スペシャルフレーバー!!
くゐ
プロローグ
「受かったああああ!!!!」
「やったあああああ!!!!」
「うわあああん……お父さん……お母さん……ありがとう……」
200ほどの四桁からなる受験番号が規則正しく書かれたプレートから半径5メートル以内より、歓喜の声が聞こえてくる。
「わたし、今までの人生の中で今が一番幸せです!」と言わんばかりの喜びに満ち
た大声が聞こえてくる。
出来ることなら、彼女もそんな声を上げて体を思いっきり動かして喜びを全身で現したかっただろう。漫画のように煌びやかな
しかしながらそれはただの妄想では永遠に叶わない
それに加えて、彼ら彼女らは、常人が想像できない気が滅入るような努力を続けてきた。
月ごとにノート10冊を埋めた、勉強に集中していて、気づいたら夜が明けていた、そんなことは自慢にもならないだろう。
彼ら彼女らは全員が全員、勉強にしか興味が無い、まさしく勉学の虫、というわけではない。いや、勉強なんて大嫌いだという人間のほうが多いかもしれない、何せ、オトシゴロの中学生だ。恋もせず、友達と遊ばず、家に帰れば机に向かってひたすらシャープペンシルを走らせる。そんな青春なんて常人であれば想像できないだろう。
その想像出来ないような努力をひたすら続けてきた人間のみが門を叩くことを許される。
この少女、沢城遥もその勉強が飛びぬけて出来る人間の一人だった。
そして、彼女は落ちてしまった。
決して準備を怠ったわけではない、試験もそれなりの手ごたえがあった。試験終了の合図と同時に周りから見えないように机の下で小さくガッツポーズをしたのを覚えている。面接も、完璧とは言えないものの決しておかしな受け答えはなかったはずだ。
作文も後の面接試験で答える内容に矛盾が生じないように最大限注意して「合格したら最も力を入れて取り組みたいことは何ですか?」という質問に入部したら入ろうと思っていた将棋部への思いを熱く語ったつもりだ。
しかし、彼女は落ちた。
国語の試験の文章で答える問題で句読点のつける位置を間違えたか?
数学の試験で合同の証明に足りない表記があったか?
それとも名前を書き忘れてしまったか?
試験中でもないのに吐き気が止まらない、目の焦点が合わずにくらくらする。
「あぁぁぁ……!くうううッ…………ッ!!!」
感情が言葉に変換されず、体が思うように動かせない。手が、足が、口が、ブリキのロボットのように極端にしか動かすことが出来ず、結果、沢城は地面に倒れこんで呻き喚いてしまっている状態だった。
合格して自分の努力が証明され、脳内が歓喜の大パレード状態の合格者からしてみればその姿は町を練り歩く途中で歩道で突然倒れた名も知れぬ通行人のように写ったのだろう。
普段であれば気味悪がって目線を合わせないようにするだろうが、四ッ峰高等学校合格、という大きな後押しを受けた2人の男子が沢城の肩を持ち、昇降口近くのベンチに運ぶ、という結果となった。本来であれば保健室に運ぶところなのだろうが、保健室とおぼしき部屋の照明はついていないことから保健の先生はいないようだった。
沢城は自分が情けなくてしょうがなかった、一年間必死で勉強し、親やクラスの仲間たちからも後押しされ望んだ今回の受験、結果は不合格、その現実が受け入れられなくなり、泣き崩れ、喚き散らしてそして今、合格し優越感に浸っている顔も知らない連中に肩を担がれて助けてもらっている。そんな現実が、彼女を襲った。そんな現状を普通の人間の普通のプライドが堪えられるわけが無い。無論、沢城遥は秀才ではあるがそれと同時に、普通の人間でもあった。
「離せっっっっ!!離せええええええええええええええええええ!!!!!!」
沢城は今にも壊れそうなズタズタのプライドを保つためにベンチの少し手前で腕と肩をめちゃくちゃに動かし彼らを払いのけた。そして、沢城の体は男子二人の肩という支えを失い勢いよく膝から崩れこむ。
沢城を運んでくれた男子二人は突然のことに驚きつつも悪意無き善意で再び沢城の肩を掴む。
「うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっっっっっ!!」
崩れこんだ時の足の痛みが沢城の精神に干渉し彼女の中から冷静になるという考えを奪う。沢城は涙で顔をくしゃくしゃにしながら言葉にならない苛立ちを喚きながら再び彼らを払いのける。
その姿は他の人間から見れば今すぐにでも人を殺しそうな精神のおかしな奇人に写っていた。
沢城をここまで運んでくれた男子二人も例外ではなく一人の男子が捨て台詞を吐き、去っていってしまった。
ずきり、と、沢城は膝の部分に鋭い痛みを感じた。
先ほど崩れこんだ時に痛めた膝の皮がすりむけており、患部がアスファルトの出っ張りに突き刺さっていた。
沢城は痛みに堪えられず地面を這いずり、よろめきながら目の前のベンチに腰を掛ける。
それから、30分。
一日中酷使し、電源が切れた途端、急激に熱が下がっていく職場のパソコンのように時間と共に沢城は少しずつ冷静さを取り戻し始めた。それと同時に、30分前の自らの愚行を混乱が未だ収まりきらない頭で振り返り始める。
不合格となってしまった現実が堪えられず、呻き喚いていたところを名も知らぬ男子二人に助けてもらい、無駄なプライドでその優しさをふいにしてしまい、そして今、親に携帯電話を使って報告することも出来ず、何も出来ずに下を向いてただただ座りこんでいる。
その姿が沢城自身にとってどのように写ったのか、それは沢城以外の人間が知る由もない。
しかし、この瞬間、この時間、自分がそういう存在だと言うことを知ってしまったという現実は沢城の大事な何かを変えてしまった。
そして、ただ一言。
「ああ…もう、私…だめだ…」
沢城の人生の中で最悪とも言える瞬間から40分ほど経った頃、沢城は雪がぱらつき始めた鉛色の空を泣きながら見上げて呟いた。
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