▼第七章  『土星(圏最果て)の人』 ♯1

 ――〈じんりゅう〉墜落2分前、脱出ポッド前通路――――。


 通路内は真空にされていたにも関わらず、ケイジは背後にトゥルーパー超小型・グォイドの気配を勝手に感じながら、まず先行したシズ大尉が開けて潜りぬけた〈じんりゅう〉側のハッチを通り、狭く短い下り坂となった通路を転げ落ちるようにして脱出ポッド側のハッチ二枚を潜り抜けると、ポッド内の床にぶつかって止まった。

 ケイジは先に入っていたおシズ大尉を押しつぶしてしまいはしなかったかとヒヤヒヤしたが、幸いにも彼女はケイジの背後で座席にすでに座り、シートベルトを装着済みであった。


「ハッチ閉鎖!」


 ボイスコマンドで〈じんりゅう〉側と脱出ポッド側の全ハッチを閉めつつ、ケイジすぐさまおシズ大尉と向い側の席に着き、五点式ベルトを締めた。

 ポッド内は円柱型をしており、座席はその壁に内向きに据え付けられているわけだが、脱出ポッド自体は〈じんりゅう〉船体に斜めに傾いて接続されているうえに、ポッド自体には人工重力は働いていない為、加速中の〈じんりゅう〉のGがポッド内の艦尾方向に働いていた。

 この状況下でシートベルトもせず、座席にも座らずにいたら、脱出ポッド射出と同時にポッド内を跳ねまわることになるだろう。

 そうなったらおシズ大尉も自分も無事では済まない。

 だからケイジは焦れながらも座席に座り、大急ぎでシートベルトを装着した上で叫んだ。


「こちらケイジ、おシズ大尉と共に脱出ポッドに到着! 離艦準備完了!」


 そう報告した途端に、カウントダウンもなく脱出ポッドが射出され、ケイジは襲いきたGに身体がつぶれるかと思った。







 計四基搭載された〈じんりゅう〉の脱出ポッドは、防御とクルーのアクセスの良さの見地から中央船体両舷上下の装甲内の納められていた。

 その為、ケイジらの乗った左舷下部脱出ポッドは、まず蓋となっている装甲をパージ緊急切り離しした上で射出され、そして自由落下を開始した。

 ノォバ・チーフは〈じんりゅう〉級用の中型脱出ポッドを開発する際に“起きるかもしれないことには、それが僅かな可能性であっても出来る限り備えておく”の信念のもと、惑星や衛星等の重力下で使用される場合も想定しておいた。

 が、それはやはり容易なことではなかった。

 ポッドに搭載されたAIは、起動した瞬間から、いかにして己の使用者たる人間を守るかに注力を開始した。

 そして自分が【ザ・ウォール】などという奇怪な場所にて使用されたことを認識し、一瞬機械なりに驚いたが、すぐにこの環境下で考えうる最善策の実行を開始した。

 地球や火星で使用される場合は、その大気圏で減速することができるが、大気を持たないそれ以外の惑星、衛星ではその方法は使えない。

 【ザ・ウォール】のアウター外側ウォールに落下する場合も同じであった。

 故に今回の場合、使える手段はただひたすら燃焼型ロケットを噴射させることで、落下速度を遅くすることだけであった。

 高さと幅が同寸の角の丸い八角柱のような姿をした脱出ポッドには、その周囲に使い捨て小型ロケットブースターが八基、ポッド下方にノズルを向けて取り付けられていた。

 そのロケットブースターをポッドの中心を挟んで二基ずつ点火し、推力軸が重心を貫くように配慮しつつ、噴射の反作用で落下速度の減速を試みる。

 人造UVDもUVキャパシタも積んでいない脱出ポッド搭載のロケットブースターの噴射時間は有限であり、すぐさま燃料を使い切り、空になったロケットブースターが切り離され、すぐ次のロケットブースターの噴射が開始された。

 真空重力下に安全に着陸するには、この有限な噴射力しかもたないロケットブースターにまず頼るしかない。

 最大で四回までしか行えないこのロケット噴射による減速が、最終落下時の衝撃を内部にいる使用者の肉体的耐久力で賄える範囲に抑えられなければ、もう何をどうしようとも無駄であった。

