第3話 夕 陽
「『陳淑雲・・・誰だろう。』・・・あ、それじゃあこれからロビーに降りるので、待っていてくれるように伝えてください。」受話器を置くと、部屋を出てエレベーターへと向かった。
健作の泊まっているホテルは古いつくりで、廊下やロビーはやや暗く落ち着いた雰囲気だ。
やってきたエレベーターに乗り「G」を押すと、扉は閉まりエレベーターは下がり始める。「G」のマークが輝いて「チーン」とベルの音がするとエレベーターは止まって、ゆっくりと扉が開いた。
エレベーターの前には、制服姿の高校生が3人立っている。
「き、君たちは・・・」白いブラウスに紺色のスカートは、ダンマンハイスクールの生徒がだった。
1人ひとりの顔を見ていくと、なんと昼間学校で獅子舞を演じていた2人と、もうひとりは、授業を手伝ったクラスで見かけたような気がする。
「健作先生、今日はありがとうございました。」
「ここで立ち話もなんだから、ロビーに行こう。」
通りに面してガラス張りになった喫茶スペースに行き、ウェイターにホットコーヒーとアイスコーヒーを3つ頼むと、低いテーブルを挟んで長くふかふかのソファーに移動して、3人と向かい合った。
3人の中で一番背の高い少女が一歩前にでると、右手を差し出した。
「健作先生、私は陳淑雲です。」同様に他の2人とも握手を交わすと、ソファーに腰掛けた。
「しかし君たち、よくこのホテルがわかったね。」
「ええ、副校長に聞きました。健作先生、今日は本当にありがとうございました。」
「僕はちょうど通りかかっただけで、君たちの運動神経が素晴らしかったから怪我をしなかったんだろう。
それから、『先生』は止めてくれないかな!?
僕だって、まだ大学生なんだから。」
「じゃあなんとお呼びしたらいいんですか?」
「そうだなぁ・・・『健作』でいいよ!」
「はい、わかりました。私の愛称はリリーです。健作、リリーと呼んでください。」
「リリー・・・ユリかぁ。気品があって華やかなところが君にぴったりだね、リリー。」
「健作、ありがとうございます。ところで私には2人のお兄さんがいるんですけど、1人はカナダに、もう1人はオーストラリアに留学しています。
私は日本に留学したいと思っています。」
「へー、君の家はすごいんだね。お父さんは何をしてらっしゃるの?」
「父は貿易会社を経営しています。健作は、いつ日本に帰るんですか?
色々日本のことを聞かせてほしいです。」
「僕はとりあえず来週日本に帰ります。」
「それじゃあお手紙をお送りしますので、住所を教えてください。」
陳淑雲は、カバンからノートを取り出すと、ボールペンと一緒に差し出した。
健作は住所と名前を英語で書いた。
「健作、名前は漢字でも書いて!」いわれるままに、漢字で名前を書いた。
3人は中国語で二言三言言葉を交わすと、突然笑い出した。
「え、何がおかしいの?」理由は教えてくれない。
「健作、よかったらみんなでちょっと海を見に行きませんか?」
「ああ、良いよ。」 ホテルの玄関を出て、健作はタクシーの方に向かおうとすると、陳淑雲に腕を引っ張られた。
「健作、バス! バスのほうが安いですよ。」ホテルの近くのバス停に向かうと、やってきたバスに小銭を放り込んで乗り込んだ。
冷房の入っていないバスは、窓が開け放たれているとはいえ、蒸し暑い。
「健作、後ろに行きましょう。」というと、がらがらのバスの一番後ろの席まで連れていかれた。
開け放たれた窓からは、潮の香りがかすかにする風が吹き込んできて、前方の席とは違って意外と心地よい。
セントーザ島に隣接するフェリー乗り場でバスを降りると、2~30人乗ったら満員になりそうな小さなフェリーに乗って、島へと渡る。船から水面を見下ろすと、真っ白な海底まで透き通って見えている。
手を差し出せば、海底まで届くような錯覚に襲われた。
島に着くと、遊歩道を海岸へと向かった。
陳淑雲たち3人は本当によく笑う。
英語で話してくれると判るのだが、中国語で話されると、全くわからない。
と、突然林を抜けると、視界が広がって朱に染まった海に黒々とシルエットを湛えた島が点在してみえた。
それまで大きな声で笑っていた3人は砂浜に駆け出すと、沈み行く太陽をじっと見つめていた。健作もその脇に立って、自然が織り成す壮大なドラマをじっと眺めた。
空に浮かんだ雲は黄金色に輝き、大きさとスピードを増した太陽は、ぐんぐん水平線に近づく。
太陽が水平線のかなたに沈みかけると、なんと一筋の燃えるように輝く海の道が現われた。
やがて太陽は沈み、空は茜色から群青色へと変わっていく。
健作が高校生たちの脇に立つと、今まで賑やかだった3人はじっと沈み行く太陽を見つめていた。
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