▼第二章『いくさフレンズ』 ♯2


「短期特別育成カリキュラム?」


 訊き返すケイジに対し、テューラ司令はふむんというため息と共に頷いた。


「お前が突然そんなこと言い出した動機はぁ…………あえて訊かないけども! お前は今後も〈じんりゅう〉の機関長になりたいというのだろう?」

「は…………ハヒッ!」


 テューラ司令と直接会うのはこれが初めてではないが、それでもケイジはVS艦隊司令という雲上人のプレッシャーに圧倒され、変な間をあけてから上ずった声でしか返事ができなかった。


――【ガス状巡礼天体ガスグリム】光学観測から三日後・宇宙ステーション〈斗南〉内・VS艦隊司令執務室――


 ノォバ・チーフやキルスティ少尉を交え、ケイジが何故か〈ウィーウィルメック〉に乗り込むことで得た情報の全てを報告し、さらにテューラ司令によるSSDF月総司令部で決まった人類の対【ガス状巡礼天体ガスグリム】の方針を聞いた後、ブリーフィングの議題は今後のケイジの処遇と、改修後の〈じんりゅう〉の機関長の人選問題となった。

 そこでケイジは、人生でもトップクラスの勇気を振り絞り、〈じんりゅう〉の正規機関長に立候補したのである。

 命の危機はこれまで何度か経験したことがあるはずなのに、なぜこの立候補を表明することがこうも緊張するのか……ケイジは不思議でならなかった。

 その緊張が、ただ却下されるのが怖いから……というだけでなく、メチャクチャ恥ずかしかったからだ……と気づくのは、もう少し後のことである。

 その時、ノォバ・チーフが頭を掻き、キルスティ少尉が両手で口元を押さえて、顔を真っ赤にしたことの意味までには思い至らなかった。

 強いて言えば使命感に近い感情から手を上げたわけだが、却下される可能性は十分あることも分かっていた。

 というか、常識的には却下されて当然だった。


「ま、経験値というか実績の面で、お前さんが候補者の一人として、ありえなくはないことくらいは認められなくないことも否めない。

 だが、ハイそうですか~そうですね~と、簡単にお前を〈じんりゅう〉機関長にできるわけもない。

 16才の~たかが三曹ごときには特に……な。

 だから……」

「4か月の短期昇進特別育成カリキュラム……ですか」


 ケイジはもう17才になりました! と訂正する愚は侵さずに、ただ尋ねた。


「ふむん」


 テューラ司令は頷きながら、室内のビュワーに短期昇進特別訓練カリキュラムの概要を投影した。


「グォイドとのいくさの時代だからな……短期航宙士育成は全人類圏で活発だ……お前さんがそれで航宙士になったように。

 ま、今ことここに至ったところで、新人航宙士ばかりいきなり増やされても使い道に困る気もするが……。

 ともかく、お前がその歳で技術三等宙曹になったように、もっと上の階級を狙える即席育成カリキュラムもある……。

 かなり無茶で雑な内容だが、お前が本気ならば、それをコイツを受けることで我々に証明して見せろ」


 テューラ司令はキロリと睨みながらそう告げると、ケイジの返答を待った。

 もはやケイジには他の選択肢など無かった。







 かくしてケイジは、手配されていた訓練カリキュラムに放り込まれた。

 主な訓練地は、地球静止衛星軌道上のSSDFの航宙士訓練施設であった。

 そこで航宙士となり人類存続の一助となるため奮起した老若男女、あるいは昇進を目論む若い航宙士らと共に、座学と実技訓練を中心とした様々なカリキュラムをひたすらこなした。

 筋力トレーニングは当然、小銃での射撃訓練から救急医療訓練などなど、航宙士に必須な訓練もそうは思えない訓練も、命令されるがままにひたすらこなした。

 人類同士の戦争・・のあった時代から、優秀な人材や、意欲あふるる民間人向けに、こうした即席人員要請カリキュラムは行われてきたが、SSDFが行ったこれもその系譜であった。

 仮にこのカリキュラムで優秀な成績を収めた場合、理屈の上では少尉の階級章をつけることが可能になるという。

 ケイジはにわかには信じられなかったが、後で聞いたところによると、このカリキュラムを受けられるだけでも、そこそこ以上の選抜があり、受ける人間はある意味エリートと言っても良い人材であるらしい。

 航宙士は望めば誰でもなれるわけではなく、訓練結果以前の素養が重んじられるご時世……ということなのかもしれない……とケイジはなんとなく思っておいた。

 12才で航宙士を養成する寄宿学校に入学し、若くして航宙士となったケイジにとっては、訓練内容の半分は想像の範囲内であった。

 もちろんハードではあったが、ここ一年弱の間に乗り越えてきた数々の実戦経験に比べれば、とりあえず死ぬ心配がないという点において、訓練カリキュラムは耐えられるものであった。

