別れ
「Hi」
シアンはデイーを目でとらえて笑みを浮かべた。
「……Hi]
デイーはかすかに微笑んでシアンを見返す。
「……まったく、非常識にも程がある。帰国するからあとは適当に描けだと」
アルケミストが苛立った声で、デイーを親指で指した。
シアンは目を丸くする。
「そうなの? 聞いてないけど」
「……商談が成立したから。お得意様は忙しいから、もうこの国出ていったらしい」
デイーは言った。
「ある程度仕上がりに入っていて幸いだった。普段なら、こんな展開許されるものではないぞ」
不機嫌にアルケミストはデイーに言い放つ。
「すみません」
デイーは素直に謝罪する。
「だいたい、なぜ無断で一週間休んだ。連絡ぐらいよこすのが普通じゃないかね」
「申し訳ありません。なにかと忙しかったもので」
顔を伏せるデイーの横顔は、若干疲労の色があった。
「ふん……まあいい。絵の顧客がそれを了承済みならばな」
アルケミストはまだ気持ちがおさまらない様子だったが、シアンの絵の準備に取り掛かるためアトリエに入った。
「帰るんだ。……いつ?」
「今夜」
シアンの問いにデイーは答えた。
「俺は今から。ボスより先に帰る」
「そう」
デイーはシアンを見下ろした。
「聞いた。間に合ったんだってな。良かった」
「うん」
シアンは微笑んでうなずく。
彼女の笑みを確認し
「じゃあな、また」
そう言うと、デイーはシアンの横を通り過ぎドアへと向かった。
「デイー」
シアンは振り返って呼びかけた。
ドアを開けながら振り向いたデイーにシアンは近づく。
「やるよ、これ。朝飯、まだだろ」
シアンは持っていたミニクロワッサンの袋をデイーの胸に押し付けた。
途端に、デイーの表情が苦痛に染まる。
一瞬の表情だったがシアンは理解した。
「……お前」
そりゃあ、モデルはできないか。
目を見開いて見上げると、デイーは笑みをつくってパンの袋を受け取った。
「ありがとう」
デイーは言って、外に出た。
シアンも外に出て、階段を下りていくデイーの後ろ姿を見送った。
スーツを着こなして姿勢よく歩く、背の高い均整のとれた姿は、まるでファッションモデルのようだと思った。
……こいつ、たしかまだオレより5歳ほど下なんだよな。
一気に彼が大人びたような気がする。
「おにーさん」
シアンは階段の手すりにもたれかかり、階下のデイーに呼びかけた。
デイーが振り返ってシアンを見上げた。
「また今度デートしようぜ」
デイーは苦笑して言った。
「……映画は、勘弁。お前うるせえし」
「いいじゃん。また観ようぜ。ラマーンの新作」
「……またな」
デイーは答えて、片手を上げて背中を見せた。
ひらひら、とシアンは手を振る。
初夏の光の中に、デイーの姿は吸い込まれていった。
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