▼終章『太陽の真ん中へ!』 ♯2
「あれが……ワープゲイト…………なの?」
――〈ウィーウィルメック〉バトル・ブリッジ――
同艦艦長キャスリンは、ビュワーに映る太陽黄道面表層にぽつりと開いた黒い点を見ながら尋ねた。
それは太陽の巨大さに比べれば、まさに点でしかなかったが、直径100キロもある巨大な次元の穴なのだという。
それは離れて見ると、太陽の眩い光の中に突き刺さった細く長く巨大な黒い針のようにも見えた。
穴の存在によって生じた影が、そう見えさせたのだ。
「たいへん認めがたいですが、そう思われます艦長。
上空の無人偵察機〈セーピア〉から送られてきた黒点内の映像を分析したところ、黒点内部に見える無数の光点の後方の光る渦巻き状の物体は、太陽系外縁より接近中の【
つまり見えているのは
あの黒点は、太陽系外縁部の【
光学観測以外のあらゆる観測データも、あの黒点が二か所の空間を繋ぐゲートであることを示しています」
淡々と告げるセヴューラ第二副長の説明に、キャスリンは返す言葉が出てこなかった。
〈ウィーウィルメック〉が〈ファブニル〉を牽引し、〈じんりゅう〉〈ナガラジャ〉の元に送り届けてから、まだ数分しか経過していなかった。
だがその間に事態は激変していた。
あくまで可能性の一つとして予測してはいたことであったが、覚悟はできていなかったかもしれない……キャスリンは今さらながら思った。
ムカデ・グォイドの目的は、〈じんりゅう〉一行が回収した太陽周回オリジナルUVDを奪い、太陽表層にワープゲイトを設けることだったのだ。
ムカデ・グォイドのその姿は、その目的を達成する為の姿だったのだ。
認め難いことではあったが、グォイド、もしくは〈太陽系の
数か月前に、土星で〈じんりゅう〉と共闘し、系外宇宙へと飛び去った〈アクシヲン三世〉が、ワープらしき事を実行可能性があるという観測情報を得ていた。
それにこの艦のア
つまり、この宇宙では
UVエネルギーが疑似重力を生み出せるということは、出力次第で空間を操ることが出来るということであり、多数のオリジナルUVDから生み出されるUVエネルギーならば、遠く離れた二か所の空間と空間を繋ぐということも可能だったのだと理解するしかなかった。
「あちゃ~! やっぱそういうことになっちゃったか~!」
ブリッジの静寂を、ジェンコ副長の声が破った。
キャスリンがビュワーから声の方に慌てて視線を移すと、彼女が額をぺしんと手のひらで叩きながら大げさに嘆いていた。
「キャスリン! 戻ってきたの!? 他のみんなは!?」
「まぁ、今はまだ私だけだけどね」
艦長席から飛び上がる勢いで驚くキャスリンに、ジェンコは頭を掻きながら答えた。
野良グォイドとの初遭遇時の【ANESYS】で、他の〈じんりゅう〉級を
それもまた、可能性の一つとして予測されていた事態ではあったが、残されたキャスリンは、万が一とはいえ二度と彼女達が帰ってこなかったら……と気が気ではなかったのだ。
「そんな顔しないでキャスリン、もうちょっとすればアビーも皆も戻ってくるから!
あなた達が寂しがるだろうと思って、生きてる処理能力を集めて私だけ先に戻らせてもらったの!」
ジェンコは泣きそうな顔をするキャスリンに慌てて説明した。
「……………………分かったわ」
キャスリンは一度大きく深呼吸すると、ジェンコの説明で納得することにした。
正直なところジェンコの言葉を信じる以外の選択肢がなかったし、今はそこに拘泥していられる状況ではなかった。
キャスリンもまた先刻の【ANESYS】には繋がっていた一人なので、まるで他人の記憶のようだがジェンコ達の事情については多少は分かるつもりだった。
「じゃ【
キャスリンは気になっていたことを尋ねた。
〈ウィーウィルメック〉という艦は、数奇な運命の果てに獲得とた未来予測システム【
〈
だが、【
〈予言〉は横倒しにした
その選択義アイコンに書かれたワードに従い、自分の望む未来につながる枝を選ぶようにして行動することで、〈ウィーウィルメック〉は就役からこれまでの短い期間、多くの戦果を上げてきた。
だが、その【
はたしてそれが何を意味するのか?
