Link Pierce

@waniwani777

第1話

「我が目は千里を見通す物なり」

 町の様子が俯瞰していると思える程、頭に入ってくる。

 いや、そんな大雑把な見え方じゃない。何処に誰がいて何をしているかが容易に見える。

 ――この狩りも今夜で最後だ。

 ずっと目を付けていたターゲットには馬鹿でかい魔力の持ち主が付き添っていたが今日に限って別に行動している。それを逃す手はない。

 ポケットから携帯を取り出し開けてみると、時刻は十九時と表示していた。それを確認し再び携帯をポケットにしまう。

 こんなボロ屋に隠れるのも今夜で最後だ。事の顛末を教会に報告し、報酬の大金で海外に逃げれば全てが闇の中に消える。

 考えれば考える程、馬鹿みたいに笑いが止まらない。

 教会は定期的に魔女狩りを執行している。方法は教会の人間が魔法使いを雇い、秘密裏に魔女を狩っていくというものだ。

 俺は金欲しさに自分を教会に売った。

 しかし、魔女はかなり強い。補助系の魔法しか使えない俺には魔女どころか普通の魔法使いにすら手が余る。

 そんな俺を教会が買った理由はただ一つしか思い浮かばない。おそらく効率が良いと考えたからだろう。

 補助系の魔法といっても、取り分け俺は探知の魔法が得意だ。というより、それに特化しすぎて他の補助魔法は有って無い様なものだ。

 ここからならば、この町内の全てが見通せる。人の顔は疎か、魔力が流れているのかそうでないのかという事も苦労なく見れる。

 この町に魔女が何人かいるのは分かっているが、当然俺は手を出さない。普通の魔法使いにすら勝てないというのなら、弱い魔法使いを叩けば良い。

 簡単な話だ。後は教会に魔女を殺したという報告と加工したそいつの写真でも渡せば良い。当然、教会は殺した奴の身元を洗うだろう。しかし、魔法使いと魔女の違いなんて生きているうちにしか見分けがつかないのだ。奴等は殺害された人物は魔法使いという事までしか把握できない。――何故なら警察が身柄を回収するからだ。

