▼第三章『キャッチャー&フライ』 ♯4


「〈じんりゅう〉による太陽周回オリジナルUVD第一号の、〈ストリーマー吹き流し〉への回収と固定を確認!」


 キルスティのその報告が作戦指揮所MCに響いた瞬間、思わず室内の面々がどよめくのが聞こえた。

 さらに室内ビュワーの一つに、〈セーピア〉から撮影されたオリジナルUVD回収後の〈じんりゅう〉の映像が投影された。

 

「あいつら……マジでやりやがったんだな…………」

「最初からその予定で、あなたが信じて送り出したんでしょうに……」


 テューラ司令の正直すぎる感想に、傍らに立つ彼女の副官がぼやいた。


 ―― |高速戦闘指揮巡洋航宙艦〈リグ=ヴェーダ〉作戦指揮所MC――


 太陽周回オリジナルUVDを、二隻の〈じんりゅう〉級の放つ実体弾でその黄道面軌道から弾き飛ばし、それをさらにもう二隻の〈じんりゅう〉級でキャッチするなどという所業が、実際に可能なことは証明された。


「まぁ……確かに大道芸じみてるとは思いますが……」


 常識人らしい副官の言葉に、そのそばで〈じんりゅう〉担当報告官を務めていたキルスティはうんうんと頷いた。


「それと、まだ安心はできませんよ司令。もう一組の〈じんりゅう〉級タッグがいるんですから……」

「…………ああ、そうだな」


 一瞬、オリジナルUVD回収の喜びに浮かれそうな|作戦指揮所MC内の雰囲気を、副官がやんわりといさめるように告げると、テューラ司令は同意しながら、件のもう一組……というよりそのうちの一隻の映像が映るビュワーを睨んだ。

 〈じんりゅう〉が太陽周回オリジナルUVDの初回収に成功したのは、同艦が主機にオリジナルUVD搭載し、UV出力に余裕があることと、〈ストリーマー吹き流し〉の操手としてのサティがいたが故……というのが当然の見方であった。

 …………ということは、主機がオリジナルUVDでもなければ、ストリーマー吹き流し〉を操手としてのサティもいない艦は大丈夫なのか? ……という結論に至るのは自然のことであった。


「あの…………〈ナガラジャ〉は大丈夫でしょうか? ……」


 キルスティは思わず声に出して尋ねてしまい、両手で口を覆った。

 が、キルスティの声はしっかりとテューラ司令に届いていた。


「ま、大丈夫なんじゃない? 自分で大丈夫ダイジョブ! まっかせなさ~い! 言うてたんだから」

「…………それは……根拠あってのことなんでしょうか?」


 キルスティを安心させようとしたらしいテューラ司令の言葉に、副官が冷静な疑問を述べた。


「ま、言動には責任が伴うからな、だからって出来ると分かってることしか出来ると言わないヤツは、頼りにならん」


 副官に対しそうテューラ司令が答えたが、キルスティには彼女が何を言いたいのか今一つよく分からなかった。

 とりあえず、多分『やるっていたからにはやれよ!』と言っているらしいという理解に留めておいた。







 ――その十数分後。


 キルスティに心配をかけていた件の艦〈ナガラジャ〉は、無事にオリジナルUVDを回収した。

 この場合の“無事”とあ、あくまで〈ナガラジャ〉の船体やクルーに損傷や怪我が無かった……という意味であり、クルーの精神的疲労についてはまた別の話である。


『へ……へへ……やってやりましたよテュラ姉さま……』


 〈ナガラジャ〉艦長アイシュワリア中佐は、届いてきた映像通信の画面内で、そう言ってサムズアップしていたが、艦長席前に据え付けられた舵輪に寄りかかる彼女は、今にも床に崩れ落ちそうにキルスティには見えた。

 オリジナルUVDの回収は、案ずるより産むがやすしとはいかなかったようだ。

 彼女と彼女が統べるクルーが何故これほどまでに苦労したのかと言えば、何も〈ナガラジャ〉がオリジナルUVDとサティを有していなかったからだけではない。

 今となっては何が発端だったのかは判然としないが、ある意味、回避不可能な通過儀礼だったのではないか? とキルスティはなんとなく思った。

 


