▼第六章  『クラッシュ・ランディング』 ♯4


 ――〈じんりゅう〉メイン目視観測・ブリッジ――


[ナギャえrpmぺrせpろ!!!!!!!]

「ひゃあっ!」


 急に背後でエクスプリカが意味不明な声を発し、操舵堪を握っていたフィニィは飛び上がりそうになった。

 ただでさえΩプロトコル実行の為に慎重な操舵が求められていて、しかも直下のバトル・ブリッジにはトゥルーパー超小型・グォイドがいて、いつ昇って来ないとも限らないのだ。


「なに? 何事エクスプリカ!? ……………………エクスプリカ?」


 フィニィが何度呼んでも、エクスプリカからの反応は無かった。


「副長! エクスプリカが何もしゃべらなくなっちゃったんですけど、何故か分かりますか!?

 ……………………副長? ……サヲリ副長?」


 返事が返って来ないのはエクスプリカだけでは無かった。


「そ…………そんなぁ…………」


 一瞬、泣きそうになってしまう。

 一体何が原因でこうなったのか分からないが、いくら自ら進んで選んだ道とはいえ、一人ぼっちでこれからΩプロトコルをやり遂げるのは心細過ぎる。

 さらに突然船体が勝手に傾き出し、フィニィは「わわわわ」と慌てながら修正を試みたが〈じんりゅう〉の船体はそれまでが嘘のように舵の効きが悪くなっていた。


「ちょ……エクスプリカぁ……エクスプリカってば~!」


 本格的に泣きそうになって来たところで、幸いにも返事はあった。


[アーアー、チェックチェック、システムチェック1・2・3、再起動ヲ確認……]

「あのエクス……」

[スマナイふぃにぃ、驚カセタナ]

「ああ良かった! エクスプリカ、まったく何があったのさ!?」


 何事も無かったかのように再び喋りだしたエクスプリカに、フィニィは当然の疑問をぶつけた。


[悪イ知ラセダ。電算室ノ〈じんりゅう〉めいん・こんぴゅーたガ破壊サレタ。侵入シタとぅるーぱー《超小型》・ぐぉいどノ仕業ト思ワレル]

「なんですと…………」

[さぶこんぴゅーたニ機能ヲ移シテハイルガ、基本的ニコレニヨリ先ノ本艦ノこんとろーるハまにゅあるデ行ワネバナラント思ッテクレ]

「Oh……NOwww……次から次へと……」

[めいんこんぴゅーた破壊時ノしょっくガ俺ニモ伝達シテ来タガ、ナントカ再起動ニ成功シタ……ダガ俺単独ノ性能デハ、正直大シタ操舵ノ補助ニハナラナイダロウ]

「サヲリ副長は!?」

[副長ハ無事ダ、ダガ彼女ガ使ッテイタBMIブレイン・マシン・インターフェイスモ、めいんこんぴゅーたノ破壊デ使用不可能ニナッタ。ダカラ副長トノ会話ハシバラク無理ダゾ]

「Oh……my…………」


 フィニィは思わず下品な言葉でこのクソッたれな運命を罵りたくなった。

 Ωプロトコルの存在実行の必要性についてのユリノ艦長の判断に異論は無く、むしろ支持していたくらいであったが、だからといって自分らが死ぬことを進んで受け入れたいと思っているわけではなかった。

 フィニィは勝算があって、自ら艦に残る選択をしたつもりだったが、今はちょっとだけ後悔しはじめていた。


[ふぃにぃ、主砲発射ト推進部分離ノたいみんぐガ迫ッテイルゾ!]

「分かってるってば!」


 フィニィは勝手に傾こうとする船体を無理矢理ねじ伏せながら、ヒステリック気味に答えた。

 すでに〈じんりゅう〉はアウター外側ウォール側に降下しつつ秒速1000キロのUV潮流に後押しされ加速、下方のアウター外側ウォール内壁の速度を越える速度に達し“例の場所”に向かっている。

 その“例の場所”に辿り着きつつ、グォイドの手にオリジナルUVDが渡らないよう投棄するΩプロトコル達成の為、ユリノ艦長の素案を元に、主砲で開けたアウター外側ウォール内壁の穴にオリジナルUVDを艦尾推進部ごと投棄し、なおかつ残った〈じんりゅう〉船体前半を残った艦首ベクタードの推力で“例の場所”に辿り着けるギリギリの速度・位置・タイミングがすでに導き出されていた。

