PARTⅢの12(30) 妖怪バザール・妖怪紙幣
それから一時間ほどあと、一行は茨木童子に連れられて、御殿の裏の広場いっぱいに開催されているバザールを見学した。
高志とレイ子はお揃いのミサンガをつけた手と手をつないでいた。
活気と
それぞれの店には様々な妖怪たちが様々なものを売ったり様々なサービスを提供したりしていた。
かっぱやかわうそは川魚を。
わいらは鳥や獣の肉を。キジムナーはトロピカルフルーツを。
ウス転がりはそば粉や小麦粉を。おんもら鬼は卓上コンロを。ばくはDVDを。
うぶめは羽毛のジャケットやベストを。
ろくろ首は高いところにあるものを取るサービスを。
黒髪切は散髪・長髪を。ガラッパは黒砂糖を。倉ぼっこは荷物一次預かりサービスを。
見上げ入道は自分の経営する妖怪学校の生徒の勧誘を。やまびこは伝令サービスを。山わろは川エビ・川ガニを。
どの店も看板が出ていて、何を売っているか、どんなサービスを提供しているか、それぞれの看板を見ればわかった。
妖怪たちは品定めをしたり、値引き交渉をしたり、活発に取引をしていた。
彼らが使っている
横が寸詰まりになって、正方形に近いものや縦長の短冊のような紙幣も流通しているようだった。
バザールの中心には虹色の大きな天幕があり、看板には次のように書いてあった。
【妖怪コミュニティ銀行】
茨木童子は一行に説明した。
「ここで人間のお金と妖怪のお金を両替できるよ。
バザールには珍しいものもいろいろあるからよかったら買ってってくれたら妖怪達も喜ぶと思うよ。なんせ、人間の客なんてはじめてだからね。
一行は何かとてもワクワクして来た。
「ほら、これがあちき達のお金だよ。人間の1ドル札を参考に作った紙幣なんだ。
単位はドロロ。一ドロロは一円と同じ価値があるんだ。
基本は一万ドロロ札で、ほら、これがそうさ」
茨木童子がそう言ってみんなに見せた一万ドロロの妖怪紙幣は、「10000」と「1」という額面の違いを除けば、一ドル紙幣にとてもよく似ていた。
そう、ドロロ紙幣はドル紙幣のいわばパロディヴァージョンだったのだ。
ドル札の単位である「DOLLAR(ダラー)」は、妖怪紙幣では「DOLLORO(ドロロ)」となっていた。
裏面の絵柄は、ドル札では「一つ眼のピラミッド」と「鷲」だが、ドロロ札では「一つ眼の
ドル札の裏面の「IN GOD WE TRUST(我々は神を信頼する)」という文言は、
ドロロ札では「IN GHOST WE TRUST(我々はお化けを信頼する)」となっていた。
ドル札の両面の上部の「UNITED STATES OF AMERICA(アメリカ合衆国)」という文言は、
ドロロ札では「UNITED COMMUNITIES OF MONSTER(妖怪コミュニティ連合)」となっていた。
ドル札のピラミッドの下に書かれているローマ数字「MDCCLXVI(=1776)]は、
ドロロ札ではから傘お化けの下に書かれており、「N(=0)」になっていた。
ドル札の、一つ目ピラミッドの上方の「ANNUIT COEPTIS(神は企てを肯定した)」という文言は、
ドロロ札では「DENEGIT COEPTIS(神は企てを否定した)」となっていた。
ドル札の、一つ目ピラミッドの下方の「NOVUS ORDO SAECULORUM(諸世紀の新しい秩序が)」という文言は、
ドロロ札では「NURARI ODORO SAECULORUM(諸世紀のヌラリ・オドロが)」となっていた。
ドル札の、「NOVUS ORDO SAECULORUM」の更に下方に書かれている「THE GREAT SEAL(
ドロロ札では「THE GREAT DEAL(デカい取引)」となっていた。
ドル札の、鷲が
ドロロ札では「EPLURIBUS NIHILUM(多より
ドル札の表の、ジョージ・ワシントンが描かれている部分は、ドロロ札では妖怪の総大将であるぬらりひょんが描かれていた。
「さあ、これはあちき達からのプレゼントだから、遠慮なくバザールで使ってみておくれ。