 が、ポッドAIは化学燃料ロケット噴射四回分で、ギリギリではあるが脱出ポッドの最終落下速度を、中の人間が耐えられる範囲に抑えられると判断していた。

 ポッド射出時のアウター外側ウォールからの〈じんりゅう〉の高度が、ある程度事前に配慮されているからかもしれないとポッドAIは思ったが、すぐにそのことは忘れた。

 射出時に〈じんりゅう〉から前進エネルギーを受け取っていた脱出ポッドは、前進速度は真空故に維持されたまま、ポッドAIの判断により、もっとも減速効率の良いタイミングで途切れることなく四回のロケット噴射を繰り返し、落下速度を減じながらアウター外側ウォールの表面へと斜めに落下していく。

 だが四回目のロケット噴射は、脱出ポッドがアウター外側ウォールからの高度100mの高さで途切れた。

 全ての減速用ロケットブースターを使い果たした脱出ポッドは、再び加速しながらアウター外側ウォール表面へと落下してゆく。

 もちろん常識的に考えれば、この高度から自由落下して中の人間が助かろうはずが無かった。

 だがノォバ・チーフは脱出ポッドに最後の“奥の手”を用意しておいた。






 ロケットブースターを使いきった脱出ポッドは、その時点で〈じんりゅう〉射出時の前進速度を維持したまま、おおよそ100メートルの高度から自由落下するのと同じ状況となった。

 これでもロケット噴射をしなかった場合に比べれば、大きく減速がなされていたのだが、それでもこのまま落下すれば、中の人間が助からないことは必至であった。

 この事態に対し、ポッド搭載AIは即座にポッド底面から、分厚い円盤状の物体を着陸予想地点に向け発射した。

 その物体自体はミサイルのような噴射による自己誘導機能を用いて微調整を行ないながら、ポッドが落下する数秒前に、正確にポッドが落下する予定のアウター外側ウォール表面の特定地点やや手前に落下した。

 そしてまるで爆発したかのような勢いで白い泡を噴出させた。

 補修用速乾充填剤ムースと同種の素材でできたそれは、宇宙船に開いた穴を埋める為に硬化するわけではなく、発砲を続けながらスポンジケーキのように膨張し、たちまち全高50m程の、後方に長い巨大なピラミッドのような形になって固まった。

 緊急発砲緩衝剤製のアブソーバ・クッションとなったそのピラミッド形性の直後に、正面から脱出ポッドは突っ込んだ。




「ふにゅぅああぁぁああああああぁあああ~!」


 という尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴が聞こえた。

 脱出ポッド内に猫はいないので、聞こえて来るのは目の前のおシズ大尉の悲鳴に違いない。

 そうケイジは判断した。

 僅かだが自分自身が発していた悲鳴という可能性もあるにはあるが……。

 脱出ポッド射出時の衝撃で、身体がつぶれるか頭がもげるかというような衝撃が加わったかと思うと、次に自由落下の不快な感覚が襲いかかって来た。

 彼女の悲鳴にはその時に気づいた。

 0G感覚ならば、宇宙で暮していれば日頃から体験していそうなものであったが、おシズ大尉は違ったのかもしれない。

 自分だって、OGには多少慣れていても自由落下となれば話は別だった。

 宇宙を漂っている時は0Gを感じても危険があるというわけではないが、自由落下による浮遊には確実な危険が伴う。

 それはたいていの場合、何かに落下衝突する運命を伴っているのだから。

 ケイジは必死にこの脱出ポッドの仕様書の内容を思い出そうとしたが、恐怖でそれどころではなかった。

 だからポッドの搭載AIが、いかにしてケイジ達の安全な着陸を目指しているのかは皆目分からなかった。

 仮に知っていたとしても、味わう恐怖に違いはなかったかもしれないが。

 それにケイジは、脱出ポッド射出時の〈じんりゅう〉のアウター外側ウォールからの高度は知らなかった。

 知らなかった故に、いつアウター外側ウォール表面に落下激突するかという予測ができず、それ故の恐怖に泣きそうになった。

 そんなところに四度もロケットブースター天下による衝撃と減速Gが加わり、ケイジは四回も死んだ! ……と思ってはま死んでない!? ……と気づくことを繰り返し、精神的に疲弊していった。

 そして五度目の衝撃が彼を襲った。




 アウター外側ウォール表面に形成されたピラミッドに、正面斜め上方から突っ込んだ脱出ポッドは、まるでミサイルが命中したかのように、盛大にスポンジ状の発砲緩衝剤を爆発させまき散らしながら内部を突き進んだ。