 〈ナガラジャ〉が〈じんりゅう〉よりもオリジナルUVD回収に苦労したのは、回収すべきそのオリジナルUVDが三柱もあったからだ。

 それをサティも主機にオリジナルUVDもない〈ナガラジャ〉が、〈アケロン〉を背負い、〈ストリーマー吹き流し〉を引きながら回収することになったわけだ。

 それは、太陽黄道面周回オ中のオリジナルUVDを、〈ウィーウィルメック〉が、一度の【ANESYS】による実体弾砲撃で、三柱も弾き飛ばすことに成功したからだが、それを責めることはできなかった。

 太陽周回オリジナルUVDは現在も刻一刻と降下中であり、回収は可能な限り急がれていたのだ。

 〈ウィーウィルメック〉艦長のキャスリン中佐は、一度に三柱のオリジナルUVDを狙う旨を、事前にちゃんと〈ナガラジャ〉には通信で伝えていた。

 …………それはもうこれ以上と無いくらい丁寧に。



[発〈ウィーウィルメック〉より〈ナガラジャ〉へ、当艦の性能を持ってすれば、今回の射撃タイミングで三柱のオリジナルUVDを軌道から弾き飛ばすことが可能である。

 太陽周回オリジナルUVDは、時間経過と共に回収難易度が上がる為、可能ならばこのチャンスに、一度に三柱のオリジナルUVDの回収に挑戦すべきと考える。

 が、貴艦による三柱のオリジナルUVD回収が困難であるならば、その判断に従う用意がある。

 貴艦よりの速やかな返信を待つ、オクレ]


 …………要約するとこのような通信が、実体弾担当の〈ウィーウィルメック〉から回収担当の〈ナガラジャ〉に送られた。 

 前後の背景事情を一切無視すれば、〈ウィーウィルメック〉には一切の悪気は無く、ただ単に、少しでも任務達成のレベルを少しでも上げる為のオプションの提案と、その判断を仰いだだけなのだが、受け取る側がそのままに受け取るとは限らなかった…………。

 いや、何かしらの確証があるわけでは無いが、キルスティは勝手にそうに違いない! と確信していた。

 特に受け取る側の艦長が、一応ではあるが、火星帝国のお姫様の一人であった場合はなおさらである。

 その艦長と知らない仲ではないキルスティは、彼女がいかに〈ウィーウィルメック〉からの通信に反応し、返信したか分かるような気がした。



[発〈ナガラジャ〉より〈ウィーウィルメック〉へ、貴艦よりの提案感謝する。

 我が艦の能力をもってすれば、一度に三柱のオリジナルUVDを回収することなどお茶の子さいさいである。

 我が艦のことは気にせず、貴艦の最大のパフォーマンスを発揮し、実体弾を放ち、三柱のオリジナルUVDを我が艦にパスするよう努められよ]



 多少の誤差はあれど、〈ナガラジャ〉から〈ウィーウィルメック〉に送られた返信は要約するとこのような内容であった。

 キルスティには一部、聞き覚えの無い言い回しがあったが、そのニュアンスはなんとなく理解できた。

 当然ながらこの返信の結果、〈ウィーウィルメック〉は〈ナガラジャ〉の意向に従い、一度の発射タイミングで三柱のオリジナルUVDを狙って実体弾を放った。

 そう〈ナガラジャ〉から言われたのだから仕方がない。

 キルスティは〈じんりゅう〉クルー経由で、〈ウィーウィルメック〉がインチキレベルの未来予想能力を持ち、オプション装備に持つ実体弾投射砲の命中精度は少し現実離れしている……とは聞いていたが、実のところ半信半疑だった。

 が、〈ウィーウィルメック〉の放った実体弾は、見事三つのオリジナルUVDを軌道から弾き飛ばすことに成功した。

 キルスティはその報告を聞いた時、思わず「ウソォ!?」と自分の席で声を漏らしたが、おそらく〈ナガラジャ〉のブリッジでも似たようなリアクションがあったことだろう。

 ましてや〈ウィーウィルメック〉の背景情報をキルスティ程は知らないであろう〈ナガラジャ〉のクルー……というか主にアイシュワリア艦長はとても驚き慌てたであろうことが、キルスティには目に浮かぶようであった。

