第978話 黒づくめ

「あれ、あいつどこ行った?」



 とある空間の中で男は呟いた。その言葉を聞いてから近くにいた少女のような姿をした魔物は辺りをキョロキョロと見回した。



「んー、どこにもいないみたいだね?」

「お二人ともどうしたのでござるか?」

「ああー、あの黒い奴が気がついたらいなくなってたんだよ」

「別にいないからってどうってわけじゃないんだけどねー」



 別の部屋から顔をのぞかせたサムライも2人が指している人物がいないことを理解した。姿が見えないだけでなくいくら感知しようと思ってもその人物の膨大な魔力がこの空間から発見できなかったからであった。



「神は何か仰ってなかったでござるか?」

「ううん、特に何も。クロちゃん、勝手に出て行ったのかなぁ」

「その可能性あるか? あそこでケタケタわらってる殺人鬼じゃあるまいし」

「拙者も同意見でござる。しかし気にしたところで拙者たちがどうなることでもなかろう」

「ま、そうだな」



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「うぐぅ……ッ!!」

「あっ……あああゆむっ!」



 気がつけば立っていられなくなり、心臓が麻痺して死んじゃうかと思うぐらいの感覚がこみ上げてきた。ミカのタイムデザイアのスキルは危険だ、攻撃のつもりじゃなくても蓄積したものが一気にくるから死にかねない。自分がものすごいことをしたと気がついたミカはミカミから元に戻って必死に謝ってきている。

 とりあえず『有夢』に戻ってこの変な感覚をどうにかしつつ冷静になろう。



「ま、まさかこんなことになるなんて、ごめん……ごめんね」

「はぁ……はぁ……。っ……はぁ、いいよ、許すよ……」



 例えばくすぐるのを止めた時間の中で十時間続ければその感覚が停止解除と共に一気にくる。これだと攻撃じゃなくても笑い死んじゃうよね。ミカが時間停止してる間になにしたかは詳しくわからないけど、この様子だと色々したはずだ。



「攻撃じゃないなら大丈夫かと思ったの」

「まあ、なんでも一気に感覚が来たら危ないってことだね……」

「か、代わりに私に同じことしていいから……。タイムデザイアの応用すればできるはず」

「……え、どんなの?」



 この時間停止スキルは時間を止めてる世界に任意の物や生物を連れてくることもできる。別の言い方をすれば時間停止を解除できる、かな。その際どうやら対象そのものじゃなくて一部だけを解除することも可能だってついさっき判明したみたいだ。

 だから、例えばミカが俺の首から上だけを時間解除してお喋りさせられて、でも身体は動かせないなんて状況を作ることができるみたい。これを駆使してミカは色々やったんだ。

 わかったのはそれだけじゃない。タイムデザイアは他の誰かを停止時間に引き込んでいるなら時間解除の権利を一旦その対象に委託して自分の時間も止めることができるとわかったらしい。そんなことしてメリットがあるのかわからないけど、ミカは今からそれをやるから自分を俺の好きにしてほしいと言っているんだ。



「いや……あんな風になるってわかっててやらないよ」

「でも……」

「いいからいいから」



 半べそかきながら謝ってるから怒ってすらいない。まだ全身がヒリヒリするけど。……タイムデザイアの使い方が増えただけでも良かったじゃない。マスター系のスキルじゃないから俺も覚えられるだろうし……そのうちこっそり俺だけ覚えるのも悪くないかも。その中でたっぷりゲームをするんだ。うん、暇になったらやってみよう。



「私が落ち着かないからこの落とし前は今夜するね」

「そ、そっか。そこまで代わりのことしたいなら止めないよ」

「とりあえず横になって休んでっ……」

「そうしようかな」



 俺の体が犠牲になったけど、スキルの練習にはなったんじゃないだろうか。この調子でどんどん使いこなしていってほしいね。



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「な、なぁ……が……がが……ガバイナ」

「なんだローズ」

「こ、ここ、今夜一緒にゆ、ゆゆ、夕飯食べないか……?」

「そのくらい構わないが」



 メフィラド王国、城下町内のある公園で竜族の少女と槍使いの男が二人で話をしていた。

 ローズが赤面しているのに対しガバイナは全くそのことに気がついていない。彼の中では今の誘いも友人との付き合いの一環として承諾したに過ぎなかった。



「や、やった……!」

「しかし俺なんかと一緒に夕飯を食べて何か良いことがあるのか? 女性同士、マーゴでも誘えば……」

「う、うるさい! ガバイナがいいんだ! それにマーゴとは週に二回は一緒に食事を共にしているしな」

「俺もラハンドとはそのくらいの頻度だな……ん?」



 二人の元に全身黒づくめのフードを被った男が近づいてきている。公園内には他に人がいるにもかかわらず、あからさまにその男はローズとガバイナにめがけて歩いてきていた。



「どうしたガバイナ……む、何者だ?」

「只者ではないことだけは確かだな」



 やがて黒づくめの男は二人の目の前に立ち止まる。ガバイナが座っていた椅子から立ち上がり、一歩前に出た。



「お前は誰だ」

「……お前に用はない」

「じゃあ用があるのは我か?」



 ローズがそう問うと、黒づくめの男は頷いた。

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