第22話 世界の名は、アルカディア

 この世界の名は『アルカディア』というらしい。理想郷という意味があることは知識として知っている。なぜ世界に名があるのかは不明だが、いい名であるとは思った。


 ちなみにこの世界は大きく分けて五つの大陸(国)で成っているのだそうだ。


 まず、五つの大陸の中心の位置にある一番大きな大陸【エイレーン】にはすべての国の頂点とされる王がいる。それぞれの国にも王はいるが、そのすべてをまとめる代表がいることによって国同士の平和と秩序を保っているらしい。アメリカの大統領のようなものだろう。


 そのほかの四つの大陸は、【エイレーン】を中心にそれぞれ東西南北に浮かび、国によって季節や人種が違うということを聞いた。


 人種が違うというのはどういうことなのか。自分の世界で言う白人や黒人、黄色人種といった括りなのか、それともただ単に外国人であるだけなのか。


 おそらくそのどちらでもないのだ。先の戦闘で見たあの巨大な人間がひとつの人種の例。


 この異世界では自分の常識がすべて覆る――魔法を見たときにそう悟ったのだ。きっと人ではない〝なにか〟も自然に現れるはず。それが敵でないことを祈るばかりだ。



 さて、レイジたちが今いるのは世界の中心【エイレーン】。その外れの小さな村。

 麦畑で覆われたこの村は広大な土地を持ってはいるが人口が非常に少なく、百人弱で協力しながら生活している。


「はぁー、のどかな所だな」


 レイジたち一行は世界の情報を話しながらあれから五日歩き、ようやく村人たちが住む地へ足を踏み入れた。


「どうだ、疲れたか坊主」


「まさか。俺は一応軍人目指してたんだ、一週間歩き通したことだって何度もある。そっちこそ大丈夫かおっさん、そんな重そうな剣担いでさ」


「がっはっは。確かに重てぇが、俺たちは一週間なんてもんじゃねえ長いあいだ歩き続けたことだってあるんだ。五日くらいでへばるような鍛え方はしてねーのよ」


 アルダスは、リディアほどの丈の大剣を担いでいるにも関わらず、これまでに疲れたといった表情を見せなかった。それと同じくハルト、リディアも道中にため息を何度か聞いたが、疲れというよりこれからの動向についてあれこれ頭を悩ませている、といった感じであった。


「まあようやくたどり着いたことだし、飯だ飯! おい坊主、うめえもん食わせてやるよ」


「そうだね、食事にしよう。リディアのお腹も鳴っていることだし」


「~~~~~~~~」


 一人で大音量の腹の音を鳴らしたことをハルトに指摘されたリディアは、顔を真っ赤にしてそそくさと歩き出した。レイジは腹の音に突っ込もうとしたが、また殴られると悪いのでやめておいた。昨晩はもう一息でこの町にたどり着くということで、食事を抜かし、ほぼ休憩なしで歩いてきたため仕方がない。


「といってもこんな町、食事ができるところなんてあるのか?」


 レイジは辺りを見回したが、食べ物を売っているような店は見当たらない。一〇メートル間隔でぽつぽつと不規則に建てられたレンガ調の家が広がっているが、商店街のようなものもなく、とても旅人をもてなしてくれる場所はなさそうだった。


「ここはアルダスのふるさとなんだ。僕は五年前に一度来たことがあるくらいだけど」


「おっさんの?」


「おうよ、なんもない町だがゆっくりしてくれや。俺んちはもう少しあっちだ。ほら、あそこに煙突が見えるだろ?」


「ん?」


 指さした方向、おそらくここから二〇〇メートル程先に確かに煙突が一本伸びていた。家の外観までは遠くて見えないが、煙突からは煙は出ていなかった。


 そのまま三分ほど歩き、煙突の伸びる家まで到着した。ここまで来る道で見た家と変わらないレンガ調の家だが、少し大きいように思えた。


「風呂屋かなにかか?」


「鍛冶屋さ」


「かじや……って、剣とか造るあれか?」


「おう、先祖代々続く誇り高き鍛冶屋だ」


「にしてはボロっボロだな」


「お、おう」


 何年も住んでいなかったような、周りの家の外観とはかけ離れた古めかしさ。所どころつるがからんでいるし、煙突も固まっていた煤が剥がれ落ち、そこにさらに汚れが重なっている。手入れしても元通りにするのは難しいのではないかと思える状態だった。


「アルダス……わたしにここへ入れと?」


「……やめとくか」


 ジトーっとした目で睨むリディアの顔に恐怖を感じたのか、かなりの年上としての威厳もなにもないらしいアルダスは、別の場所へ案内するといって歩き出した。


「なあハルト。おっさんって家族は?」


「ご両親はだいぶ前に亡くなっているらしい。それに剣一筋だったせいで、やっと得た奥さんも、子どもを連れて逃げたと聞いた。会ったことはない」


「い、いろいろ大変なんだな」


 ひそひそと話しながらアルダスについて行くが、その間外に出ている住人に会わないことにレイジが疑問を抱く。


「そういえば村の人の姿が見えねえな」


「確かに、晴れてるしもう少し外に出てる人がいてもいいはずだけど」


「あ」


 少し歩いた時、リディアが声を出した。村の広場のようなところに人だかりができていたのだ。ただの井戸端会議ならいいのだが、村人の表情は固く、ただことではなさそうだった。


「おいおい、どうしたみんな」


「ア、アルダスッ? どうしてここに」


「久しぶりだな。車が壊れてここに立ち寄るしかなくてよ。それよりどうした?」


 ここにいる村の人々はアルダスが帰ってきたことに気づき近づいてきた。みたところ五〇人はいる。村の半数がここにきているとは一体何事なのだろうか。


 レイジは周りを見渡すと、ひと組の男性と女性が広場の中央で座り込み、下を向いているのに気づく。おそらくどちらも三〇歳くらいで、男性が女性の背中をさすっていることから夫婦か恋人であることがわかる。おそらく女性は泣いているのだ。


「病気か? 怪我か?」


 レイジが女性のいる方へ駆け寄ろうとした時、村人の一人が次の言葉を口にした。


「あの夫婦の子どもが守護剣に連れて行かれた! 魔法士適性が出たんだ!」


 すると、レイジ以外の三人は怒りをあらわにした。

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