〈ウィーウィルメック〉の【
これまでは選択肢|アイコンに現れたワードに、現実の状況の方からキャスリン達が勝手に意味を見出し、行動した結果、結果的にそれが正しかっただけであった。
だが今回の場合、前後の人類を取り巻く状況から見て、【
なにしろ【
つまり最後に【
まずは〈じんりゅう〉クルーであるアミ一曹に協力を求め、ヘリアデス計画が始まってからは〈じんりゅう〉を守るべく最大限努力をしてきた……。
そして今、ついに何故【
ムカデ・グォイドが奪ったオリジナルUVDを起動させることでワープゲイトを開け、そこを通過してあと二年半で地球に来るはずの【
まだ【
「艦長、残念ながら|皆が戻れるだけの回復を待たねば【フュードラシル《未来樹》】もまだ使うことは無理だ。
だがそんな不安になることはないわよキャスリン。
確かにクソ酷い状況だけど、最悪って程では無いから」
キャスリンの問いに、普段と変わらぬ朗らかさでジェンコは答えた。
「確かにワープゲイトは開いた。
まったくこの宇宙がマジで
「…………え、なんで?」
「だってワープゲイトが小さいもん……【
ジェンコは「なんで訊くの?」とばかりに肩をすくめながら告げた。
「…………それでも……その手前のグォイドの大艦隊が通過するには充分な穴のサイズだけどね……ま、それもきっと彼女たちがなんとかしてくれるでしょっ」
キャスリンは朗らかに告げた。
「クッソ~……! 連中めぃ~コイツが狙いだったのか!?」
ケイジは眩暈に耐えながら精気のない声でぼやいた。
――〈じんりゅう〉バトル・ブリッジ――
――【ANESYS】起動から約4分経過――
本来であれば、地球到達までまだ二年以上かかる位置にいるはずの【
一瞬、そんな未来が脳裏を過ったが、ケイジはすぐに思い直した。
開いたワープゲイトは、〈じんりゅう〉から〈
その直径はおよそ100キほどである。
どう考えても地球直径ほどのサイズがある【
ムカデ・グォイドとの戦いで、奪われるオリジナルUVDを42柱までに留めたことは無駄ではなかったのだ。
だが、そも手前に見えるグォイドの大艦隊が通過するには、ワープゲイトは充分なサイズであった。
「エクスプリカ…………あのグォイド艦隊の規模は?」
[オヨソ4000隻分ノ噴射光ガ見エル。
陣容ノ詳細ハ不明ダガ、しーどぴらーラシキ大出力噴射光モ多数含マレテイルゾ]
ケイジの問いに、エクスプリカは淀みなく答えた。
そして言外にケイジに伝えた。
たとえ【
SSDFは【
ここ太陽圏にグォイド大艦隊が突然現れた場合、それが地球を滅ぼす前までに、SSDF対【
『これって……そのぉ……少々まずいのではぁ…………?』
サティが極めて控えめに状況を表現した。
つまり人類は、地球という最重要拠点に王手をかけられたのだ。
だがケイジはそのことを理解すると同時に、不思議とまだ絶望はしていなかった。
むしろ、微かにではあるがとても明確にまだ希望をもっていた。
なぜなら、となりに立つア
それに、自分達にはまだ切っていないカードが存在した。
ケイジが僅かな時間でそう思考したところで、〈じんりゅう〉級三隻が繋がった三角形は、再びロール回転しながらワープゲイトに向かって、銃身内のライフリングのような緩いらせんを描きながら急降下を開始した。
もちろん人類を、この未曽有の危機から救う為だ。
ケイジにはその手段のおよその見当がついていた。
「……エクスプリカ! ……ワープゲイトの縁を拡大して見せてくれ!」
再び強烈になったGに、ケイジが身動きできずにエクスプリカに頼むと、すぐさま機関コンソールのビュワーに、正しく明暗分かれた太陽表層の輝きと、暗黒のワープゲイトの境界が映された。
ケイジの探していたものはすぐに見つかった。