 だが、もはや〈ナガラジャ〉には退路は無かった。

 なにしろ〈ナガラジャ〉からの承諾を得て、〈ウィーウィルメック〉は三柱のオリジナルUVDを〈ナガラジャ〉へパスしたのだから…………。





 そして……おそらく〈ナガラジャ〉は必死になって……それはもうひ~ひ~言いながら、一度に回収する羽目になった三柱のオリジナルUVDを追いかけ、【ANESYS】を用いて辛うじて全ての回収に成功したのだろう。

 確かに〈ナガラジャ〉には主機にオリジナルUVDも無く、サティもいなかったが、結果から言えば不可能では無かった。

 六枚の無人防盾艦〈アケロン〉と特殊装備〈ストリーマー吹き流し〉を追加装備していたが、それぞれには専用の人造UVDが搭載され、〈ナガラジャ〉のUV出力の負担にはならなかったのだ。

 また〈ストリーマー吹き流し〉の後端で同装備を操っているのは、元々〈ナガラジャ〉旗下の無人駆逐艦〈ゲミニー〉であった。

 サティはいなかったが、〈ゲミニー〉の遠隔操作の経験値で言えば、〈ナガラジャ〉は〈じんりゅう〉をはるかに上回っていた。

 この二点が、〈ナガラジャ〉でもオリジナルUVDの回収ができた理由であり、また、主機にオリジナルUVDが無いにもかかわらず〈ナガラジャ〉が投入されたそもそもの理由であった。

 だが今回、一度に三柱のオリジナルUVDを回収できた最大の要因は、先に達成された〈じんりゅう〉〈ファブニル〉組のオリジナルUVD回収時のデータが、同艦の【ANESYS】により送られてきており、それを活用できたからであろう。

 わずか10数分前の出来事のデータであっても、【ANESYS】を用いれば、瞬時にして我が経験のごとく活かすことが可能なのだ。

 その時、後の報告によればサティからもオリジナルUVD回収についてのアドバイスが来たという。

 驚くべきことに、サティは限定的ながら【ANESYS】と同等の思考速度を出すことができ、〈じんりゅう〉のアヴィティラ化身との会話まで可能にしているのだという。

 だから一足先にオリジナルUVDの回収を成しとげたサティは、今回も親切心から、【ANESYS】中の〈ナガラジャ〉の統合思考体に話しかけてきたのだそうだ。

 だが、残念ながら彼女の助言は、あまり役には立たなかったという…………。

 何故ならば、サティが語ったオリジナルUVD回収のコツとは以下のようなものだったからである。


『〈ナガラジャ〉のアヴィティラさ~ん、オリジナルUVDが飛んで来たらですね! こうバ~ンってやってビョイ~ンって受け取ってチュルルルル~ンってやればば良いんですよ~!』


 ▼フェイズ3・太陽黄道面軌道から脱したオリジナルUVDの回収――――達成。












 〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉両艦のオリジナルUVD回収をもって、〈リグ=ヴェーダ〉作戦指揮所MCはフェイズ3を達成と判断、 テューラ作戦指揮は速やかにフェイズ4への移行を命じた。

 ……とは言ってもフェイズ4はそれまでのフェイズに対し、技術的難易度は低いと考えられていた。

 その代わりに、全作戦参加者のスタミナが必要とされていた。




 ▼フェイズ4・太陽周回オリジナルUVDの確実かつ継続的な回収プロシージャ手順の確率。

 および可能な限り速やかに、一柱でも多くの太陽周回オリジナルUVDの回収の達成。




 技術的難易度が低いと思われたのは、フェイズ2・3の達成により、各〈じんりゅう〉級の【ANESYS】が瞬時に経験値から二回目以降のオリジナルUVD回収マニューバを、より効率的にアップデートするからである。

 ようするに、人間の何百・何千倍の速度で太陽周回オリジナルUVDの回収に慣れる・・・であろうことが期待されていたからだ。

 そして実際、〈ファブニル〉〈じんりゅう〉組も〈ウィーウィルメック〉〈ナガラジャ〉組も、一度の太陽周回オリジナルUVDの回収に成功しただけで、二回目以降は確実にオリジナルUVDの回収が成せるようになっていた。

