6
「……」
少年は考えていた。何故自分がこんなことをしているのか。何故自分がこんなところに居るのか。その理由を。
「……」
しかしいくら考えても答えは出ず、呼吸はやがて溜息へと変わり疑問は苛立ちへと変化した。
「……」
少年は爪を噛む。幼い頃から注意されているがやめらない、彼の癖だった。
「……くそが」
少年はそう呟いて立ち上がった。高層ビルの屋上。少年はそこから辺りを見渡す。静まり返った街並み、閑散とした風景。ただただ風の声だけが少年の耳に届いていた。
「……」
少年は床を蹴る。そろそろ動いた方がいいのだろうか。このままここにいても状況は好転しない。だがどうにもやる気が起きない。このゲームに勝ったところで自分は何も得られない。それがわかっていて、どうして何かしようと思うのか。
「……はあ」
少年は空を見上げた。自分はいつもこうだ。よくわからないことに巻き込まれて損をする。させられる。やっと死んだというのに。死ねたというのに、こんなことをしなければならないなんて。
「……んだよ。なんなんだよ。まさに第二の人生ってか? くだらねえ、こんなことをするために死んだんじゃねえぞ俺は」
死ねば面倒なことから解放されると思っていた。しかし、今の状況は死ぬ前よりも面倒なことになっている。
「……」
だが、二度も死ぬ気にはなれない。一度死んでこうなったんだ。二度死んで状況が好転する可能性はあるだろうが、その可能性に縋ってまでまた死のうという気にはなれない。
「……」
とは言っても死神なんて面倒臭そうなものになるつもりもない。つまりは手詰まりだ。生きるも死ぬも地獄。これではまるで死ぬ前と同じよう――
「あー、めんどくせえ」
少年はそう吐き捨てた。
「おう、じゃあお前ここから飛び降りてくれよ」
不意に。背後から男の声がした。少年はとっさに振り返る。少年の背後にはアロハシャツに短パンの軽薄そうな男がいた。
「……なんだオッサン。飛び降りるわけねーだろ。頭涌いてんのか」
「オッサンと呼ばれるほど歳はとっていないつもりだが、うーん、やっぱり若いやつから見たら歳なのかもしれないな」
「おい、っつーかいつここに来た。どうやって来た。なんでここにいる」
「質問が多いぞ? そんなに一気に答えられるわけがないだろう? なに、簡単なことだ。さっきそこらへんを歩いていたらビルの上に人影が見えたのでここに来た。それだけのことだ」
「ああ? お前ふざけてん――」
少年の言葉がそこで途切れた。少年の体が、浮いた。体が何かに押されたかのように仰け反り、背中からビルを飛び降りるように弾き出された。
「――あ?」
そして落下。少年は重力に誘われて落ちていく。
(んだよ……ッ。もう落下はこりごりだ……ッ)
少年は右手から2メートルはあろう鉄骨を生み出し、それをビルに突き刺した。鉄骨はズガガガと音を立てながらビルを引き裂き、落下が止まった。
「……いつの間に落とされた? っつーかなんで落としてきた? 落としても俺を殺せねえのに――」
少年は左手からも鉄骨を生み出してそれもビルに刺す。少年はそれから右手左手の順番で自分の腰の位置に鉄骨を生み出してはビルに刺していき、ゆっくりとビルを降りていった。
「おー、一見大胆に見えるが中々繊細に降りるじゃないか。ビルに刺さった鉄骨がまるで背びれみたいだぜ」
少年の足が地面に着いたところで物陰から男が現れた。いつの間にか男もビルを降りていたらしい。
「……てめえ、余程死にてえみたいだな」
「おいおい、そんなに怒るなよ。これはそういうゲームだろう? いつ寝込みを襲われるかわからない。こんなことでいちいち文句を言っていたらもたないぜ」
「……ったく、そのまま立ち去ったんなら見逃してやる気にもなったのによお、ミンチにされてえみたいだなあ、ああ?」
少年は鉄骨を構える。先程は油断していた所為でビルから落とされたが今度はそうはいかない。少年の目ははっきりと男を捕らえていた。
「……いい目だ。俺も張り合いがある」
「はっ、遺言はそれでいいのかよ!」
少年が男に向かって走る。そして少年は鉄骨を男の脇腹に叩き込んだ。
「……あ?」
しかし、男の体がその衝撃で動くことはなく、鉄骨は男の脇腹に触れると制止した。
「……ッ」
少年はすぐに男から距離を開けようとした。踏み込んで後方へとジャンプし、間合いをとろうとする。
「んー、これはあれだな。可能性としては即死か出血多量死か。どっちかならまあ、これでいいか」
