梨太君の喧嘩①
日曜夜の討伐以降、梨太は数度、くだんのリストの逃亡者討伐に参加した。
おもわず吹き出してしまうようなどうしようもなくバレバレの、明らかにラトキア人という名前も多数あったが、イチローや信長あたりになるとリスキーで、タロウ、ヒロシなどは名前だけで捕縛することは難しい。梨太が赴き、直接「違和感」を探る問答をする必要があった。
そうして二週間。猿川ひろゆきが保護下にある逃亡者たちを白状し、そこから派生的に広がった捕獲がことのほかうまくいっているらしい。
梨太による名簿の捜索はいったん休止させ、鮫島らはそちらへ忙しく出動しているらしかった。また連絡すると途切れて以来、またしばらく、騎士団との交流は途絶えていた。
秋がすっかり色を濃くしたころ。
梨太はちょっと居心地悪い気分を味わいながら、鮫島のいる三年生のクラスをのぞきにいってみた。鮫島しんのすけを訪ねると、この一週間登校していないという。
いっとう生真面目そうな生徒に尋ねたせいか、彼は明らかに不愉快そうに眉をしかめ、
「知らないよあんなヤンキー。授業も上の空、テストは白紙、そのうえ半分も登校してきてなくて、夏休みの補習もボイコット。卒業する気ないんだろ」
そう言う反応を、高校生がするのも致し方あるまい。梨太だって、よもや異星人で騎士団長でテロリストを追っているなんて知らなかったら、鮫島に不良のレッテルを張っていただろう。鮫島は世を忍ぶためとりあえず高校に在籍は続けているが、卒業資格や、まして大学進学など欠片も必要としていない。教師とてそろそろ諦めて、卒業できる程度には授業に出てくれたらいいなあといったスタンスだ。内申評価をごっそり下げつつ、特に指導のようなことはされていないらしい。
「ほかにもいろいろおかしいんだよ。誰に誘われてもつきあい悪いし、ニコリともしない返事もしない。あれだけ運動できるのに帰宅部ってもったいなさすぎるじゃないか」
生真面目そうな三年生は、生真面目そうなメガネを直してグチり続ける。
「あんなに美形でピアスなんかもつけてるのに、軟派衆が女の子と遊びに行こうって誘いもガン無視だよ。何が楽しくて生きてるんだか」
生真面目そうな三年生は、まだまだしゃべる。梨太はいい加減その場を去りたかった。
「休んでたぶんのプリントとか次のテストのヤマとか、ぼくが教えてあげようとしても返事一つしないで、無言でぼくのメガネを奪い取ってさ――」
ちょっと続きが気になり、聞いてみる。
「なんかポケットから工具セットみたいなの持ち出して、フレームのジョイントのネジを勝手に直して、また無言でぼくにかけてそのまま昼飯食べにいったんだ。なんなんだあいつは! おかげでフレームがこめかみにジャストフィット、視界が快適で偏頭痛が治ったじゃないか、くそっ! 君、鮫島くんの知り合いなのか?会ったらアリガトウって言っといてっ!」
「はーい」
梨太は適当に返事して、三年生の校舎を去った。
梨太のいる二年六組と、三年四組のある校舎は、ことのほか遠い。渡り廊下でつながっていないため、南校舎の三階から一階まで降りて、北校舎の三階まで登り直さなくてはならないのだ。四限が北校舎にある音楽室であったうえ早めにおわった今日でもなければ、そう簡単にのぞきにいけるものではない。
これから昼休みである。教室においた鞄には菓子パンが入っていたが、そこへ戻るのも面倒になり、梨太は学食をとることにした。南校舎から遠いのでめったにいかないが、安くておいしくて、暖かい学食は魅力的だ。一階までおり、北校舎からはほど近い食堂へ向かって歩き出す。
そのとき。後ろから突然、ぐいっと襟首を引っ張られた。
人気の少ない校舎裏である。
テロリストを追う協力をしている身分で、一瞬背筋が凍った。だが乱暴に校舎壁に押しつけてきたのは、黒髪の男子高校生の顔だった。三人。全員みたことはないが、ネクタイの色で三年生だとわかる。
「おうてめえ、二年だな? 名前なんつぅんだ」
巻き舌気味の絡み口調。ありゃ、と、梨太は内心苦笑した。なんかこういうのちょっと懐かしいなあと思いつつ、とりあえず素直に応える。