 その過程で発砲緩衝剤は、自らの弾力でポッドの慣性を抑えきれなくなると、今度は自ら破壊され、あるいは気化することで運動エネルギーを奪い去り、脱出ポッドから落下速度を恐ろしく乱暴に奪い取って行った。

 そして尻尾のように伸びたピラミッドの後方先端から飛び出し、アウター外側ウォールの表面に接触する寸前、脱出ポッドは駄目押しでポッド全周に装備されていたエアバックを展張させた。

 上下左右斜め、すべての方向に計18基展張したエアバックにより、ほぼ球体となった脱出ポッドは、空気の抜けかけたボールのように、地味に弾みながらアウター外側ウォールへの着陸を果たした。

 が、〈じんりゅう〉より受け取った前進する運動エネルギーは特に失われていなかった為、脱出ポッドは上空を通過していった〈じんりゅう〉を追いかけるようにして、エアバックからガスを漏出させながら延々と転がり続けた。

 …………時速数百キロで前進する運動エネルギーを使い果たすまで。






 ――その数分後……。


 すごく恐ろしい夢を見ていた気がする……。

 ケイジは誰かに肩を揺さぶられて目を覚ましたが、すぐに瞼は上げなかった。

 土星圏グォイド本拠地に向かった〈じんりゅう〉が、奇っ怪な謎の巨大壁に墜落し、クルーが全員脱出する羽目になる……そんな夢を見ていた気がしたからだ。

 一瞬、瞼を上げてしまったら、それが現実になってしまう気がして怖かった。

 だが、いずれにせよいつかは目覚めなければならない。

 ケイジは記憶の中の出来事が、夢か幻である可能性を願いながら目を開けた。

 が、やはりそこは脱出ポッドの中であった。

 記憶通りの光景であり、夢でも幻でもない。

 だが幸いなことに、永遠に続くかと思われた回転運動は終わっているらしかった。

 その視界内に、おシズ大尉の顔がヘルメット越しにぬっと現れ、ケイジはぎょっとした。


「……起きてます…………起きますとも…………起きましたから!」


 ケイジは目覚めても肩を揺さぶり続けるおシズ大尉の手をつかもうとすると、シズ大尉はビクっとしてケイジから離れた。

 その拍子に、僅かに傾いていた脱出ポッドの床がぐらりと水平になり、彼女はまた「にゃ」と呻きながら尻餅をついた。


「だ! 大丈夫ですか大尉?」


 ケイジがが慌ててシートベルトを外して駆け寄ろうとすると、彼女はそれを手で制した。

 どうやら大丈夫と言いたいらしい。

 脱出ポッドがぐらりと傾いたのは、ポッドの下にあったエアバックから空気が抜けせいらしい。

 ケイジは脱出ポッドの内壁四方向に四カ所だけある窓が、ガスの抜けたエアバックで覆われていたことからそう推察し、座席から立ち上がろうとしたところで、自分もまた急な目まいに襲われてへたり込んだ。

 どうやらかなり三半規管がまいっているらしい。

 どれくらい気絶していたのかはまだ分からないが、エアバックに包まれ延々とで回転し続ける脱出ポッド内に自分達はいたのだ。

 遠心分離機の中にいたような気分に耐えきれず、ケイジは気を失ったことを思いだした。

 おシズ大尉も、まだ三半規管が本調子で無いに違いない。

 だがそれはそれとして、ケイジは気になっていることがあった。


「あの……大尉ひょっとして……声……………………………出なくなっちゃ

ったんですか?」


 ケイジは訊こうと思っていたことを、今勢いに任せて尋ねた。

 電算室で救出してから今まで、短い時間かもしれなかったが悲鳴以外の彼女の声を聞いた覚えが無い。

 女子相手にデリケートな話をするのは大の苦手だったが、いつかは訊かねばならぬと考え今尋ねたわけだが、その答えは原因を含めて、わざわざ訊かなくても分かっていたようなものだった。

 狭いエレベーターシャフト内で、動けなくなったところをトゥルーパー超小型・グォイドに出くわしたら自分だってそうなるかもしれない。

 幸い救出は間に合ったが、助かるまでは生きた心地がしなかったことだろう。

 その時のショック彼女は声が出なくなったのではないだろうか?