 そのタイミングまで〈じんりゅう〉をひたすら加速させ、タイミングの到来と同時に〈じんりゅう〉はアウター外側ウォール壁面に有効射程ギリギリの距離から主砲を一斉射、その直前にクルーらは各々の脱出手段で艦を離れることになっていた。

 今すぐクルーらを脱出させないのは、あとで着陸した〈じんりゅう〉のなるべく近くに降りる為だ。

 今脱出してしまうと、〈じんりゅう〉から遠く離れて落ちてしまい、合流が困難になってしまう。

 逆に言えば、そのタイミング以降での脱出は回避すべきであった。

 分離予定の艦尾下部格納にいるシャトルはもちろんだが、緊急脱出ボートと脱出ポッドも、おそろしくタフな着陸になると予想される〈じんりゅう〉船体前半にいつまでも残っているわけにもいかない。

 〈じんりゅう〉船体前半は“着陸”をするつもりであったが、同時にオリジナルUVDの確実な投棄を目指す関係上、とてもクリティカルな操舵になることは避けられず、正直なところ、助かる確率に賭けるギャンブラーはいないだろう……とフィニィは思っていた。


「…………まったく!」

[……ふぃにぃヨ……何ガオカシインダ?]

「え……なんだって?」

[サッキカラ凄ク…………にやにやシテタゾ]

「…………」


 メイン・ブリッジ奥にいるエクスプリカにそう指摘されて、フィニィはあわてて顔で撫でて確認しようとして、ヘルメットに邪魔されて失敗した。


「……そんなぁ……まっさかぁ……」


 フィニィはエクスプリカの言葉を一笑に付した。

 まさかこのタイミングで、自分とクルーと下手すると全人類の命運をかけた一世一代の操艦に、ニヤニヤする人間なんているわけないだろう、と。


「エクスプリカ!? 主砲は撃てるんだよね? 主砲発射用意!」


 フィニィは目の前の任務達成に集中することにした。

「みんな! 間も無く離艦タイミングになる! シャトル、緊急脱出ボートおよび脱出ポッドは離艦に備えて!」


 フィニィは確立がどうあれ、再びクルー皆が顔を揃えられることを信じた。









「………ックショォゥ!! すぐ電池切れになると思ったのにぃ~!!」


 ケイジは自分の予測が外れたことに憤りながら、持っていたアサルトライフルをトゥルーパー超小型・グォイドに向けてぶっ放した。

 が、フルオートで撃たれた弾丸は、無数の火花と共にことごとく装甲で弾かれ、軽くトゥルーパー超小型・グォイドひるませるくらいの効果しかなかった。

 訓練で受けた絶対にセミオートで撃てという指示を無視してしまったが、訓練では撃つ対象がグォイドとは想定していなかっただろうから問題あるまい……とケイジは思ってフルオートで撃ったのだが、ケイジは少し後悔した。

 かといって一発ずつ撃って有効打を与えられるとも思えなかったが……。


 ――〈じんりゅう〉主電算室前通路――。


 エレベーターシャフトを無理矢理通って主電算室へと降り立ったをトゥルーパー超小型・グォイドは、ケイジのトータス母艦・グォイドから切り離せばすぐにエネルギー切れを起こすという予測を裏切って動き続け、猛烈な勢いで室内の〈じんりゅう〉メインコンピュータの筐体をその鋭い脚部で破壊しながら電算室出口へと向かった。

 そしてその電算室出口のすぐ外では、ケイジ達が足止めをくらっていた。

 ケイジ達はすぐさま電算室を離れたいとは思っていたが、そうもいかなかったのだ。

 クルーの居住区がある〈じんりゅう〉船体中心部は、当然1気圧に与圧されており、トゥルーパー超小型・グォイドの侵入によって真空となった電算室からはおいそれとは出られないのだ。

 より正確に言えば、電算室の一つ外の隔壁の外に出られなかった。

 今すぐ電算室の一つ外の隔壁を開けようものなら、その奥の一気圧空気が吹き出し、ケイジとおシズを背後から迫るトゥルーパー超小型・グォイドにむかって吹き飛ばされることになるだろう。

 ケイジは電算室に入った時と同じように、電算室の入り口と、その外の通路の隔壁を締め、そこをエアロック代わりにして退出しようとしたが、それはあまりにも時間のかかり過ぎる所業であった。

