ユピティック・ペーパーズ《木星文書》②木星UV《ユピティ》キャノン

    ◇チャプター3・木星UVユピティキャノン


 木星大赤班の直下、ガス雲深深度でナマコ・グォイドと戦っていた頃……。

 VS‐805〈ナガラジャ〉もまた、慣性ステルス航法をもちいて、木星へと侵入を試みる新たなグォイドの迎撃を行っていた。

 今回襲来してきた敵集団は、ナマコ・グォイドだけでは無かった。 細長い船体を無数に束ねたような、巨大かつ歪な円筒状の新たなグォイドが木星への侵入を試みてきたのである。

 〈ナガラジャ〉の【ANESYS】は、この巨大新型グォイドを〈リバイアサン・グォイド〉と命名した。

 この時、〈ナガラジャ〉の戦力ではこれを沈めることはできず、木星ガス雲への潜航を許してしまった。

 〈ナガラジャ〉を責めることはできない。

 まだ第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦から半年しか経過しておらず、彼女らの元には必要な増援がほとんど来なかったのだ。

 そしてなによりも、シードピラー並みの巨体であり、またおそろしく硬かった巨大新型グォイド〈リバイアサン・グォイド〉を、初見で撃破することなど不可能であった。






 そして、その〈リバイアサン・グォイド〉をとり逃したばかりの〈ナガラジャ〉に、木星ガス雲から脱出した私達の乗る昇電DSは回収された。

 世間のごく一部では、この直後に〈ナガラジャ〉が病院船〈ワンダービート〉に接舷し、乗船していた航宙士の一人を拉致した……という噂がまことしやかに流れているが、これは真実ではない。

 〈ナガラジャ〉が〈ワンダービート〉に接舷したのは事実ではあるが……、これは〈ワンダービート〉から医療品の一部を補充するのが目的であったことを、ここに記しておく。

 その目的以外で、〈ナガラジャ〉が〈ワンダービート〉に接舷した事実無い。






【新たな巨大新型グォイド〈リバイアサン・グォイド〉の出現と潜航】


【木星オリジナルUVDを回収した〈じんりゅう〉のロスト】


 木星上空作戦指揮所MCへと到着した私の報告と、これらの新展開を受け、問題解決の為、|木星上空作戦指揮所MCではすぐさま次の行動が開始された。


 一つはグォイドの真の企みを暴くこと。

 グォイドの目的が木星の恒星化では無いことは、この段階で間違いないと思われていた。

 根拠は多々あるが、これから恒星化するはずの木星に、〈リバイアサン・グォイド〉他のグォイドが、次々と襲来するのは理屈に合わない――などが理由だ。

 グォイドは恒星化の後に来れば良いのであって、恒星化の前に来たことで、我々SSDFにオリジナルUVDを奪われ、それを阻止されたのでは意味が無さ過ぎる。

 だが、ではいったいグォイドの企みは何なのかについては、まだ見当もつかなかった。


 もう一つはもちろん〈じんりゅう〉の救出である。

 クルー達の救出は当然であったが、主機関と艦尾とに、二つもオリジナルUVDを保持している〈じんりゅう〉を、そのまま見捨てるなどという選択肢は無かった。

 もちろん容易い所業ではない。だがこれについては、比較的すぐに対応策が決まった。

 すべきことが明確であり、実行可能な選択肢がごく限られていたからだ。

 木星上空の現地修理用・技術支援艦〈ヘファイストス〉内にあった予備の大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルを主機関にし、〈ナガラジャ〉用に製作中であったUVシールド・コンバーターを耐圧UVシールド発生装置に流用、コックピットにガス雲深深度から脱出してきた昇電を流用することで、〈じんりゅう〉のいるガス雲深深度まで潜航可能な艦を最短時間で作り上げ、それを用いて〈じんりゅう〉に新たなUVシールド・コンバーターを届けるのだ。

 〈じんりゅう〉にはそのUVシールド・コンバーターで耐圧能力を復活させ、再浮上を試みてもらう。

 技術支援艦〈ヘファイストス〉内には、各種大小サイズの|マテリアル・プリンターがあり、7割のパーツがすでに出来上がっている状態からならば、二日で木星ガス雲深深度潜航艦を作ることも不可能ではなかった。

