第22話 ライバルの屈折した考え・苦悩 1

「言霊対策、無駄にならないといいな」

 帰り際に、成人と道也が声を揃えて幻悟に言う。

「いや、無駄になってもいいから戦いは避けたいもんだよ」

 幻悟は率直な意見を彼ら二人ともにぶつける。それに対して成人が応える。

「ははっ、全くその通りだね。戦わずにすむように僕も心から願っているよ」


 幻悟が成人と道也、三人で言霊についての話を打ち切りそうな今、玉野市斗はというと――――。

「琴葉幻悟! あいつはどうも戦いを好まないらしいな。まあいい、忠告はしてやったんだ。後は琴葉幻悟の弱みをつかんで時期を考えて行動しよう」

 玉野市斗は彼の自宅にて儀式じみた行為をしながらチャンスをうかがい始めていた。幻悟にとって誰か特定はしづらいが……大事な人物に危害を加えようとしているのだ。


 そんな事など露知らず、何気ない日常が何日か続いたのである。

(玉野君、何もしてこないな。その方が良いんだけど気だけは緩めないようにしないとなっ)

 幻悟が今、考えていた通り、平穏な日は一ヶ月程経っていた。しかし、カゲでは玉野が幻悟にとって大切な人物を傷つける準備は完了させていたのだ。


「くくくっ、そろそろ頃合いだな。琴葉幻悟が油断してきている今がチャンスだ」

 玉野は影ながら邪悪なる笑みを浮かべて、幻悟を精神面から追い詰めようと行動を開始する。そんな計画が進行している事を感じ取れずにいた幻悟はこの時、成人の妹である奈美に考えうる限りの感謝の言葉を言い続けられていた。

「いくら感謝の言葉を述べたって伝えきれないし、むしろ足りないとすら思うの」

 幻悟に対して奈美は本気で心からの感謝の言葉を伝えている。だから、それをやめようとすることもなかった。そんな奈美の健気な姿を見て、幻悟はまいってしまう。

「本当にいいんだって。そんな感謝してもらいすぎても参っちゃうよ」


 幻悟の言葉に、奈美は「とんでもない」と言いたげな表情をして幻悟に正直な気持ちを伝える。

「いいえ、幻悟さんがいてくれなかったら私はこうやって普通の中学校に来ることなんてできなかったと思うの。そうじゃなかったら、きっと私は絶望で生きる気力を失っていたかも」

「奈美ちゃん……」

 この時、玉野はどこからか彼(彼女)らの行動を見ていて奈美を標的にする事に決める。幻悟達が見える入口付近の物陰か、屋上あたりにでもいたに違いない。玉野は本命の狙いを成人と考えていたのだが、さっきの幻悟とのやりとりで奈美に変えたのだ。どちらにしても成人と奈美を示す小海兄妹は巻き込まれていたといえる。

(恩人ねぇ、この女生徒を人質に取ったとしたら、琴葉幻悟の落胆した表情が目に浮かぶようだな )



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 これでほぼ確実に奈美が玉野の計画によって人質にされてしまう事が決定してしまう。すでにそんな状況にいなっていると誰が知り得たであろうか。


「ふうっ。今日も何事もなく、普段通りの日常で良かったぜ」

 幻悟はここ数週間、玉野市斗の襲撃に備えて気を張り続けていたので疲れが出てきていた。偶然とはいえ、そこを玉野市斗に狙われる形になってしまっていたのだ。


(そうだ! 今日、成人を呼んで用件を伝えて上で彼ら兄妹二人に言葉力を使った保険をしておこう)

 幻悟は今、そのような考えを思いついたが、実は時すでに遅しだった。まだ幻悟には知られていないが、もう玉野市斗は奈美を言霊で気絶させて人質にしてしまっていたのである。

「ふふふふふふ……っ、そろそろ琴葉幻悟をおびき寄せるとするか」

 玉野はしかめっ面で含み笑いをしている。きっと役の形から入るタイプなのだろう。その頃、幻悟は成人の家に話をしようと来ている所であった。玄関先で成人から、奈美がまだ帰ってきていないという事実を教えてもらう。


 その時になって、幻悟は悪い予感のような妙な感覚で何かを感じ取る。そこへ幻悟と成人の二人に向かってくる二歳~三歳児位の男の子が成人の家の玄関先で、声とも表現しがたいほどの声らしく言葉を発する。

「ヤァ、オキニサワッタノナラワルカッタネ。チカクニイタ、ガキヲツカッテオシエテアゲルヨ。コトハゲンゴニツタエテオケ! ……コウミナリトノイモウトハアズカッタ、カエシ……テホシ……ケレバ、ヒトリデマチ……ハズレノタマノ…………ドウジョウマデコイ」

 使い魔のように使われた小さい男の子の声はところどころ途切れるので聞きづらかった。 


 このくらいの年頃の子どもの声帯の未成熟さを考えれば当然ともいえるのだが。その男の子は何かに突き動かされるように帰っていった。きっと元いた場所に戻るのだろう。


「俺は玉野君を許せないな、こんな小さい子を使うなんて!!」

「幻悟君…………」

 幻悟は怒りの形相を隠すことなく、玉野道場に向かおうとしている。そんな幻悟をみて、成人は思わずたじろいでしまった。幻悟はやり場のない怒りを押し殺したかのような声で成人の方を見ずにこんな事を言う。

「せいじん!! 俺が必ず奈美ちゃんを救いだしてみせる。一緒に来たいだろうけど我慢してくれよっ」

「うっ、……うん。心苦しいけど頼んだよ、幻悟君」


 幻悟の怒声の中にもどこか頼もしく思える言葉に成人はうなずく。そうして、成人は、幻悟を見送った。

幻悟が玉野道場に向かってから少し経った(時間的には十分程)後に成人の家に道也がやってくる。

「よぉ、成。どうしたんだ?玄関先に突っ立っていたりして」

「やぁ、ミッチー。何でもないよ、たそがれていただけさ」

 成人は上手くごまかしたつもりでいたが、彼の焦燥している顔を見ただけで道也はそれが嘘だと簡単にわかってしまう。


 道也には成人がいらだっているようにすら感じられるのだ。

「成、俺たちの間で隠し事なんてお前らしくないぞ」

 道也は語気を強めて成人に詰め寄る。すると、成人は言いにくそうにしながらも重い口を開いた。

「実は玉野君が奈美を人質にとって幻悟君を呼び出したんだ」

「何だって!? 奈美ちゃんを」

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