不機嫌

 リビングでソファーに座ってテレビを見ていたキースは、次々にチャンネルを回す。

 ニュースを中心に見ているが、拉致された修道士の情報はなかった。

 ため息をついて、キースはひとつ席を離れた隣に座るミナに声をかけた。


「新聞はありますか」


「とってないわ」


 ミナは、キースの方を見ずに答えた。

 彼女は編み物をしていた。人形を作っているようだ。

 そういえば、リビングのそこかしこに編みぐるみの人形が置いてある。どうやらそれらは彼女のお手製のものであるらしかった。

 編み物をする行為なんてゼルダでは見たこともなくて、キースはしばしミナの手先を見つめた。


「……完成したら、あなたにあげるわ」


 ミナが視線を自分の手先に落としたまま言った。


「猫よ。……あなたの守り神は、美しい猫なの。しかも、二匹いるわ」


 なんて答えたらいいかわからなかったキースだが、とりあえず礼だけは言った。

 洗濯物を抱えたターニャが、リビングとダイニングの間を通った。


「……私がやります」


 通り過ぎようとしたターニャにキースは声をかけた。

 立ち止ったターニャは何も言わずキースを見下げるように見た後、洗濯物の中からキースのものだけを引っ張り出して足元の床に落とした。

 全部落とし終えると、そのまま残りの洗濯物を抱えて外に出ていく。


 キースは無言で床に落ちた自分の衣服類を拾い集めた。

 昨晩の夕食時から彼女は一貫してあのような態度だった。

 自分が何をしたわけでもない。理由は、自分がゼルダ人だということだけだろう。

 先の戦争時から、ゼルダ人を憎むキエスタ人は多い。

 彼女にも、戦争時のゼルダ人に関する嫌な記憶があるのだろう。


「……ミナさん」


 衣服を拾い集め終わったキースは、ソファーに座る彼女に呼びかけた。


「私がどうしてゼルダ人だと思ったのですか」


「みえたの」


 ミナは編み物を続けながら答える。


「私にはみえるの。……あなたの後ろに凍てつく大地と、針葉樹林。凍って白い原っぱになった大きな川もみえたわ」


 ……オビ川のことだろうか。


 第六感とか、みえないものがみえる力を持つ者とか。

 そういう者がいるという話は聞いていたけど、実際お目にかかったことはなかった。

 彼女はそういう類の人間なのだろうか。


「生まれつき、カンがいいのよ。占いも得意。してあげましょうか?」


「……いいえ」


 キースは答える。

 占いなんてしたことはない。ゼルダではそういう店はほとんどなかったような気がする。

 一度、歓楽街(パラダイス)でシアンがキャロルにカードで占ってもらって、キャーキャー言ってたのを見た記憶はある。何を占っていたのかは知らないが。


 ……昨夜は失敗だった。

 疲労の上、美味なる食事を味わっていたためか、つい気が緩んでいた。

 どうにだって、誤魔化せたのに。

 思わず、ミナの指摘に反応してしまった。


 とはいえ、この環境では通報されることもなさそうだ。

 それだけは、ほっとして、キースは胸をなでおろす。


「ミナさんは、グレートルイス人なのですか」


「ミナでいいわよ、ヴィンセント」


 相変わらず編み物から目を離そうとはせずに、ミナは答える。


「わからない。どっちなのかしら。……母さんはキエスタ人よ。父親はグレートルイス人みたい。戦後、こっちに来たの」


 彼女も、戦争の落し子なのだろうか。


「この服は、動きやすくてかわいいから着てるだけ。……もともと、このあたり一帯に住んでいたシェリル族の服よ。素敵でしょう?」


 はい、とキースは答えた。

 シェリルシティーの語源となった、シェリル族。

 シェリル族はいまではほとんど残っていないと聞いたことがある。彼らは独自の宗教観で、自然に住まう精霊たちを崇めていた。彼らは各々に、自分の守り神とされる動物がいて、その動物を特別扱いしたという。


「シェリル族では、ひとりひとりに守り神がつくわ。あなたの守り神は猫。私と、ターニャ姉さんの守り神は、シャチ。……そういうことなの」


 ……なんて答えたらよいのかわからない。

 キースはあいまいに笑ってうなずいた。


「ターニャ姉さんはいずれあなたを許す」


 ミナは続けた。


「あたしにはみえるの。だから、あなたは気にしなくていいわよ、ヴィンセント」


 許すも何も、自分はターニャに何もしていないのだが。

 そう思ったが、キースは何も言わなかった。


 ……それにしても、これでは何もすることがなくて暇だ。

 ここに置いてもらっている立場上、家事ぐらいさせてほしいのだが。

 と、いってもヘタに動くと、ターニャの気を立たせそうでもある。


「暇なのね、ヴィンセント」


 ミナが、編み物を机の上に置いてやっとキースの顔を見た。


「わかったわ。……カードゲームしましょう」


 そう言って、カードを取り出すミナの瞳はきらきらと輝いていた。










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