第141話 無茶
俺は目を覚ました。
横にはカルアちゃんとミカが居て、ミカが俺の手を握っている。
「だから一人で無茶するなって言ったのに……」
「そうですわ。死んでしまったらどれ程の人が悲しむと思っておりますの?」
そう、二人は泣きそうな目でこちらを見てる。
確かに俺は少し自分を無理に扱い過ぎてたかもしれない。ダークマターを得る前までは俺は自分の……いや、アリムの身体をかなり大事に扱ってきた。ほら、一応女の子だし。
だけどダークマターでなんでもかんでも、できるようになってからか、アムリタを作れるようになったからか、その扱いがかなり雑になっていた。
そのせいで、今は沢山の人を心配させているんだよね……。
戦争がおわったらゆっくり休まないと。
ミカとどこか遊びに行くのもいいな…またデートとかいいかな。
カルアちゃんと3人で遊ぶのもいい。とにかく、この戦いが終わったら俺はしばらく休憩しよう。
まぁ、今は目の前のことに集中しよう。
……わけがわからない、何故アムリタが眩暈や頭痛には効かなかったか。
正確に言えばアムリタはきちんと効いていた。
だけれども、しばらく経ってから再発するんだ。
アムリタを飲んだのに、頭痛や眩暈が起こり、体調も悪くなった理由。
それを一つ仮定するならば、飲んだら治るのは一時的で、暫くしてからぶり返すという隠れた効果があったか。
あるいは……精神は癒せないか。
俺は後者だと思っているんだ。
実を言うと俺は、みんなの前では今ですら、元気に振舞っている。
だけれど、今、すごく辛いんだ。精神的に。
俺のこの性格、これは地球に居た時だってそうだった……らしい、ミカ曰く。
つまり、MPはいわば精神力のようなもの。
少しづつ使うならば人体に影響はないけれど、一度に大量に使うのはまずかったのかもしれない。
ほら、"病は気から"って言うし。
だから頭痛や吐き気、眩暈などいかにも精神的にまいってる時に出そうな症状がでるんだよ、きっと。
アムリタ、切り傷は治せるけれど鬱病は治せないって感じかな?
ま、全部仮定だけれどね。
ものすごく気だるいし、気分も悪いけれどこれで俺の限界は把握することができた。
今後、MPを一気に使いすぎるのは控えようね。
「あっ!」そう言って、カルアちゃんは突然立ち上がった。
どうしたんだろう?
「ど…う……した…の?」
駄目だ、あんまりしゃべる気力が起きない。
うまくしゃべれなくなってらい。
「お父様から呼ばれました! すいません、少し行ってきますね」
「あ…ぁ、うん。行ってらっしゃい……」
慌ててカルアちゃんは医務室を出て行った。
唐突に俺とミカの二人だけになる。
二人だけになったからって特に何かあるわけじゃないんだけどさ。
「………有夢のバカ」
ミカが突然そう言いだした。
そんなこと言わなくてもいいじゃない。
少し傷つく。
……言いたいことはわかるけどね。
だから
「ごめん……」
俺はそう言い返すことしかできない。
ミカは涙ぐんだ目で俺を睨む。
泣いてるのが可愛いと思ったとか言わないほうがいいよね?
そこから、ミカの俺の無茶で迷惑や心配を被ったという昔話を延々と聞かされた。
小学1年の時の運動会前日に大怪我をしたのに無茶して運動会に参加した話や、小学5年の時に溺れてるクラスメイトを助けようとして無茶してプールで溺れかけた話。
小学6年の時にミカをガラス片から庇った話と、中学2年の時にクラスメイト(ミカを過度な悪口で泣かせた当時一番体格の良かった男子)と殴り合いの喧嘩をした話もあった。
この二つの話の時あと、ミカはボソッと「ありがとう」って言った。頬がこそばゆい。
あとは中学3年の時の受験の話…などなど。
まぁ、それらは確かに大抵は俺の無茶で引き起こしたものだったので、俺は頷くことしかできなかった。
というか、よく覚えてるな、ミカ。
幾分話を聞かされただろうか?
