第2話 規則一条 「sorry」
ガラス窓に映る飛行機を手に精一杯大きく手振る。
「いってらっしゃーい~」
空港内で両親の旅立ちを体全体を使って表現する微笑ましい光景である。
飛行機が見えなくなった所で俺は後ろを振り返ると突然の壁にぶつかった。
「いって」
「sorry」
思わず突然出てきた壁に両手を付く、壁と思った部分が柔らかく、何故か揉み応えがある。
ふにゅふにゅと数回壁を確認すると頭をツンツンと突かれた感じがする。
「あんさん、知っていて揉んでるやろ?」
手を放し声の場所を見上げると金髪のロングにサングラス。タンクトップ姿に大きな二つの胸がドン! と構えるプロポーション。
何故か聞こえる関西弁に近い何かの方言。
「え? ああっ! 壁と思ったら女性とは、すみませんっ」
「まぁええわ……ウチも久々の日本さかい油断してもうたし……じゃーねー、ボーイ次やったら捕まえるで」
人の意見も聞かないでスタスタと視界から消える外人女性。
足下を見ると小さな紙袋が置いてある。
「これって……」
中身を見ると洋酒の瓶がびっしりと詰まっている。
忘れ物と思い急いで持ち上げようとすると、その重さに逆に俺の腕が抜けそうになった。
「重過ぎる……」
辺りの人は見て見ぬ振りをしてるのが、無関心である。
「早く帰りたいのに……」
重たい酒瓶を必死で抱ええつつ、構内の忘れ物センターへ手続きをしにいった。
思わぬ時間を食った後疲れた足で帰路につく。
既に、両親と住んでいたアパートは解約されており最低限の荷物は夜桜荘へと送ってある。
仕事とは言え、今日から可愛い女の子と一緒に暮らせる。
疲れた気分も森を抜ける頃にはルンルン気分に。
「ただいま戻りました~」
勢い良く協同玄関を開ける。左手の俺の部屋から雪乃さんが顔を出してきた。
「お帰りなさい管理人さん。お見送りは済まされました?」
微笑む雪乃さん。
初めて会った時のように着物を着てるが、手には掃除道具を持っている。
視線にきづいた雪乃さんは顔を赤くしている。
「ご迷惑と思いましたが管理人さんの部屋をお掃除しておこうかと思いまして」
女の子に慣れてない俺は、その行動に涙が出る。
これで俺と同じ歳だなんて信じられない。
「見送りならバンバンしてきました、なんでしたらもう一回見送って来ます、すみません遅くなって。空港に落ちていた忘れ物を届けたりと時間かかってしまって」
「まぁ、お見送りは一回すれば宜しいかと……良い事をしましたね」
少し困った顔のまま笑っている。
「所で俺って管理人として何をしたらいいのかな? 山さんは自分は代理だから、詳しい事は雪乃さんに聞いてくれって言われて」
住民である雪乃さんに掃除などやらせる訳には行かない! わけでもないのだろうが、一応はお金が絡んでいるし、その内容は一切しらされてない。
「はい。では、ご説明させていただきますね」
何処から出したのか手にはアパートの建物表が握られている。
「この夜桜荘は現在私一人しか住んでません。もとい、今日から二人です」
雪乃さんは現在いる大きな玄関を指を差している。
「一階は管理人室と食堂。外にお風呂。トイレ洗面所にお部屋が101から103、二階は物置に201から203まで部屋があります」
「ふむふむ」
「基本は施設内と空き部屋のお掃除。修繕と金額管理……金額管理は一緒にしましょうか。あとは食事などは個別でも良いんですけど、今説明した通りに殆どが共同施設です。なので暫くは皆で作って食べませんか?」
皆で食べる。此処には俺と雪乃さんしかいない、手料理だ! こちとら二月十四日に義理チョコしか貰った事のない俺が、女の子の手料理。しかも愛情がこも……愛情はないか……。
大きく首を縦に振る。
「是非に、お金払っててもお願いします」
「まぁ、冗談でも嬉しいですね。では宜しくお願いします」
余りにも可愛らしくその手をどうどうと握る。
「つめっ雪乃さんって冷え性ですか?」
「きゃっあの、手、手っ」
「手ですか? 冷えてますね」
「あのですね、そーじゃなくて……手を行き成り握られると……あの、あっ」
若干あきれた顔をしながら可愛い声を出してくるのと、俺の背中に何か固い物が入ったのが同時だった。
「ふぁ!? つっめたあああ」
雪乃さんの手を放して背中に手を伸ばす、首裏から腰まで氷の塊が服の内側に入っている。
「ど、どっからっ!」
「あらあら、不思議ですね。きっと天井から水滴のように落ちたんですよ。絶対そうです。そうだっ! この夜桜荘には数多くの怖い話があるんです」
何故か棒読みの雪乃さんが、怪現象を力説する。しかも、とってつけたように。そうだ! って。
「あの、もしイヤでしたら。今からでもお辞めになる事はできますけど……」
「なっなっ何を言ってるんですかっ! お掛けで俺がこうして住む所とバイトにあり付けるんです。心霊現象なんて、あったとしても問題ないです!」
思わず雪乃さんの両肩に手を置くと、白い顔が見る見る赤くなっていく。
小さくコクンと頷くと静寂が当りを包む。
俺もこの後のを考えていなく俯いた雪乃さんを見ていると背中に二度目の衝撃が走る。