 電算室から出るなり背後のハッチを締め、前の隔壁との間に空気を満たした上で、前方の隔壁を開けるのが常識的手順だったが、そんな悠長なことをしている場合ではなかった。

 既に背後の電算室出口の隔壁の裏側にはトゥルーパー超小型・グォイドが到着し、猛烈な勢いで隔壁を切り刻み、ひん曲げ、破壊して外に出ようとしていた。


『みんな! 間も無く離艦タイミングになる! シャトル、緊急脱出ボートおよび脱出ポッドは離艦に備えて!』


 焦るケイジのヘルメットに、ブリッジからフィニィ少佐の艦内通信が響いた。

 ケイジは心の内でフィニィ少佐に「そんなことは分かってますともっ!」と焦りながら答えると、エクスプリカに命じた。


「エクスプリカ! ここから左舷下部脱出ポッドまでの通路を全部減圧してくれ!」


 目の前の隔壁を通過したあとも、気圧差問題で手間どるくらいなら、目的地まで真空にした方が早いと判断した。

 どうせ他のクルーが通りかかる心配はない。

 直ちにエクスプリカが指示にしたがってケイジ達の進路上の通路の減圧を始める。

 しかしトゥルーパー超小型・グォイドは減圧終了まで待ってはくれなかった。

 ケイジ達の背後で電算室の隔壁から、とうとうトゥルーパー超小型・グォイドがそのシュレッダーのような頭部をのぞかせはじめたのだ。

 ケイジは即判断した。


「おシズ大尉、俺に掴まって!」


 ケイジは通路の壁にある水平ラッタルに掴まると、いまだに一言も口を開かない彼女に告げた。

 そして彼女が両手で自分にしっかり抱きついたのを確認すると、迫るトゥルーパー超小型・グォイドとは反対側の、前方隔壁を緊急解放させた。

 当然、減圧されていない隔壁の向こうから猛烈な勢いで空気が飛び出してくる。

 しかし、ここでトゥルーパー超小型・グォイドが来るまで待って切り刻まれるよりはマシだった。

 それに、隔壁の向こうは緊急減圧が途中まで進んでおり、意外と風の勢いは強く無い。

 ケイジは装甲宇宙服ハードスーツで強化された握力で、なんとかラッタルに掴まりつづけることができた。

 その間、もちろんしがみつくおシズ大尉は離さない。

 ほぼ一瞬で隔壁の向こうと電算室側の気圧が均等化し、吹き出る風が止んだ。


「移動しますおシズ大尉!」


 ケイジは彼女の手をとって走りだした。

 隔壁の外側には出られたが、背後のトゥルーパー超小型・グォイドの脅威が無くなったわけでは無かった。

 他に獲物が無かったのか、元からそういう本能なのか、はたまた単に通路の先に自分達がたまたまいただけなのか、トゥルーパー超小型・グォイドは逃げるケイジ達を猛然と追いかけてきた。

 通路の狭さで悪戦苦闘しているが、脱出ポッドまでの距離を考えると安心はできない。

 電算室から目的の脱出ポッドまでは対して離れてはいなかった。

 ケイジ達が脱出ポッドに辿り着けても、離艦前にトゥルーパー超小型・グォイドに追いつかれ、脱出ポッドを破壊されたら困るどころじゃない。


「大尉! 先に脱出ポッドへ向かって下さい!」


 ケイジは脱出ポッドの入り口が見えると、そう告げておシズ大尉の手を離し、振り返ってトゥルーパー超小型・グォイドに向けて背負っていたアサルトライフルを構えた。

 時間稼ぎにしかならないかもしれないがが、幸いトゥルーパー超小型・グォイドを倒す必要があるわけではなかった。


「………ックショォゥ!! すぐ電池切れになると思ったのにぃ~!!」


 こうしてケイジは人生で二度目の実弾射撃にいたった。

 結果は…………ケイジの見る限りトゥルーパー超小型・グォイドを怒らせただけだった。

 1マガジン分の弾を食らったトゥルーパー超小型・グォイドは、進行を遅くするどころかより滅茶苦茶に暴れながらケイジに迫って来た。

 ケイジは慌ててマガジンを交換し、射撃を再開しようとしたが、それよりもトゥルーパー超小型・グォイドの迫る速度の方が早かった。


 ――これはヤバイかも…………――


 思わ硬直し、動けなくなるケイジ。

 そんな彼を、情け容赦なくトゥルーパー超小型・グォイドが突進し覆いかぶさろうとした正にその瞬間、ケイジの背後から何か黒く巨大な塊のようなものがトゥルーパー超小型・グォイドに投げつけられた。

