▼第五章『恐怖の報酬』 ♯1

「で……出た~っ!!」

『おい〈じんりゅう〉無事か!? 中身に火は通ってないか!?』

『フォムフォム……良かった……』

「艦長、〈じんりゅう〉船体自体に目立ったダメージはありませんが、旗下の〈アケロン〉二隻が耐熱負荷限界です! 間もなく搭載AIの判断により自動で離脱の後に爆沈します!」

「ユリノ艦長、〈リグ=ヴェーダ〉から通――」

『こら~! 行方をくらますなら事前にそう言えバカモ~ン!』

「主砲UVキャノン発射用意良し! UV弾頭ミサイル、その他全武装スタンバイ良し! いつでも後ろのヤツに撃てるぞユリノ!」

[ゆりのヨ、〈うぃーうぃるめっく〉ノあヴぃてぃらヨリ大量ノでーたヲ受ケ取ッタ……ダガ何カラ説明シタモノカ……]

「後方のアンノン・オブジェクト、12時方向高度マイナス3万キロ距離6万キロより急速に接近中、ドチャクソ速いデス!

 全長およそ100キロ、ですが全身をプラズマガスで覆われていて全高全幅形状その他詳細不明!

 彼我の速度差から〈じんりゅう〉主砲交戦圏内まで5分以内に到達しますデス!」

「艦長! 〈ストリーマー吹き流し〉に取りつけてる〈ゲミニー〉が重い~っ! 速度が出ないよぉ~!」

「プロミネンス通過時に、〈ゲミニー〉が耐熱限界に達したんだ……まだ持ってるけど冷却しないと推進出力は戻らないですよ艦長!」


 あらゆる方面からあらゆる内容の言葉が一斉にユリノに浴びせかけられた。

 ユリノは一秒でいいから落ち着いて思考する時間が欲しかったが、事態はそれを許さず、周囲の人間達もまた同様であった。

 〈じんりゅう〉クルーやテューラ司令や〈昇電ⅡSDS〉からの報告と通信が届くなか、〈じんりゅう〉の両舷後方で、これまで〈じんりゅう〉を太陽輻射の熱から守ってきた〈アケロン〉二隻が、後方へ脱落していったかと思うと、蓄積した熱ダメージに耐えきれず爆発し、その衝撃波が一瞬遅れてブリッジを震わせた。

 前方メインビュワーを見れば、前方を航行中の〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉を守っていた〈アケロン〉も、その半数が陣形から脱落し、やがて爆沈していく。

 それは今しがた潜り抜けたプロミネンス内の環境の過酷さを物語っているのと同時に、もう同じようにプロミネンスを潜り抜けることは出来ないことを意味していた。

 そして限界に達したのは〈アケロンだけではなかった。〉


「〈ウィーウィルメック〉が陣形戦先頭から離脱していきますデス!」

[ゆりのヨ、〈うぃーうぃるめっく〉ハ〈さじたりあす〉ヲぱーじスルツモリダ。

 同艦旗下ノ6隻ノ〈あけろん〉全艦モ主機関ニ異常ヲ検知、マモナク離脱ノ上、爆発スル]

「今までのダメージが蓄積してたってこと!?」

「プロミネンス通過時に、陣形の先頭で一番熱を受け止めていたから……」


 エクスプリカの報告にユリノが訪ねると、アミがエンジニアの観点からそう答えた。

 その直後、前方メインビュワーに映る〈ナガラジャ〉の艦尾の影から、ゆらりと〈ウィーウィルメック〉が力なく現れるのが見えた。

 そしてユリノ達が見守る中、艦の周囲をかこっていた無人防盾艦〈アケロン〉六隻と、艦側面に接続されていたオプション装備実体弾投射砲〈サジタリアス〉が緊急パージ切り離しされると、加速に置いていかれ、瞬く間に〈じんりゅう〉一行の後方に流されていくと盛大に爆発四散した。

 アミの言う通り、これまで〈じんりゅう〉を守る為に、陣形先頭を担当しつつ〈サジタリアス〉を用いてプロミネンスに回廊を設け、強大な熱を最も多く受け止めていたいたが故に、無人防盾艦〈アケロン〉も六隻全てが耐熱限界を迎えてしまったのだ。