ワープゲイトを形成していると思われるオリジナルUVDだ。
正確にはオリジナルUVDを包むムカデ・グォイドのバラバラになった胴体の一つであったが、それはUVキャノンレベルの目に見えるほどの虹色の光の糸を両端から放ち、他のオリジナルUVDを包むムカデ・グォイドの胴体と繋がっていた。
ア
ワープゲイトは、42柱のオリジナルUVDの発する大出力UVエネルギーによって、空間を捻じ曲げることで形成されている。
それは今さら疑うまでもない事実だ。
ケイジが〈ウィーウィルメック〉で聞いた〈
ケイジが気になっていたのは、42という数値が必要最低数なのか? それともただこの瞬間に、たまたまワープゲイト化するオリジナルUVDの数であっただけのか? だった。
もし後者ならば、ケイジの希望は幻だったことになる。
だが前者であったならば、42柱なければならないオリジナルUVDの数を一つでも減らせば、ワープゲイトの形成を維持できなくなるのではないか?
ケイジはそう考え、ア
〈
そもそも〈
オリジナルUVDを生み出した異星文明〈太陽系の
そして、今ここにいる〈じんりゅう〉級三隻がオリジナルUVDを減らすことでワープゲイトを消すことができれば、当然ワープゲイトの向こう側にいるグォイドの大艦隊が内太陽系から地球を襲うことはなく、一時的にではあるが、人類は破滅の時を先延ばしできる。
ケイジはこれからア
もちろん、ワープゲイトの縁にあるオリジナルUVDを、その輪の中から減らすといっても、そう簡単な話ではない。
それはムカデ・グォイドの胴体の一節に納められており、ムカデ・グォイドの胴体はUVキャノンはおろか、UV弾頭ミサイルも実体弾でも無人艦〈ラパナス〉の体当たりでも破壊できなかったシロモノなのだ。
だがまだ一つだけ、たった一つだけまだ試していない武装が〈じんりゅう〉級三隻にはあった。
それこそがケイジが希望を託す、まだ切っていないカードであった。
――その数時間前――
アイシュワリア艦長の提案したプランBであったが、一つ重大な問題を抱えていた。
ニセオリジナルUVDとして、〈ナガラジャ〉の主機人造UVDを爆弾にして野良グォイドに奪わせるプランBを実行すれば、当然ながら〈ナガラジャ〉の主機関室は空になってしまう。
だが、極めて偶然ながら代わりになる主機ならば、今の〈じんりゅう〉一行は大量に持ち合わせていた…………。
ユリノや〈ファブニル〉艦長アストリッドは、むしろそっちが本命の目的なんじゃないの? と思わずにはいられなかったものだ。
主機用人造UVDを供出し、〈
が、〈ファブニル〉は実体弾投射砲艦であることから、〈ウィーウィルメック〉と共に、〈アケロン〉の影に隠れながら行われた〈じんりゅう〉の〈
当然、できることなら自艦の主機関もオリジナルUVDにしたかった〈ファブニル〉艦長のアストリッドは、ついに第三のオリジナルUVD搭載艦となる〈ナガラジャ〉を見ながら、一言「……いいなぁ」とこぼした。
問題が無いわけでも無かった。
微妙なバランスで保たれている人類の五大国家間同盟の内、いきなり〈ナガラジャ〉が……つまり国家間同盟でいうASIOが他を差し置いてヘリアデス計画で得たオリジナルUVDを有してしまうのは、後々政治的争いの種になりかねないという懸念があった。
だがそれはテューラ司令の『ンなこと言ってる場合じゃない』という承認の言葉と、〈じんりゅう〉級各艦長の賛成意見によって、少なくとも今は無視されることとなった。
だがもう一つの問題は、割と深刻であった。
〈ウィーウィルメック〉の登場まで、〈じんりゅう〉級の最新鋭艦であった〈ナガラジャ〉の主機関室は、人造UVDの出力を限界ギリギリまで引き出す用アップデートがなされていた。