 そのプランは可及的速やかに進められた。










 一方、ガス雲深深度2300キロにあると思われる低気圧空間に一縷の望みをかけて潜航した〈じんりゅう〉は、難を逃れるのと同時に驚くべき空間にたどり着いていた。

 内径約4000キロのチューブが、木星赤道直下を一周する円周43万キロの謎の円環状真空空間へと進入を果たしていたのである。

 (※以後の〈じんりゅう〉の行動に関する記述は、すべて〈じんりゅう〉から送られてきた行動記録データを元にしている)

 それは約460個ものオリジナルUVDと同質素材でできたと思しき直径4000キロのリング状超巨大物体が、円環状に並んで展開する一種のUVフィールドによって形成されていた。

 それは人類がこれまで信じてきた太陽系史と、人類の将来にかかわる重大な発見であったが、当事者たる〈じんりゅう〉クルーの彼女たちは、目の前の状況を受け入れ、対処するだけで精いっぱいであった。

 〈じんりゅう〉クルーはこれを【ザ・トーラス円環】と呼称することにした。

 この超巨大円環状真空空間が、オリジナルUVDを生み出したのと同じ存在により、人為的に作りだされたことは明らかであった。

 では、一体この空間が何を目的としているのか?

 その答えは、すぐに知ることができた。

 【ザ・トーラス円環】内に強大な磁力が働いており、それが生み出すローレンツ力の一種により、〈じんりゅう〉が円環内を加速し始めたのだ。

 この現象から、【ザ・トーラス】が一種の超巨大|円環状加速装置シンクロトロンであると結論づけるしかなかった。

 そして大赤班が赤道上に移動したのは、大赤班をシンクロトロンによって加速したものの射出口にする為であると推測された。

 つまり、木星はいつの間にか超巨大な電磁加速砲となったのだ。

 では一体何を発射する砲なのか? という疑問も、程なく答を得た。

 直径3000キロ、月サイズの小惑星が【ザ・トーラス】内を周回加速しながら〈じんりゅう〉の前に現れたのだ。

 そしてその小惑星の正面には、拡大を続けるグォイド・スフィアが展開されていた。

 この事実から、【ザ・トーラス】は月サイズの小惑星を弾体として発射する惑星間レールガンとして使われることがほぼ確定すると同時に、木星に襲来したグォイドの真の企みも推定することができた。

 月サイズの弾体が、レールガンの速度で地球などの人類圏の惑星に発射されたならば、人類にそれを阻止する術などなく、しかもその小惑星はすでにグォイド・スフィア化が進行している。

 これはグォイドの生産拠点が、そのまま超高速で内太陽系人類圏に侵攻するのと同義であった。

 もし実行されてしまった場合は、その時点で人類の敗北が決定されるといっても過言ではなかった。

 それこそがグォイドの狙いなのだ。

 ならば、発射直前直後のグォイド・スフィア弾を、木星圏のSSDFが外部木星から攻撃すれば良いという考えも当然あった。

 だが、それが容易では無いことを、グォイド・スフィア弾観測中の〈じんりゅう〉は目撃することとなった。

 【ザ・トーラス】は、グォイド・スフィア弾を発射する実体弾投射砲としてだけでなく、超巨大なUVキャノンとして使用可能だと推測されたのだ。

 この事態に対し、〈じんりゅう〉にできることはほぼ無かった。

 〈じんりゅう〉は己のサバイバルさえ危うい立場なのだ。

 当然ながら目の前で進行中の人類の危機を、木星上空作戦指揮所MCへ知らせる術など無かった。

 だがその時、〈じんりゅう〉船内に予期せぬゲストが闖入していたことが判明し、〈じんりゅう〉クルーはそれどころでは無くなった。





 結果から言えば、船内に侵入していたのは、超ダウンバースト襲来時に、〈じんりゅう〉を軌道エレベーターの残骸に案内し、その身を盾にして何故か守ってくれた木星産グォイドであった。

 その木星産グォイドは超ダウンバーストの盾となったことで大いに体積を減らしたものの、実は自由自在に姿かたちを変えられる不定形生命体であったために、それで死にいたることはなく、〈じんりゅう〉の艦尾上部格納庫に入り込んでいたのだ。

