第32話 規則三十一条 黒い影と黒煙

「晴嵐高校文化祭。一般開放は一日目二日目、最終三日目は生徒だけの文化祭です」

「何読んでるんだ?」


 俺は和服姿の久留米に声をかけられる、周りは和服姿の男ばっかりだ。


「ん、パンフレット。更衣室に入る前に持ってきた」

「ふーん。近藤は今日は午前だっけ?」

「そ、昼まで、明日は四時から」


 ちなみに男の着物は、長着と言うのか浴衣に似た衣装ですごい手抜きだ。

 久留米に言わせると、男が着る紋付袴などは数が足りなく簡便してほしいと。

 ちょうど遊び人の金さんみたいなスタイルになるので周りのクラスメイトは物真似をして着付けの先生に怒られてる。

 俺は久留米と別れ『和風喫茶葵(仮)』と書かれた看板を出した教室に入る。


「ういーっす」


 短い挨拶をする。


「あ。近藤おっはよー」

「おーっす」

「おはようございます」


 第一弾は俺とアヤメさんを含め十名と……。


「うわ……先生イメージ変わりますね」


 俺が入った扉と反対に、赤色が多い着物を着た加賀見坂先生が喋らないで微笑んでいる。

 何時ものただ縛っただけの髪とは違いうなじの近くに大きめのお団子を作っている、赤い口紅も着物と丁度合っていた。


「それでしゃべらなければモテますよ」


 にっこりと微笑み続ける加賀見坂先生、体を半回転させたと思ったら俺に草履(ぞうり)を飛ばしてくる。

 慌ててキャッチするも手が痛い。


「ちっキャッチしたか、近藤一言多いぞー。そしてソレ返してくれ」

 先生の言葉に周りのクラスメイトが笑いあう。


 『まもなく文化祭が始まります、皆さんお客様に失礼の無いよう。そして事故の無いようにお願いします』

 スピーカーから流れる声と友に晴嵐高校文化祭が始まった。

 俺たち男子は主に裏方になるので走りまくった。

 教室内は火気厳禁なので保存が利かない物は、二階にある調理室で調理をし出来上がった物を運んで、お客に出す。

 今は水無月と使い終わった食器をカートで運んでいる所である。


「そこの二年! 廊下は走るなっ!」

「へーい」


 俺たちは見回りの先生から顔を隠すが着物姿なのでニ年なのがばればれだ。


「疲れたな」

「ああ」


 俺と水無月はカラになったカートをゆっくりと運んでいる。

 廊下では俺たちと同じ裏方の人間が所せましと動いているのが見える。


「おいあれ」


 水無月が俺の肩を小さく叩く。

 小さく指で窓の外を指している。

 窓の外にはいかにも不良ですって人種の人たちが四人ほど見える。


「変な問題起こさなければいいけどな、俺一応先生に報告しとくわ」

「そうだな」


 水無月の報告に俺は頷く。


「所でさ、あそこ居るのって近藤の親か……?」


 教室の入り口で俺たちに向かって大きく手を振っている母親が見える。

 隣にはマルタに八葉もいる。


「しゅうーちゃーん」

「ほら、しゅうちゃん行ってこいよ」


 水無月に突っつかれる。

 小走りに母親の所にいく。


「楽しんでる? もう喫茶は入った?」

「入ったわよ~、こういう空気は楽しいわねぇ。お父さんと出会ったのを思い出すわ」


 話が長くなりそうなので八葉に話を振る。


「まぁ低俗なお祭りにしては楽しい」


 見ると両手いっぱいのお土産を腕につけてる。


「何だ、その目は。これは貰ったんだ」

「八葉なぁ、行く先行く先で女の子から、お土産もらうねん」


 八葉のお土産をマルタが説明してくれる、マルタも楽しそうな顔をしている。


「高校の文化祭で小さい子供は人気あるからね。吹雪さんは?」

「あっちや」


 教室内を指さす。

 見ると、吹雪さんと加賀見坂先生が熱心に話している、心配になりマルタに尋ねる。


「何かあったのか?」

「美容について話してるだけや」

「あそ……」

「こらー! そこお客様に迷惑かけないサボらないー」


 後ろで女子の声が聞こえる。


「やっべ、それじゃ俺行くから。他にも教室あるしゆっくり回って、俺とアヤメさんはあと1時間もしたら自由行動になるから、それでよければ一緒に~」


 俺は大きく手を振って裏方に戻る。

 昼になり俺達午前の部は自由時間となる、自由といっても帰れるわけではないが。


「近藤くん~交代にきたよー」


 そう喋るのは着物姿の五月雨達。


「いやーアヤメさんのお母さんも、近藤君のお母さんも若いね」

「俺の所は三十になる前から年齢忘れたって言ってるからな」

「本当? 面白いお母さんだね」

「今日は接客か?」

「あたし? あたしはほら、今日は料理のほうに回るよ、ちょっと動きにくいけどね」

「女子は大変だなー、んじゃ、頼む」


 五月雨達との会話を終わり先生の所に報告しにいく。


「それじゃ先生、交代が来たんで代わりますー」

「ちょっとまて、近藤」

「あい?」


 加賀見坂先生に呼び止められる。


「さっき水無月から聞いたんだが、ガラの悪いのが来てるらしいな。見回りの鳥島先生に見かけたら質問を出来ればボディチェックと頼んだが、何かあったら騒げ。ああいうのは騒ぎに弱い」

