第二章『バンド・オブ・シスタース』 ♯4
――〈ウィーウィルメック〉メイン・ブリッジ――
アミの眼前に、盛大な噴射と共にフライバイ・ターンを続ける〈
角ばらせて中央で上下幅の増した全長800m・全高300mほどの大昔の巨大飛行船……その上下に旋回砲塔を設けたのが〈アリゾナ〉級戦艦に対する大まかなアミの印象であった。
〈ステイツ〉が設計の技術供与がなされた〈じんりゅう〉級の建造を保留し、最初に建造した【ANESYS】搭載アリゾナ級改造艦が〈
アリゾナ級では艦首にあったメイン・ブリッジと、その後方に設けられたCIC兼バトル・ブリッジが、船体中央上部にメイン・ブリッジ、その直下にバトル・ブリッジが移動してあるのが最大の特徴でああり、外見から見分けるポイントであった。
黎明期の航宙艦にはよくあった設計であり、良好な目視観測性を求めて艦首に配された〈アリゾナ〉級のメイン・ブリッジ……というより巨大なシャトルのコックピットであったが、実戦ではメリットを上回るレベルで被弾・損傷率率が高く、また艦首UVシールド発生装置と、観測用機器が干渉する弊害が出た為、ブリッジとセンサー・モジュールは艦中央上部へと移動されたのだ。
これにより、艦首はUVシールド発生装置のみにスペースを使用でき、防御力は大いに向上したはずであった。
が、フライバイ・ターンの真っ最中に、突然進路上に現れた直径全長数十メートルの涙滴状物体に正面衝突した場合は、向上した防御力など無意味であった。
現れた涙滴状物体の速度が大したものではなくとも、フライバイ・ターン中の〈
アミの眼前で、〈
それが目視できぬ程の速度で衝突した〈亡命グォイド〉によって生じた穴であることは、今さら誰かに確かめるまでもないことだった。
いったい衝突した〈亡命グォイド〉が、どれくらいのサイズのどんな形の物体なのかは正確には分からなかったが、衝突時の衝撃波は艦首から艦尾までを、装甲に走る目に見える波となって舐めまわし、数百名のクルーのうちの少なくとも艦首付近にいた何割かは、何が起きたのか分かる間もなく即死したはずだった。
爆沈しないのが不思議な程の大ダメージであった。
当然のごとく操るクルーの大半を失い、大ダメージを受けた船体は力なく傾き、フライバイ・ターンの為の噴射を消失させ、エンケラドゥスの重力圏からはじき出されるようにして、殴り込み艦隊本隊の僚艦の間か離れはじめていくのであった。
――その数十秒前――
ジェンコ・ウィンタースをはじめとした〈
思えば自分
〈びゃくりゅう〉や〈じんりゅう〉の活躍によって、直接戦闘をする航宙艦乗りになったのは予想外ではあったが、そのことを幸運と思えども、後悔はしていなかった。
このような事態は予想はしていなかったが、もし仮に事前予測ができていたとしても、この瞬間に下した判断と同じことをしただろう。
それは、〈ステイツ〉では【ANESYS】を
また〈
それら全ての要因が、この結果を生んだのだろう。
エンケラドゥスの影から上昇してきた〈亡命グォイド〉を、穏便に回収する手段など、〈
他の艦も同様だ。
そんな事態は想定のしようもなかったのだから仕方がない。
仮に事前に予想できたとしても、おそろしく技術的難易度の高い所業に違いはなかった。
つまり〈亡命グォイド〉を回収するとしたならば、〈
なんの種も仕掛けも無く、真正面から……。
もちろんそんなことをすれば、〈
少なくとも船体前部の壊滅的破壊と、そこにいるクルーの多くは死を免れないだろう。
だが未来予測能力に特化した【ANESYS】の統合思考体は、その犠牲を受け入れてでも〈亡命グォイド〉を回収することが、良い未来へ通ずると判断した。
だから実行に移した。もちろん可能な限り少ない犠牲に抑えた上で、〈亡命グォイド〉を回収することを。
確証は無い、ただ未知数故の可能性に賭けたギャンブルであった。
船体中央のバトル・ブリッジもまた犠牲は免れない。が、選ぶことはできた。
全員は助からない、また助けることはできない。
可能な限り【ANESYS】を維持せねばならないからだ。
だからバトル・ブリッジから逃がせられるのは二人だけだった。
二人だけならば、座席ごと上昇させることでメイン・ブリッジへと避難させることができる。
そして誰を避難させるべきかは、論理的判断によりすぐに決まった。
