第255話 過去 03

 はあ、と溜め息が幼きライトウの口から出ていた。

 これは何か落胆したために出たモノではなく、あまりにも感嘆したからによるものであった。

 成長した今でも同じ反応をしてしまうだろう――とライトウは素直な感想を持って、ライトウの母親と対峙している女性をじっと見つめている自分の視線の分析した。

 やがて、ずっと見ていることに気恥ずかしさを感じたのであろう、視線が逸れてカズマの方に向く。すると彼も見惚れている様子で口をぽかんと開けていることに気が付き、その背中にいるコズエすら当てられたかのように大人しく中を見つめていた。

 と、そこでこちらの視線に気が付いたようでピクリと肩を跳ね上がらせると、カズマはバツが悪そうにライトウに問うてきた。


「……そういえばライトウさんは知っていたはずでは?」

「いや、顔は見たのは初めてだ。最初に見た時はフードを深く被っていたから……」

「だったら僕を連れ戻してきた大人とかどうか分からなかったじゃないですか」

「あー、うん。そういえばそうだね。すまない」

「別にいいですけど……それよりあの人ですが」


 カズマは先のような見惚れた様子はすっかりと抜け、薄い表情のまま目線だけで中の女性を示す。


「何かおかしなところはないですか?」

「おかしなところ……? うーん……」


 子供の頃のライトウは腕を組んで唸る。

 しかし現代のライトウは、そのカズマの声で気が付いていた。

 思わず見惚れてしまうほどの美貌を持っていた彼女。

 しかしそんな魅力的な素材が揃っている中で、どこか彼女の表情には違和を感じた。


(表情が……固い……?)


 先程から母親と会話しており、時折笑い声も交じっている。

 楽しげな声は母親以外にも発せられている。

 それなのに。

 彼女は、一度も笑顔を見せてはいない。


(何か笑えない事情が……もしかして――)



「――何しているのー?」



 唐突だった。

 突如、後ろから能天気な声が聞こえて来た。

 聞き覚えのない声だった。

 幼きライトウの視線が再び動く。


(……っ!?)


 ライトウの心の声も絶句していた。

 目の前にいたのは、当時のライトウとより少し低いくらい――四、五歳くらいの、くりっとした眼が特徴の黒髪の少年だった。


「誰だ?」


 当時のライトウは見覚えのない少年だったのであろう、警戒も少々含んだ声音でそう問い掛ける。


 だが――


 だから、彼の名を知っている。

 よく知っている。


 そして、その少年は今の彼からは想像のできない、にこやかな笑顔を見せつけてきた。



「俺の名前は――クロード・ディエル。よろしくね」

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