「はぁ」

「毎年くるんだああいう馬鹿は……」

「そういえば、去年も居ましたね」

「去年は私が見回りだったからな、淑女(しゅくじょ)な対応をしてお帰りになってもらった。ただ、今年の鳥島先生はな……」


 少し歯切れの悪い喋り方をする。


「力弱そうですもんね」


 深く頷いた後、俺を見て笑う。


「本人には内緒だぞ、すまんな引き止めて」


 出入り口をみると、すでに俺の母親や吹雪さんなどが待っていた。


「お待たせ! さて何処行く?」

「お母さん、しゅうちゃんに任せるわ」

「私も秋一君にまかせようっと」


 二人の母親に言われて困惑する。


「あ、そだ俺も腹減ったし校庭の屋台見に行っていいかな」

「せやなーウチも小腹が減ってきた」

「それじゃ秋一さん行きましょうか、ほら八葉。手を繋ぎましょう」


 俺達は校庭に移動する、校庭では主に三年生が屋台などを手がけている。

 所狭しと良い匂いが漂ってる。


「マルタ? どうした変な顔して」

「いや、焼けこげた臭いがするからなー何処からやろとおもって、まぁ多分気のせいや」


 あっちもこっちも鉄板からでる煙が凄い。

 俺達は三年の先輩達に冷やかされつつも、焼きそば、たこ焼き、お好み焼きなど軽食を楽しむ。


「それにしても八葉はお得だな……行く先行く先で本当に……」


 少し離れた所のあるベンチで休憩をする。


「だから言ったろくれるのは嬉しいがそんなに食べれない」


 八葉はさっきから屋台に行くたびにサービスを貰う。


「八葉はもてもてだね」


 そう喋る京子さんや俺の母親も何かと割引してもらってる、男女ともに美人に弱い学校だ。


「しゅうちゃん、あれ何かしら?」


 指差されたほうを見ると、校舎裏から数人の男が走ってくる、その後ろには鳥島先生が赤い顔をして追いかけてるようにも見える。

 その姿は大きくなっていき、男たちの手には缶ビールを持った袋も見える。

 もちろん高校の文化祭でアルコールなど売っているわけが無い。

 つまりあれは。


「不良かな……」


 俺は母親の質問に答えるが、目は不良を見たままだ。


「そこの人達、その場所から離れてくださいー」


 そう必死で叫ぶのは不良達の後ろから追いかけてる鳥島先生。

 足元がおぼつかない。

 俺はこっちに向かってくる不良を数えることが出来た。

 今朝二階から見た奴らに間違いない、人数も四人いる。

 俺は心の中で不良A、B、C、Dと名づける事にした。

 どうやら、不良達は俺達の後ろにある裏門から逃げる算段らしい、行く手を阻むのが女子供の集団なので酷く顔が歪んでいるのがわかる。


「おら。そこのバアア共どけえええ」


 俺の後ろの空気が変わる。


「アヤメどきな!」


 俺の横に居たアヤメさんを守るように吹雪さんが出てくる。


「誰かババアだこらあっ!」


 先頭を走ってきた不良Aを最初に捕まえるとドスの聞いた掛け声と共に綺麗に背負い投げをかました。

 さらに投げ飛ばしたままの不良Aの股間を蹴り上げる。


「うわっ……」


 同じ男としてあの痛みは少し同情する。

 吹雪さんの目線を受け、次に走ってきた不良Bが一歩下がる。


「まて! ちがう、お前に言ったんじゃない。寄ってくるな!!」


 後ろでは鳥島先生の姿が少しだけ大きくなってきた。


「あらーそれじゃ私に言ったのかしら~」


 二番手の不良Bの肩を掴む俺の母親、その笑顔が怖い。


「えい!」


 突然掴まれていた肩を抑えて地面にのたうち回る。


「何したの……?」


 俺はおそるおそる聞いてみる。


「悪い子には片方の肩外してあげたの~、でも、片方じゃバランス悪いわよね」


 悪魔の行進に見えたのか不良Bが泣きながら謝る。


「まて、悪かった。あんた達は綺麗だから、まてって、ねぇ。俺が何したってんだよ。来るな来るなあああああ」


 俺の目の前では両肩Bを外された男が泣いている。

 横を見ると三番目の不良Cだろう、マルタによって背後から腕で首を絞められている。確かプロレスのチョークスリーパーって技だっけかな、すでに失神してるみたいだが、背中にあたった胸の力で顔は嬉しそうだ。