もっと沢山使いたい人は銀行で円をドロロに交換すればいいよ。両替えは手数料無料だ。人間の世界に帰る時はすぐに円に戻せるからね」
茨木童子は一人に一枚ずつ、ま新しい一万ドロロ紙幣を配った。
それは縦の長さが八センチ、横の幅が十六センチの紙幣で、上下と両脇には幅五ミリの、何も印刷されていない余白があった。
両脇の余白のそれぞれには「一〇〇〇〇」という数字が入っていた。
一行はま新しいドロロ札を持ってバザールを物色して回った。
妖怪達の扱っている野菜や果物や魚や肉類などの生鮮食品類はどれも新鮮で、試食させてもらったらどれもおいしいものばかりだった。
一行の多くが「人間界に帰ってから一反木綿の宅急便で配達してもらう」という約束で代金を先払いしてそれらを買い求めた。
ぶんぶく茶釜の骨董店では、人間の世界では見たこともないような、妖しくも美しい陶磁器類が人間達の目を引いた。
それらは人間の世界に持って帰ったらうんと高値で売れそうな感じのものだったが、いずれもびっくりするほど安かった。
これらも多くの人間達が買い求めて、宅急便で後日送ってもらう約束で先払いした。
また、歌舞伎役者の使っていた
そのようにして、一行は妖怪バザールを心から満喫した。
一行がいかにも妖怪の紙幣らしいと思ったのは、買い物をした時に売り手に渡したドロロ紙幣が、
代金分の金額の紙幣とお釣り分の紙幣と二枚の紙幣に自分で
売り手は代金分の金額の紙幣を手元に収め、お釣り分の金額の紙幣を買い手に渡すのだった。
元の一万ドドロ紙幣の絵柄や文字や数字の印刷してある部分は縦の長さが七センチ、横の幅が十五センチあるのだが、
分裂した二枚の紙幣のその部分の横幅は元の紙幣に比べてそれぞれ「一万分の代金額」と「一万分のお釣り金額」に自動的に縮小されるのだった。
縦の長さ八センチと上下両脇の余白部分の五ミリの幅は変わらないままで ・・・。
謡はナマハゲの店で売っていた百ドロロの妖怪民芸ストラップを買って、ナマハゲに一万ドロロ紙幣を渡した。
すると、ナマハゲの手に渡った妖怪紙幣は九千九百ドロロの紙幣と百ドロロの紙幣とに自分で分裂した。
その際、お釣り分の九千九百ドロロ紙幣の印刷部分の横幅は元の一万ドロロ紙幣のそれに比べて〇.一五センチつまり十五ミリ短くなったが、見た目にはそのわずかな変化はわからなかった。
それに対し、代金分の百ドロロ紙幣の横幅はひどく寸詰まりになっていた。
両側の余白部分はそのままで、絵柄や文字や数字の印刷してある部分の横幅が一万分の百に縮小されてしまっているので、
真ん中に縦幅七センチ横幅〇.一五センチの細長く四角い印刷部分が印刷された、縦八センチ、横一.一五センチの短冊形の紙幣になっていたのだ。
その短冊形の紙幣を、謡はナマハゲから「ほら、これ、見てご覧よ」と渡された。
印刷部分はほとんどやや太め一本線と化していて、絵柄も文字も数字も全く読めなかった。
だが、両脇の余白の部分の数字は「一〇〇〇〇」から「一〇〇」に変わっていて、それが百ドロロ紙幣だということがわかるようになっていた。
「どうだい、いかにも妖怪紙幣っぽいだろ?」
ナマハゲは得意そうに言った。
謡はその紙幣を相手に返しながら応えた。
「ええ、びっくり!。
使い勝手がいいように、こんな具合に代金分とお釣り部分に自分で分かれて、額面も幅もその時一緒に変わるなんて、
なんか生き物みたい!」
ナマハゲはお釣り分の九千九百ドロロ紙幣を謡に渡しながら得意げに言った。
「そうさ、死んだお金じゃないんだよ。
印刷面の絵柄や文字や数字がわからなくなった短冊みたいな紙幣は財布やポケットに何枚かまとめて入れるとすぐに、
額面一万ドロロまでの範囲内で、一枚の紙幣にまとまってくれる。
だから持っていてもかさばらない」
「便利なんですね」
「そうさ。それで、あともう一つ、一番肝心なポイントがあるんだよ」
「それはどんなことですか?」
謡は興味津々に尋ねた。
「実は、俺達のお金は一ヶ月に〇.五パーセントずつ価値が減っていくんだよ。
毎月一定の日になると手持ちの紙幣は全て、額面と印刷面の横幅が〇.五パーセント減るんだ。
