第83話 海戦 08

    ◆





「……」


 声を出さずに私は意識を取り戻した。

 全身が痛い。

 特に手首が痛い。痛すぎて感覚が無くなりそうだ。

 何があったのだろう。

 ここはどこだろう。

 疑問と意識の整理が追いつかないまま、私はゆっくりと目を開いた。

 暗い部屋だった。

 いや、部屋と言うにはいささか狭かった。

 人が本来は一人用であろう場所だ。

 そして目に入る、幾つかのモノ。

 画面。

 どこかの海岸が映し出されている。

 操縦桿。

 白い手袋をはめた手がそれを握っている。

 その手の先には、当然、身体がある。


(……ああ、思い出しました)


 コズエは自分の置かれている状況とそこまで経緯を完全に理解した。

 目の前にいる男の名は、ブラッド。

 海軍元帥である。

 私の目的は彼だ。

 彼の位置を特定するべく、私は敵の懐に飛び込んだのだ。

 最初は兵士の意志をこっそりと読み取って探る程度に収めようとしたのだが、予想外に居場所を知っている人間がいなかったので、脅す方向に切り替えた。兵士は私が本当は喋られるなんてことは別に関係ないので、普通に口に出して脅した。

 そこでやり過ぎて、拘束されてしまったということだ。今も両手を、どうやらかなり強固な鎖で何処かに繋がれているようだ。

 身動きが取れない非力な自分を悔やんだが、結果として目的は達成された。

 ブラッドの横に、私は位置している。

 きっとクロードの近くにいる人間だというアピールが実を結んだのだろう。

 だが残念なのは、ここまで連れられてくる際に私が気を失ってしまったということだった。

 だからブラッドの傍にいても、ここがどこなのか分からなかった。

 ただ、正確な位置は分からないが、ここがどこか、ということは分かる。


 これは――ジャスティスのコクピット内だ。


 ここまで広いとは思っていなかった。もしかすると、彼専用で広い構造なのかもしれない。何せ元帥なのだ。その大きさからどのジャスティスなのか、外から分かるのだろうか? ――いや、広いとはいえ外から見て判るような幅ではないだろう。そうなれば、元帥の位置が一発で分かってしまうのだろう。もしかすると最初から、ジャスティスのコクピットはこのくらい広いのかもしれない。見たことが無いから分からない。

 しかし、困った。

 どうやってこの位置のことをクロードに知らせようか。

 そう悩んでいた所で、


「お目覚めの様だな」


 ブラッドが声を掛けてくる。

 髭の普通の初老の男性に見えるが、そうではない。

 彼は元帥なのだ。

 自分の何倍もの年を生きていて。

 そして――何倍もの人を殺している。


「どうだ? 威勢よく敵の中心に飛び込んだはいいが、何も出来なく人質にされて足手まといになっている気分は?」

「……ここはどこですか?」

「私のジャスティスの中だ」

「やはりそうですか」


 コズエは嘆息する。


「どうして私を傍に置くのですか?」

「質問ばかりだな。しかも的外れな」


 だが答えてやろう、とブラッドは鼻を鳴らす。


「先程お前が気を失っている間に、魔王に宣言した。お前は人質だ。返してほしくば指定した場所に行き、無抵抗で降伏しろ、とな」

「馬鹿なことをしましたね」


 ブラッドに向かってハッと笑い飛ばす。


「クロードは私なんかのために降伏する訳がありません。そんな煽りをしても無駄ですよ。だって――」


 コズエはくすりと声を鳴らす。


「クロードは幼馴染を、明確な殺意を持って拳銃で撃ったような人物ですから」


 クロードは人質に取られていた幼馴染に向かって、自らの手で拳銃の引き金を引いた。

 コズエはミューズの頭の中を読み取って知っていた。ミューズは、自分自身は何とも思っていないが、皆の士気にかかわると思って他の人にはその事実を伏せているようなので、ライトウとアレイン、カズマは知らないようだ。

 だが、有名な話である。


「知っているぞ」

「だったら――」

「だがそれは――『』だろう?」

「……以前のクロード?」

「『』だ」


 ブラッドは言い放つ。


「前は、誰を殺そうが関係なかった。自分一人だったからな。だが今は『正義の破壊者』を名乗っている。だから仲間を見捨てることは、その集団内での士気を落とす。指揮力も落とすだろう。そうなれば、少なくとも姿だけは見せるだろう」

