第14話 礼!


 偵察から戻り、指示を出しながら継続して練習させる。

 相手の練習風景を見ていると、相変わらずレベルの差を感じさせてもらってばかりだった。確かに二軍とはいえ流石強豪校だ。それは認めよう。だが問題なのはそんな最初から分かりきったことではなく、相手の投手の方だ。得点を入れなきゃ勝てないのだから、最も大事になるポイント。しかし、見ていたら軽いキャッチボールと投球練習。変化球も持っている筈なのだが見せずに、結局真の実力は分かり得なかった。俺がいたからだろうか。しかし、軽めとはいえフォームは綺麗だった。とりあえず、雰囲気で感じたアバウトなものでしかないが、結構やりそうな気はする。

 ただ、こちらも皆ちゃんと動けている。どんなピッチャーでも付けいる隙を叩くことが出来る筈だ。

 今更フォームの指摘等をしてもしょうがないので、気持ちを入れるような言葉を選んで声を掛けていく。


「あと五分で試合を始めまーす!」


 向こうが使っているスペースから村田さんが、こちらに向かって大声を発してきた。

 ……あと五分か。時間が無いな。

 とりあえず、練習をここで切って全員を集め、今偵察で感じたことを皆に話す。ただ、こちらがどう思おうと試合する本人達がどう感じるかは分からない。下手にモチベーションを下げない為に、あからさまに実力の差を感じさせるような発言は控える。そして一つ強調して言っておきたいことを伝えておいた。――お前達なら出来る、相手に臆さないでいこうと。

 そんなことをしていたら、あっという間に五分経過し、主審に中央に整列するように指示される。ちなみに今回の審判は東征の方から、審判員資格を持っている四人を出してくれた。

 俺、友香で相手とバッターボックスをを挟むように並び、更にその隣にずらっとチームメイト全員が並ぶ。そして俺には向こうのクソ親父もとい監督が、友香には向こうのキャプテンが向かい合って、その他のチームメイトも相手選手と対面して、整列を完了する。こちらは十人しかいないが、相手の数はこちらの倍以上な為大分はみ出した形になっている。

 少し上体を前に出してうちのチーム全員の顔を眺めていくと、皆様子が様々だ。楽しみを隠し切れていないわくわく顔をしている友香とは対照的に周りをキョロキョロ見ながらしかし必死に平然を装おうとしている野中。驚く程冷静に、集中モードに入っている佳苗に、静かに、だが確かに闘志を燃やしている咲。倉持と藤田、桐生と山坂は談笑をしている。ちなみにその山坂は気付いていない様子だが、相手チーム何人かがお前指差しながらキャーキャー言ってるぞ。おっ、山坂気付いた。かと思うと、そちらに向かって山坂がはにかむとより一層声が甲高くなる。……アイドルかよ。

 ――まっ、ともかく大丈夫そうだ。

 視線を前に戻し、上体を戻す。その先にいる監督もといクソ親父と目が合うと、向こうが睨みを利かしてきた。それに俺も精一杯眼を飛ばす。ちっ、相変わらず見下ろしやがって、腹立つな、このおっさん。背が高いのだから物理的にそうなるのは仕方ないのだが、その態度がやはり気に食わない。でも。

 ――全くありがたいね。こっちを存分に舐めてくれて。隙を突き放題だ。

 だから、お礼をしてやるよ。ありがたく思えよ、おっさん。あんたは今日貴重な経験が出来るんだぜ。

 捕食対象だと思っていた鼠に噛まれる猫のように。その腐った常識の崩壊っていう経験をな。


「礼!」


「お願いします!」


 審判の号令を合図に両チームお辞儀をしてから前に出て挨拶を交わし、それから握手を交わす。

 さあ、試合が始まる。見せ付けてやれ、お前ら!

 ……にしても、あのおっさん痛えな。何つう力で握ってくんだよ。

 俺は握った右手を擦りながら三塁側ベンチに向かった。

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