 しかし最も驚いたのは、その事実では無い。

 木星産のグォイドと思われたその不定形な生命体が、人語を介する知性があり、さらにとてもとても友好的だったことだ。

 




 サティと名乗ったその不定形知的生命体が、己の出自をより詳しく語ったところによれば、彼女は科学者である父のスィン・ヌニエル博士により、木星オリジナルUVDに付着していた起源グォイド細胞と、亡くなった博士の娘サティの遺伝子的情報を掛け合わせて培養した結果、木星ガス雲深深度環境に適応し、UVエネルギーを主食とする不定形知的生命体となったのだという。

(※にわかには信じがたい情報が続くが、サティに関する情報の全ては、他の【ザ・トーラス】内での出来事の情報同様、全てサートゥルヌス計画開始前の〈じんりゅう〉から送られてきた作戦ログから描いてる。

 〈じんりゅう〉以外でサティと接触、観測した者はいない。

 つまりサティや【ザ・トーラス】内部の描写については、〈じんりゅう〉クルーらの主観が混じっている可能性があることを留意されたい。だがもちろん、彼女達が伝えたことがそのものズバリの事実である可能性もあり、筆者はそう信じてここに記すこととする)

 彼女は父たるドクター・スィンにより、巷で人気のアニメ『VS』を見せられるなどの教育を受けた結果、人類に対し有効的な……というかおそろしく人懐っこい性格の少女のようなメンタリティーを獲得したようであった。

 そしてたちまち〈じんりゅう〉クルーとの友好関係を築いたサティは、〈じんりゅう〉の窮地を知ると、自分で何か出来ることがあるならばと援助を申し出た。

 【ザ・トーラス】内にあって、木星上空作戦指揮所MCとは完全に断絶されていた〈じんりゅう〉であったが、木星ガス雲深深度に住まうサティがいるならば、是非とも協力して欲しいことはあった。





 常識的手段では、ガス雲深度2300キロにある【ザ・トーラス】内部から、木星上空作戦指揮所MCへ通信を行うことなど、到底不可能であった。

 だが、サティの協力があれば話は別であった。

 今回の木星ガス雲潜航に備え、艦尾に装備していた【曳航式センサーブイ(耐圧通信デヴァイス)】を、サティによって【ザ・トーラス】の大赤班直下部分に、巻き付くようにして沈降していた軌道エレベーター〈ファウンテン〉の残骸に接続してもらうことで、軌道エレベーターの長大な残骸が木星の表層と【ザ・トーラス】を結ぶ通信ケーブル代わりとなり、再び木星上空作戦指揮所MCとの通信が可能となったのだ。

 が、遅かった。

 〈じんりゅう〉艦長ユリノ中佐が、ようやく木星上空を飛ぶVS‐805〈ナガラジャ〉との通信に成功し、グォイドの企みを伝えようとしたまさにその時、【ザ・トーラス】内を加速中のグォイド・スフィア弾の正面から、突如巨大なUVエネルギーの光の柱が発せられたかと思うと、それは【ザ・トーラス】を周回することでさらに加速し、大赤班の直下から木星の外へと放たれていったのだ。

 〈じんりゅう〉クルーは、放たれたUVエネルギーの束が、何かを狙い放たれたものであることを悟り、絶望したのだという









 その数時間前――。

 木星上空作戦指揮所MCでは、〈じんりゅう〉が消えた木星の赤道直下深深度に、強力な磁場を発生させている円環状の巨大真空空間……つまり【ザ・トーラス】が存在し、それが巨大な惑星間クラスのレールガンであるという可能性に独自に達していた。

 優秀なSSDFの航宙士が、木星の外部からの観察と、様々な状況証拠から、そのように推察したのである。

 大赤班が完全に赤道上空に移動し、すり鉢状にへこみ、巨大な穴となっだこと。

 〈ナガラジャ〉が逃した〈リバイアサン・グォイド〉がその中心部上空に現れ、巨大な円柱状から、直径約百キロの王冠のようなリング状に変形したことなど、【ザ・トーラス】内にいた〈じんりゅう〉が知りえぬ情報が根拠となり、木星上空作戦指揮所MCでも〈じんりゅう〉と同様の結論に至ることができたのだ。

