第32話 理想の風景
レイジは傍観しているしかなかった。決して勝ち目のない戦い――そう脳が判断して、身体を動かそうとしても震えが出る。
「俺は、なにやってんだよ」
いつもあれだけ無茶して怒られてきたのに、こんな肝心な時に心の弱さが出る。本当の戦場に立つことで理解できることがあると思ったが、結局わかったのは、己の無力さだけだった。
「くそぉ!」
地面を睨み足を叩く。
意気込んでいたリディア、そして先に戦い始めたハルトとアルダスは、当然ながら苦戦を強いられていた。
いつ殺されてもおかしくない戦い。そんな状況で、三人は果敢にも敵に立ち向かっていた。
ジャリ、と音が鳴り顔を上げると、武部が立っていた。そしてレイジになにも言わせぬまま武部のローキックが放たれる。
噴水の中央のオブジェに勢いよく激突し、レイジの身体はそこで止まった。
水が勢いよく頭の上から降り注がれるが、Zスーツの磁場で水に濡れることはない。
「貴様はここに来てなにをするつもりだった。あちらでできなかった願望でも叶えるためか?」
「俺は……」
答えが出てこない。
「俺には明確なビジョンがある。この世界でもう一度やり直す。もう一度人々の笑顔を取り戻すという夢がな」
「笑顔を取り戻す……だって?」
「諦めかけていたことを実現できるチャンスだ。貴様にそれを妨害される筋合いはない」
「言ってる意味が、わかんねえよ」
レイジはフラつきながら立ち上がり、武部を見据えた。
「なにか言ったか」
「あんたらの理屈がよくわからねえって言ってんだよ! 笑顔を取り戻すために、なにを犠牲にしようとしてるんだ、ああ!?」
この世界に何人住んでいるのかは知らない。だが、この町に来るまでに見た人たちは、自分たちと変わらない命を持っており、なにより平和を望んでいる。
子どもを守護剣に連れて行かれた夫婦。それを自分ごとのように心配する村人。
楽しそうに人々が行き交う商店街。みな笑顔で溢れていた。
たった数日間過ごしただけで、この世界は壊してはいけないものだとはっきり理解できる。
なによりレイジは楽しかった。
理想としていた風景が、すべてここに詰まっていた。
「この世界は傷つけさせねえ、絶対にな!」
「あちらが完全に崩壊しても構わないと言うのか!」
「崩壊へ追い込んだのはあっちの世界の人間たちだ! てめえのケツくらいてめえで拭けっつってんだよ!」
レイジは一直線に飛び出した。高速で放たれた右ストレートが武部の顔面に突き刺さる。
が、一瞬の硬直の後、レイジの右腕が後ろへ弾かれた。
「くそ!」
その後も諦めず、レイジは拳や足を連続で叩き込む。
「これが貴様の本気なら、もう勝ち目はない。素直に敗北を認めろ」
あえて避けず攻撃を受けている武部は、両手を組み、レイジの頭部に岩のように落とした。
レイジは地面にひれ伏すように叩きつけられ、小さなクレーターが生まれる。
脳内ではビービーとけたたましい警告音が響いている。元々スーツの耐久力が半分以上削られた状態だったため、数回の攻撃でスーツにヒビが入った。
レイジは倒れた状態で周りを見渡した。ハルト、リディア、アルダスは、魔法を使わない。だから普通の人間と変わらないのだ。
結果はわかりきっていた。彼らは敗北するということを。
数分耐えただけで十分立派なのだ。レイジは痛めつけられる三人を見ながら手を伸ばす。
「わりい、みんな……」
「魔法を使わないという情報は本当だったようだな。都合がいいが、正直拍子抜けだ」
武部の言葉に続くように、他の部下たちも口を開く。
「この程度で世界を守ったなんて、ふざけてんのか?」
「ふん、雑魚以下ね」
「わざわざ向こうから軍を呼び寄せなくても、俺たち四人だけでいけそうだぜ」
その言葉を聞き、ハルトたち三人は歯を食いしばる。かつてどれだけの思いでこの世界を守ったのか、ここにいる者たちは知らない。
「雑魚以下だってよお、ハルト」
「まあ、このざまじゃ仕方ないよアルダス」
身体中から血を流しながら、二人は言った。
「なに、諦めてんのよ……かっこつけたわたしが馬鹿みたいじゃない……」
リディアも剣を支えにしながら、やっとの状態で言った。
「そろそろ終わりだ、紫藤。久々にあちらの人間に会えて楽しかったぞ」
「く……そおぉ……!」
レイジは歯を食いしばった。
こんなところで自分は死ぬのか、死んでいった仲間たちになんと言えばいい。
それぞれがレイジたちにとどめの一撃を繰り出そうとした刹那、一人の少女の声が、この戦場の空気を一気に変えた。
「頑張れえええええ! アルダスおじちゃあああああん!」
すべての動きが止まる。
自分の出せる精一杯の声を出して応援のエールを送ったのは、一〇歳前後の、髪を両サイドで縛った少女だった。
噴水広場の入口付近、少女と数人の町の住人らしき人が、こちらを見てなにかを叫んでいる。
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