 もう俺は四人の魔法使いを殺し、報道もされているが足は着かない。

 当然、隠蔽工作をしているからだ。魔法の知識も無い愚図共に取ったら不可解な死にしか見えないだろう。

「いっ!」

 ターゲットに集中していると、急な脇腹の痛みで意識を反らしてしまう。

 コートごと服をめくり確認すると、血が流れていた……夥しい量の。

 前日の奴から受けた傷がまだ癒えきってなかったのか、血が止まる気配はない。

「クソ! 最後の最後でこんな。

 ――我が傷に癒やしを」

 意識を集中し、再びターゲットに目を向けるのと平行し、手にも意識を集中させ傷口に手を当てる。

 治癒魔法だ。少しずつだが傷が癒えていくのが分かる。探知しながらだと当然魔力の消費が激しいが言っていられない。

 ムカツクが、最善を尽くすならターゲットと接触するのにはもう数時間ほど間をおく必要がありそうだ。

 ――血を流しながらの戦闘なんてのは愚の骨頂だからな。




 私と稀跡ちゃんはいつも通り、屋上で弁当を食べていた。

 曇りがかって陰があり、夏の暑さが苦手な私にとっては晴天よりも過ごしやすいので嬉しい。

「まだ謎の死が止まらないらしいよ。怖いね」

 なんて稀跡ちゃんに声をかけたら箸を止め顔を顰めてしまう。

 確かに、ご飯時にする話じゃなかったかも。話のネタとしては最悪のものを選んじゃったのかもしれない。

「ごめんごめん。ご飯時にする話じゃないよね」

 稀跡ちゃんの手は動かない。

 かける言葉も見つからず、とりあえず稀跡ちゃんを眺めてみた。

 この子は雷城稀跡なんて変な名前をしている。

 いや、人の名前をおかしいと思うのはダメな事だって分かっちゃいるんだけど……。

 稀跡ちゃんは私と同じ十八にしちゃ、ちょっと地味なきがする。校則の制限があるにしても、もうちょい色気を出しても良いと思う。

 髪の毛なんか、全体的に短めに揃えられており、パーマなんかも全然かかってない。

 これだけ優等生じみた格好しているんだから成績も良さそうに思えるんだけどそうもいかず、最悪も最悪、めちゃくちゃ悪かったりする。

 それでも、運動神経だけは飛び抜けて良い。そこは羨ましかったりする。

 さっきは色気が無いなんて考えてたけど、顔はかなり綺麗。特に笑った顔がそれを引き立てているんだと思う。

「あー、ごめん。ちょっと考え事してた。それで謎の死がなんだって?」

 これだ。この笑顔。

 私はこの皆を受け入れる様な笑顔が好き。

 ていうか、根暗の私にとって気さくに相手してくれる稀跡ちゃんの存在は本当に掛け替えのない物で、成績云々なんてモノはまったく気にならない。

「あの、原因不明の死のやつだよ。血痕はあるのに死体に傷は無いっていうアレ」

「あー、なんかニュースでやってたね」

 稀跡ちゃんの手が動き出す。

 まぁ、稀跡ちゃんはそんなナイーブな性格じゃないよね。

「それって、吐血じゃないの? 体に傷が無いんじゃあ、もうそれしかないよ」

「いや、新聞見た限りじゃ外傷どころか内臓にも傷が無いって書いてあったんだけど……どうなんだろうね?」

「あー、それじゃあ……謎だね」

「でも、服には刃物で切った様な傷があるらしいよ。原因は分からないけど」

「警察が分からないような事を私達が考えても分かる訳がないよ。それより、聞いて欲しい事があるんだけど」

 稀跡ちゃんの顔が急に引き締まった。

 物騒な話をしてた事もあって、稀跡ちゃんを見てると自然と私の身も引き締まる。

 しばらく間を置くと、稀跡ちゃんは重い口を開けた。

「私、魔法使いなんだ」

「え?」

 こんな張り詰めた空気だからてっきり私は告白でもしてくるのかと期待したけどまったく別の事を告白されてしまった。

 思わず溜息が漏れたけど、とりあえず続きを聞くことにする。

「意味が分からないかもしれないけど、でも本当の事なんだよ……信じて」

 稀跡ちゃんの表情は必死に見えた。

 でも稀跡ちゃんの言うとおり、意味が分からない。信じろというのが無理な話だと思う。

 私は、言葉が詰まって首を傾げる事しかできなかった。

