PARTⅠの8 そして山岡にも見えた・・・
8 怒り
記者会見場は
救急車が呼ばれ、目を閉じたままの大浜キャロラインは病院へと運ばれていった。
JBC報道局も騒然となった。
みなテレビで記者会見を見て、
「石原報道局長と不倫をしていた」「その不倫のお陰で自分は今のポジションを得た」
などの大浜の
そのあと倒れた大浜と個人的に面識やつながりの多い人間も当然のことながら多かった。
すぐに会見を取材していたスタッフから連絡が入った。
「大浜さんは過労と不眠がたたって倒れたような状態で、現在は意識不明というより眠っている状態に近く、いのちに別条はない模様」
彼女のことを
謡には大浜が汚い人間のようには到底思えなかった。その点では山岡ディレクターも謡と同じように思っていた。
大浜は最初のテレビの仕事がイブニングニュースのレポーターで、その時の担当ディレクターが山岡だった。
その山岡の紹介で、謡も大浜と知り合った。
その時大浜はもうゼロアワーニュースのキャスターとして活躍していたが、全く偉ぶることもお高く留まることもなく、気さくに謡に接してくれた。
「私も最初はあなたと同じ仕事をしていたのよ。頑張って、初心を忘れないでいい仕事をしてね。今度一緒にお食事しましょう。電話番号を交換しましょう」
それから数日して彼女から電話が入って、ちょっとセレブなレストランで晩御飯をご馳走してもらった。
プライベートに会ったのはその時一度だけだったが、その時も、
「しばらく忙しいけれど、また時間のある時にお食事しましょうね。次は山岡さんも誘って」と言ってくれた。
二カ月半ほど前のことだった。
食事をしながらいろいろなことを話したが、今、謡は彼女があの時にこんなことを言っていたのを思い出した。
「あなたみたいに、私ももう一度初心に戻って、最初からやりなおしてみたいわ。うらやましいなあ」
「そんな、うらやましいのはあたしの方ですよ。あたしもいつか大浜さんみたいに自分の番組を持ってみたいです」
謡がそう言うと、大浜はあの理知的なまなざしと微笑みを彼女に向けながら応じた。
「私も前は早く自分の番組を持ちたいと思っていて、確かに今自分の番組を持っているけど、でも、なんというか、少し急ぎすぎたって言うか ・・・
修行が足りないうちにとんとん拍子になってしまったというか、そんな思いがあって。
ごめんね、ついグチめいたことを言ってしまって。とにかく、じっくり、ゆっくり、焦らないでやっていくのが一番いいと思うわ」
きょうの会見を見て、謡は彼女があの時何を言おうとしたのか、やっとわかった気がした。
「どうした、キャロのことを考えていたのかな?」
独りで物思いにふけっていた謡は山岡の言葉に我に帰った。
「あ、はい、その通りです。あたし、今の大浜さんの記者会見は、なんというか、言葉通りに受け取れない点があるように感じたんです」
「それって、どういう点?」
「なんていうか、大浜さんは道に迷ってしまっていたのかもしれないけれど、でも本質的には純粋な人で、打算で不倫するような人じゃないと思うんですよ」
「そうか、そう思うか?」
「はい。あの人の性格はあたしより山岡さんが知ってるんじゃないでしょうか?」
「まあな ・・・」
確かに山岡は大浜のよき理解者だったし、その上、実を言えば、彼は彼女に魅かれていたのだ。
が、言い出せないうちに彼女から好きな人ができたようなことをにおわされたことがあって、
色恋抜きでつきあうしかないかと割り切ってきょうまで来ていたのだった。
謡は一緒に食事をした時に大浜が言っていたことをもう一つ思い出して、それを山岡に話した。
「一度大浜さんがあたしを食事にさそってくれたことがあるということは知ってますよね?」
「ああ、そのあとすぐに君からもキャロからも聞いたよ」
「大浜さん、山岡さんに話してたんですか?」
「そうだよ」
「で、その時にあたし聞かれたんですよ、『謡さん、あなた、好きな人とか付き合っている人とかいるの?』って ・・・」
「そうなんだ?」
「ええ。で、『残念ながらいないんですよ。大浜さんは?』って逆に尋ねたら、大浜さん、
『まあ、いるんだけど、どちらかと言えばちょっとつらい恋というか ・・・』
って、グラスワインをグッと呑みほしたんです」
「へえ ・・・」
「それを見てあたしは思ったんです、なんか不倫っぽいけど、でも、本気で恋してるんだろうなって。もちろん、それ以上聞くことはできませんでしたけど」
「そうか」
「だから、大浜さんは石原プロデューサーを本気で好きだったんじゃないか、裏切られて本当に傷ついたんじゃないかって」
「畜生、石原局長め、殴りにいってやろうか。キャロの心を踏みにじりやがって」
山岡の中で押さえていたものが一気にこみあげてきて、彼はコブシを握りしめた。
それを見た謡は、山岡が大浜をどういう気持ちで見続けてきたかはっきりとわかった気がした。
「わかります、そういう気持ち。そして、大浜さんがさっきの会見で、
『自分を裏切った石原さんに対する怒りと、中谷さんに対する嫉妬からこの記者会見を開きました』
って言ってた気持ちもわからないではないんですが、
だからと言って本当にああいう記者会見を開くものかな、とも思うんです。
言葉通りに受け取れない点があるように感じたというのはこのことです」
「ああ、ぼくも同じように考えていたよ。だからと言ってあんな自殺的な会見を開くほどエキセントリックな人間じゃないよ、キャロは」
「・・・」
「・・・」
二人は沈黙した。
謡はため息をつきながら目を閉じて、ゆっくり大きく呼吸した。その瞼の裏に突然おかっぱ頭をした子供の顔が浮かんだ。
――あの座敷わらしだ。
そう思った謡の頭の中にふと一つの考えが浮かんだ。
「ねえ、山岡さん、もしかして大浜さんは何かに操られてあの記者会見を開いたんじゃないかしら?
眠っているような状態だっていうことですけど、意識が回復したら、
『記者会見って? ああ、そんな夢を見ていたような ・・・ え、私、本当にそういう記者会見したんですか?』
みたいなことを言うんじゃないですか?」
謡はそう言ってから思った。
――授業中に携帯でゲームや出会い系サイトに没頭していた大学生やパチンコにハマっていた主婦達などもみんな同じように何かに操られていたんじゃないか?
山岡は目を閉じて大きく呼吸をし、
「そうかもしれない ・・・」
と呟くように言った。
謡は思ったことを素直に口にした。
「とにかく、今大浜さんを支えて上げられるのは、もしかして山岡さんしかいないんじゃないですか?」
「ああ、多分。君にも力を貸して欲しい。彼女、君のこと、どこか妹みたいに感じていたようだから ・・・。
ところで、君の見た座敷わらしって、白い着物を着ておかっぱ頭をした子供の格好をしていたって言っていたよね?」
「はい。そうですが、それが何か?」
「今、目を閉じて深呼吸したら、突然そういう映像が見えたんだよ」
「本当ですか。あたしも見えたんですよ、山岡さんの前に、目を閉じて深呼吸した時に ・・・」
「・・・」
「・・・」
二人共、わけはわからないけれど、
一連のわけのわからぬ展開の進行する中でとにかく今座敷わらしが自分達に力を貸してくれはじめているような、
そんな気がしてならなかった。
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