そこへオリジナルUVDを入れて起動させてみたところ、そのアップデートが災いして、オリジナルUVDの出力を周辺機器の耐久限界を超えて過剰に引き出し、主機関室が内部から破裂しかねないことが判明したのだ。
その問題は、わずかなパーツの艦内での新造と交換、および各種調整で対処可能ではあった。
だが時間は必要であった。
その結果、〈ナガラジャ〉はついにオリジナルUVD搭載艦となったにも関わらず、襲い来たムカデ・グォイド等の襲撃に際し、その増大したはずの出力を発揮できなかったのだ。
が…………すでに今はもう違った。
〈ナガラジャ〉は、主機関室の最終調整を完全に終えたところで【ANESYS】機動へと移行していた。
そしてそのおよそ5分後……ワープゲイトが形成され、またしても人類に未曽有の危機が訪れた時、ついにオリジナルUVD搭載艦とての力を発揮する機会が〈ナガラジャ〉に訪れた。
ア
そしてまだ使用していなかった最後の武装を起動させた。
〈ス
それは〈ナガラジャ〉の両舷に追加された専用補助エンジンナセルの間に、UVエネルギーを纏わせる機能を持たせたスマートアンカーにも使われる強靭なワイヤーを張り巡らせ、それをもってすれ違いざまに敵艦を両断するという装備である。
これまでムカデ・グォイドはあらゆるUVキャノンをはじめとした砲撃類に耐えてきた。
だが、直接減衰前のUVエネルギーをぶつける超近接兵器であるス
ましてや今の〈ナガラジャ〉はオリジナルUVD出力を発揮可能であり、それから伸びた〈ス
〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉との間をつなぐ〈ス
〈ス
ア
…………だが、その試みにはもう一つ問題があった。
ケイジは加速Gと共に、ビュワーの彼方で迫るワープゲイトの暗闇と太陽の眩さの境界に、歯を食いしばって耐える一方で、傍らに立つア
『あの……アミさん……その……ア
ケイジは『良いってことさ』とサムズアップしながら視線で答えた。
宇宙の法則は動き出した物体の急停止を許さない。
今、〈じんりゅう〉級三隻はワープゲイトに向かうと同時に、太陽の中心部に向かって急降下もしていた。
仮にワープゲイトの消滅に成功したとしても、〈じんりゅう〉級三隻が急停止・急上昇し、灼熱の太陽表層から脱出することは不可能だった。
どちらにしろ、〈じんりゅう〉級三隻の船体は耐熱限界の直前でもあった。
生き残る術があるとしたら、ワープゲイトの縁からオリジナルUVDにラリアットを仕掛けるのと同時に、ワープゲイト内部へと飛び込むしかなかった。
そうすれば、少なくとも太陽表層に激突することでの死は免れるはずであった……。
その時は、やっぱ止めよう……などと思う間もなくやってきた。
舷側ビュワーの彼方に、同行する〈ナガラジャ〉との間を繋いでいたUVワイヤーが激しく輝きだすのが見えた。
「ごめんね……ケイジ」
ようやくケイジは、ア
と同時に、バトル・ブリッジの前方メインビュワーが真っ黒に染まった。
その彼方にグォイド艦隊の無数の輝きと、巨大な銀の渦巻きが見える。
ビュワーに映っているのは、もう太陽表層ではなく、太陽系外縁部の光景なのだ。
太陽への墜落は避けることができた。
だがその代償として、〈じんりゅう〉級三隻は敵の移動本拠地たる【
太陽表層への急降下時の速度のまま、【ANESYS】統合限界まであとおよそ1分を残した時点で……。
そうケイジが認識した直後、猛烈な衝撃がブリッジを襲いケイジは気を失った。
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