一人は艦長のクラリッサ・ファーミガ中佐、我々のリーダーにして、母か姉のような存在だ。
当人は激しく嫌がるかもしれないが、彼女には生き延びて、これまでの経験値を今後のSSDFで活かしてもらわねばならない。
むしろ誰か死ぬならまず自分を選べと言うかもしれないが、今後の人類の為にもっとも生き残るべきなのは、経験値を積み、希少であり代えのきかない彼女のような立場の人間だ。
もう一人は、第二副長のキャスリン・グリッソム少佐だ。
クルー最年少の若干15才にも関わらず〈
第一副長たるジェンコ・ウィンタースも各条件的にキャスリンとは大差なかったが、艦の指揮から艦長と副長が両方同時にいなくなるのはまずい。
なによりもクラリッサとキャスリン二人の座席は、その位置的に極めてわずかな差ではあったが、最も早くメイン・ブリッジへ上昇させることができた。
だから〈亡命グォイド〉の〈
もちろん残る自分たちとて、助かることができるならばそれを選びたかった。
だがその選択肢は存在せず、選べるのは最悪に近い状況の中のベターだけであった。
だからこれしか無かった…………気がかりだったのは、残された二人が、この選択を許してくれるかどうか……そしてこの出来事から無事立ち直ってくれるかどうかだったが……そこまで気を配る余裕はさすがに無かった。
――〈
前方の窓の彼方に、減速噴射と思しき輝きを見た直後だった。
座席の下面から、骨盤が砕けるかと思う程の尋常ではない衝撃が襲ったかと思うと、はじき上げられた肉体がシートベルトによって強引にシートに引き戻され、キャスリンは食い込んだベルトで鎖骨が折れたかもと恐怖した。
続いてメイン・ブリッジ内のあらゆるビュワーを赤く染めながら、ありとあらゆる警告アラートがけたたましく響き渡った。
だが下手クソな口笛のようなガスが抜ける音と共に、そのアラート音は音が遠ざかるかのように急激に消えていった。
減圧によってメイン・ブリッジ内が急激に真空になっていったからだ。
つまり先刻の衝撃で、メイン・ブリッジの船殻のどこかしらに穴が開いていたのだ。
同時にキャスリンの頭部を、ベスト状に折り畳まれていたヘルメットが緊急展開して包み込み、真空から彼女の命を守った。
ここまできて、あまりにも唐突な【ANESYS】の目覚めから、ようやく思考を再開することができたキャスリンは、この一連のカタストロフの原因を思い出した。
つまり今何が起きたのかが分かった。
〈亡命グォイド〉が〈
それもバトル・ブリッジがあった位置にだ。
キャスリンはメイン・ブリッジの床全体がわずかに盛り上がり、床板のパネルに開いたわずかな隙間から、白く目に見える形で内部のガスが漏出しているのに気づいた。
直下のバトル・ブリッジが減圧している証だ。
キャスリンはそこから先を考えるのを止めようと試みた。
怖くてたまらなくなったからだ。
今この下には、ついさっきまで共に【ANESYS】で繋がってた約
だからはやく救出せねば…………。
気が付くとキャスリンはシートベルトを外し、メイン・ブリッジの床に這いつくばると、他のクルーの座席が昇ってくるはずだった位置のハッチをこじ開けようと、狂ったようにハッチの縁に手を指をひっかけてこじ開けようと試み続けた。
ヘルメットのバイザーの内側に、こぼれた涙が溜まり、俯いていたキャスリンの視界を歪ませる。
もちろん、歪んだハッチを人力でこじ開けることなど不可能だった。
たとえ歪んでいなくとも、バトル・ブリッジが危険な状態であった場合、ハッチは被害拡大防止の為に自動的にロックされてしまう。
だが、それでもキャスリンは、グローブの中で指先の爪が欠けるのも構わずハッチを開けようとし続けた。
そうしなければ心が壊れると自覚しているが故の、心の防御反応だったのかもしれない。
それを後ろからギュッと抱きしめて止める者がいた。
ハッ振り返るキャスリンの視線の先で、クラリッサ艦長の頬にもまた、大粒の涙が伝っていた。
言葉など交わさなくとも、艦長の気持ちが自分と同じであることくらいキャスリンにも分かった。
約20名もの、まだ10代の若き少女達の人生が、こんな悲しい結末であって許されるのか、現実を受け入れることができなかった。
たった二人だけで生き残らされたとして、これからどうしろというのか?