 さらに〈ウィーウィルメック〉自体も、よろよろと力なく減速を始めていた。

 よく見れば、船体各部の放熱フィンが真っ赤に発光しており、しかも船体各部からは白煙の尾を後方に引き始めていた。

 それは〈ウィーウィルメック〉が〈アケロン〉だけでは、これまでの熱を受け止めきれなかったことを意味していた。


「ミユミちゃん! 〈ウィーウィルメック〉に繋い――」

『こちら〈ウィーウィルメック〉艦長キャスリンです……各〈じんりゅう〉級の皆さん、申し訳ありませんが、〈ウィーウィルメック〉はここで一時戦線を離脱させていただきたく思います』

「キャスリン艦長! そっちは大丈夫なの!?」


 通信用ビュワー画面内に、悲痛そうに告げる〈ウィーウィルメック〉艦長が現れると、ユリノは血相を変えて尋ねた。


『船体のダメージは回復可能な範囲内です。ですが少々時間が必要です……その………クルーの任務復帰にも……ですので、大変申し訳ないのですが――』

「分かった! 分かったわ! 分かったからすぐ安全圏まで離れてキャスリン艦長!」


 ユリノはキャスリン艦長のその説明に対し、瞬時に判断するとそう告げた。

 〈ウィーウィルメック〉が長時間かつ未来予言じみた【ANESYS】が可能であり、それによる凄まじい戦闘力と共に、その出自やクルーに関して公表されていない秘密が多々あることを、ユリノはアミ経由で知っていた。

 そしてそんな〈ウィーウィルメック〉が戦線から離れることは、正直とても痛い損失なのだが、それに文句を言うにはあまりにも〈ウィーウィルメック〉に助けられ過ぎた。

 それに、もしアミからの情報通りならば、【ANESYS】のできない〈ウィーウィルメック〉は、クルーの特性上非常に危険な状態だ。

 キャスリン艦長は自らは言わないだろうが、下手をすると〈ウィーウィルメック〉は今、キャスリン艦長とセヴューラ少佐の二人だけ動かしている可能性がある。

 ユリノはそれらの情報を鑑み、〈ウィーウィルメック〉の離脱を即座に認めたのであった。

 ユリノがそう告げると、すぐさま〈ウィーウィルメック〉が力を振り絞るようにして太陽からの高度を上げ、同時に〈じんりゅう〉一行の後方へと遠ざかってゆく。

 ユリノは下手をすれば戦力が半減かそれ以上減ったことに不安で心が一杯になったが、それでも一つの判断を下したことに多少は心が軽くなった。

 これで少なくとも後方の謎グォイドへの対処にだけ集中できる。

 そして――


「アストリッド艦長いいですか!?」

『聞こえている』

「離脱する〈ウィーウィルメック〉を補助した上で、例の後方謎グォイドから距離を撮ってください!」


 ユリノの突然の呼びかけにも、〈ファブニル〉艦長のアストリッド中佐はすぐにユリノの意をくみ取り『了解』と答えると、己の〈アケロン〉三隻を〈ウィーウィルメック〉の下方に向かわせて影を作り、同艦に付き添うようにして〈じんりゅう〉から離れていった。

 ユリノは猛烈な心細さを感じたが、今は己の判断を信じることにした。


『こちら〈リグ=ヴェーダ〉|作戦指揮所MCのテューラだ。

 ユリノよ、状況は中継された状況把握してるが、こちらからは遠すぎて支援できることはわずかだ。

 とりあえず〈ウィーウィルメック〉には〈ヘファイストス〉を向かわせた。

 きっとチーフがなんとかしてくれるだろう。

 そっちには急行可能な〈ラパナス〉は向かわせた。

 私からは無事にオリジナルUVDを運んで来いとしか言えん。

 その為の指揮と判断は任せたぞ。』


 タイミングを見計らっていたかのようにテューラ司令の声が届き、ユリノは軽く肝を冷やしたが、言われたことは想定の範囲内であった。

 ようするに、一応〈ラパナス〉が援護に来はするが、基本〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉でこの場を乗り切るしか無いということだ。

 ユリノはブリッジに向き直り、クルーを見回した。


「おシズちゃん! 後方グォイドの分析をお願い!

 エクスプリカ! 〈ウィーウィルメック〉からの圧縮データを解読したら、重要な情報から順番に私にも分かるように教えて!

 フィニィはひたすら加速! 後ろの謎グォイドからひとまず距離をとって!

 ルジーナは進路上の新たなプロミネンス発生を警戒! 例の磁力線からプロミネンスの発生予兆を観測し、フィニィに伝達!

 ミユミちゃんは各〈じんりゅう〉級との通信ラインを維持! 連携できるようにして!

