第4話/2

  ヒーローを名乗る謎の黒人男性が占拠されたビルに侵入、そして銃口を向けられあえなくゲームオーバーとなってから十分後。


 犯行発覚から一時間あまり。包囲の完成からは三十分ジャスト。報道網の形成は、その八分後。最初の被害者の出現からは、二時間四十五分三十七秒――その時、遥か彼方から砂煙と爆音と悲鳴とクラクションを引き連れて、一台の真っ赤なスポーツカーが包囲網を突破して来た。


 時速ニ百キロで飛来する赤い弾丸に、ビルを囲んだ警察の無線は瞬間的な速度で混乱する。



「止まれ!」という叫びも【KEEP-OUT】の書かれた黄色いテープを千切られた後ではもう遅い。


 そうして赤いスポーツカーは道路に熱を持ったタイヤ痕を残し、ビルの正面入り口にドリフトをしながら止まった。電源を切られた自動ドアとの間は三十センチ。

 息を呑む警官隊。


 ガルウィング仕様のドアが、まるで羽を広げる鳥のように開く。真横にではなく、上に。三十センチの隙間は、そこまで計算づくで求められた数値というのが、何よりも戦慄を誘った。



 沈黙を貫く自動ドアの向こうで、占拠犯の一人が凍りつく。


 彼が最初に見た、最後の映像は――ドア越しに牙を向く、大きな二つの連なった銃口だった。








 自動ドアが粉砕される。見張りはすでにビルのエントランス奥深くへと吹っ飛ばされ、硝煙を吐き出す銃口二つのショットガンを片手に、ドライバーズシートから降り立つ人物。


 正面に張っていた警察の銃口がスポーツカー――フレアレッドのランボルギーニ――越しに集中する中、ショットガンを肩に乗せ、銀色のコートのポケットからシガレットケースを取り出し、煙草を咥えてから、その男はやっと気づいたかのように、けたたましく鳴る携帯電話を取った。

















「こちらスネーク。侵入に成功した」








言い終え、警官隊に振り返る、長い銀髪と銀色のコート。鏡面のサングラスをかけて、ショットガンを携えた長身の男性。





 それを見て、現場の指揮官は無線要らずの大ボリュームで部下に銃を下ろさせ、そのまま自分の携帯電話に怒鳴りつける。無線も要らないなら、携帯電話も不要だった。電話の相手は、渦中の人物その人なのだから。


「馬鹿野郎! 連絡も入れずに何をやっている! 一歩間違えれば大事件に更に油を注ぐ事になっていたぞ! えぇ? ふざけてないで何とか言ったらどうだ、!」


「知ったこっちゃ無いねぇサクライ世界警察本部警部閣下。おれは市民を守るヒーローじゃ無ェって散々言ってるだろう? 己は己の日々の糧を得る為だけに、賞金首を狩ってんだよ。そこんとこ手前テメェサマの口から言っといてくれよ、マスコミが好き勝手ヒーロー扱いするからたまったもんじゃねえ。現場の指揮権利譲渡、。んじゃ、また」


 リカーと呼ばれた男はそのまま、粉砕した自動ドアを進んでビルの中に消えていく。通話の切れた携帯電話の画面を忌々しく見つめる現場指揮官……サクライ警部に、恐る恐る声をかける、部下がひとり。


「あ、あのーセンパイ? あれ、何者です……?」


「…………よく見ておくんだな、役立たず。あれが全世界の犯罪者の天敵――【五色】の【白】。その名も<最強>、だ」


 天敵は果たして誰にとってなのか、と言わんばかりの形相。けれど、矛盾しているかのように、その苦虫を潰した後のような呻きには、不思議と憧れの念さえ入っているようだった。












 ――世界に八組。最上級の話題性と値札を貼られた劇場型犯罪者。彼らは【ミリオンダラー】と呼ばれ、日夜世界中を騒がせている。

 

 世界中で彼らの被害を受ける人間が、サバンナに生きる草食獣であるのなら、それを食い荒らす賞金首たちは肉食獣。それを食い止めるべく正義を振りかざす世界警察は、対抗する武器を持った草食獣と言える。


 けれど、今ビルの中に消えていった男を代表とした連中は違う。

 正義の為ではなく、ただ己の為に牙を振るう、サバンナにおいて肉食獣を狩る肉食獣。


 ヒトは彼らを賞金稼ぎと呼び。


 その中でも賞金稼ぎ行為だけで生計を立てている専業者を【首輪をかける者】という意味で【Collarsカラーズ】と呼び。


 世界はその中でも飛び切り獰猛で最上級の賞金稼ぎたち五組に、それぞれ【colors五色】をつけて称えた。


 赤、青、緑の三原色に、黒と白の二色。その内【白】を冠する賞金稼ぎこそ彼――<最強>チャイルド=リカーだった。


 数ある賞金稼ぎグループを差し置いて、世界中で最も多額の懸賞金を、たった一人で獲得した男。【白】のリカーが動いたとなれば、この事件はもうまもなく解決してしまう。



 ――犯行発覚から一時間あまり。包囲の完成からは三十分ジャスト。報道網の形成は、その八分後。最初の被害者の出現からは、二時間四十五分三十七秒。それから本当に一時間以内に、事件は解決し、事態は急変し、時代は動かず、世界はまた、大きな叫びの声を張り上げる。

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