そんなキャスリンの問いに答えるかのように、クラリッサ艦長が、必死に溢れ出そうな嗚咽を堪えながら、キャスリンの身体を抱きしめ続けた。
いったいどれくらいそうしていたのか…………無為な数秒間が経過し、バトル・ブリッジからのガスの漏出が完全に止まった頃……何かに気づいたクラリッサ艦長が、ふと震える指でビュワーの一つを指し示した。
彼女の言わんとしていることはすぐに分かった。
〈
船体前半部のそこかしこで、バイタル途絶を現わすクルーのマークが表示されている。
艦首から突入した〈仮称・亡命グォイド〉オブジェクトは、船体中央まで達してようやく静止していた。
本来であれば船体を貫通していても不思議では無かったが、〈亡命グォイド〉が接触寸前まで逆噴射をかけてくれたお陰で、衝突時の相対速度が抑えられていたからのようだった。
船体中央まで達した〈亡命グォイド〉は、そこにある主電算室とバトルブリッジを三分の一ほど押しつぶした状態で止まっていた。
バトル・ブリッジと、さらにその下にある主電算室には、八名のブリッジ・クルーの他、【ANESYS】の思考統合限界時間を延長する為の
〈
その【ANESYS】適正者たる少女達のバイタル情報もまた、赤くなったマークで表示されていた。
…………確かにそのはずだった。
完全に潰されたわけではなく、たとえ容積的にまだ余裕があったとしても、〈亡命グォイド〉の衝突はバトルブリッジと電算室にいたクルーに対し、即死不可避のカタストロフを与えたことは間違いないはずであった。
だが、キャスリンがクラリッサ艦長に促されて再び見つめたコンディション・パネル上では、赤一色しかなかったはずのクルーのバイタル途絶マークが、いつの間にか薄黄色にまで変化していたのだ。
それどころか、停止していた一部の船体機能が勝手に再起動を始めていた。
艦尾にまだいるであろう生存していたクルーが行った可能性もあったが、キャスリンはすぐに別の可能性に行きついた。
まだ……いや再び【ANESYS】が起動しだしたのだ。
キャスリンはクラリッサ艦長と共に、再び〈
――〈ウィーウィルメック〉メイン・ブリッジ――
驚いたことにアミの眼前で、ホロ投影された瀕死の〈
巨大な砲門のような大穴が艦首に開けられてはいたものの、その穴は艦尾の推進ブロックまで貫通はしてはいなかったのだ。
いったい誰が操艦しているのか、〈
アミはその噴射光が星の光に紛れて分からなくなるまで、見送り続けた。
そこから先は、少なからずアミも知っていた。
このエンケラドゥス・ターンを無事終えて、最終的に内太陽系人類圏への帰還を果たせたのは、土星圏殴り込み艦隊本隊の内の4割にも満たなかった。
未帰還の艦の多くが、〈ステイツ〉が供出したSSDF第二艦隊・〈ゴルゴネイオン〉の艦艇だった。
この人類史に残る大敗が、直後に開始された第四次グォイド大規模侵攻の切っ掛けになったというのが、人類社会一般での認識である。
一連の出来事で多くを失った人々には、責任を土星圏グォイド本拠地攻撃作戦を強行した〈ステイツ〉に求める者の少なくなかった。
が、アミは……つまりケイジは、一刻も早くグォイドの脅威を排除したいという〈ステイツ〉の判断も、理解できなくはない方であった。
まさかその陰で、〈亡命グォイド〉なる者との遭遇があったとは想像もしなかったが…………。
そしてその〈亡命グォイド〉が、それから約6年後の今、どこでどうしているのか……ケイジはもう訊くまでもなかった。
ケイジは思わず自分が掛けているメイン・ブリッジ第二副長席の床を見た。
思えば、この艦〈ウィーウィルメック〉に案内された時に、船体中心部を通らず、艦尾へ大回りしてからここメイン・ブリッジへと連れてこられた時に…………いや、この艦が〈じんりゅう〉に比して、長い船体であることそれ自体によって、すでにヒントは出されていたのだ。
『もう察しがついているようだねアミ一曹、だいたいその通りだ。
内太陽系人類圏へと帰還を果たした〈
アミの眼前に、いずこかの航宙艦ドックに収容されたボロボロの〈
『だが私という存在と意思疎通を行うには、【ANESYS】が必要であり、また、どこかの拠点……惑星や衛星上のSSDF基地で私を研究することは、どうしてもはらむ潜在的危険を捨てることはできなかった。
