第28話 ライバルの屈折した考え・苦悩 7

 幻悟の問いに成人ではなく、奈美がしっかり返事を返してくれた。

「おはよう、幻悟さん。あなたがどんな用事でここへ私達を呼んでくれたのかと考えるだけで胸がドキドキしちゃっているの」

 奈美はうやうやしく幻悟に挨拶をする。でも、幻悟の顔を見る事が出来ない。恥ずかしさのあまり、顔が赤面しているのを見られたくないからだ。そんなことなど露知らず、幻悟は奈美の目線の真ん中でこんな事を語りかけてくる。


「奈美ちゃん、昨日の嫌な思いをした経験を消そうと思うんだ。記憶にそんなものなんてない方が良いと思うしね」

 奈美は、幻悟に昨日の経験と言われた時点で顔を青ざめさせる。玉野に人質にされてしまっていたことまで思い出してしまったのである。その影響からか、奈美が昨日壁で、擦れて出来てしまった腕の付け根辺りの傷から血がにじんできた。

「今みたいに奈美ちゃん、こんな嫌な思いを覚えていると体に変調をきたしちゃう上に心までその恐怖に苦しみ続けてしまう事になっちゃうんだ。と、いう事でその嫌な記憶だけを抹消させてもらうよ」


 幻悟は奈美が恐怖からか震えている姿を見て、言葉力の能力解放準備を急ぐ。そして迅速に言葉力の準備が完了した。

「奈美に眠りし嫌悪を感じる記憶の根源、固形となりてこの場より離れてもらう。彼女にはそんな思いは不要なのだからな!」

 幻悟の言葉力による影響で彼女の脳内にあるここ数年の悪い記憶が一つの場所に集中していく。そして幻悟は奈美に辛い思いをさせないようにと悪い記憶の束を彼女の脳内から現実に具現化させる。


 具現化したものは変なモヤみたいな物の集合体のように見えたが、それに少しふれただけで彼女の嫌で二度と思い出したくない物が感じ取れてしまう代物のようだ。幻悟がそんな物騒な代物を『聖光・浄化』と言葉力でこの世からかき消すようにして、抹消させた。

「ごめんよ、幻悟君。でも奈美の将来を考えるとこんな思いがある分、不安だと思う。だから君に頼んだんだ」

 成人は本気で自分の妹を心配しているのだろう。


 その思いは幻悟にも良く感じられたし、伝わってきたからやる気になったというのも事実なのだから。

「水くさい事言うなって、せいじん。君の考えも何となくわかるしね」

 幻悟は成人に、「親友なんだからいつでも相談してくれていいよ」と諭す。それだけ幻悟が親友を大切にしている証だろう。外は雨が降っていたが、幻悟の心は晴れ渡っている。自分の存在意義を見つけたからきっと前向きに生きていけると信じて幻悟は未来へと歩いていくはずだ。

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