 ケレス沖での経験も、木星【ザ・トーラス】はもちろん、土星圏【ザ・ウォール】で体験したことも、訓練で再現などできるはずもなく、精神的ストレス面でその経験を上回るシチュエーションを再現することなど不可能だった。

 だからケイジはほとんどのカリキュラムを、自分でも驚くほどの忍耐で乗り切ることができた。

 だが、それと成績とは別問題であった。

 年数を経てこそ得られる経験値と、客観的信用だけはどうにもならなかった。

 ようするにケイジはまだ若造だったのだ。

 それに、エンジニアとEVA要員としての成績は並外れて優れていても、それ以外の成績はせいぜい平均的かそれ以下であった。

 もちろん専門セクションの実力さえ伴えば、航宙士としては充分なのだが、それでも尉官以上の上級士官になろうとした場合、どうしても他の分野の成績も求められてしまうのであった。

 特に操艦と戦闘指揮は壊滅的であったし、人間の部下をもつ指揮官としての訓練成績も芳しく無かった。

 ケイジは内心、自分が思った程の実力が無かったことに、かなり落胆していた。

 とはいえ、若干17歳の少年にしては、ケイジの成績はまずまずであったと言えたのだが、当人には自覚しようのないことであった。

 そしてカリキュラム最後の二週間は、驚くことに地上が舞台であった。





 それは航宙士がまだ“宇宙飛行士”と呼ばれていた時代から続けられていた伝統のようなカリキュラムであった。

 黎明期の宇宙船の多くは、地球への帰還の際に、地球上の七割を占める海に着水する方式を選んでいた。

 そのことから、万が一宇宙船の降下コースが反れ、着水した海域がズレたことで回収班との合流を果たせず、最寄りの無人島に漂着した場合を訓練するカリキュラムが設けられたのである。

 火星や木星圏にまで人類が進出した23世紀の今となっては、そのようなシチュエーションは想定するにはあまりにもレアケース過ぎる……という意見も多々あった。

 が、このカリキュラムは対象のソリッドな人間性を観察することが可能と思われることと、達成後の対象者の精神的成長に効果があると見なされ、現在にいたるも続けられている……のだという。

 とはいえ、数々の窮地を経験し、ついでに常日頃から趣味で過去の名作映画鑑賞し、当然サバイバルがテーマの作品も少なくない数見ているケイジの感覚からいえば、今回言い渡されたカリキュラムは多少甘く感じられた。

 確かに赤道直下の無人島で二週間過ごせ! と放り出されはした。

 が、下着、訓練用ツナギ、靴下にシューズなどの衣服はもちろん、ナイフに火打石、さらにはサバイバル技術検索用のSPAD《個人携帯端末》まで持たされ、事前に地球上の疾病や感染症に備え、あらゆる予防接種を打たれまくった末の無人島生活であった。

 これは一時期人類社会で提起された人権問題から、訓練状況が著しく緩くされた結果だと思われるが、ともあれSPAD《個人携帯端末》を持たされたことで、ケイジは大分心強い気分でカリキュラムを望むことができた。

 ケイジが生まれも育ちも地球だったこともあり、人生初の無人島サバイバルは、思いの他つつがなく進行した。

 もちろんギブアップする場合を除き、SPAD《個人携帯端末》で救助を求めることは禁じられているが、あらゆるサバイバル技術と知識を調べることは許されていた。

 故に調べさえすれば、無理はあっても不可能は無く、ケイジは無人島生活の後半は、軽いバカンス気分すら味わえる境地に達していた。

 もちろん、南国の殺人的な日差しや想定外の夜の寒さ、虫の襲来にいるかもしれない獣の恐怖、シャワーとトイレ問題など、辛い要素も多々あった。

 だが二週間分であれば、ヤシの実や南国の果実、浜辺で採集可能な魚介類で食料は満たされたし、ナイフでシェルター簡易寝床を作るのは得意分野だった。

 火打ち石が渡されていたので、焚火で暖をとるのも比較的容易だった。

 絶対に二週間後には帰れるのだから、この生活が続く心配も無用だった。

 途中、久方ぶりに育成カリキュラム以外・・のことを考える余裕ができた際に、思わず閃いたアイディアをSPAD《個人携帯端末》を使ってノォバ・チーフに伝えてしまったが、それはもう後の祭りという他なかった。