 おジズ大尉はケイジの問いに、何か声を出そうと試みたようだったが、やはり声が出ないらしく、やや恥ずかしげに一度だけ大きく頷くことで答えた。


「どっか怪我とかはしてませんか? 軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツのセンサーから何か警告は? もう個人携帯端末SPADのアプリで健康状態は調べました?」


 ケイジの問いに、おシズ大尉は床にぺたん座ったまま、まず顔を横に振り、次に大きく頷いた。

 そして取りだした個人携帯端末SPADに恐ろしい速度で文字を打ち込むと、ケイジに画面を見せた。


 ――どうやら心因性の発声障のなようなのです。声を出し方を忘れてしまった感じです。ですがそれ以外に肉体的な怪我や後遺症はありません、問題無し、御心配なく。ケイジ三曹は?――


「…………」


 ケイジは声を出せない割に雄弁な文書に、しばし呆気にとられた。

 思ったよりも平気そうだ。

 彼女には悪いが、むしろ状況から言ったら、声が出ないだけ済んだのは幸いと言えるかもしれない。


「俺は……大丈夫みたいです……多分」


 ケイジはとりあえず尋ねられたことに返答した。

 アドレナリンのせいで怪我をしていても自覚症状が無い可能性もあったが、装甲宇宙服ハードスーツのセンサーが知らせてこないということは、三半規管を除き、実際に大した怪我はしていないのだろう。

 ケイジはその事実を確認したことで、今さらながら身体が震えだし、思わず座席に寄りかかった。


「…………ともかく生きてます……」


 ケイジはなんとかそう締めくくった。

 が、まだこの事実を受け入れられたかは自分でも怪しかった。

 〈じんりゅう〉を襲った災厄の数々も、今ここでこうして無事でいる事実も……。

 気がつくとおシズ大尉に顔を覗きこまれていて、彼女の方に心配されている始末だった。


「だ、大丈夫です! 俺なら! ……それより……これからすべきことを……」


 ケイジはおシズ大尉にそう声をかける一方で、自分らが次にすべきことを脳内でリストアップした。

 そしてそれらを実行すべき、あるいは実行可能な順番に並べ替えようとしたところで、おシズ大尉に再び個人携帯端末SPADを突きつけられた。

 そこにはすでにケイジが思いついたことと同等の行動予定リストが書かれていた。



★これからすべき行動★

・脱出した〈じんりゅう〉クルー及び〈じんりゅう〉と連絡をとる。

アウター外側ウォール上を移動し脱出したクルーらと合流する。

・着陸した〈じんりゅう〉へと向い、サヲリ副長とフィニィと合流する。

・全員で“例の場所”に向い、グォイドの目論みを粉砕する!



「……分かりました……大尉」


 ケイジは突きつけられた個人携帯端末SPADを読み終えるとシズ大尉に向って答えた。

 そして思った。

 やっぱり意外と元気そうじゃん……と。

 それと最後の一行は漠然とし過ぎな気がしたが……。

 それ以外は是が非でも達成せねばならないとケイジも思った。

 彼女達にもう会えないだなんて絶対嫌だったし、再会が叶わなくば、自分らはここで緩慢な死を迎えるしかなくなる。

 そう決意したところで、ケイジはおシズ大尉が見せている個人携帯端末SPADがふるふると震えていることに気づいた。


「あ、あの……ちょ、ちょっと画面が見――」


 そこまで言いかけたところで、ケイジはやっと個人携帯端末SPADをもつ彼女の肩自体も、目で見て分かる程に震えていることに気づいた。

 ケイジはここまできてようやく、己の愚かさと察しの悪さに気づいた。


「あ、あの……え~と……」


 だがケイジは、激しさを増して震えて行くおシズ大尉を前に、狼狽するしかなかった。

 おシズ大尉は、雄弁に個人携帯端末SPADで言いたいことを伝えて来るが、文章を打つ過程でフィルターにかけられた意思表示に過ぎず、やはり自分と同じかそれ以上に、怖く不安なのだ。

 なにしろ声が出なくなってしまった程なのだ。

 そもそも、こんな小さな女の子が、こんなめにあって平気なわけが無いのだ。

 こういう時、自分はどうしたら良いのだろうか?