「優の反応は当然だよ。だからこれをちょっと見てほしいんだ。

 ――我が髪に偽りならざる姿を」

 稀跡ちゃんが意味の分からない言葉と指パッチンをしたのはほとんど同時だった。

 意味なんて聞くまでもなく、その行動の意味は分かる。

 私はただ息を呑み、ソレを見つめることしかできない。

「分かった? 私は魔法使いなんだ」

 何故なら、いきなり稀跡ちゃんの髪が金髪に変わったから。

 いや、色だけでなく長さもショートからロングに変わりサイドに軽いパーマがかかっている。まるっきり別人だけど、私はこっちのが似合ってると思う。

 ――まぁ、校則違反なんだけど。

「凄い似合ってるよ!」

「いや、そうじゃなくて」

「分かってるよ。種明かしはできないんでしょ?」

「え? 種明かし?」

 唯々、驚くばかりだった――稀跡ちゃんのマジックには。

 全てが前振りだったんだ。

 あの空気も、あの告白も、全てはこの瞬間の為の前座。

 まったく稀跡ちゃんは演出家だよ。

 さっきとは別の意味で溜息が漏れる。

「いつのまにこんな事覚えたの?」

「いや、前からできたんだけど」

「成る程、温めてたんだね。その気持ち私には分かるよ!」

「いや、そうじゃなくて……もういいや」

 稀跡ちゃんが嘆息しながら肩を落とした。

 心なしか疲れてるように見える。

 確かに、マジックは結構神経を使うと思うし疲れるのは当然だと思う。しかも指パッチンした瞬間に髪の色と量が変わるなんて、綿密な計画と準備がいるのは目に見えてるし。

 そんな事を考えてると、稀跡ちゃんは自分の鞄から小さな箱を取り出し私に差し出してきた。

「お土産。新しいピアス欲しがってたでしょ」

「いいの?」

「いいよ。優に買ってきたんだし」

 何のお土産か分からなかったけど素直に受け取る。ピアスは好きなのですごい嬉しかった。

「開けて良い?」

「いいよ」

 稀跡ちゃんから許可を貰ったので、焦る気持ちを抑え、箱を開ける。

 中身は棒状に垂れるピアスだ。稀跡ちゃんは私の好みを分かっていてくれたらしい。

 直ぐに左耳の透明のピアスを外し、貰ったピアスを嵌める。

 ――なるべく校則は破らない様にしてたんだけど、二人して破るという誘惑に勝てなかった。

「このまま授業でよっか?」

「あー、私は大丈夫だけど」

 そっぽ向いてる所を見ると、よっぽど恥ずかしいんだと思う。プレゼントなんて慣れない事するから。

 私は午後の授業が楽しみで仕方ない。




 私達はこっぴどく怒られた。

 そのせいで帰るのが夕方になったけど私は気にしてない。優が望んだ事だし、私も望んでいたからだ。

「ごめんね。私のせいで帰るの遅くなって」

「気にしないで。たまにはこういうのも良いと思うよ」

 優は謝ってくれるけど、それは筋違いなんだ。

 むしろ私は嬉しかった。傍目を気にしないであんな目立つピアスをしてくれた事が。髪が似合うって言ってくれた事が。

 だから怒られた事なんか些末な事だ。

 強いて気になると言えば、雲行きが怪しい事ぐらいか。帰りが面倒になる。

「こんな所に佇んでも仕方ないよ。早く帰ろう」

「その事なんだけど、稀跡ちゃん先に帰ってて」

 校門にずっと立ってて雨にでも降られたらと思い話を切り出したけど、正直驚いた。

 このタイミングで断られるとは思わなかったから。

「どうして? 最近が最近だし危ないよ」

「分かってるよ。でも用事があるし」

「でも」

「なるべく早く帰るし、ね?」

 頷くしかなかった。

 私はいつもそうだ。この子笑顔には敵わない。

 大橋優は、私の掛け替えのない友人だ。

 学校に話せる人間はそこそこいるけど、私が友人と呼べるのは優しかいない。

 この子は自分の性格を改善したいらしく、まずは見た目から変えていくと意気込んでいた。

 その結果として、まず髪は短いながらも茶色がかって全体に軽いウェーブがつけてある。次にピアスだがアレは私が開けた。優に頼まれたからだ。

 しかし私としては、見た目はともかく性格は変わらないでほしい。

 優の性格は優しいんだ。それもとてつもなく。