 カオルコは敵が射程距離に入り次第、牽制射撃を許可する! ただし、UV弾頭ミサイルはどうせ無駄だから撃たないでね!

 サヲリは引き続き船体の管理! あとテューラ司令に状況を説明しておいて!

 アミ一曹は不調の〈ゲミニー〉と〈アケロン〉を、ヒューボを使って遠隔で応急修理!

 〈昇電〉の二人は後ろの謎グォイドの様子を注視して報告!

 サティは……えぇ~とぉ……もし敵の攻撃で船体に穴が開いた時は、ヒューボと協力して穴を塞ぐ準備をしておいて!

 全クルーは、いつでも【ANESYS】できるよう備えてて!

 それからアイシュワリア艦長!」

『は、はい! ユリノ姉さま!』

「とりあえず〈ナガラジャ〉も、いつでも【ANESYS】が出来る状態で本艦に同行して下さい!」


 ユリノの一気呵成な指示に、すぐにクルー達と〈ナガラジャ〉艦長の“了解”という声が返ってくる。

 ユリノは軽く息を整えながら、一瞬でこの指示が現状で最善かを再度考え、他に思いつくことがないと、ようやく後方から迫る謎のグォイドに思考を集中せさた。

 〈じんりゅう〉一行がプロミネンス空間から脱出して三分も経過していない。

 だが、プロミネンスを意図的に発生させ、さらに操ることを可能とするグォイドはまだ健在であり、その脅威を無視して、回収したオリジナルUVDを持ち帰ることなど望めそうになかった。

 向こうだってこっちを逃がすつもりは無さそうだった。


『早速で悪いが艦長! 後ろのグォイドが姿を現しそうだぞ!』


 〈昇電ⅡSDS〉のクィンティルラからの報告。

 後方の太陽表層から現れたグォイドは、全身がプロミネンスの同様のプラズマガスで覆われ光輝いており、いったいどのような姿をしているのか、少なくともビュワー映像だけでは皆目分からなかった。

 ただやたらと細長く見えるだけだった。

 それが、このわずかな時間経過と共に、表面にまとわりついていたプラズマガスが晴れて、その中の本来の姿が現れ出でたのだ。


「…………」


 その姿が現れた瞬間、しばしブリッジは沈黙に包まれた。

 これまでに〈じんりゅう〉クルーが見たこともない不気味で醜いグォイドだったからだ。

 それはコンセプトだけで言えば、〈ストリーマー吹き流し〉を搭載した〈じんりゅう〉とよく似ていた。

 つまり回収するつもりのオリジナルUVDを、まるで鉄道列車のように一列につなげて保持しようとしていることが、その姿を見ただけで理解できたからだ。

 だがその規模は〈じんりゅう〉のそれをはるかに超えていた。

 全長およそ百キロの細長い体躯は、明らかにオリジナルUVDを搭載することを前提にした思われる形状・サイズの、一機につき全長数キロの歪な円柱状ボディを、無数のワイヤーで100機数珠のように繋げることで構成されており、まるで生き物のようにゆっくりと左右に蠢いているのが目視確認できた。

 その100キロの体躯の側面からは、等間隔で全長数百メートル単位の節のある太いアンテナらしき長い棘が生えており、それがうねる胴体と同様、薄気味悪く蠢いていた。

 先頭のボデイは他の円柱状タイプではなく、明確な先頭車両としての機能があるのか、形状が異なっていた。

 その形は他のグォイド艦艇と同じく、なんとなく動物の頭骨を連想させる形状であったが、ユリノの見る限り、これまで遭遇したどのグォイドよりも醜かった。

 眼球の納まっていそうな眼窩が複数かつ奇数あり、短い触覚状のものが生えるその姿は、蟲っぽさも有しており、ユリノは本能的なおぞましさを感じずにはいられなかった。

 ともかく恐ろしく巨大なグォイドであった。

 が、その形状が異様過ぎて、巨大なことを忘れそうになってしまいそうだった。

 何よりも注目すべきであったのは、その先頭ボディの後頭部に当たる部分に、鹿かなにかの角かのように、左右上下1柱ずつ計4柱のオリジナルUVDが突き刺さっていたことであった。