頭の上から大量の氷が一気に落ちてきた。
「いったっ痛い痛い」
「あわわわわっ! 管理人さんだい、大丈夫ですっ!?」
「なんとか、大丈夫です。それじゃ俺も着替えと荷物の整理してきます」
「はい、よかった……それでしたら今夜は私が食事をご用意させていただきますね」
頭の氷を払いつつ与えられた部屋へと移動する。
管理人室は居住スペースが六畳と玄関に面してる小部屋が一つ、大きな縁側と窓にその向こうには三部屋ぐらいありそうな大きな建物が見えた。
クーラーはないが扇風機まで備えられている。
「良い部屋じゃん」
俺は壁に書かれた見取り図を眺める。
先ほど見せて貰った地図を縮小したのが壁に張られてる。
「んーやっぱお風呂から掃除したほうがいいのかなー」
直ぐ近くの食堂から包丁を使う音が聞こえてくる。
その直後に、雪やこんこん♪ と可愛い歌声も一緒に聞こえてくる。
「あ、俺も手伝いにいくか、お客じゃないから黙って待っていてもダメだよな」
部屋から出ると直ぐに食堂の
「雪乃さーん、俺に手伝える事ないかな」
元気良く食堂に入る。
「お着替え済みました?」
「ええ、ばっちりです。うお冷蔵庫でっかレンジも大きいし、凄いですね。うおソファーに液晶テレビっ」
「食堂は奮発しました、その代わり修繕まで回らなくて管理人さんお願いしますね」
そういう雪乃さんは割烹着みたいに白いエプロンをつけてサクサクと魚介類を切っている。
「がんばります。美味しそうですね、生でもいけそう」
「冷凍保存で鮮度抜群ですから、管理人さんは御料理は?」
「俺ですか? 肉は焼けます! んで俺は何をします?」
力強く断言すると、雪乃さんの手が少し止まった後に再び動く。
「座ってくだされば大丈夫ですよ」
「いや、でも入居者ってわけでもないし」
顎に手をやり考え込む雪乃さん、数秒後決めた! と顔つきを変えて真っ直ぐに此方をみてくる。
「そうですか……では、お気持ちはわかりました。では今晩は山菜とお魚の天ぷらにしようと思っています」
「うまそうですね。てんぷら作れる女性とか感動ものです」
「もう、褒めても困ります、それじゃ揚げるの手伝ってもらえますか?」
少し顔の赤い雪乃さんに見つめられると心臓が飛び跳ねそう。念のため恋路を邪魔する怪現象が起きないかと辺りを見回すも今回は何も無い。
「俺でよければガンガン使ってください」
俺は新婚みたいな空気で順番に大鍋で天ぷらを揚げていく。
「ニンジンはいりまーす、ナスはいりまーす、キ……魚のキスはいりまーす」
「何処かしら~困ったわ~」
「どうしました?」
俺の横で左右を行ったり来たりしている。
「いえ、天ぷらを並べるお皿が無くて、昨日まで一人だったので大きいお皿を探しているんですか……」
「天袋の上とかみました?」
「そうですね、見てみます」
椅子に登って必死に天袋を探してる。
「油危ないんで俺が探しま……」
俺が危ないなーと思っていると雪乃さんの体が突然崩れた。
「きゃっ」
バランスを崩したらしく、落ちそうになる雪乃さんを必死で抑える。持っていた箸や天ぷらの一部が床に転がる。
「だ、大丈夫ですかっ!」
必死に腕を腰に回し雪乃さんを支える。俺の顔が丁度福与かなお尻へと抱き付く姿勢になった。
「はっはい!」
素っ頓狂な高い声をだし体を硬直する雪乃さん。
「えーっと、いいですかっ油危ないのでゆっくりと降りましょう」
「はい」
流石に俺だって危ない時に変な気は起こさないんだけど、雪乃さんは違ったらしく俺の顔から逃れるようにお尻をフリフリとさせる。
「あの、手放しますけど。そんなにお尻動いて居たら危ないです」
「え?」
見下ろしてくる雪乃さんの顔が真っ赤に変わると地鳴りが部屋を包み込む。怪現象が襲ってくると思い手を放し頭を庇うと、雪乃さんが使っていた椅子が突然割れる。
椅子から転げ落ちる雪乃さんの手が煮えたぎる油が入った鍋に触る。
危ないっ! 声に出さなくても解った俺は、転げ落ちる雪乃さんに覆いかぶさる。
世界がスローモーションに見え、彼女の驚いた顔と対面する。
背中から足、そして頭などに降って来る大量の油。
人は不思議な生き物で、例え熱い物でも冷たく感じるらしい。冷たい物もそうだ冷えすぎると熱く感じる。
流石に体半分以上高温の油。コレは全身火傷で死ぬなと最後に雪乃さんが助かったし、最低限管理人の仕事は終わったかなと薄眼を開ける。
微笑しかしないと思っていた雪乃さんが少し怒った顔をして手を油で濡れた頬へそっと差し出す。
何をしてるんだろう。もう俺の油の掛かりすぎだろう体は熱さを通り越して寒い。
中学の頃北海道旅行で女湯を覗きに行こうと豪雪の中進んだ時ぐらいに寒い。
「さむ・・・い?」
首を横にずらすと俺の体は白くて冷たい物が積もっている。
既に四十センチ以上積もっている雪で夏なのに凍死しそうなぐらいにだ。
「これって雪? 怪現象も此処までくると……ん?」
訳がわからず体の下にある雪乃さんのほうをみると、随分と申し訳ない顔をしていた。
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