 その物体は、柔らかく薄く広いようだったが、真空中であった為に空気抵抗を一切受けず、巨大な不定形のシルエットのままトゥルーパー超小型・グォイドに被さり、そして絡まった。

 トゥルーパー超小型・グォイドの鋭い脚部や頭部は、容易くその黒い塊を突き破ったが、彼のグォイドは穴を開け引き裂くことはできても、その物体を引き剥がすことはできなかった。

 例えばワニという生物は、顎を閉じる力は凄まじく獲物を噛み砕くことに長けていても、顎を開ける力は弱く、輪ゴム一本で封じることが出来るように……。

 あるいは手を持たない動物の頭に袋を被せたら、手で掴んで取ることができないように……。

 トゥルーパー超小型・グォイドは被さってきた黒い塊…………黒いゴスロリドレスを取り払うことが出来なかった。

 そして必死に取り払おうとして取り払えないまま、ますます絡まり、トゥルーパー超小型・グォイドは大暴れしつつ通路の壁に身体をぶつけながらケイジ達から遠ざかっていった。

 尻餅をついていたケイジがようやく背後を振り返ると、そこには軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツ姿となったおシズ大尉が、投擲フォームのまま固まってた。

 ケイジは猛烈な感謝と彼女の頼もしさに一瞬胸が一杯になったが、それはそれとして、すぐに立ちあがり硬直している彼女の手をとって脱出ポッドに飛びこむと、ブリッジに向かって叫んだ。


「こちらケイジ、おシズ大尉と共に脱出ポッドに到着! 離艦準備完了!」


 ケイジ達がようやく脱出ポッドにたどり着けたことに安堵する間も無く、ケイジが報告するなり即Ωプロトコルは実行された。

 ケイジはほんの一瞬、もし自分らの脱出ポッドへの到着があとわずかでも遅れたら、Ωプロトコル・マニューバの実行は少し待っててもらえただろうか? とふと考えたが、次の瞬間訪れたGにそれどころではなくなった。

 カウントダウンも無しに、脱出ポッドが射出されたのだ。







 その瞬間――艦尾下部格納庫内のシャトル・コックピット内で操縦桿を握っていたカオルコは、隣に座るルジーナと共にシャトルの離艦の時を迎えていた。


「ルジーナ、覚悟は良いか!?」

「全然!」


 カオルコは震えている割に元気一杯に答えたコ・パイロットの答えに、もっとも生存率の高いシャトルに、結局自分とルジーナしか搭乗できなかったことへの憤りを一瞬忘れて頬を緩めた。

 タイミングの到来と同時にシャトルを掴んでいたアームが開き、観音開きとなった格納庫の床の発艦口からシャトルが投下される。

 〈じんりゅう〉艦尾底部から飛び出るなり、〈じんりゅう〉はシャトルを追い越しはじめた。

 〈じんりゅう〉の推力の方が圧倒的に勝っている為だ。

 視線を僅かに〈じんりゅう〉下方から左へ移すと、ケイジらの乗った脱出ポッドが、船体中央左舷下部の装甲を弾き飛ばパージして射出されるのが確認できた。

 視認は不可能だが、シャトルの反対側の〈じんりゅう〉船体上部センサーセイルからは、ユリノとミユミの乗った緊急脱出ボートが離艦しているはずであった。

 その証拠に、全3機の離艦を確認した〈じんりゅう〉が、前方に向かって艦首側全四基の主砲の一斉射撃を行なった。

 有効射程ギリギリの距離から最大出力で放たれた眩きUVエネルギーの束は、視認はできなかったが、半瞬遅れてアウター外側ウォールに命中し、そこに大穴を開けたはずであった。

 その穴にオリジナルUVDを投棄すべく、〈じんりゅう〉はすぐさま艦尾推進部を強制切り離しパージするはずであった。

 補助エンジンナセルの前方、艦尾側主砲搭との境界部分で強制分離用爆薬が点火し、ぐるりと船体周囲を火花が一周し艦尾推進部を強制的に切断すると、艦尾推進部分は分離させれる…………はずであった。