それは俺達がそういう風にしようとみんなで決めたことなんだけどね」
「なんで、そんな風にしようと?」
「そういうお金なら、貯め込んでいると価値が目減りして損するからね。だから、みんな貯め込まないでさっさと使う。
貯め込む奴がいなければ経済全体が活性化し、デフレもインフレも起こらない」
「そんなこと、人間の世界じゃ考えられない・・・」
「だろ? あともう一つ、妖怪の世界には利息もない」
「ほんとに?」
「ああ。貯め込んでいくと減って行き、利息もないから、金貸しとか金融とかいう商売が成り立たない。
そういう商売の元締め達が金儲けのためにマネーゲームや環境破壊や戦争なんかをするようなこと起こらない。
大きな
社会の血液としてはドルよりもドロロの方がはるかに優秀だと思うよ。
こういう妖怪紙幣も、利息のない経済も、実は俺達のくぐりぬけた大変な試練の結果生まれたものなんだけどね ・・・」
ナマハゲは過去を振り返るような目で言った。
「試練って?」
「ああ、それは、話せば長くなる。今は商い中で、あんたとばかり話してばかりもいられないから、
知りたかったらあとで、御殿の鬼にでも聞いたら教えてもらえるよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ああ。あと、バザールの終りに面白いものが見られるから ・・・」
「なんですか?」
「それはお楽しみ ・・・」
謡はなんのために妖怪達がこういうお金を使っているのかまだピンと来ていなかったのっで、高志に意見を求めた。
「ナマハゲの言う通りで、確かに、社会の血液としてはドルよりドロロの方がはるかに優秀だと思うよ」
高志はそう答えて笑った。
バザールの終わる時間になった時、人間達は茨木童子と共に妖怪コミュニティ銀行の入り口に集まり、そこで不思議な光景を目の当たりにした。
一行の持っていたものも含めて全てのドロロ札の両側のごく細い部分が札から一斉に自らを切り離して舞い上がり、
空を飛んで行って妖怪コミュニティ銀行の中に入っていくのだった。
茨木童子が中に一行を引率して銀行の中に入ると、ぬらりひょんが迎えに出て、
「ほら、あれを見て下され」
とカウンターを指さした。
見ると、外から集まってきたドロロ紙幣の細い断片がその上に舞い降りながらまとまっていって色を変え、
新しい赤いドロロ札を作っていくところだったった。ぬらりひょんは説明した。
「あの赤いドロロ札はコミュニティ全体のために使われる
あれで、たとえば妖怪の病院や託児所や人間界と行き来するためのトンネルなどコミュニティ全体にとって必要なものを作っとるんです。
公共紙幣が普通の紙幣と違うのは、翌年度末までは額面も面積も減らないということです。
翌年度末を過ぎると発行されてからその日までの分がまとめて額面と面積が減ります。
わしらは、前の年度に集まった赤い紙幣を次の年度のコミュニティ予算として計上し、
その予算に基づいてコミュニティ全体に必要なものを
「たとえば、妖怪が家を建てる時はどうやって資金を調達するんですか?
家を建てるためにはある程度まとまったお金が必要になると思うんですが、
そのために現金を貯めれば貯めるほど損をするのは
レイ子が質問した。
ぬらりひょんは、
「そういう場合は無利子で、家を建てるのに必要な額をコミュニティ銀行が無利子で貸しつけます」
と答えた。
「無利子ですか?」
「ええ、以前と違って、今の妖怪の世界には利子は存在しません。
【利子は災いの元】ですから。
そして、借りた妖怪は月々、稼ぎの中から無理なく返していけばいいんです」
「今、【利子は災いの元】とか【以前と違って ・・・】とかおっしゃってましたが、あなた達の世界にも利息が存在した時代があったんですか」
と質問したのは大浜キャロラインだった。
それには、茨木童子が答えた。
「その話は夕食後、あちきがみんなにじっくり話して上げるよ」
そして夕食後、茨木童子は人間達に次のような話をした。
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