 ケイジは、果たして自分が、この無人島生活カリキュラムを考えた人間の期待に添えたのか不安であったが、ピッタリ二週間が経過すると同時に、ケイジは回収班のヘリに乗り、島を後にしたのであった。

 ケイジは島を後にする時に、ほんの一瞬だけ、自分一人にこんな無人島を用意しておいて、他の訓練者はどうやってこのカリキュラムをこなしているのか疑問に思った……が、すぐに忘れた。

 







「…………で、そんな日焼けしたってわけなのぉ?」

「う、うん」


 久しぶりに聞くミユミの声に、軽い感動を覚えながらケイジはコクコクと頷いた。


 ――〈イシュティアル〉工廠内・〈じんりゅう〉メイン・ブリッジ――


 ケイジは……いや今は再び女装した立川アミ技術一等宙曹は、たどたどしくこれまでの6カ月間の経緯を説明し、それをただ静かに、だが激しく呆れた……もしくはドン引きしたといった表情で聞いていたユリノ艦長ら〈じんりゅう〉クルーのリアクションを待った。

 が、幼なじみたるミユミ以外に、これといってコメントは無いようだった。

 ただ「はぇ~」というため息しか聞こえなかった。

 ケイジは沈黙に耐えきれなくなり、まだ説明しきってないことがあることを思い出し、慌てて話を続けた。








 ……といっても、話すべきことは残りわずかだった。

 ケイジは自分の短期特別育成カリキュラムでの成績を誰かに訊く間も無く、地球静止衛星軌道ステーションから、金星圏〈イシュティアル〉工廠へと連れていかれた。

 そしてキルスティ少尉やノォバ・チーフ、テューラ司令と再会し、半ば問答無用で、この一カ月の間、また生まれ変わった〈じんりゅう〉の整備と調整作業にエンジニアの一人として加わった。

 はたして自分がテューラ司令やノォバ・チーフが認める程の航宙士になれたのか? 〈じんりゅう〉の機関長になれたのか? については、いくら尋ねても『検討中だ』としか答えてもらえなかった。

 ここに連れて来られ、再びあの忌々しき立川アミにならされたということは、まだ〈じんりゅう〉機関長になる可能性はあるのだと思いたいが、楽観する気にはなれなかった。

 そして、新たなる〈じんりゅう〉への改修が終わり、最終チェックが終わり次第、【ヘリアデス計画】が始められるというこの時に、〈斗南〉からユリノ艦長以下の〈じんりゅう〉クルーが到着し、こうして再開とあいなったのである。











「お前たち…………そろそろ何か言ってやったらどうだ?」


 メイン・ブリッジの沈黙を破ったのは、ユリノ達の背後に立っていたテューラ司令だった。


「お前たちにゃ、そこでいつまでもぼ~っと突っ立ってられる暇はないはずだがな」

「…………」


 そう言われても、ユリノには口にすべき言葉が思いつかなかった。

 他のクルーもそうなのだろう。

 何故なら……


「ケ……アミ一曹は〈じんりゅう〉の機関長で良いんですか?」


 ユリノが質問したかったのは、どちらかというとテューラ司令に対してだった。

 全ては彼女の人事権に掛かっているのだ。

 ここまできて、彼(彼女?)が〈じんりゅう〉メイン・ブリッジにただいた・・だけなどと言われたら、さすがに【ANESYS】に影響が出てきそうだ。

 今後の〈じんりゅう〉機関長を誰にするのかについては、答えを握っているのはテューラ司令なのだから、まず尋ねて答えてもらうべきはテューラ司令を置いて他にいなかった。


「あ~…………」


 メイン・ブリッジにいる全員の視線がテューラ司令にあつまり、彼女は気まずそうに視線を一同から反らしつつ、頭を掻いた。

 どうやら、こういうことになるかもという自覚はあったらしい。


「正直に言おう……〈じんりゅう〉の新たな機関長はぁ…………」


 「機関長は?」一同は同時に尋ねた。

 テューラ司令は大きく息を吸い込むと、ここ半年の様々な〈じんりゅう〉新任機関長問題についての鬱憤を込めたかのように告げた。


「お前たちで…………決めやがれ!」












 VS艦隊クルーゆえに、少尉という階級でありながらまだ12才の少女でしかないキルスティは、人の感情の機微について、理解している自信があるわけではなかった。

 だがそれでも、〈じんりゅう〉のクルーと三鷹ケイジ技術三曹との間にある感情については、それなりに理解しているつもりであった。

 そして今、それらクルーの感情が、めんどくさく絡んだ〈じんりゅう〉機関長問題に関する、テューラ司令のよく分からない言動の理解に努めるならば……………。

 「お前たちで決めやがれ!」とは、きっとそのままの意味なのだろうと思った。

 キルスティは望んだわけでもないのに、〈じんりゅう〉メイン・ブリッジで、ケイジ三曹とユリノ艦長達の再会に立ち会い、自分はなぜここにいるのだろうか? ……という人生哲学的疑問を抱きながらそういう結論に至った。