「なんだとぉ!?」


 数秒の経過で、カオルコが異常と判断するのに充分だった。

 何故かは分からないが、爆薬が点火したにも関わらず、〈じんりゅう〉の前半船体と艦尾推進部は繋がったままであった。

 原因は皆目分からないが、分離は失敗したのだ。


「この期に及んで……いったい何事なんだ……」

「少佐! 前!」


 カオルコの疑問と驚きは、ルジーナの叫び声によって立ち切られた。

 ルジーナが指さした方向、今しがた出てきたばかりの〈じんりゅう〉艦尾下部格納庫の表面に、黒い粒のような物が這いまわっていたかと思うと、ふわりと艦表面から離れ、〈じんりゅう〉後方のシャトルへと流されてきたのだ。

 黒い粒だったものが漂うように接近してくるにつれ、その正体はすぐに分かった。

 見まごうはずもなかった。


「あれって……まさか……」


 ルジーナか夢か幻を疑うかのように呟いた。

 だがカオルコには自分の目を疑う時間すら許されなかった。


トゥルーパー超小型・グォイドだ~っ!!」


 叫びながら慌ててシャトルを回避させようとする。

 だが遅かった。

 シャトルの右主翼のドスンという衝撃が加わったかと思うと、シャトルは大きくバランスを崩しコントロールを失った。









「分離………………しない!?」


 ユリノは思わずパイロット席から身を乗り出した。

 分厚い紙飛行機……あるいは縁を薄くしたような形の〈じんりゅう〉上部センサーセイルの裏側から、支持アームに乗せられ艦尾上方に射出された緊急脱出ボートは、すぐに降下を開始しつつ〈じんりゅう〉後方へと引き離されていった。

 だが主砲の発射直後に行われるはずだった艦尾推進部の分離が、切り離し用爆薬の点火がなされたにも関わらず何故か行われなかったことは、操縦席席にいるユリノ達からもよく見ることができた。


「脱出ボートから〈じんりゅう〉へ! 状況知らせ! 〈じんりゅう〉何が起きたの!?」

[〈じんりゅう〉ヨリゆりのヨ、〈じんりゅう〉ハ推進部ノ分離ニ失敗シタ、原因ハ不明ダ。コレヨリ〈じんりゅう〉ハΩぷろとこるノ遂行ヲ断念、現状ノママ着陸ヲ試ミル]

「な…………んですって……」


 ユリノは他に言葉が出てこなかった。

 何故そんなことが起きたのか、起きたことにどう対処すべきか……思いつくことも無く無力であり、なにより緊急脱出ボートで降下中である自分達がそれどころではなかった。

 【ザ・ウォール】はUVエネルギーの疑似重力によって形成されており、緊急脱出ボートはアウター外側ウォールの発する1G重力によって引っ張られ、猛烈な速度で降下をしているのだ。

 正直なところ極めて難易度の高い着陸が待っている。

 一応緊急脱出ボートは重力下への着陸は想定はされてるが、月等の無大気惑星での降下は、クッションになるものが無い為、難易度が著しく跳ねあがるのだ。

 さらに問題がもう一つあった。


「ユリノ艦長…………」


 ミユミが不安気に呼びかけた。

 緊急脱出ボートの降下速度がどんどん増してゆき、コックピットのキャノピーの向こうで、〈じんりゅう〉のシルエットが視界上方へと小さくなっていったからだろう。

 それともう一つ、彼女は面と向かっては言わなかったが、ユリノの緊急脱出ボートの操縦技術を心配していることは明らかであった。

 いかに航宙艦操舵資格を持っているとはいえ、なにしろユリノが実戦で何かを操縦するのはこれが初めてであり、これまでの訓練で操舵を担った時のあり様は、ミユミも充分に知っている。

 緊急脱出ボートはただでさえ難易度の高い着陸を、もっとも頼りにならなパイロットによって行わねばならないのであった。






『ちょちょちょちょちょ~っ! エクスプリカ~ッ!』

[分カッテイル落チ着ケ! 艦ノこんとろーるニ集中シロ!]


 サティはパニック寸前のフィニィ少佐とエクスプリカのそんな会話を、艦内通信を通じて艦中央格納庫で聞いていた。

 トゥルーパー超小型・グォイドからの主機関室防衛が終わり、艦尾推進部分離が決まった段階で、サティはここにいるよう指示されていたのだ。

 艦尾推進部分離の為の爆薬の点火は、サティのいる位置からでも確認できた。

 だからサティ、は何故か艦尾推進部が離れていかない段階で『ワタクシが押してみましょうかぁ?』と尋ねた上で、艦尾推進部を己の肉体で押して見たのだが、推進ブロックはビクともしなかった。

 分離失敗からまだ30秒も経っていないが、すでにΩプロトコル・マニューバを断念せざるを得ないと判断するしかないらしい。


[さてぃヨ、ソッチデ何カ分カラナイカ?]

