PARTⅢの10(28) 2号&ミサンガが復活し
新たに開いた洞窟の中に全員が足を踏み入れると、神戸岩彦は岩戸を閉めた。
携帯の灯りに照らされた洞窟内には
やがて前方に出口の光が見え始め、だんだん大きくなって行って、ついに異界への出口に辿り着いた。
外は深く濃い霞に包まれており、数メートル先は見えなかった。岩彦はみなにここで待機するように言い、ホラ貝を取り出して吹き鳴らした。
やがて霞の中から
彼らは頭に二本の角を生やし、虎皮のパンツを履いた典型的なスタイルの鬼だった。
赤や青だけでなく、黒や褐色の鬼もいた。先頭を歩いて来た美形の赤鬼は
その鼻は高く、北欧の女優のような美しくセクシーな顔をしており、足もスラリと長かった。彼女は、
「岩彦殿、お久しゅう。ここまでの道中ご苦労であったことお察しする。それにしてもまあ、
いずれにしても大歓迎だよ。人間のみんな、あちきの名は
と挨拶した。
「女性の鬼もいるのね」
謡が呟くように言うと、岩彦は「酒呑童子の女房だよ」と説明した。
「さあ、亭主の酒呑童子も待ちわびてるからね。ついておいで」
茨木童子の先導で、一同は松明をかざした鬼達と一緒にくねくねしたゆるやかな坂道を登った。
霞は段々薄くなって行き、坂道を登ったところにある平たい土地の辺りですっかり消え、
一行の眼にはおとぎ話の竜宮城のような形をした赤い大きな
御殿の玄関の前には赤、青、黒、褐色など様々な色の男女の鬼が出迎えてくれていた。
銀の昇り龍の
「岩彦殿、お久しゅう。人間の
と挨拶した。
酒呑童子は自ら
そこで一同は焼いた川魚、ホウレン草のおひたし、海苔、卵焼き、豆腐とネギの味噌汁といった、
定番だが高級な素材とプロの味付けを施した、旅館のそれのような朝食を振舞われた。
酒呑童子は食事中の人間達に話しかけた。
「みなの衆、食事しながら聞いて下され。世間に出まわっている噂では、わしら達鬼は極悪人のように言われておるようじゃが、それは違うのでござる。
真実を言えば、わしらは、意に
そして、その姫君に
その後も困ったことがあれば相談に乗ってあげたりしておったのでござる。
また、そういう殿御がおらぬ姫にはよき出会いの機会をお作りして娶わせ、同様に別天地に送り届けたりしてあげておったのでござる」
「すごくいいことしてたんじゃないですか? そういう鬼さんにだったら私もさらわれてもいいです」
食事中の若い看護師の女性が卵焼きをほおばりながらそう発言した。一同は思わず笑った。
「かたじけない」
酒呑童子は頭を軽く下げてお礼を言った。
「でも、そういうあなた方を
別の、小柄で眼のギョロリとした中年男性が質問した。
「そうなんじゃ。大江山の鬼退治で有名な
意に沿わぬ
『その姫はいやな相手と結婚する位なら死んだ方がましだと言ってご飯も食べずに泣いて暮らしている』という
噂を聞きつけたわれらがある晩その姫の館に忍び込んで救け出し、ここに連れてきたところ、
お礼だと言って館から抜け出す時に持ち出した
それには
わしらは強いので、それを飲んでも死にはせなんだが、しかし体が痺れて動けなくなったんじゃ。
そこに、陰陽師に岩戸を開けさせた源頼光や渡辺綱などがやってきて、同じ毒を塗った刀で動けない私達をめった刺しにして滅ぼした、
というのが真相なのでござる」
「でも、今は復活して、私達をかくまってくれてますよね?」
別の、赤いスウェットの上下を着たショートヘアーの、スポーツインストラクターのような雰囲気の若い女性が質問した。
「そうじゃ。そして、神戸岩彦殿から連絡があって、かくのごとくみなさんをお招きした次第なんじゃ」
「あなた達を復活させたのは誰なんですか?」
小学校の先生をしている男性が尋ねた。
「姿は見ておらぬし、詳しくはわからぬが、復活後に久しぶりに連絡を取った妖怪や精霊達の話では、″母″と呼ばれておる存在のようなんじゃ」
そう答える酒呑童子に、ヒカリがほほ笑みながらうなずくのを謡は見逃さなかった。
謡は高志、レイ子、ヒカリと一緒にテーブルについて食事をしながら、一連の話と
そして食後、一同は分散してそれぞれの客間に案内され、四人は家族として同じ部屋に入り、テーブルを囲んだ。
「ヒカリ君はあたしの弟だったなんてびっくり。でも実は、『こんな弟がいたらよかったかも ・・・』なんてちょっと思ってたんだ」
謡はヒカリに向かって、バスの中での話の続きをそう切り出した。
「ありがとう。ぼくも謡ちゃんがおねえさんでよかったって思ってるよ」
「嬉しいな。ところで、さっき酒呑童子さんが言っていた″母″のこと、あなたは知ってるんじゃない?」
「ああ、もちろん。だって、死んだぼくを座敷わらしにして、こうしてみんなに再会させてくれた存在だから ・・・」
「そうだったの」
二人のやりとりを聞いていた高志はヒカリに尋ねた。
「それは神様みたいなもの?」
「まあ、そんな感じかな」
「ぼくが以前に桂泉荘で会ったのもヒカリだったの?」
「そうだよ」
謡はヒカリに疑問をぶつけてみた。
「今までに聞いた話をまとめると、おとうさんが会ったのはヒカリで、一徹さんが会ったのはその先代ということだったわよね?」
「うん」
「ねえ、座敷わらしって、いつも一人しかいないの? 座敷わらしが何人もいるところを見た人の話を聞いたことがあるんだけど ・・・」
