第324話 ライトウ 03

 中央会議室。


 そうキングスレイが口にしていたが、ライトウにはとてもそうは見えなかった。確かに机や椅子は置いてあるが、上下左右に異様に広い空間に対して数は数脚とあまりにも少なすぎるからだ。


「まあ、ここは元帥以上しか入れない特殊な空間だったからな。唯一の例外は清掃員とセイレンだけだが」


 ライトウの内心を読み取ったかのように、キングスレイはそう告げる。


「まあ、文字通り軍の中心部、って所だな」

「少数の為にこんな無駄な空間を作るなんて、非効率的だな」

「俺もそう思うよ」


 嘲笑し、肩を軽く竦めるキングスレイ。


「ここまで広い空間は必要ない、無駄だ、と常日頃からずっと思っていた――だがしかし、今日初めてこの空間に有用性を感じられたよ」


 そこで剣先をこちらに向け、キングスレイは薄く笑みを浮かべる。


「本当なら道場とかそういう舞台がいいのだがな。ここでも十分に戦いの場としては適しているだろう。何せ正真正銘、カーヴァンクルの中心部であるのだからな」

「ならば良かったじゃないか」


 ライトウも刀の先をキングスレイに向け、真顔のまま言葉を返す。


「ルード国を強国に押し上げた当の本人が、その中心で討ち果てるなんて本望だろう?」

「……言うようになったな。アドアニアの時にはそんなことを口に出来る余裕なんてなかったのに」


 確かにそうだ。

 アドアニアの時は『剣豪』という名とビルを真っ二つに切断するその様相に圧倒された。

 勝つなんてビジョンは全く浮かび上がってこなかった。

 だが、一度相対して――その後に考えて、分かった。

 キングスレイは雲の上の存在ではない。

 圧倒的な存在ではあるが、勝てない存在ではない。

 ――自分になら。


「あれから一か月以上も経てば多少は成長するもんだ」

「若者は羨ましいな。どんどん新しいことを経験し、吸収して行く。経験をあらかたしてしまった俺にはもう滅多に味わえない感覚だ」


 その分だけ既に経験を蓄えているだろう――と正直に思ったが、そんなことは言わない。

 それは相手の強さであり、そこに気が付かせる必要はないのだから。

 相手の強さは内心で認める。

 だけど、今のライトウはそれを決して口には出さない。

 表面上でも、彼は保つ必要があったからだ。

 この場で一番強いのは自分。

 現状で相手が強くでも、必ず最後に勝つのは自分だ。

 そう思い込んでこの場にいる。

 だから彼はこう返す。


「そうだ。ここで俺は初めての経験をたくさんする。その分だけ強くなる。この戦いが終われば、確実にあんたを超えるぞ、『剣豪』!」

「俺を超えるからこそ、この戦いの後に生き残っているのだろう?」

「そうとも言う」


 勢いで言うから整合性が取れなくなる。

 だけど恥じる気持ちは内に秘めて突っ走る。


「俺はもう、あんたを斬る覚悟は出来ている。人を斬ったことなど一度もない――文字通りの『正義の破壊者』であった俺だが、それも今日までだ」


 ジャスティスのみを斬ってきた。

 命を散らせたのは、ジャスティスを通してだ。

 だからこそ、対人戦の経験が少ないのもそうだが、心の底ではこの刀を人間の血で染め上げることを躊躇していたことも、彼は自覚していた。

 それらは一か月で全て捨てた。

 ジャスティスを破壊するのだけが、自分のするべきことではない。

 キングスレイは彼なりに自分の『正義』を掲げて向かって来ている。

 ルード国の実質的な長として、国を守るということで。


 自分にとっての『正義』は相手にとっての『悪』で。

 相手にとっての『正義』は自分にとっての『悪』だ。


 相反するこの事象を整理する頭を、残念ながらライトウは持ち合わせていない。

 独善的なのは承知している。

 だけど。

 ライトウは自身の『正義』の為に相手の『正義』を打ち砕く。

 破壊する。


「俺は今日初めてジャスティスではなく、キングスレイ――あんたという『正義』を破壊する!」


 『正義の破壊者』として。

 そして一人の剣士として。

 彼は告げた。

 そこに逃げ場などない。

 アドアニアの戦いのように見逃してもらうつもりなどない。

 ここで戦った経験を次に生かして再戦するつもりなどない。

 全てはここで終わらせる。

 その強い意思が込められた言葉であった。


 そして。

 それを受けた彼は――


「――はっはっは!」


 笑う。

 心底嬉しそうに。

 心底愉快そうに。

 決して笑い飛ばしている訳ではない。

 馬鹿にしているようでもない。


「いやはや、少し驚いたよ、少年」

「……何に対してだ?」

「ふむ。やはり詳細は悟らずに勘だけで言ったようだな。まあ良いだろう」


 そう言って彼は右手で持っている自分の剣を、左手で指差す。


「俺のこの剣については知っているな?」

「ああ。あんたのその剣はよく見覚えがある。戦車を斬り、弾丸を斬り、そして一人で戦争自体を終わらせたパートナー。だけど名前が『スティーブ』だとは知らなかった。それが友人の名だということもね」

「では何故、俺が友人の名を付けたのか教えてやろう」


 唐突にキングスレイは語り始める。

 どうしてこの場面でそのようなことをし始めたのか。

 判らなかったが、しかし聞かなければならない――と思った。


「スティーブという名は、先に君が言った通り、俺の友人の名だ。そして――この剣を打った鍛冶師でもある」

「鍛冶師……? ということは――」

「この剣を打ってくれたことに感謝しているからその名を付けている――なんていうことではないぞ。むしろそのような理由で名前を付けているなどと知ったらかなり嫌がる人物だからな」

「ならば何故、名前を付けているのだ? その人に対しての嫌がらせか?」

「半世紀以上も嫌がらせを続けるなんて、そうだったら俺は相当陰湿だな。……まあ、もっと単純な理由だ」


 そう前置いて。

 さらり、と彼は告げる。



「……え?」


 それは鍛冶師としての魂――という訳ではないだろう。

 ――魂が剣の中にある。

 そう言われて、真っ先に思いついたことが一つある。

 そして――


「この剣は昔、魔剣と言われていた。文字通り、人の命を吸って使用者に還元していたからな。正確に言えば塊の状態から人の命は吸っていたのだが、スティーブはそれを所有者に還元するように一つの剣として、文字通り『命を賭けて』打った。――それだけで素晴らしい鍛冶師であったことは分かるだろう? そしてもう一つ――分かることがあるだろう?」



 ――それが正解だった。


「まさか……ジャスティスの動力源って……」

「そうだ。この剣と全く同じ……いや――、と言った方が正しいだろうな」



 つまり、と彼はこう続けた。



「その剣の恩恵を受けている俺は既に人間じゃなく――、ってことだ」

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