 私はそれに惹かれた。だからこそ優には大事にしてほしい。

 見た目にしてもそうだ。周りの見る目がないだけで、かなり綺麗な部類に入ると思う。

 顔が小さく、目が大きい。まるで子供を思わせるその容貌は私の庇護欲を掻き立てる。

「じゃあね。また明日」

「あぁ。気をつけてね」

 優は手を振るとそのまま去って行った。私もそれに合わせて手を振り返す。

 急いでる様に見えるけど、何の用か気になるな。

 ――いや、私には関係ないか。

 ――それよりアレをなんとかしないと。

 あの事件は、ここ周辺で起こっているのだから他人事じゃない。それで頼ってほしいからこそ優には私が魔法使いだと告げたけど、なんの意味もなかった。

 だったら最悪の事態を想定し、私自身が手を打つしかない。

 メディアじゃあ『謎の死』などと、もてはやされているけどアレは殺人だ。

 事故や自殺じゃありえない。死に方が不可解すぎるからこそ、誰かが何かをしたとしか思えないんだ。何かはともかくとして私はその誰かを探し出せば良い。

「まずは殺人現場か」

 犯人を捜すにも何の手がかりも無しというんじゃ厳しい。

 おそらく立ち入り禁止だと思うけど、私には入る方法なんていくらでもある。


 制服はあまり好きじゃない。

 だからここに来る前、一度家に寄り着替えてきた。

 紺色のコートにジーパン、革靴と夏に相応しくないかもしれないけど仕方ない。肌を露出させるのはあまり好きじゃないんだから。

 そのおかげで大分時間を食った。おそらく夜の九時か一〇時くらいだろう。だけど気にしない。というより都合が良い。

 一番新しい現場の公園に来てみたけど、やっぱり立入禁止のテープが貼ってある。

 中を見ると、酷い有様だった。

 遊具のほとんどが拉げ、地面にも抉った様な跡がいくつかある。

 とりあえず入らないことには詳しく見れないし、分からない。

「あー、我が体に偽りの姿を」

 詠唱するのと同時に指を鳴らす。

 指は必要ないんだけど、その方が格好いいのだから仕方ない。

 とりあえず猫に変身した。身軽だし鼻が利いて便利だからだ。

 テープを擦り抜けてみても、当然その悲惨な風景は変わる事はなかった。

 遊具にしても地面にしても、人間のできる所業じゃないのは容易に想像ができる。

 しかし仮に大型車等で殺害したとしたら、死体の説明が付かないし、深夜でも誰かが気づく。

 というよりどんな方法であれ、地面が削れたり鉄が拉げたりしたら誰かが気づいてもおかしくないんだが……。

 見回りながら考えていると、ふと中央の地面が視野に入った。周りと比べると不自然なまでに傷一つ無いのだ。

 気になり近寄ると、地面に面白い焦げ跡があった。

「魔法円……結界か」

 魔法円の形をした焦げ跡だ。

 犯人は魔法使いか……。

 どうりで誰も気づかない筈だ。おそらく防音とか錯覚の効果でもある結界だったんだろう。しかし処理が恐ろしく下手くそだ。

 上手い奴は跡なんか残さない。

 そこを考慮に入れると、補助系が苦手な攻撃型の魔法使いか? だとするとこの破壊の跡は説明が付く。

 死体の傷については、おそらく治癒魔法で治したんだろう。警察の捜査を攪乱させるために。

 だとすると服の傷から察するに、犯人は恐らく鋭利な刃物なり魔法を中心に相手を殺害したのだろう。

 しかし公園の破壊は切るというより、殴ってできたというイメージだ。

 ……おかしい。

 この公園には二つの血の匂いがある。

 一つは被害者のだとして、もう一つは犯人のだろうか?

 普通、魔法使いとただの一般人の争いが拮抗する事はあり得ない。

 ということは、被害者も魔法使いか?

 それだと説明が付く。犯人が切り裂く様な攻撃に対し、被害者は殴る様な攻撃だったのだろう。

 魔法使い同士でこんな争い……。

 思わず力が入り魔法円に爪を突き立ててしまう。

 なぶり殺しにしてる辺り犯人は相当いやらしい奴だ。

 魔法使いの血には魔力が流れている。それを垂れ流し続けるという事は戦えなくなるという事だから。

 ――動機は何だ?