「六組の栗林です」
「てめえの名前なんか知らねえよ!」
あんたが今まさについさっき聞いたじゃねえかよオイと、つっこみたいのを押さえる。
「六組ったら、特進じゃん。へー、頭いいんだ」
三人とも大柄で、無駄に表情をしかめ、ひどく横暴な口調を演じていた。制服の着崩しは特筆するほどでもない。ここは進学校なのだ。わかりやすく髪を立てたりピアスをさらしたりネクタイを放棄したりするのは鮫島くんくらいのもんで、リアルな不良はそんなファッションをしていない。
町ですれ違えばどうということはない見かけであるが、この状況ならばハッキリとわかる。梨太はいま、不良に絡まれていた。
「えーと……僕になにか用ですか、先輩」
とりあえず聞いてみる。すぐに、彼らは大きな声で脅してきた。
「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ。てめえなんかこのまま攫って埋めちまえば終わりなんだからな」
ぴくりと梨太の眉が動く。
「……なんだって?」
「のこのこ三年の校舎なんかきてよぉ、アピールのつもりか? 残念だったな、鮫島は休みだよ。てめえの後ろ盾はきまぐれで、当てにしたほうがバカをみるってことだ」
そのせりふに、梨太はようやく合点がいった。
(ああ、そういう発想をするやつがいるのか)
胸中で苦笑する。
三か月前に転入してきた鮫島は、全校生徒において、有名人である。なにか大きな問題行動をしたわけでなく、あの容姿がすでに目立つためだ。
今日の教室訪問だけではなく、体育祭以降、鮫島とは何度か校舎内で遭遇し、挨拶を交わしている。二年生の授業中に彼が乱入してきたのは、すでにちょっとした噂になっていた。ほぼ全員が、不良の鮫島が梨太に目を付けいじめていると解釈。なんだかもう面倒くさくなり「そーなんだよなんか絡まれちゃって、怖い怖い」などと流して放置したのだが、その後親しげに手を振ってるのを見たものは混乱しただろう。
不良といじめられっこ、いじめられっこが金を払って舎弟にはいり、それを、まるで不良を用心棒にしたみたいに振る舞っている――この三年生たちは、おおむねそのように解釈したのではなかろうか。虎の威を借る狐を、虎が留守の間に狩ってしまおうというわけだ。
それにしても、それの何が気に入らず、そしてどうしようというのだろう。梨太はしばらく考えたが、理論的な結論はでなかった。きっと「なんか気に入らねえ」でしかないのだろう。彼ら自身、なぜそれがかんに触るのか自覚できていないはずだ。
「何にやにやしてやがる」
知らぬ間に表情にこぼれていたらしい、壁を背にした梨太に、ひとりの少年が拳を握る。それを、刃物をちらつかせるようにユラユラ動かしてみせてきた。
(次の行動はきっと、オラッとか言いながら僕の顔面めがけて突き出し、眼前で止める。僕がヒィッと声を上げ目をつぶったら、臆病者だとみんなで指さして笑う)
「おらぁっ!」
少年の拳が伸びる。梨太はそのままそれを視覚した。指の産毛が見え、梨太の睫毛にげんこつが触れる。梨太は、目を閉じなかった。
ぴたりと止まった拳を、じっと見つめた。
少年が拳を引く。
「へ。びびってやんの……」
梨太は表情を変えないまま、言った。
「勝てるとわかっている相手に挑むのは卑怯なことだ。負けるとわかってる勝負を受けるのはただのバカだ。勝てるか負けるかわからない勝負を喧嘩っていうんだ」
不良どもの眉があがる。下卑な笑みを浮かべて。
「そうかい、わりぃな、たしかに俺たちは卑怯だよ。だけどてめぇも特進クラスのわりに賢かねえなあ。くっそ生意気な目ぇしやがって。さっさと泣いて謝っちまえよ」
「何を誤解してる? 卑怯ものは僕、バカなのはあんたたちだ!」
梨太はズボンのポケットから、素早く獲物をとりだした。振りかぶり、それを少年たちに突きつける!
「うわっ!?」
ナイフ!? 三人が戦慄し、後ろによろけた。一瞬、たしかに刃のきらめきを見たような気がした――
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