 それが意味することを、ユリノはあまり考えたくなかった。


「……ということは、アイツはオリジナルUVD4柱分のパワーがあるということかぁっ!?」


 カオルコが呆れたように、口にしたくなかったことを言った。

 まったく認めたくは無いが、遺憾ながらカオルコの言う通りだと考えるしかなかった。


『まるでムカデだな! ムカデ・グォイドと呼ぶことにするか!』


 同じ光景を中継映像で見ていたテューラ司令が即断した。

 〈じんりゅう〉ブリッジ内で、宇宙暮らしの長い一部の人間から“ムカデ”とはなんぞや? という小声の会話が聞こえ、それから画像検索して「ウェ!」と呻くのが聞こえた。

 ユリノはムカデ・グォイドというテューラ司令の命名を受け入れ、その命名の由来はあまり考えないでおくことにした。

 

[ゆりのヨ、今サラダガ〈うぃーうぃるめっく〉あヴぃてぃらノ残シタ圧縮でーたデモ、当該ぐぉいどガ最低2柱以上ノおりじなるUVDヲ回収済ミデアルコトガ予見サレテイルゾ]

「ホントに今更さらだな!」


 エクスプリカの報告にカオルコがコメントした。


「艦長、なんにせよあのムカデ・グォイドは滅茶苦茶早いデッセ! さっきはあと5分と言いましたが、もっと早く追いつかれそうデス!」

「こっちの加速力は今で限界だよ! ちょっとで良いから冷却しないと~!」


 ルジーナが悲鳴に近い声音で報告すると、フィニィが続いた。

 ユリノはすぐにこちらを伺うカオルコに向かって頷ずくと、カオルコは猛然と後方へ向かってUVキャノンの牽制射撃を開始した。

 

「〈ナガラジャ〉も牽制をお願い!」

『〈ナガラジャ〉了解! ……大砲撃つのは得意分野じゃないんですけれどね!

 姉さま、【ANESYS】は使わないのですか?』

「【ANESYS】は…………」

 

 〈ナガラジャ〉に呼びかけたユリノは、返ってきた言葉に、一瞬何も言えなかった。


[あいしゅわりあ艦長、ソレトゆりのヨ、例ノ〈うぃーうぃるめっく〉ガ残シタでーたデハ、現段階デノ【ANESYS】ノ使用ハ慎ムヨウ言ッテイル]

『はいぃ!?』


 ユリノの代わりに答えたのはエクスプリカだった。

 確かに今すぐ【ANESYS】を使う選択肢もあったが、ユリノは何故かそれが躊躇われた。

 その口実をエクスプリカが答えてくれた形であった。


『現段階で慎め……ってこの段階でなきゃどの段階でつか……分かったってばデボォザ!』


 ユリノはどうやってアイシュワリア艦長を説得しようかと悩むところであったが、その前に〈ナガラジャ〉内で問題は解決したようであった。


『姉さま了解! すぐにUVキャノンでの牽制を開始するわ!』


 〈じんりゅう〉とムカデ・グォイドとの距離は、まだわずかにUVキャノンの有効射程ではなかったが、それでも牽制効果を狙っての発砲が開始された。

 腹に響く合成効果音と共に、二隻の〈じんりゅう〉級が、艦尾方向に向けらた主砲UVキャノンを次々と放つ。

 しかし、それはムカデ・グォイドのサイズの前にはあまりにも儚く、ゆでる前の固いパスタを投げつけてる程の効果も無さそうであった。

 ユリノは牽制射撃で少しでもムカデ・グォイドが〈じんりゅう〉に近づくのを遅らせ、その間にこのグォイドの正体や特性を掴みたかった。

 あのムカデ・グォイドの異様過ぎる姿形が、ただ〈じんりゅう〉と同様に回収した太陽周回オリジナルUVDを運ぶためだけとは思えない。

 あまりにも巨大で大げさすぎる。

 そして、見る限りムカデ・グォイドにはスラスターノズルの類は確認できないにもかかわらず、さらに〈じんりゅう〉よりはるかに巨大にもかかわらず、あまりにもこのグォイドは速すぎた。

 その速度は、現在の人類の航宙艦の速度理論を覆しかねない程であった。

 だが、その謎を解くにはムカデ・グォイドの接近速度はあまりにも速く、その速度は牽制射撃にも変化は無かった。 

 そしてとうとう有効射程に入ったUVキャノンが、ムカデ・グォイドダメージを与えることもまた無かった。


「なんか……曲がってはいないか?」


 撃ちながらカオルコが呟いた。

 確かに、発射したUVキャノンのUVエネルギーの束が、巨大過ぎるムカデ・グォイドに命中するはるか前の段階で、肉眼で分かる程にねじ曲がり、あるいは分散し、標的から逸れていった。