 私怨ならそれまでだけど、順当に考えるなら魔女狩りか。それなら無差別に殺しているのにも説明が付く。

 ――何もそこまで考える必要は無いんだろうけど、同族が何人もやられているんだ。仇くらい取ってやりたい。

 ……魔女だって私たちと同じなんだ。

 仮に魔女狩りだとしたら、教会が選りすぐった人間だ。それに何人も魔女を殺したという実績もある。私が戦って勝てるのかどうか……。

 本当に魔女狙いならひとまず優と私は安心だ。わざわざ変に刺激を与える事もないだろう。

 でも、憎い。

 魔女だってそこに好きで身を投じた訳じゃないだろうに。

 ――殺してやりたい。

 しかし優の事を考えると何もできない。

 歯痒いけど、どうしようもない。

「悪いな……仇を討てなくて」

 しばらく黙祷することにした。

 私にはそれしかできそうにないから。




 やっと似合いそうな物が買えたのは良かったけど、迷いすぎた。

 もう十一時くらいかな。大通りだっていうのに人気が無い。おまけに傘持ってきてないのに雨に打たれて最悪。

 せめて横に友達でもいれば気が紛れるんだけど、生憎私にそんなものは稀跡ちゃんしかいない。

 稀跡ちゃんにお返しに内緒でピアスをあげようというのに一緒に来てもらう訳にもいかなかったし仕方ないか。

 しんどいけど駆け足で帰る。

「なぁ、ちょっと良い?」

 後ろから声がしたので、慌てて足を止め振り返るとすごい怪しい人がいた。

 グレーのフード付きのマントで全身を隠している。確かにこの天気にピッタリかもしれないけど……怪しいよ。

「はい、なんですか?」

「ちょっと来てくれない?」

「ごめんなさい。急いでるんで……って、な、なんなんですか?」

 逃げようとしても逃げられない。

 いきなりしゃがんで私の足首を掴んできたからだ。

 振り切ろうにも凄い力で外れない。

「じゃあここでいいや。人いないし。

 この域内で起こりし事は何人にも知られず」

 呟きながら地面に血で何か書いてる。

 そうとう危ない人なのかもしれない。最近の事もあるし、余計に気持ち悪かった。そして何よりその血で書いた何かが雨で流れないのが不気味で思わず息を飲む。

「お前も一端の魔法使いなら心得ぐらいあるんだろ?」

「痛っ」

 いきなり臑をナイフで切りつけられ、激痛で尻餅を着いた。

 いろいろ聞きたい事があったが、足の焼ける様な痛みでただのたうつ事しかできない。

 この人は、何が面白いのか立ち上がってゲラゲラ笑っている。

 その哄笑に押し潰されそうで、耳を塞いでしまいたかったが、恐怖で体が思うように動かないのだ。

「何だ戦えないのか? 最後の最後で楽できそうで嬉しいよ!」

「た……たかう? さい、ご?」

「アレは公園で足踏みしてたし、仮に気づいたとしてもあそこからここまでは一時間以上かかる。

 お前もう死ぬしかないよ!」

 この人が何言ってるのか分からなかったけど、私が今ここで殺されるというのは嫌でも分かった。

 ――逃げないと。

 ――死にたくない。

 ――まだ死にたくない。

 でも足が震えて立てない。なら這って逃げればいい。何処に逃げれば良いのか分からない。こいつから逃げられれば何処でも良い。

「じゃあな。やっぱり俺の目は最高だ……がぁっ!」

 這いずってると嫌な音が聞こえた。

 何が起こったのか分からない。

 男の悲鳴と何か鈍い音がして気になり、恐る恐る振り返ってみると男は額を押さえながら倒れていた。

 でも一番驚いたのはここにいるはずもない稀跡ちゃんがいることだ。

「良かった。間に合ったみたいで」

 稀跡ちゃんの笑顔で全身の力が抜けた。


         *


「くそ……何でお前がここに……」

 忌々しげに男が稀跡に問いかけても男に返答はおろか一瞥も向けない。男の存在など元から無いかの様に優を抱きかかえていた。

 何故なら稀跡にとって優の保護が何においても優先すべき事だからだ。

「優……後でちゃんと説明するからちょっと待ってて」

「……うん」

「この域内を犯す者に雷の鉄槌を下さんことを」

 稀跡は弱々しく頷いた優をその場に座らし、呪文を詠唱しながら手を翳す。

 優を囲う様に結界が張られた。この結界は雨風は勿論の事、ある程度の衝撃なら防げる代物だ。

「お前……狙う相手を間違えてるんじゃないのか?」

 稀跡が低い声で男に問いかけると、男は気怠そうに起き上がりマントを脱ぎ捨てた。水を吸ったマントはもはや重りでしかなかったのだろう。

 フードで隠れていた額の傷が痛々しい。先ほど稀跡が蹴りつけたものだ。

「聞かせろ! 何で分かった? 何で間に合った?」

「飛んできたんだ。それにこの結界は防音効果しかないだろ。見つけるなってのが無理だ……それ以上お前に言う気はない」

「成る程、変身魔法か」

 その返答に稀跡は目を見開き息を呑む。

「図星か」 

男の言うとおり、稀跡は変身魔法で鳥類に変身し飛んできたのだ。

 だが当てられて当然だ。優共々、稀跡の事も毎日の様にこの男は視察し続けていたのだから。

「お前は魔女狩りをしているんだろ?」

「そうさ。俺は教会に雇われた人間だ」

「なら何故この子を狙う?」

「こいつも魔法使いだからさぁ!」

 男はナイフを両手にイノシシの様に稀跡に突っ込んでいく。それに対して、稀跡はただ男に人差し指を向けただけだ。