 三人も倒されて最後の一人となった不良Dはポケットからナイフを出した、そのナイフは既に赤い血が付いている。


「てめえら、なにもんだよ!」

「主婦だ」

「主婦です」


 二人の声がはもる。


「クソがあっ!」


 ナイフをもったまま、吹雪さんの所に走る。

 吹雪さんもカモンと指を出したまま挑発するが、不良Dの顔付が突然変わる。


「うおっ」


 八葉の驚く声が聞こえる。

 不良Dは母親の横にいた八葉の腕を引っ張り抱き寄せる。


「おらっお前らどけえ、この餓鬼がどうなっても良いのかっ」

「お前も馬鹿だな。どうせ人質を取るならシュウにすればよかったのに」


 不良Dの腕を取り、そのまま力任せにフェンスに投げつける。

 そのまま不良Dは気絶した。

 八葉はしてやったりの顔をしてるが、場が少し変な空気になる。


「ねぇ、しゅうちゃん。八葉ちゃんって力凄いのね」


 そう、これである。俺の母親は何も知らない一般人。説明に困る。


「京子さん、八葉には暴漢対策として特殊な合気道を習わせているのよ」


 吹雪さんが説明してくれる。


「今のは、相手の力を使った背負い投げの一種よ」


 納得しない顔をしている、変な時に鋭いから困る。


「ねぇしゅうちゃん、本当?」


 なぜ俺に聞く。


「そ、それよりアヤメさんは?」


 探すと鳥島先生の所でしゃがんでる。

 遠目で見ると、どうやら傷の手当てをしてるらしい。

 俺達の騒ぎを駆けつけて他の先生たちも走ってくる。


「母さん! 取り合えず鳥島先生の傷を見ないと」


 俺は急いで走る。


「アヤメさん、先生の傷はっ!?」


 見るとアヤメさんは先生の太ももをハンカチで強く縛ってる。


「少し傷が深いです、取り合えず縛りましたが早めに病院にいかないと危ないと思います、少しですがヒーリング治療が出来ますのでかけました」


 俺にだけ聞こえるように教えてくれる。


「雪乃に近藤、すまん。怪我はないか?」


 中年になる鳥島先生が青い顔をしている。


「自分の怪我を先に心配しなよ、不良はあの通り全員伸びてるよ」


 俺の後ろでは走ってきたのか着物姿の加賀見坂先生が不良どもを縛り上げてる。

 俺とアヤメさんは先生に肩を貸し、走ってくる保険医まで連れて行こうする。


「いやーすまん。体育倉庫でタバコや酒を飲んでる奴がいるって通報受けてな、扉を開けたら刺された」


 俺達二人に事情を説明してくれる。


「スマンがすぐに加賀見坂先生を呼んでくれ」


 俺達が呼ぶ前に加賀見坂先生が来てくれた。


「鳥島先生大丈夫ですか?」

「ご覧の通りです、生徒に肩まで借りて情けない事です。それより、すぐに体育倉庫を見てきてくれませんか? タバコを吸っていた奴らなので火の不始末が怖いです」


 加賀見坂がふと俺達の後ろを見るが分かった。

 なにやら回りが騒がしい。


「鳥島先生、火の不始末は確認する事はないです。既に大炎上してますから」