「……」

「どうだ? ぐうの音も出ないだろう」


 確かに出なかった。

 いや、違う。


 


(やっぱり、この程度しかクロードのことを何もわかっていないのですか。思った通りです)


 自信満々なブラッドの様子に、笑いが出そうになるのを堪えたからだ。

 クロードは自分を助けになど来ない。

 来る必要がない。

 何故ならば、『正義の破壊者』は自分達が勝手に作っただけで、クロードは別にそんな組織などどうでもよく一人でも構わないからだ。ただ、彼に自分達が勝手に付いていっているだけなのだから、彼が組織のことについて考えるはずがない。

 だが敢えてそれを口に出す必要はない。

 今までは挑発だが、ここからはただの足を引っ張る行為だ。

 先までの言動を考えると、ブラッドはクロードを引き出させればいいと考えているようだ。

 つまりは、姿を見せれば勝てる策があると踏んでいるのだろう。

 だからコズエは、テレパシー能力で彼に事実を伝える。


(――クロードさん、コズエです。ルード軍の海軍ブラッドは、クロードさんの姿を見かけたら何か仕掛けてくるようです。なので指定された場所に行かないでください。お願いします)


 かなり距離が離れていると予測し、クロードの能力が使えないので返答は絶対にないと確信しながらも、とりあえずやれることはやっておこうとメッセージを伝える。

 当初の目的であった、海軍上層部の人の周囲に接見する、という目的は達成した。まさかトップの真横に位置する所まで行けるとは思っていなかったが。


(この状況が続いてくれれば、あの策もいけますね)


「どうした? お気に入りのぬいぐるみでもなくしたのか?」

「あ、そういえばそうでした。どこに行ったのでしょうかね?」


 手元にないのはコテージに置いてあるからだが、コズエは敢えて嘯く。お気に入りということに関しても、あれは施設からの唯一の持ち物ではあるが、自分を大人しそうに見せるための物だったので、そこまで思い入れは無い――とは言いつつも、こうなることを想定してコテージに置いてきたあたり、もしかすると逆に思い入れがあったのかもしれないと思い直すが、至極どうでもいいことだ、と思考を止める。


「あれ? でもどうして私がぬいぐるみをいつも抱えていることを知っていたのですか?」

「そんなの知っているからに決まっているだろう」


(……ああ、そういうことですか)


 答えになっていない答えだったが、彼女はブラッドの思考を読み取ることで理由を知ることが出来た。

 彼女もなんだかんだで有名なようだ。幹部という所まで外部にはバレているらしい。

 だが、コズエの能力まではバレていない様で、初期メンバーだから幹部にいるのだと思っているようだ。


「答えてくれはしないのですね」

「当たり前だ。敵に何故詳細を語らねばならん」

「では、クロードに対してどういう作戦を考えているか、ということも教えてくれはしないのですね?」

「当然だ」


 何を言っている、この小娘は。

 表層を読み取るコズエの能力では、主にそういう声の所しか読み取れない。クロードに対してどんな作戦を考えているかというのは、詳細まで把握は出来なかった。

 ただ、少しだけ思考の端が読み取れた。


 海。

 大量のジャスティス。

 大量の弾の貯蔵。


(――クロードさん。やはりあちらは数に任せて四方八方からの攻撃の余波でクロードさんを倒そうとしているみたいです。そこから先どうすればいいかは……すみません。読み取れませんでした)


 そこまでの情報を与えれば、おのずとクロードは結論を出すだろう。

 海岸に顔を出す必要はない。

 コズエを見捨てるべきだ――と。


(……まあ、このまま殺されてしまえば、ただの無駄になってしまいますからね。もう少し情報を引き出すように動きますか)


 コズエもただでは命を散らすつもりはない。

 それどころか、命を散らす覚悟はあるが、まだ散らすという選択をするつもりもない。

 情報を取るだけとって、ここから離脱する方法を考えなくては。

 どれくらい気絶していたかは分からないが、開戦まではまだ数刻あるだろう。

 そう予測して口を開いた――その時だった。



「――早速、釣られてくれたようだな」



「えっ……?」


 まさかクロードが姿を現したのか?

 そんなはずはないと思いながら、コズエは目を見開いて前方のモニタを見る。


 結果。

 クロードの姿はそこにはなかった。

 しかし、その代わりにモニタに映っていたのは――



「……ジャスティス?」

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