『なぜ後ろの方が分離しないのかはわかりませ~ん。でも、主機関室でオリジナルUVDが滅茶苦茶点滅してましたよ~』

[…………]


 サティは主機関室に伸ばした触腕で見たままを答えたが、エクスプリカの返事がすぐに返って来ないということは、よほどショックなことを答えてしまったようだった。

 さらにサティは見たままを答えた。


『それからぁ……ここから見える範囲では、艦の後ろ繋いでいる骨組みは、爆破した後も全然くっついたままですよぉ』

[ナンダッテ?]

『はい。塗装が剥がれて鏡みたいな色が剥き出しになってますが、爆破で切断するはずだった艦の骨組みは傷一つありませんよぉ』


 サティはさらにそう答えたが、エクスプリカからはヴーンという電子音しか返って来なかった。

 どうやらかなり重大な事を言ってしまったのかもしれない。

 サティは自分の返答が〈じんりゅう〉クルーの助けとなっていることを願った。

 サティはこれまでの【ザ・ウォール】での状況の推移に対し、なるべく邪魔をせず、言われたことのみを行なうよう心掛けてきた。

 自分は〈じんりゅう〉に間借りしてる身なのだからだ。

 が、事がここに至るにあたり、彼女はついさっき緊急脱出ボートで脱出することが決まってしまったユリノ艦長から、強くお願いされた事を思い出していた。

 その実行の為に、サティは精一杯努力するつもりでいた。

 たとえ〈じんりゅう〉がどんなに乱暴に墜落しようとも、不定形生物の自分が死ぬ事態はありそうにないが、他のクルーはそうはいかないだろう。

 ならば、自分がすべきことは一つだ。

 最初に侵入したトゥルーパー超小型・グォイドの排除が終わり、〈じんりゅう〉からクルーが脱出することが決まった時、一瞬自分の存在が皆から忘れられてはしないかと不安になったサティは、勇気を出して尋ねたのだった。

『あの……皆さん……お話し中すいませ~ん…………ワタクシはいかがしましょうか』と。


「サ……サティ!?……サティは~え~っとあなたは……え~」


 緊急脱出ボートに移動したユリノ艦長は、やっぱりサティの存在を一時忘れていたようにも見受けられたが、悩み驚いた上でやがて答えてくれた。


「サティ、もしあなたに着陸する〈じんりゅう〉に最後まで残ってもらえるなら、お願いがあるの……」

『大丈夫ですよ~、〈じんりゅう〉が落っこちるのは残念ですが、ワタクシはそれくらいではなんともないので、最後まで残れます! 何でも言って下さい!』


 サティはエッヘンとばかりに答えた。


「だったら…………だったらお願い、艦に残るフィニィとサヲリを守って。あなたの出来る範囲であなたのやり方でかまわないわ、ともかく彼女達を守ってもらえる?」

『は~い、お任せ下さ~い』


 サティはユリノ艦長の真剣な願いに、そう答えたのだった。








「ちっくしょう! もう! こ~なったらやってやるぅ!」


 フィニィは半ばヤケクソで叫ぶと、〈じんりゅう〉の艦首ベクタードを真下に向けつつ、何故か分離せず、今も使用可能な艦尾推進部のメイン・サブのスラスターを全開にした。

 UVエネルギーや操作系のコンジットやケーブル類も、失敗した分離用の爆破で切断されているはずだったが、動いてくれるなら文句は無かった。

 本来、艦尾推進部が分離されることを前提に計算されたΩプロトコル・マニューバのコース設定は、全て破棄せざるをえなくなってしまった。

 だからまた新しくコースを考えなくてはならない。

 艦尾推進部の推力は維持されたが、かわりに艦の総重量は元のままだ。

 その上でアウター外側ウォールの疑似重力とこれまでの〈じんりゅう〉が持っていた慣性エネルギーを手なずけ、なんとか無事に“例の場所”まで辿り着かねばならない。

 しかも艦の破壊されてしまった艦のメインコンピュータを頼らずにだ。


「はっはっはっはっは~!」


 フィニィは無自覚に笑う自分を、エクスプリカがドン引きして見ていたことなどにはまったく気づかなかった。


[…………ふぃにぃヨ、ナゼ推進部分離ガ失敗シタカノ謎ガ、一応ダガ解ケタゾ]

