狗がよけきれず、シールドを張るいとまもなくビームをもろに食らって空中で凍結して
彼らが地面に激突してこなごなにならないようにキャッチする作業にほかの天狗達は大わらわになり、凍結した仲間を抱えてなんとか地上に降りたが、
そういう彼らめがけて放たれたビームにやられて更に次々と凍結していった。
その間に金ゾンビはホテルに向かって走り出し、
大きな輪に変身しながら見えないシールドに張り付いて内側の円い空間に張り付いているシールドを虚無化して大穴をあけた。
その大穴から巨大な金のコウモリ達が次々と侵入して、一体が十体の金ゾンビに別れて姿を変えて降り立ち、
ホテル内に侵入して三百六十三人の人間にビームを浴びせて凍結させてホテルの外に持ち出し、
さっきと逆のプロセスで金の大きなコウモリに戻って、今度は金のビームをトラクタービームにして凍結した三百六十三人を運び去った。
ヒカリは姿を消して
岩彦は雪女と共に隠れ蓑をかぶって姿を隠し、凍結は免れたが、それ以上のことはできなかった。
シールドを張っていた十人の天狗達もへとへとに疲れていた。
シールドを解除し、岩彦と2号のリュックを背負った雪女がホテルに入って行くと、
支配人や従業員達は凍結は免れたものの、寒さと恐怖で震えていた。
姿を消していたヒカリが現れて、意気消沈していた岩彦に言った。
「三百六十三人は東京の金の大甕の中に連れていかれたと思うよ。災い転じて福となせって言うじゃない? これを逆手に取れってことじゃないかな? 」
岩彦はそれを聞いて少し元気を取り戻した。
そこへ、酒呑童子と茨木童子がおもいを連れて戻ってきた。
二人の鬼は、天狗達が凍らされ、三百六十三人が連れ去られたことを知って唇をかみしめた。
おもいは凍結した天狗の体を読みながら言った。
「冷たく虚しいお金からできた金ゾンビは、
天狗達は、陽の光を浴びれば凍結が解けるじゃろう。
金ゾンビのもう一つの特性は偽りの輝き性じゃから、本物の光を浴びると妖力が無化されてしまうんじゃ」
凍結してからまだ時間が経っていないから、岩戸のケースよりもずっとクリアに読めたようだった。
「ただし、東京に現れた金の巨大な甕はむちゃくちゃな質量を持っているから、それこそ太陽の中心にでもぶち込まない限り、無化はできないじゃろうな」
おもいはそう付け加えた。
2号の入ったリュックを背負った岩彦、ヒカリ、酒呑童子、茨木童子、雪女、おもい、そして総大将のぬらりひょんは今後の作戦行動について協議し、
必要な仲間を集めた上で最後の決戦の場である東京に赴くことに衆議は一決した。
ぬらりひょんは協議の中で重要な提案を行った。
「あいつの妖力はとてつもなくでかいから、バラバラでは対抗できないだろう。ここは
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