 ケイジは必死に考え、ある程度答えが出せたが……はたしてそれを自分が行って良いかは迷うところだった。

 なにしろ自分はキルスティ・プロトコルでも厳命されていたように、一応は男なのだから……。

 ケイジはしばしの間、猛烈に迷ったあげく個人携帯端末SPADを持つ彼女の手を、自分の手で包んだ。


「あ……あのおシズ大尉……大丈夫ですから! 心配しないでください! みんなもきっと無事ですから! …………必ずまた会えますから!」


 ケイジは自分の願望とごっちゃになりながらそう告げると、手を握られたおシズ大尉の肩の震えがますます激しくなったので、さらにうろたえた。


「だから! 自分が大尉を守りますから! 絶対に! だか――」


 そこまで言ったところで、おシズ大尉はケイジの腕の中に体当たりするかのうよに飛び込んできた。

 そしてそのまま両腕をケイジの背中に回し、くっついて離れなくなった。

 彼女が声を出せないまま泣いていることくらい、さすがびケイジにも分かった。


「必ず……俺があなたをみんなの所に連れていきますから……だから……」


 ケイジは彼女の背中を出来るたけ優しくさするよう心掛けながら、自分へ誓うように言おうとして、声が続かなかった。

 ケイジは自分もまた、彼女と同じくらい怖く不安で、泣きそうだったことをようやく認めた。

 ケイジはその事実をおシズ大尉に気づかれないよう、顔を上に向けて声を殺しながら泣いた。

 数々の窮地を共に乗り越え、いつの間にか我が家のように感じていた〈じんりゅう〉が沈んだ……。

 いつの間にか家族にように思っていたクルー達とは離れ離れに……。

 そしてここは敵地のど真ん中であり、救援は見込めない……。

 

 ――誓っていたのに……! ――


 ケイジはサートゥルヌス計画が決まった時から……いや、再び〈じんりゅう〉に乗りこんだ時から、自分に固く誓っていたことを思い出していた。

 自分が彼女達と〈じんりゅう〉を守る、と。

 少なくともその為に出来る限りのことをすると。

 ……なのに、その内〈じんりゅう〉を守るという誓いは守れなかった。

 しかし、まだ守れる誓いはある…………。

 男子たるもの、涙をたやすく見せるものでは無いはずだったが、今はそれくらい許して欲しかった。

 そして経験上、下手に我慢するよりも思いっきり泣いた後の方が、もっとちゃんと動ける気がしたのだ。

 それに、ケイジはこんな状況になっていても、自分でも不思議なくらいに信じることが出来ていた。

 “例の場所”に皆で行けばなんとかなると。

 それは皆と〈じんりゅう〉とオリジナルUVDが導き出した答なのだから。

 数分後、ケイジはどっこらしょと立ちあがると、まだ達成可能な“彼女達を守る”という誓いを守るべく、次の行動を開始することにした。

 不安も恐怖も消え去ったわけでは無かったが、行動している間は、それらを忘れられそうだった。






 おシズ大尉の出したすべきこと項目の最初にあった“脱出した〈じんりゅう〉クルーと連絡をとる”は、思いのほかすんなりと達成できた。

 上向きに弧を描いたアウター外側ウォール上では惑星上と違い、地平線の彼方に連絡する相手が隠れるということがない。

 だから脱出ポッドから“例の場所”に着陸した〈じんりゅう〉までは遮るものが無く、脱出ポッドからは〈じんりゅう〉から離艦したシャトルが肉眼で確認することができた。

 〈じんりゅう〉とユリノ艦長が乗った緊急脱出ボートは、さらにその先にいるはずであったが、それはさすがに肉眼では見えなかった。

 とりあえずここが敵地であることを考え、傍受される恐れのある一般無線での通信は控え、ケイジがレーザー通信装置の受信パラボラをシャトルの方角に向けると、あっさりとシャトルにいるカオルコ少佐との通信を確保することは出来た。

 彼女もケイジと同じ考えに達し、レーザー通信ですでに呼びかけていたのだ。

 ケイジはおシズ大尉とハイタッチして喜んだ。

 そしてカオルコ少佐との交信により、彼女の他にルジーナ中尉の無事を確認することができた。

 だが良いニュースだけでは無かった。

 カオルコ少佐からは、当初はシャトルで脱出ポッド組を迎えにいくつもりだったのだが、シャトルが燃料を使い切り移動不可能となった旨をすまなそうに伝えられた。

 是非も無く、ケイジら生命維持に必要な物資サプライを持ち、脱出ポッドから徒歩でシャトルへ向かうこととなった。

 他に選択肢は無かった。

 シャトルまでの距離は優に100キロ以上はあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る