なにしろ私は〈亡命グォイド〉とはいえ、人類を滅ぼさんとする敵・グォイドの一種だ。
トロイの木馬として、未知の手段で侵入した人類の拠点に対し、懐の内から破壊工作を目論んでいる可能性を、捨てきることは不可能だった。
だから【ANESYS】搭載の航宙艦で、人類の拠点に被害を与えることが無い宇宙空間で、私を研究調査することが理想と考えられた。
だが、〈
アミの見守る中、〈
外装、各種UVキャパシタ、コンジット、ブロック化されたモジュール類、船体を支えるフレームの数々の奥に、〈
だがそれは、見えたと思った瞬間、新たな部材に包まれはじめ、すぐに覆い隠されていった。
そして新たに〈
『この時、〈
だから新しい艦は、私を包むようにして建造された。
新しい艦の設計には困らなかった。
特別であることが特別ではなく、建造が保留された【ANESYS】搭載艦の設計が、すでに〈ステイツ〉に技術供与されていたからだ』
アミの眼前で、航宙艦ドックに収容されていたはずの艦が、つい先刻、船外からじっくり観察したはずの、蒼く細長いシュモクザメのような姿の航宙艦へと生まれ変わっていた。
『さて…………少々長いフラッシュ・バックになってしまったな。
ここまでが我々の出会いの思い出だ。
〈じんりゅう〉の方でも少し問題が生じているようだし、そろそろ本題に入ろう』
そう告げる声と共に、アミの眼前の光景がホワイトアウトすると、一人の女性が背を向けて立っていた。
アミはそれが誰か見た瞬間、察しがついていた。
『はじめました立川アミ一曹。
お察しの通り、私はこの艦のクルーの思考と、エンケラドゥスで回収された〈亡命グォイド〉の思考、さらに君らが木星で回収したオリジナルUVDとを【ANESYS】を用いることで繋げた統合思考体……〈ウィーウィルメック〉の
そう言いながら、彼女は振り向いた。
「な!? おかしいだろ?」
「ん~言われてみればそうかもだけど…………でもでも、今のケイ……じゃなかったアミ一曹は……ホラ、色々と付け足したり隠したり色々と面倒な状態じゃない?
だからいつもと勝手が違うから戸惑ってるだけってことはない?」
「う~む、確かにその可能性は大いにあるが……フォムフォムはどう思う?」
「…………フォムフォム………………フォムフォム」
小声でのクィンティルラの問いに対しフォムフォムはそう呟いたが、その“フォムフォム”がどういう意味の“フォムフォム”なのか、今回は微妙なニュアンス過ぎて、バディたるクィンティルラでも上手く言語化できなかった。
何故なら彼女は、先刻の戦利品たるチョコバーをすでに口一杯に頬張って、証拠隠滅作戦を慣行していたからである。
体格に準じた胃を持ち、昼食前でもチョコバーの一本や二本、軽く納められるキャパシティを有する彼女だからこそできるマニューバである。
クィンティルラは
――〈じんりゅう〉食堂内厨房――
割烹着をまとったケイジもといアミ一槽は、クィンティルラらと食堂入り口で出くわした後、どこかギクシャクとした足取りで厨房に入り、昼食の支度を黙々と開始した。
常駐している調理用ヒューボットが一緒に働いていることもあるが、一応は調理事態は順調のようであった。
見る限りどうやら昼はショーガヤキらしい。
が、同時に明らかに作業と作業の合間に謎の間隔があった。
そのまま作業がストップするのか……というところで調理は再開されるのだが、食堂と厨房の境のカウンター部から中を除くクィンティルラ三人は、彼……彼女の動きが気になって仕方がなかった。
もっとも、気になる最大の理由は、先刻目撃されたチョコバーの無断回収について、アミ一曹が何も言わなかったことだ。
具体的に言うならば、このことについてはユリノ艦長サヲリ副長にはどうかご内密に願えるのかどうか……についてである。
三人が祈るように見つめる視線に、とうのアミはさすがに気づいた。
「…………」「…………」「…………」
不自然でなんとなく気まずい間が流れ、数秒経った後、アミはクィンティルラ達三人の視線と表情に何がしかの意味を見出したのか、グッと意図不明のサムズアップをすると、再び調理に戻っていった。
三人は謎の疲労感と共に脱力する他なかった。
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