第35話 告別式

今日は、J・フォークナー氏の告別式が行われる。

 彼が亡くなってから、かなりの日数が経っているのは仕方ない。


 鏡の前で髪を櫛で整え終わったキースは、電話が鳴るのに気付いた。

 めったに鳴ることはないので、久々に驚いた。


 本日はウーがアルケミストのところへ絵のモデルに行く日でもあり、ウーを早めにシアンのところへ送った。

 最近アルケミストは絵に割く時間を1時間から3時間へ変えた。


 電話をとると、鼻声の男が話しかけてきた。


「キースだろ? オレだ、エリオットだ」


 彼は、キースと同じ寄宿舎バートリーで同期だったものだ。

 公衆衛生課に勤務しているというので、二十年前の寄生虫感染者について調査を依頼していた。

 彼はいつも何かしら風邪やアレルギーを発症しており、常に鼻声である。


「今から、フォークナー氏の告別式なんだが」


 時計を見る。まだ、なんとか余裕はありそうだ。


「調べていた件、分かったぜ。今、報告するか?」

「ありがとう。かいつまんで、できるか?」


 といいながら、彼は昔から話が回りくどかったことを思い出す。


「20年前、どんぴしゃだ。一人、グレートルイスから帰国後、発症して医者にかかったものがいた。名前はベンジャミン=ホワイトっていう、当時は28歳の男だ。パイプカットしてたから旅行申請が通ったらしい。で、治療記録はあるんだが」


 エリオットが、くしゃみして鼻を噛む音が聞こえた。結構、社会に出てから簡潔に話せるようになったらしい。


「それから、彼は姿を消している。どこの記録にもないんだよ。この国から、それ以来ベンジャミン=ホワイトは消えた」

「死んだのか?」

「死亡届はない。……まさか、スパイかよ、と思って面白半分に調べたんだが、意外な結果が出た」


 再びエリオットはくしゃみした。


「悪い。たぶん猫アレルギーだ。同僚が最近猫を飼い始めたらしくて。……改名してたんだな。だから、現在ベンジャミン=ホワイトで名前を探しても出てこなかった。改名後の名前は……おどろくなよ、有名人だ。ゼルダが誇る芸術家、アルケミスト=タスケスだぜ」


 キースは息をのんだ。


「彼は、学生時に短期留学をしたそうだ。その時か?」

「いや、それは一回目の話だろう。戦前の話だな。もう一度、彼は戦後にグレートルイスを訪れている。そのときに、寄生虫に感染して帰った」


 まさか、彼があの密林を訪れていたとは。意外だった。

 それに先日話した様子では、グレートルイスに訪れたのは一回であるかのような話しぶりだったのに。


 そして、母親セイラムにそっくりなウーを見ても、気持ちは乱れなかったのか。動揺しながらも必死で気持ちを隠していたのだろうか。


「と、いうわけだ。お返しに何してくれる?」


 エリオットの弾んだ声を、キースは気持ち半分で聞く。


「わかった。ありがとう。今から、出なきゃならんから、またあとで電話をくれ。そのときまで、報酬を考えてくれればいい。俺ができる範囲内でなら応える」


 そのまま電話を切る。


 ひとつ、うかびあがった考えにキースは予感があった。

 時計を確認すると、キースは急いで部屋を出た。



********



 告別式の席で、キルケゴールはあくびをかみ殺しているようだった。

 隣に座っている彼の目が、涙目になっているのをキースは横目で確認する。

 それにしても、彼の黄色く染めた髪色は目立つ。

 黒一色の風景で、これはかなり不謹慎感を与えるだろう。


 暗殺者からみれば、これほど狙いやすいことはないな、とキースは縁起でもないことを考えた。


 トニオ氏は欠席した。身の安全を考えれば、当然か。

 トニオ付きの仲間たちも欠席したようだ。告別式にいる顔ぶれが無難な者ばかりなのをキースは認めた。

 J・フォークナー氏の秘書がスピーチを終えた後、ゼルダのクラシック歌手が壇上に立つのが見えた。


「だめだ、これで、歌なんぞ聞いたらニコチンを入れないと寝てしまう」


 キルケゴールがしびれを切らしたよう立った。


「キース、君も来い」


 キースはキルケゴールを見上げる。


「何か私に言いたいことがあるんだろう」


 キルケゴールは見下ろして、微笑んだ。

 キースも連れ立って席を立ち、ホールの外へキルケゴールに続いた。

 中庭を横切る廊下を通り、簡易休憩室となっている会議室へと向かう。

 入り口には警備の男二人が立っていたが、彼らのために移動し、彼らが中に入るとまた元の場所に戻った。入るのと同時に、中から一服してたであろう、男たちが二人出て行った。

 キルケゴールとキース、彼ら以外には誰もいなくなった。

 キルケゴールは部屋の奥まで行くと、椅子を引いて座る。


「ほんとなら、場所は長官室でといきたかったところだが、仕方ない。この場所で妥協しよう」


 といいながら、煙草を取り出してくわえる。キースはライターで火を点けた。

 椅子深く座り直し、一息煙を吐いてから、キルケゴールは隣に立つキースを見やった。


「遅すぎるだろう、キース。いつ、来るのかと思っていたぞ」

「……では、やはりあなたが」


 ウーの父親か。キースは息を吐いた。


「アルケミストから聞いているだろうが、彼と私は特別な関係だ。同年のダミーなんてそういるもんじゃない」


 キルケゴールはキースから視線を外し、続ける。


「まったく、よくも人の娘を妊娠しないのをいいことに、好き放題に扱ってくれたものだな。今まで他の女性には目もくれなかったものを。……まあ、教育と治療を受けさせた点だけは、礼を言おう」