 二組の〈じんりゅう〉級計4隻は、フェイズ1開始からの三日間で、〈昇電ⅡSDS〉他の偵察部隊が先行して観測・発見したオリジナルUVDの全てを、一柱とて漏らすことなく軌道から弾き飛ばし、そして〈ストリーマー吹き流し〉へと回収し続けた。

 四角錐パイプ状の〈ストリーマー吹き流し〉は、その前端部分から、回収したオリジナルUVDが続々と固定され続け、徐々にさながら宇宙を駆ける鉄道車両のような有様になっていった。

 当然、〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉は、増えたオリジナルUVDの数の分の客車と重量を引っ張る機関車のような立場となり、、艦の操舵の難易度は急激に上がっていった。

 それに合わせて【ANESYS】による艦の操縦補助プログラムが構築され、その性能も上がって行くのだが、当然、クルー達の疲労が急激に蓄積していくことは避けられなかった。

 確かに一度の【ANESYS】を行うごとに二時間の間隔を空け、さらに二組のうち一組の〈じんりゅう〉級が交代で、無人艦〈ラパナス〉が護衛する中、補給艦が〈アケロン〉の蒸発してしまった盾兼放熱版を形成している流体金属、および〈ウィーウィルメック〉あるいは〈ファブニル〉の実体弾をを補充している時間を利用し、一日に6時間以上の休息時間をクルーは得ていた。

 だが、極度の集中力と危険を伴う太陽周回オリジナルUVDの回収という作業が、その休憩時間だけで足りるかと言えば否であった。

 もっと太陽周回オリジナルUVDの回収に時間をかけ、数か月単位の時間を使えたならば、あるいはクルーの疲労も軽減できたかもしれない。

 だが、太陽周回オリジナルUVDは、フェイズ1開始時点の高度10万キロから急激に降下を続けており、回収作業をこれ以上伸ばすことは、それだけオリジナルUVDの回収を諦めねばならないということであった。

 当然、回収できるオリジナルUVDを、クルーの疲労が理由で諦めらることはなかった。

 それに、クルーの疲労の原因は、短期間でのオリジナルUVD回収だけが原因ではなく、その原因を人類側の努力で解消することはほぼ不可能であった。



 当初は金星、あるいは水星のSSDF拠点を往復して、休息と回収したオリジナルUVDの移送を行い、数週間の時間をかけての太陽周回オリジナルUVDの回収も考えられていた。

 が、太陽表層のプロミネンスの大量発生予測がされたため、急がざるを得なかったのだ。

 発生したプロミネンスは、四隻の〈じんりゅう〉級の針路上に立ち上がって襲い掛かることはなかったが、その影響で周回中のオリジナルUVDが減速し、その分降下が早まったのだ。

 故に、【ヘリアデス計画】実行艦隊は可能な限り早くオリジナルUVDを回収する必要があった。

 幸い、観測し、発見できたオリジナルUVD計112柱全てが、〈じんりゅう〉級により回収が達成された。

 他にも太陽をオリジナルUVDが周回している可能性もあったが、少なくとも〈昇電ⅡSDS〉やその他の無人機・無人艦で発見はできなかった。

 故に、【ヘリアデス計画】実行段階は次の最終フェイズへと移行されることとなった。



 ▼フェイズ5・回収したオリジナルUVDの〈イシュティアル〉工廠、あるいはその他のSSDF工廠・拠点への移送。

 および襲撃が予測されるグォイドへの対処。



 SSDF【ヘリアデス計画】推進部は、太陽周回オリジナルUVDの回収に際し、高確率での野良グォイドの襲来があることを予測していた。

 改良されたステルス膜により、土星圏を脱出した総数不明の野良グォイドが、内太陽系に潜入していることを掴んでいたいたからだ。

 クルー達に疲労を与えていたのは、そのいつ襲い掛かってくるかもしれない野良グォイドを警戒し続けていたからだ。

 だが、回収可能な全てのオリジナルUVDを回収しても、ステルス膜を破り野良グォイドが襲い掛かってくることは無かった。

 それはつまり、これから……112柱ものオリジナルUVDで出来た客車を引っ張る〈じんりゅう〉級に、襲い掛かってくる可能性が高いということであった。

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