 俺達はその言葉で振り向く、背中では黒煙と赤黒い火が燃え上がってるのが分かる。

 鳥島先生が今にも死にそうな顔をしている。


「鳥島先生、大丈夫です。先生の責任ではありません、今は傷を癒す事を考えるべきです、保険委員! 鳥島先生を頼む! 雪乃、近藤は避難しろっ、いや! くそっ! 避難だ。私は校内を見回ってくる。分かったな避難だぞ」


 バケツリレーするにはもう遅いほど、火の勢いが凄い。

 そのまま隣接している壁から二階の窓に火が入るのが見える。

 『全校生と来場者の皆様、現在火災が発生しております。速やかに校庭に避難してください、連絡の取れない方が居る場合は直ぐに最寄の教師にご連絡ください。繰り返します、現在……』 校内放送が煩いほど聞こえる。

 既に校庭には数多くの生徒が避難してきてる。


「おい! 近藤。よかったぶ……」


 俺の事を呼ぶ水無月をふっ飛ばしながら走ってくる鳴神。


「せんぱーーい。良かった無事だったんですね。姿見えないから心配したんです!」

「あら、この可愛い方はどなた?」


 俺の近くに母親たちが寄って来る。


「あーー先輩のお母さんですよね。私、一年の鳴神琴音と言います。先輩の彼女? です」


 疑問系の挨拶だ。


「しゅうちゃんって……二股してるの?」

「してない! 俺の事を好きでいてくれてるけど断ってるの」

「秋一君はもてるねー」

「あ、先輩、五月雨先輩と久留米先輩見ませんでしたか? まだ校庭で見かけなくて」


 心配そうな顔を俺に向けてくる。


「たっく、人を吹っ飛ばすな」

「あ、水無月先輩」

「あ。じゃねーよ。所で久留米ならさっきカメラ持ってるのを見かけたが、五月雨は俺もまだ見てないな、近藤たちは?」

「俺達も見てないな、八葉は?」

「残念ながら僕も見てない」


 最後に合った時の言葉を思い出す。


「もしかしたら、まだ調理室にいるかも……」


 俺は喋りながらも、目線は黒煙に隠れている校舎にいく。

 調理室から外に逃げるには窓からベランタか廊下しかない、窓やベランタは連日の文化祭の準備で荷物置き場となっており、あの黒煙の中開けることは無理だろう。

 廊下は既に窓から入った炎で分断されている、消防のサイレンはまだ聞こえない。

 もしかしたらもう、避難してるかもしれない。

 そんな事を思っていると校舎出口から泣き声が聞こえる。


「まだ、先輩達が調理室にいるんです! 私たちを先に逃がしてくれてそれから、それから!」


 泣き叫ぶ一年を先生方が落ち着かせる。


「水無月。俺達はあっち探すから、鳴神と向こうを探してくれないか?」

「ああ、わかった。んじゃ行くぞ、一年」

「もう、名前で呼んでください。琴音です。琴音。わかります?」


 さて、問題はどうやって説得するか考えた時に。

 アヤメさんが俺の手を握り締め小さく頷いてくれた。

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