 思い起こせば【木星事変】後に、アイシュワリア艦長からのオファーにより、一時はVS‐805〈ナガラジャ〉のクルーになりかけていたところを、良縁が決まったことで欠員となるはずだったクルーが出戻ったことでその話が消滅し、なし崩し的にテューラ司令の元で〈じんりゅう〉関係の雑務をこなす羽目になってしまったことが切っ掛けであった。

 これはテューラ司令の元で自分が書いた、いわゆる〈木星文書〉が、思いのほか人類社会に影響を与えてしまったが故なので……より正確に言えば“立川アミ技術一等宙曹”などという人物を〈木星文書〉内で創造してしまったが故なので、完全なる自己責任でもあった。

 もっと遡れば、【木星事変】時に、自分だけ脱出した〈じんりゅう〉へ、ケイジ三曹を送り込むよう進言したのも自分だ。

 だから誰かのせいにはできはしなかった。

 『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』とほぼ同時に土星圏から帰還中の〈じんりゅう〉との連絡がつくと、キルスティはケイジ三曹の女装化計画ゴースト・プロトコルの責任者として、〈じんりゅう〉と連絡を取り合いながら、人類社会のあらゆる情報網内に、アミ一曹が実在して、それが三鷹ケイジ三曹とは全く関係のない別人であるというニセの情報を流すことに尽力する羽目になった。

 もちろん、法と道徳に反する行いである。

 しかし同時に、それが必要であることを誰よりも自覚する人間の一人であったキルスティは、幼い体にムチ打ち、まだピュアだった心をすり減らしながら、必死になってケイジ三曹が〈じんりゅう〉に乗っているという情報を隠蔽し続けた。

 具体的には、〈じんりゅう〉クルーに【ANESYS】を用いて、ケイジ三曹が〈じんりゅう〉に乗っている可能性を削除し、立川アミ一曹なる人物が存在し、〈じんりゅう〉に乗っている……というニセ情報を、人類社会の情報ネットワークに仕込むプログラムを作ってもらい、それを使用したのだ。

 とりあえず現在にいたるまで、キルスティのそうした努力は功を奏していると思われる。

 なにしろあの〈メーティス〉にさえ、真実は露見していないのだ。

 〈メーティス〉が知ってて黙認している可能性もあったが……。

 キルスティその任務は〈じんりゅう〉帰還後も続くことになった。




 …………そのようなわけで、〈じんりゅう〉と共に地球圏に帰還したケイジ三曹が、テューラ司令の前で〈じんりゅう〉正規機関長へ立候補した時は、キルスティは大いに衝撃を受けた。

 ユリノ艦長ら〈じんりゅう〉クルーの気持ちも、ケイジ三曹の気持ちも知ってしまったキルスティは、太陽系スケールの超大作恋愛ドラマのワンシーンにでも居合わせたような気分になると同時に、これまでの苦労の日々が今後も続きそうだと分かり、絶句したのだった。

 そして四か月後、テューラ司令の命令で、地球圏での短期特別育成カリキュラムから帰ってきたケイジ三曹を、再びアミ一曹に化けさせるのはキルスティの任務であった。

 これは絶対に、【ANESYS】適性を持つVS艦隊クルーの仕事じゃないとは何度も思ったが、他に適任者などいなかった。

 〈じんりゅう〉の改修作業と並行しながら、ちょっと見ない間に、また無駄に身体が成長してしまったケイジ三曹に、キルスティは悪態をつきながらバージョンアップした女装セットを用意し、いかに本物の女性らしく見せるかの演技指導まで行った。

 幸い、ケイジ三曹は成長期真っただ中ではあったが、横には伸びず縦に伸びてくれたので、立川アミ一曹は身長が伸びるだけですんだ。

 この頃になると、キルスティはケイジ三曹がなにか女装に関して不平不満をこぼしても、ひと睨みで沈黙させるだけの凄みを体得するにいたっていた。

 そして今…………キルスティの目の前では……キルスティのこれまでの努力の結果がでようとしていた。


「え~っと……テューラ司令、それはいったいどういう……?」

「そのまんまの意味だ」


 ユリノ艦長の「お前たちで…………決めやがれ!」という発言に対する問いに、テューラ司令はやっと言いたいことが言えたと清々したような顔で答えた。

 

「選択肢は三つ!