男が不敵に笑った。少年は後方に跳ねながらもとっさに鉄骨を前に出して盾にする。
「――豆腐の角に頭を打って死ね」
瞬間、少年の盾がくの字に折れ曲がり、吹き飛んだ。その衝撃で少年の腕が本来ならあり得ない方向へと折れ曲がる。少年は眉間に皺を寄せて歯を食いしばりながらもなんとか地面に着地した。
「いってえ……」
「おー、耐えたか。音速で投げた筈なんだがな。しっかし、音速で投げても豆腐が崩れないときたか。当たると弾け飛んだからそれまでは何かしらの補正でもかかるのかねえ」
「何言ってんだてめえ……」
「お前には関係のないことさ。……っと、うん? お前、もう治ったのか」
「……?」
少年は自分の腕を確認した。折れ曲がったはずの腕はもう元通りになっている。痛みもない。
「だからなんだって言うんだ? ああ?」
「早いな。早すぎる。死因が強い即死や出血多量死じゃあり得ない早さだ。だが鉄骨を使う弱い死因があったか……?」
「ブツブツ言ってんじゃねえぞ!」
少年は強く右足を踏み込んだ。男の足元から鉄骨が勢いよく生えてくる。まるで地球の裏側からものすごいスピードで突き刺したかのように。鉄骨は地面から飛び出してきた。
「おっと、危ない」
しかし男はそれをいとも簡単そうにひらりとかわす。飛び出した鉄骨はロケットのように空へ飛び、空中で霧散した。
「さっきから鉄骨の使い方が妙だな……。フツーに殴るんじゃ殺せないのか?」
男は顎に手を当てて考える。少年は爪を噛んだ。何故この男はこんな余裕綽々とした態度なのか。まるで相手にならないと言っているかのような男の態度に少年は苛立ちを隠せなかった。
「んだよこの野郎……んだよ、なんなんだよオマエ。なんなんだよオマエは! ああ⁉」
少年は再び強く踏み込んだ。しかし今度は鉄骨ではない。踏み込んだ場所から地面に亀裂が入り、その亀裂は男に向かって走り出した。
「――そうか、お前、転落死か」
男はにやりと笑う。納得のいく答えが出たようで男は満足そうに「はっはっはー」と笑ってみせた。
「気付くのがおっせえんだよ! そのまま笑いながら死ね!」
地面が割れる。男の足元がクレパスかのように裂き開かれ、男はそのクレパスの中へと落ちて――いかなかった。
「……あ?」
男は、浮いていた。地面が割れても落下せず、ガラス板が足元に敷かれているかのようにしっかりと男は空中に立っていた。
「ネタがばれてしまってはもうなんともないな。要は落ちなければいいだけの話だ」
「……あ? ああ? ああ⁉ 落ちろよ! 落ちろよクソ野郎が!」
少年の周りに無数の鉄骨が現れた。そしてその鉄骨達は男へと発射される。何本もの鉄骨が男に向かって飛んで行く。
「おいおい、乱暴だなあ。闇雲に投げればいいってもんじゃないぜ」
男は動かなかった。しかし男へと向かった鉄骨が男に当たることはなく、何かに弾かれたかのように男の目の前で跳ねてあらぬ方向へと飛んで行った。
「くそが! くそが! くそがァぁァぁァ‼」
少年は絶え間なく鉄骨を発射していた。だがそれが男に届くことはない。
「……そろそろ俺もネタ切れしそうだから終わらせるぞ。転落死。よく覚えておけ。これがお前の最後だ」
「――空に落ちて死ね」
男がそう言った瞬間だった。少年が、浮いた。いや、浮いたという表現では足りないかもしれない。何故なら、少年の体はとんでもないスピードで遥か上空まで吹っ飛んでいったからだ。まるで重力の向きが逆になったかのように。少年は空へと――落ちた。
(ああ? ――ああ、なんだこりゃ)
少年は突然、悟ったかのように冷静になった。この体は今だ空へと落ちている。落ち続けている。そんな中、少年は抵抗することを諦めてただ考えていた。
何故自分がこんなことをしているのか。何故自分がこんなところに居るのか。その理由を。しかし、いくら考えても答えは出ず、ただ一つの結果だけが少年の頭の中に過る。
(――落ちる)
そして少年の体は空に落ちるのをやめ、今度は重力に従って地面へと落下した。
「よかったな」
男は言った。
「これでお前はまごうことなき転落死だ。疑う余地もない。迷わずに――死ね」
男はその場を立ち去った。そして暫く男が歩いた後、例のアナウンスが鳴り響く。
《転落死の司者、縣小道。
変死を司る者により、転落死――》
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