 もちろん、たどり着いた答は、非常に信じがたい事実を物語っていた。

 だが、同時に導き出された可能性は、木星圏と人類全体の破滅の危機をも示していた。

 疑い悩むことに費やすことが許される時間は無かった。

 だから木星上空作戦指揮所MCは、その状況からすべき行動に、即座に移ることにしたのであった。

 巨大な穴となった大赤班中心部に浮かぶ〈リバイアサン・グォイド〉監視中の〈ナガラジャ〉の元に、突如〈じんりゅう〉からの通信が届いたその時、大赤班に開いた穴の奥底から、膨大なUVエネルギーの光の束が放たれたかと思うと、それはリング状となった〈リバイアサン・グォイド〉を通過する際に、僅かにその方向を偏向させ、SSDFガニメデ基地〈第一アヴァロン〉がある空間を貫いた。





 本来であれば、木星大赤班より放たれた超ド級のUVキャノン――すなわち木星UVユピティキャノンは、そこに住まう数万人の航宙士ごと、〈第一アヴァロン〉を蒸発させていたことだろう。

 だがそうはならなかった。

 大赤班から放たれる超ド級UVキャノンが、リング状となった〈リバイアサン・グォイド〉によって偏向され、木星圏のSSDF施設を狙い撃つ可能性に行きついたテューラ司令の統べる木星上空作戦指揮所MCは、直ちに〈第一アヴァロン〉を始めとしたSSDF施設の避難をSSDF第四艦隊・木星防衛艦隊〈ベル・マルドゥク〉司令部に具申。

 同艦隊司令部はもちろん当初は半信半疑ではあったものの、グォイド行動予測プログラムの追認を受け、避難を決定した。

 木星圏全体にちらばるSSDFの移動可能な施設と艦艇は、速やかに人名優先で木星のガリレオ四大衛星の影に避難を開始し、動かすことのできない施設は、そこで囮代わりの光源となることで、ついに発射された木星大赤班よりの超ド級UVキャノンの砲撃を引き付け、敵に目標の撃破を擬装した。

 結果的に木星圏のSSDFは、移動せせられなかった艦艇・施設・物資に多大な被害を受けたものの、人的被害は皆無に抑えることができたのであった。






 こうして〈じんりゅう〉クルーからの警告を受けるまでもなく、木星圏SSDFは、惑星間レールガンと変容した木星からのUVキャノンの第一次攻撃を辛くも切り抜けた。

 だが、事態の深刻性に変わりは無かった。

 木星UVユピティキャノンと名付けられた大赤班よりの超ド級UVキャノンは健在であり、それは〈リバイアサン・グォイド〉によって偏向されることで、木星圏の南北を除くほぼ全体を射程圏に納めていた。

 ガリレオ四大衛星の影に避難したSSDF勢力が無事だったのは、四大衛星を木星UVユピティキャノンで破壊してしまうと、破片が後のグォイド・スフィア弾発射時の障害物になるからに過ぎなかった。

 大赤班の中心に〈リバイアサン・グォイド〉が健在である限り、グォイド・スフィア弾の発射を外部から阻止しようにも、近づくことすらままならない。

 人類がこの危機を脱するには、まず〈リバイアサン・グォイド〉の撃破から始めねばならなかった。

 ナマコ・グォイドの追跡と撃破として始まった作戦は、木星圏SSDF全体を巻き込んだ、大規模作戦へと否応もなく移行してった。





 結果的に苦労して実現した〈じんりゅう〉の通信による警告は、結果的に意味は無かった。

 が、無駄ではなかった。

 通信が繋がっているうちに、木星上空作戦指揮所MCから〈じんりゅう〉に伝えたいことはあったからだ。

 木星上空作戦指揮所MCでは、〈じんりゅう〉救出のために木星深深度雲海潜航艦を急造中であり、それが完成する三〇時間後まで【ザ・トーラス】内でグォイド・スフィア弾を監視しつつ待機するよう伝えた。

 〈じんりゅう〉クルーは、そんなことが可能なのか半信半疑であったが、残された通信可能時間を使い、【ANESYS】を用いて【ザ・トーラス】内でのサティとの遭遇などを含む全記録を瞬時に圧縮データ化し、木星上空作戦指揮所MCに伝えると、再び通信は途切れた。





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