 絶対にバレちゃならない秘密を抱えてアイツを選ぶか…………。

 機関長は無しでこの先戦うか……。

 そこのキルスティに頼むか……だ!」


 キルスティは盛大に咳込んだ。


「結局のところ、最前線で実際に戦うのはお前たちだ。

 私はお前たちに選択肢を用意した……私がお前たちがどれを選んだとしても妥協できる選択肢をな……」


 テューラ司令はどこか誇らしげに告げた。


「私の立場から、お前たちに上意下達的に私の望む命令をするのは簡単だ。

 だが、これから人類最大のピンチが訪れようって時に、お前たちが望まぬ内容の命令を、お前たちが嫌々従った結果、人類が滅んだらたまったもんじゃない…………。

 だから、誰と何をどう行うかは、実際に行う人間の責任と判断にゆだねることにする。

 安心しろ!

 三択からどれを選んでも、私は全力サポートする覚悟がある。

 というより、今いった三択が、私が全力サポートできるよう用意したものなのだが………………」

「ぇぇぇぇぇぇ…………」


 テューラ司令の告白に、キルスティの隣でアミ一曹が心底驚いていた……というよりドン引きしていた。






 キルスティもアミ一曹とほぼほぼ同じような気分であったが、テューラ司令の目論見を多少を理解できた。

 キルスティも【木星事変】の時に、それなりの葛藤を経験したし、テューラ司令をずっとそばで見てきた。

 最大の疑問は……ならもっと早くその考えを言ってあげれば良いのに……だったが、少なくともケイジ三曹が短期特別育成カリキュラムを立派に乗り越えるまでは、選択肢が確保できない為に言いたくても言えなかったのだろう。

 それでも、私やノォバ・チーフには教えてくれても良いんじゃないかと思ったが、すぐに顔に出る・・・・タイプのチーフと自分に、これ以上バレたらまずいタイプの秘密を教えるのは避けたかったのだろうと思い直した。

 どっちにしろ……ひでえ話であるという印象は変わりないが…………。

 キルスティは、自分も選択肢の中にあること忘れてそう思った。

 そして、テューラ司令は三択などと言ってはいるが、答えなどとっくの昔に出ていると思っているに違いないとも……。

 テューラ司令は選択肢を与えるという体制を整えることで、自分の責任を回避しつつ、ユリノ艦長らの希望を叶えてあげたかっただけなのかもしれない。








『あ~……お前たちぃ? 改修した〈じんりゅう〉の説明の続きを早く終えたいのがだがな……』


 突然頭上から降りかかった声に、メイン・ブリッジ内の一同が顔を上げると、メイン・ブリッジの天井にはめられた窓の向こうに、装甲宇宙服ハードスーツ姿のノォバ・チーフがどことなく寂しそうに膝をついていた。

 ずっとそこから〈リグ=ヴェーダ〉で来るユリノ艦長らに、改装した〈じんりゅう〉の説明をしていたのだ。


『どうせもう答えは出てるんだろ?

 無駄に時間を使わなで、ちゃっちゃと作戦準備を済ませようぜ』


 ブリッジ内の面々にお尻を向けるようにして胡坐をかくと、ノォバ・チーフはウンザリしたように言った。


『ほら、あっちの連中も、お前たちと会うのを楽しみに待ってるだろうしな』


 そうぼやくように言いながら、頭上のノォバ・チーフが指で指し示した左舷方向を見ると、窓の向こうに、インナードックへと入ろうとする二隻の航宙艦が見えた。

 VS‐805〈ナガラジャ〉と同806〈ウィーウィルメック〉だ。


『〈ファブニル〉は増設した実体弾投射砲がかさ張って、こっちのドックにゃ入らないとさ。

 もうすぐVS艦隊クルー大集合だなぁ』


 メイン・ブリッジのいわく言い難い空気など無視して、ノォバ・チーフが集まる〈じんりゅう〉級航宙艦を見ながらしみじみと言った。

 〈じんりゅう〉級が揃うということは、いよいよ【ヘリアデス計画】が実働するということでもある。

 チーフの言う通り、ここで時間をロスしている暇はない。

 キルスティが窓の向こうからユリノ艦長達に視線を戻すと、窓の向こうに気をとられたユリノ艦長よりも、その後ろでもの凄い視線でユリノ艦長らを睨むテューラ司令に気づき震えあがった。

 キルスティは慌てて「早く決めちゃった方が良いですよ!!」と、ユリノ艦長らに目で訴えた。





 その数分後、改修後〈じんりゅう〉の新たな機関長が決まった。



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