「なにぃ!?」


 おずおずと声をかけてきたエクスプリカに、フィニィは思わず一瞬振り返った。


[マダ確証ノアル段階デハナイガ、さてぃノ言葉ガ確カナラバ、おりじなるUVDガ原因ノヨウダ…………]

「続けて!」


 フィニィは前方に顔を戻しながら促した。


[分離用爆薬デ切断シタハズノ艦尾めいんふれーむガ、何故カ切断サレテオラズ、爆破シタ跡ニおりじなるUVDト同質ノ輝キガ見エテイルノヲさてぃノ証言ヲ元に確認シタ……]

「んん~? それってつまり……」

[艦ノめいんふれーむガ、イツノ間ニカおりじなるUVDト同ジ物質ニ入レ替ワッテイタノダト思ワレル]

「……ってことは……」

[俺ノ私見ヲ交エテ言エバ、艦尾推進部ノ分離ガ失敗シタノハ、おりじなるUVDノ意思ダ。おりじなるVDガ〈じんりゅう〉カラ切リ離サレ、投棄サレル事ヲ拒ンダノダト思ウ]

「……………………まったく!」


 フィニィはエクスプリカの説明に、ようやくそれだけ答えた。

 他に言葉など出てこなかった。

 思えば、この一連の状況が始まったのも、オリジナルUVDがクルーに見せたと思しき夢からであった。

 ならば、この段階でオリジナルUVDから何がしかのアプローチがあってもおかしく無いのかもしれない。

 だけど…………フィニィは仮にエクスプリカの説が正しかったとしても、今は割とどうでも良かった。

 今フィニィが望むのは、〈じんりゅう〉がなるべく無事に、“例の場所”付近のアウター外側ウォールに着陸すること、それだけだった。

 めいん・ブリッジの正面窓に、アウター外側ウォールの床が迫る。

 フィニィは接近してきた“例の場所”を、とうとう肉眼に納めることができた。

 遠目であったが、そこには大小さまざまなサイズの塔が、垂直だったり傾いたりしながらそびえる巨大な墓場のように見えた。


「縁起でも無い!」


 フィニィは毒づいた。

 アウター《外側》ウォールの表面への着陸の時は目前に迫っていた。










 その瞬間を、外側から目撃できたクルーはいなかった。

 だが、もし仮に目撃できた人間がいたとしたならば、けっしてそれを“着陸”などとは呼ばなかっただろう。

 アウター外側ウォール壁面に高速で降下接近した〈じんりゅう〉は、壁面への接触直前で艦首をほぼ垂直まで上げ、艦首ベクタードおよび艦尾のメイン・サブスラスター全開で、下方への落下速度を打ち消そうと試みた。

 だが、それは元から叶わぬ望みだと分かっていたことだった。

 高速で後方へと流れていくアウター外側ウォール表面に、まず〈じんりゅう〉の残った二機の艦尾下部補助エンジンナセルを守るUVシールドがまず接触した。

 ほぼ垂直になっていた〈じんりゅう〉は足払いを食らったかのように瞬時につんのめり、艦首をアウター外側ウォール表面に叩きつけそうになった。


「ヂクジョ~ッ!!」


 しかし、メインブリッジでは操舵士が最後まで抗っていた。

 艦首ベクタードを下方に向け最大出力で噴射し、艦首がアウター外側ウォール表面に叩きつけられるのを回避しようとする。

 だが、〈じんりゅう〉が【ザ・ウォール】の突入してしまった瞬間から、遅かれ早かれアウター外側ウォール表面に落ちることは避けられない運命であった。

 艦首の下がる速度は抑えることができたものの、止めることは出来なかった。

 艦尾は補助エンジンナセルが接触した反動で一瞬浮き上がりはしたが、〈じんりゅう〉そのものは全体として降下を続けていた。


「まだまだ~ッ!!」


 船体が垂直状態から、跳ねかえった艦尾と、下がり続ける艦首とで丁度水平になり、艦がアウター外側ウォール表面に平行な状態で接触しようとした瞬間、フィニィは艦首ベクタードを用いて船体を左へ90度ロールさせた。