 キルケゴールは立ち上がる。


「お前のダミー、アレクセイは私のファザーでもある。お前がおとぎ話を聞いたように、私も聞いた。真偽を確かめるために、グレートルイスまで赴きたくなったのは若者の心理として当然だろう。……彼の日記は今も私が持っている」


 煙草を吸いながら、ゆっくりと彼は窓辺に向かって歩き出した。


「セイラムは美しかった。ウーなどとは、比べものにならん。今も、あの美しさは健在だろう。自分の体の不調に気づき、彼女のもとから離れたのはまさに間一髪のタイミングだった。そうでなければ、私は間違いなくこの世から消えていただろう」


 立ち止まり、キルケゴールは窓の外を見やった。


「何の因果かと思ったぞ。お前が娘を連れて帰ってくるとは。アルケミストが言う、必然性とかやらを一瞬信じかけた。が、そんなことはない。ただ単に全てが偶然の産物だ」


 キルケゴールは窓に手を触れ、二重窓の内側を開き、窓枠に手をつく。


「……当事者のヨハネ自身が、ウイルスに感染していなかったことは、あまり知られていない」


 キルケゴールは振り返ると、窓枠に腰かけ、キースの方に向き直った。


「したがって、彼のダミーであるアルケミストや、私の精子は正常だ。アルケミストは事実を知りながらも、パイプカットに応じたが」


 キルケゴールがキースの顔を直視した。真っ青な深い色の瞳に、頭の奥まで覗き込まれるような感じを覚える。


「ウーは、正真正銘、私の娘だ」


 キースの反応を楽しむように、キルケゴールの唇に笑みが浮かび、うまそうに煙草が吸われる。


「……子供を欲しくはなかった。だが、しょうがないだろう。避妊できる環境じゃない」


 キースはその場に立ちつくし、キルケゴールの顔を見返していた。


「というわけで、今後金輪際、ウーには手を出すな。いいな」


 キースの様子に、キルケゴールの眉がひそめられる。


「いいな。キース」


 言った彼の、煙草の灰が胸元に落ちた。

 払おうとしたキルケゴールは下を向き、一瞬動きを止めた後、そのまま前に崩れ落ちる。

 後ろの窓ガラスに、ヒビが入ってるのにキースは目を見開いた。


「閣下!」


 キースは駆け寄り、彼を抱き起した。

 キルケゴールの肩口から血の染みが広がりつつあった。


「だれか! おい!」


 ドアに向かって叫ぶと、警備の二人が勢いよく扉を開けた。


「どうしました!」


 一人が叫び、入ってくる。


「閣下が撃たれた! すぐに救急を……」


 キースが返すのと、その警備士の男が銃声とともに倒れたのは、同時だった。

 倒れた男の後ろから、彼を撃ったもう一人の警備士が銃口をこちらに向ける。


 キースは息をのむ。


 その時だった。


 爆音と共に、背後の外側の窓ガラスが割れ、部屋の中へ降り注いだ。

 警備士の格好をした男は、その衝撃に一瞬ひるんだ様子をみせた。

 が、キルケゴールに覆いかぶさるようにしているキースに向かい、再び狙いを定める。


 その男の額の真ん中を、銃弾が突き抜けていった。

 男は銃を構えたまま、前に倒れた。


(……!)


 状況がつかめない。

 キースは背後を振り返り、立ち上がる。


 目を見開いた。


 中庭をはさんで向かいにあった、告別式会場の爆破された跡があった。


 出席者は、三百は超えていたはずだ。

 生存者は絶望的だろう。


 キルケゴールのうめく声に、キースは我に返る。


 外に行って助けを。

 キースは、会議室から外に向かって走り出した。

 部屋から外へ出た途端、横から衝撃を感じた。


(……!)


 床にたたきつけられる。

 その痛みを感じる間も無く、背中に膝で体重をかけられ、髪をつかまれて頭の動きを封じられる。

 耳下の首すじに、銃口が当てられるのを感じた。


「……気の毒だが、カイル補佐官」


 深みのある、低い男の声が頭上から降り注ぐ。


「罠にかけられた獲物は自らの状況に気付きもしない」


 キースは目だけを動かして、自分の体の上に乗る男を見た。


「爆発した場所はお前が座っていた席と、お前の車だ」


 そう言って見下ろす男の顔は、何処かしら自分の顔に似ていた。



********



 ゼルダの告別式会場爆破事件は、世界に報道された。


 死者は、三百五十六人。負傷者は二十八人。


 そのうちの一人には、奇跡的に会場を離れて、命びろいをした外務局長官キルケゴール氏がいた。

 が、彼は銃で撃たれ、現在は重症。集中治療室にいる。


 同席していた、キース=カイル補佐官に関しては、依然不明であった。


 彼が爆破に巻き込まれたのかどうかは、犠牲者の確認が終わり次第となる。


 しかし告別式会場と共に、彼の車が爆破したという情報は公開されており、彼が事件に何らかの形で関与しているのは、間違いないと誰もが感じていた。





 ――――それから、2日後。グレートルイスの密林で行方不明となっていた、ルーイ=ノリス氏が保護されたというニュースが、爆破事件記事で埋め尽くされている新聞の一部に載った。







































































 

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