「ぼくより前はいつも最低十人かそこらはいたみたいだよ。前におとうさんに話した時に謡ねえちゃんも一緒に聞いていたと思うけど、
昔から、
その魂に座敷わらしエネルギーを入れて。
座敷わらしになった子供は生きている子供達を守ったり、姿を現して、見た人を幸せにしたりして石の代わりに
積んだ功徳が一定の量になると、三途の河原で石積みをしている別の子供と交代してきたんだ」
「ぼくより前はいつも最低十人かそこらはいたって言ってたけど、今はどうなの?」
「ぼくがなってからは、座敷わらしはずっとぼく一人だけなんだよ。ぼくは″母″から大きな使命を与えられてるんだ、2号と一緒に ・・・」
「大きな使命って?」
「みんなと力を合わせてこの世界を建てなおす、そんな使命だって″母″は言ってた」
話を聞いていたレイ子は深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい。あなたを死なせて、死んだあとにまで成仏できないままに大きな使命なんて背負わせてしまって」
「大丈夫、ぼくはその使命のおかげで家族みんなとこうして再会できたんだから。
今までの座敷わらしだったらぼくみたいに、こんな風に密に家族とかかわることはできなかったんだよ」
高志も質問した。
「今、座敷わらしがヒカリ一人だということは、座敷わらしエネルギーってやつは全部君の中に注ぎ込まれてるってことかな?」
「いい質問だね。さすがおとうさんだ。答えはノーで、ぼくの中には、前と同じで、一人分の座敷わらしエネルギーしか注ぎ込まれてないんだよ」
「じゃあ、残りの座敷わらしエネルギーは?」
謡が尋ねるとヒカリは、
「それはね、この中だよ」
と答えて、椅子の背にかけた水色のリュックを指さした。
「え、その中って?」
レイ子にも、ヒカリが何を言っているのかわかった。
「そうだよ、かあさん」
ヒカリはリュックの中の2号を取り出してテーブルの上に置いた。
「やっぱり、2号。あ ・・・」
2号の両方の前足に、レイ子を更にびっくりさせるものがあったのだった。
驚いたのは高志も一緒だった。
「そのミサンガ ・・・」
高志とレイ子はまた同じセリフを口にし、顔を見合わせた。
「そうだよ。おとうさんとおかあさんがプレゼントし合ったあのミサンガだよ」
「!!!」
「!!!」
高志もレイ子も心臓が早鐘のように鳴っていた。
アマゾンで高志に助けられたレイ子が「何かお礼を。と言ってもポケットにあった小銭しか残ってないけど」と言った時、
高志は「お礼なんて ・・・」と断った。
「ほんとにたいしたお礼もできないけれど、気持ちの問題なので、どうしても何かお礼をさせて下さい」
と食い下がったレイ子に譲った高志はミサンガをレイ子にプレゼントさせ、その時自分もレイ子にお揃いのミサンガを買ってプレゼントした。
以来二人は出会いと
婚約した時も「ミサンガがあれば、指輪はいらない」とレイ子は言って、結婚後も二人は指輪代わりにミサンガを付け続けた。
離婚したあと、高志はアフガニスタンの急な岩場で転倒し奇跡的に軽傷で済んだのだが、
その時、ミサンガは切れて手首から落ちてどこかに消えてしまった。
レイ子も離婚後もしばらくはつけ続けていたが、ある晩仕事の付き合い酒で酔って帰宅し、
シャワーを浴びた時に外して脱衣所の洗面台の脇に置き忘れ、翌朝起きたらなくなっていた。
トミに聞いたら、「私は知らないわ。でも、洗面台に置いたんだったら、そこから
確かにそれが落ちたらちょうど入ってしまう位置に屑カゴが置いてあったのを思い出した。
慌てて脱衣場に行って屑カゴを見たら中はカラッポだった。
トミに尋ねたところ、「屑カゴの中身はゴミ収集袋に入れて外に出した」という答えだった。
その日は燃えるごみの収集日で、収集車はいつも朝早くやって来るのだった。
慌てて外に出たが、集積所はカラッポで、もう持って行かれたあとだった。『これで完全に高志さんとの縁が切れたのね』とレイ子は思った。
そのミサンガを今、2号が両方の前足につけているとヒカリは言ったのだった。
更に驚くようなことが起こった。ミサンガをつけた2号の両の前足がゆっくりと高志とレイ子に向かって差し伸べられるように動き出したのだ。
「あれ、ぬいぐるみじゃ?」
謡はびっくりしてヒカリに尋ねた。
「おとうさんとおかあさんが再会したんで、本物に戻って動き出したんだよ。さあ、もう一度、二人でミサンガを交換して」
二人は素直に、涙を流しながら自分達に向かって延ばされた2号の前足からミサンガを抜いて、相手の手首に付け合い、そのあとでどちらからともなく抱擁し合った。
「それでいいんだよ。二人とも本当は別れたくなかったんでしょ。ぼくは知ってるよ」
ヒカリは確信を持ってそう言った。高志もレイ子も抱擁し合い涙を流しながら同時にうなずいた。
ヒカリは嬉しそうに笑いながらせがんだ。
「ねえ、ずるいよ、二人だけじゃ。ぼくとねえさんも混ぜてよ」
高志もレイ子はまた同時にうなずいて子供達を引きよせ、親子四人は初めて堅く一つに抱き合った。
「ねえ、2号も混ぜてあげなくちゃ ・・・」と謡は言った。
「ああ、こいつも家族だった」
「そうよ」
高志とレイ子は一緒に手を伸ばして2号を抱擁の輪に加えた。
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