第3話 ライブ

客席が見渡せるようになるとほぼ満席で、熱気がむんむんとしている。

テーブルの上には、来られたお客さんの注文した軽食とビールのグラスが載っていた。


会場は30人も入ればいっぱいになるようなライブハウスで、ステージの広さは普通の家のリビング程度の広さしかない。

健作率いる STARGAZER ORCHESTRA は、アルトサックス2人、テナーサックス、バリトンサックス各1人、トランペット3人、トロンボーン3人、ギター1人、ベース1人、ドラムス1人、キーボード1人の合計14人と少人数でやっているので、誰かひとりかけても演奏に差しさわりが出てくる。

今回はフルメンバーが参加していた。


健作はステージに上がるとさっと客席を見渡したが、典子は見当たらない。ふっと息を吐きだして気持ちを入れ替えると、メンバーに目配せした。

「さぁて、いくぞ!」

『ワン・オクロック・ジャンプ』で幕を開けると、瞬く間に前半予定していた曲を演奏し終えた。

「ありがとうございました。ここで10分間の休憩にします。」と健作が告げると、客席に照明が戻ってきた。


楽屋に戻った健作たちは、スチール椅子に座って、ペットボトルのミネラルウォーターを飲んで、乾いた喉を癒していた。

修が健作の隣にやってきて座ると、話しかけてきた。

「なぁ健作、智子さんは見当たらないよなぁ?」

「そうかい? 客席は暗くてよく見えないからなぁ。」

「典子さんも来てないだろう?」

「あぁ、よくわからないよ。とにかく演奏に集中してるからな。前半の修のドラムスは、息がぴったり合って、なかなか良かったぞ!」

「そうだな、健作のむせび泣くようなアルトサックスも最高だったぜ。」


健作は壁の時計を見上げると立ち上がった。

「さぁみんな、この調子で後半もばっちり決めようぜ!」


客席が再び闇へと落ちていくと、健作はマイクを握ってピンスポの下に立った。

「皆さん、前半はいかがでしたでしょうか。

今日は、カウント・ベイシーオーケストラをカバーしてお届けしています。

前半は、第二次世界大戦前の所謂オールドベーシーと呼ばれる初期の作品をお届けしました。


皆さんご存知の通り、カウント・ベイシーはピアノ奏者として自身の楽団を率いて、デューク・エリントン、グレン・ミラー、ベニー・グッドマンなどとともに、ジャズ界で一時代を築いた素晴らしい才能の持ち主です。


彼の本名は、ウィリアム(ビル)・ジェイムズ・ベイシーといい、『カウント』は『伯爵』を意味する称号です。

この時代のジャズミュージシャンは、キング・オリバー・・・王様のオリバー、デューク・エリントン・・・公爵のエリントンなどと、あだ名で呼ばれることが多かったようです。


1904年生まれの彼は、母親からピアノを習いました。一時はドラマーを志した頃もあったようです。

アメリカ各地の地方を巡業したり、バンドに入って演奏活動をしたりしていましたが、1935年にカウント・ベイシーオーケストラを結成します。


第二次世界大戦後の不況で一時バンド活動を休止していましたが、1951年・・・これは我が家のポンコツ車と同い年です・・・に再結成されます。」

健作の「ポンコツ車と同い年」というフレーズに来場客からは微かな笑い声が漏れてくると、健作は一息を入れて続けた。

「これ以降の楽曲をニューベイシーと呼び、カンザスシティージャズの伝統をベースに、現代風のモダンなアレンジが評判となり、第二期黄金期を築きます。

後半は、そんなニューベイシーから数曲お届けしましょう。


まず後半のスタートは、典型的なニューベイシーサウンドと呼ばれている『Shiny Stockings』です。

どうぞお楽しみください。」


健作はゆっくり会場を見渡したが、典子がいるのかどうかよく分からない。

『やっぱり典子さん、来てくれなかったのかなぁ・・・

智子さんもいないみたいだし・・・修のやつがっかりして落ち込まなきゃいいけどなぁ・・・

おっと、集中、集中! 来た人たちに感動を持ち帰ってもらわなくちゃ!』


曲は、2曲目、3曲目と続き、あっという間に最後の曲が終わった。

鳴り止まぬ拍手の中、心地よい疲労感に浸りながらバンドのメンバーは立ち上がると会場に向かって一礼した。


「アンコール、アンコール、アンコール・・・」聴衆もまた心地よい感動の中で手をたたきながら声をあげている。

健作は、灯りの戻った客席を見渡すと、隅の一番暗いところに典子と智子は一緒に座って手をたたいていた。


健作は、思わず自分のほほが緩むのを感じると、マイクを手に取った。

振り返って皆にアンコール演奏の目配せをすると、修もニヤニヤ笑っている。


「皆さん、ありがとう!」健作がマイクに向かって話し始めると、会場は水を打ったようにシーンとなった。

「本日は、お忙しいところ、貴重なお時間を割いてお越し頂き、ありがとうございました。

外はこの季節に珍しく寒い1日になりましたが、この建物の中は皆さんの熱気でヒートアップしています。」


会場からは、口笛が鳴り、拍手が沸き起こった。


「さて、皆様の熱烈なるアンコールにお答えしてお送りする曲は、このヒートアップした熱気を心地よい余韻へと変えるためにお送りしたいと思います。

チャックマンジョーネのフリューゲルホルンをフルートでフィーチャーした『 Feel So Good 』です。

健作はアルトサックスをフルートに持ち替えると、修に目配せした。

修はスティックをたたいて合図を出すと、曲は始まった。


健作はリズムとメロディーの中に埋没していくと、いつしか大草原を渡る爽やかな風となり、蒼穹の天へと駆け昇っていた。

聴衆の拍手と口笛の音で我に返ると、演奏は終わっていた。

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