「磁力です艦長…………おそらくですが、ムカデ・グォイドはプロミネンスを操った理屈で、その胴体の周囲に強力な磁斜障壁を展開し、同じく磁力で制御していたUVキャノンのUVエネルギーを反らしたのです!」


 シズが真っ青になりながら告げた。


「それって……あのオリジナルUVD四4柱を搭載してるから可能であったということか?」

「…………」


 カオルコの問いにシズは頷いた。


『ああ! だから向こうもUVキャノンを撃ってこないんですね?』

「あるいは他の攻撃手段があるから積んでいないとか……」


 シズの報告に、サティとアミが思ったことを呟いた。

 確かに、すでに有効射程圏内に入っているにもかかわらず、ムカデ・グォイド側からUVキャノンなどの攻撃が来ないのは解せなかった。

 それが、UVキャノンを曲げる程の磁力で身を包んでいた為に、自前で放ったUVキャノンにも影響を及ぼすからならば、話の筋は通る。

 だからUVキャノンを最初から搭載していない可能性も、十分に考えられる気がした。

 実際、目視した限り、ムカデ・グォイドの表面にはUVキャノンらしきものが見当たらないからだ。

 それはUVキャノンに代わる攻撃兵装を有しているからかもしれない。

 いや、そう考えるべきだ! とユリノの直感は告げていた。

 問題はどんな攻撃手段であるか? であったが、ムカデ・グォイドの接近速度はユリノにその答えを出す時間を与えてはくれなかった。

 いつの間にか、さらに〈じんりゅう〉の艦尾〈ストリーマー吹き流し〉後端の目前までムカデ・グォイドは迫っていた。

 それは体当たりでも仕掛けるつもりかのように……。


「カオルコ! チャフ・スモーク弾を発射! 煙幕を目標手前で展開したる後、艦尾UV弾頭ミサイル四基時間差発射!」


 ユリノの指示を、カオルコはすぐに実行に移した。

 加速中の〈じんりゅう〉が艦尾に向かって放ったチャフ・スモーク弾は、発射直後に炸裂、展開された煙幕は、巨大に成長しながらムカデ・グォイドの頭部を覆うようにして流されていった。

 そのタイミングに合わせてUV弾頭ミサイルが発射され、ムカデ・グォイドの頭部があった位置へと飛翔する。

 なし崩し的に距離を縮めていたお陰で、それは必中パターンでの攻撃に思えた。

 UV弾頭ミサイルは迎撃されやすい、そこでチャフ・スモーク弾と併用したのだが、ムカデ・グォイドはレーザー迎撃する様子もなかった。

 一瞬、ユリノは破壊されるムカデ・グォイドの頭部を幻視した気がした。

 

「ナニィ!!」「うそ……」


 カオルコやアミ一曹が素っ頓狂な声を上げた。

 起きるはずのUV弾頭ミサイルの爆発が観測されない。

 それは有り体に言って、あり得ない現象であった。


「艦長! ムカデ・グォイド頭部、本艦後上方に遷移デス!」


 ユリノはルジーナの報告とほぼ同時に、〈じんりゅう〉が後方に展開した煙幕の上方い視線を送っていた。

 そこには、ついさっきまで真後ろにいたはずのムカデ・グォイドが、獲物を狙うかのように〈じんりゅう〉を見下ろしていた。

 それはUV弾頭ミサイルが命中せず、回避されたことを意味していた。

 ユリノは瞬間的に理解した。

 見たままのことが起きたのだ。

 ムカデ・グォイドはUV弾頭ミサイルをその巨体にも関わらず回避したのだ。

 ムカデ・グォイドはただ巨大なだけではない。

 ムカデのごとく、無数の胴体が連なって形成されている異形のグォイドだ。

 宇宙での通常の回避運動は、スラスター噴射だよりであり、その瞬発力は極めて低い。

 だが、このムカデ・グォイドはその胴体を屈伸、あるいは伸縮させることで己自体が移動・・することなくUV弾頭ミサイルを回避・・したのだ。


「これは……やばい……」


 一瞬、ユリノは頭が真っ白になった。

 命からがらプロミネンス群からの脱出を成し遂げたにも関わらず、あれよあれよという間に絶体絶命になってしまった。

 この状況から脱出する術を、ユリノは何も思い浮かばなかった。

 

「ムカデ・グォイド頭部、〈ストリーマー吹き流し〉後端に到達デス!」


 ルジーナの報告に、ユリノは何も答えられなかった。

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