「指先に集いし雷よ」

「あぐっ!」

 稀跡の指先から弾丸のように雷が発射され、それが男のナイフに的中した。その刹那、男は体を痙攣させナイフをその場に落とす。

 電気がナイフを伝い男は感電したのだ。雷属性の魔法を使いこなす稀跡にとって造作も無い事だった。 

 稀跡は感電している奴を不審そうに見つめ首を傾げる。

 おかしいのだ。呆気なさすぎる。稀跡は死闘になるのをを覚悟していたし、もっと言うなら死ぬことさえ覚悟していたのだから。

 痙攣が止まると男も及び腰になりながら、睨む様に見つめ返す。男と稀跡の視線が交錯するが、明らかに男が気圧されていた。 

「この子が魔法使いってどういう事だ?」

 狼狽気味の男などお構いなしに、稀跡は疑問を投げかける。すると男は急に先ほどと打って変わってくつくつと笑い出した。

「何がおかしい?」

「いや、何でも無い……それよりお前知らないのか? そいつが魔法使いだって事」

「違う! そんな事はありえない!」

「お前何にも知らないんだな。そいつには微弱だが魔力が流れてる」

 歯を食いしばりながら稀跡は聞き入った。そんな様子も男からしたら面白いのか下卑た笑みを浮かべながら続ける。

「俺は探知の魔法が得意なんだ! だからこそ、そいつが魔法使いだって分かった」

「分かった……仮にそうだとして何故この子を狙う? この子は魔女じゃない! 印がないんだ!」

「そうだ。お前の言うとおりさ。この子は魔女じゃ無い。でも魔法使いなんだ」

 稀跡はハッとする。そして段々と怒りの形相に変貌していく。

 この時はっきりと読み違いだと、稀跡は悟ったし、何より殺意が濃くなっていくのも分かった。こいつは騙りなのだ。

「教会を騙すんだ! 魔法使いと魔女の違いなんて体の印を見ない限り分からないんだからな! 

 魔女は無理でも、そこのクズみたいのならいくらでも殺れる! いくらでも魔女の代わりはいるんだ。

 それに何も罰せられる事はしていない。俺は『人間』じゃなくて『魔法使い』を殺してるんだからな」

「もういい……分かった」

(殺す!)

 稀跡の殺意はより強固な物になった。

 魔法使いがこんな脆弱な騙りに駆逐されて良い筈が無いし、何より優がここまでやられて我慢出来る訳がない。

 眼前の男を睨みながら稀跡は右手を前に差し出す。それに反応する様に男は再び笑った。

「天上の神よ」

 詠唱を始めると稀跡の右手に雷が纏っていく。だからどうしたと言わんばかりに男はまったく動じない。

「ハハッ! 撃てるものか! 魔女狩りの邪魔をしたらどうなるかお前知ってるのか? 教会に狙われるんだぞ? だが俺は勘違いで通る。魔女も魔法使いも似たようなもんだしな」

「貴殿の力をどうか我が手に」

 稀跡も男の言葉など聞こえないかのように詠唱を続ける。

 当然、元より聞く気など無いのだから。

「分かってるのか? 教会から狙われるんだぞ! 見栄を張るな!」

「今こそ愚かなる者に裁きを」

 詠唱を終えると、稀跡の手には凄い量の雷が纏わり付いていた。それを目の当たりにした男は少しずつ後退する。

 撃てないと踏んでいた男にとってこれは誤算で、もうどうしょうもなかった。

「頼む。見逃してくれ! もうお前らには関わらないから!」

「いや、死ね」

 男は飛ぶ様に土下座をしたが、稀跡は鼻で笑うだけで手を下ろそうとはしない。

「稀跡ちゃん! 止めて!」

「えっ」

 聞き慣れた声に稀跡は振りかぶる様に振り返る。そこには座り込みながら目を腫らしている優の姿があった。

 男にとって皮肉な事に、優こそが稀跡を抑止できる存在だったのだ。

「ダメだよ! 殺人なんて……」

「でもこいつは」

「お願い……」

 渋々稀跡は手を下ろし雷を消す。途端に体勢を崩し薄ら笑いを浮かべてる男に稀跡はゆっくりと近づいて行く。

「安心してるところ悪いけどお前は教会に突き出すよ」

「え?」

「契約不履行だ。それを知った教会がどうするかお前には分かるだろ? 勘違いで通ると思うなよ。私が付きそうんだから」

 男の顔はみるみる青ざめていった。

 魔女狩りを妨害した人間は教会か狙われるのだから当然の反応だろう。


 あれから五日経った。

 私たちはいつも通り、のんびりと登校している途中だ。

 おかしい所を強いて挙げるとするなら私が足を怪我してるのと、稀跡ちゃんがピアスをしてる事くらい。

「この前あげたピアス付けてくれてるんだね」

「まぁね」

 明らかに校則違反のピアスは付けてくれる癖に、魔法で髪を黒にしてる辺りやっぱり稀跡ちゃんは馬鹿だ。

「聞くけどさ、何でこの前襲われてる場所分かったの? 格好良かったけどさ」

「え? あ、いや……内緒!

 そのピアスしてくれてたら私はどこにでも飛んで行くから」

 内緒らしい。すごい気になるけど。

 ていうか何で頬を赤らめてるのさ。何か恥ずかしい事言ったかな?

 まぁ、魔法使いにしか分からない事なんだと思う。あ、そういや私も魔法使いか。

 私が魔法使いって事もこの前判明した事だし、とりあえず稀跡ちゃんの頭の上で指パッチンしてみる。

「何してんの?」

「いや、髪戻るかなって」

「戻らないよ!」

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