 当然、〈じんりゅう〉は左舷側を下にしてアウター外側ウォール表面に接触しようとすることになった。

 だが〈じんりゅう〉の船体左舷側には、木星【ザ・トーラス】内で装備したUVシールドコンバーターがまだ三基残っていた。

 右舷側の四基と左舷上部のUVシールドコンバーターは、【ザ・ウォール】突入時と、トゥルーパー超小型・グォイドとの戦闘で補助エンジンナセルを切り離しパージて自爆させた際に失われたが、残った左舷側三基UVシールドコンバーターは健在であり、オリジナルUVDが結局残ったまま使えたことで、左舷側に限り船体を守るUVシールドは強固にすることができたのだ。

 その落下のエネルギーと猛烈な速度により、凄まじいUVシールド干渉光を発しながら、横倒しになった〈じんりゅう〉がついにアウター外側ウォール表面に接触する。

 せめてもの救いは、アウター外側ウォール表面が恐ろしく凹凸の無い滑らかな平面であったことだ。

 これが惑星や衛星であれば大小の凹凸があることは避けられず、〈じんりゅう〉はまごうこと無き墜落となっていたことだろう。

 だが、真っ平なアウター外側ウォール表面ならば、比較的穏やかに着陸できるのではないか? そうメインブリッジではフィニィが期待していた。

 が、眩いUVシールド干渉光と共にアウター外側ウォール表面に接触した瞬間、フィニィは思惑が外れたことを悟った。

 接触のその瞬間、薄灰色のアウター外側ウォール表面がまるで水面のごとく大きく波打ち、のたうったからだ。

 フィニィは操縦桿から伝わる感触から、瞬時にそのことを理解した。

 予測して然るべき事態だった。

 アウター外側ウォールは恐ろしく薄い膜でできており、いかにUVエネルギーで膜の形状が維持されていたとしても、〈じんりゅう〉の重量と速度をもってすれば、その膜はまるでホットミルクに浮かぶ膜か、水面に浮かぶ油面のごとく振る舞うのであった。

 そして…………。


「……やば」


 フィニィはそう呟くことしかできなかった。

 ふにゃふにゃな地面に高速で突っ込み、〈じんりゅう〉が滑らかに着陸できるわけがなかった。

 船体にランダムな抵抗が加わり、アッと思う間も無く艦首がアウター《外側》ウォールの膜にめり込むようにして沈むと、勢いをまだ失っていない艦尾が瞬時に持ちあがり、〈じんりゅう〉はさながら連続バク転するかのごとく縦に回転しはじめた。

 もちろん、そんな機動など想定されていない〈じんりゅう〉の艦首と艦尾は、アウター外側ウォール表面に接触する度に破壊され、無数の破片をまき散らして行った。

 船体を支えている竜骨も、想定などされているはずもない衝撃を受け、不自然な方向へと折れ曲がり、艦首、船体中央、艦尾推進部がそれぞれ別の方向を向き始める。

 そしてバク転を続けられるだけの慣性を失い、膜を水面の如く振る舞わせる運動エネルギーが無くなると、〈じんりゅう〉は横出しとなってゴロゴロと艦首を横に向けた状態でロール回転を続け、地面を転がって残った慣性を消費していった。

 その過程で艦の上下にある構造物が自重で押しつぶされていく。

 各部放熱フィンも、UVシールドコンバーターも、主砲搭も、セイルも、もちろんメインブリッジも、全てが滅茶苦茶になっていく。

 着陸は、やはり墜落にしかならなかった。

 だがフィニィの操舵が、目的の全てを達成できなかったわけではなかった。

 〈じんりゅう〉艦表面のほぼ全ての装備が破壊されたが、少なくとも主船体はその形を維持していた。

 そして目的地たる【ANESYS】がオリジナルUVDからのメッセージを元に示した“例の場所”まであと数キロの位置で、〈じんりゅう〉は停止することができた。

 諸々の条件を鑑みれば、それはドンピシャと言える程の精度であった。

 慣性を失い、回転速度を落とした〈じんりゅう〉は、フィニィが直前に見た“例の場所”の周囲にそびえる無数の灰色の塔の一つにゆっくりぶつかると停止した。

 一つ一つが最低数百メートルはあり、垂直であったり斜めだったり横倒しだったりする塔の数々に見下ろされるようにして、〈じんりゅう〉は目的地への到着をはたしたのだった。

 完全に停止するとアウター外側ウォール表面の膜は、〈じんりゅう〉のその重量を支え切ることができず、ゆっくりと船体を膜の中へと沈みこんでいかせ、船体の縦幅の半分程を飲みこんだところで静止した。

 それはまるで、墓標のごとくぞびえる塔の数々の一つに、〈じんりゅう〉が加わったかのような光景であった。

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