そのミカの話をはついに、俺が死んだ時の話となった。
「ねぇ、有夢……有夢が地球で死んじゃった時…私、どうしてたと思う?」
ミカは、ゆっくりと、何かを打ち明けるかのようにそう言った。
俺は黙って、ミカの目を見つめる。
「私ね……悲しくて、悲しくて……気がおかしくなりそうだった。ご飯だって喉を通らなかった。有夢に貰ったクマのお人形を抱いて、ずっと部屋から出なかったの。……だって、貴方のいない現実なんて、見たくなかったんだもん」
ミカは握ってる俺の手をより一層強めた。
俺もそれに応えるかのように握り込め返す。
「しばらくして……周りに……特に 翔 に説得されてね……彼はこう言った、『有夢が美花の悲しんでる姿をみたらなんと思う? 安心してあの世に行けると思うのか?』って」
そうか…翔のやつ、そんなこと言ったんだな。
「まぁ、その学校に行く道中で私は車に轢かれて死んだんだけど。今だったら訊けるよ、有夢は私のそんな姿みたらどう思う?」
……翔は、本当に俺たちのことを把握してる。
さっきの、その言葉の通りだ。
そんな風にミカを少しでもしてしまったと思うと、死んだことに今更後悔する。
「心配で……安心できないよ」
そう答えた。
それを聞いたミカは顔を涙で濡らしながら、さらに一段と手を強く握った。
「そう…それはね、有夢。私も同じなの…。悲しんでる姿だけじゃない。今みたいに、弱ってる姿を見るだけでも本当に辛いの……有夢……本当に一人で頑張って、無茶しないでよぉ……私……私っ……心配なのっ……」
ミカはさらに涙を流す。
握っている手にも、その涙が数滴、落ちてきた。
「今回だってそうでしょ! こんな無茶してっ! もしかしたら有夢は自分のためだって、内心で自分をごまかしてるかもしれないけれど……違うんでしょ、力試しをしたくて戦争に参加するんじゃないんだよね? ……わかってる、有夢はカルアちゃん達を助けたいんだよねっ…」
気づけば、開いてる方の手が、勝手に泣き?桐るミカの首の後ろまで伸びいた。
………俺は一体どうしたと言うんだろうか?
「あ……ゆ…む?」
首を傾げたミカを、俺は後ろに回した手で引き寄せた。
顔と顔が近くなる。
そしてそのまま、俺はミカの唇に唇をつけた。
「ふぁ……あゆむぅ…」
何故、俺はミカにこの状況でキスをしたのか、自分でもよくわからない。
もしかしたら、心配をしてくれることに喜んだからなのかもしれない。いや、泣いているミカをなだめるためか?
はたまた、自分の本当の考えを理解してもらえたから?
どちらにしろ、俺はミカにキスをした……。
と、その時、医務室の入り口から誰かの気配がする。
その人物にはこの現場、確実に見られた。
どう言い訳しようと考えつつ、ミカの唇から唇を離し、その人物の方向を見た。
それはカルアちゃんだった。
ミカも俺の表情から察して気づいたのか、慌ててカルアちゃんのいる方向を振り向いた。
「あ……あのねっ! カルアちゃん…これはねっ……」
ミカは口をパクパクと開閉させ、何かを言おうとしていた。
俺も内心は焦っていた。別にやましいことではないけれど、やはり見られると恥ずかしいのだ。
一方カルアちゃんは妙に落ち着き払っていた。
「ふふっ…アリムちゃんとミカちゃん…そういう関係だったんですね? あ、お気になさらず。私は同性愛は特別に悪いことだとは思わないので」
「あ……うん……えっと…その…」
ああ、そうか。
俺ら、はたから見たら同性愛なんだ、これ。
ミカは感情が高ぶってたかからか、俺を『有夢』って呼んでたけれど、実は今もアリムのままだ。
「ふっふっふっ…完全無欠だったアリムちゃん達の弱点ですわね! ……安心してください、この秘密は墓まで持っていきますので!」
そう言って、カルアちゃんは不敵な笑みを浮かべている。なんだかとても嬉しそうだ。
なんでそんなに嬉しそうにしてるんだろう?
「あ……そうでしたわ」
嬉しそうにしていたカルアちゃんは唐突に元に戻り、何事もなかったかのように話をし始めた。
怖い、主に表情の急変が怖い。
「アリムちゃんにお伝えしなければならないことが有るんでした。お父様がですね、『休み終おえたら今日中に私の部屋に来てくれ』とおっしゃってましたわ。では私はこれで、お二人でごゆるりと」
そう言って、カルアちゃんはどこかに行ってしまった。
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