第112話 Event3:残酷な質問がわが身を突き刺します

 目の前に落とし穴。

 そして仲間たちは先に向こう側。

 そりゃもう、行くよね。進むしかないよ。断然、レッツ、落ち!!

 私は目を閉じ、なぜか鼻をつまみながら、ぴょいと穴に一歩踏み入れ……ようとして足を戻した。うう。なんというか、ちょい怖。落ちるのも怖いし、先にいるマイフレンドも恐ろしい……恐ろしいよ~~っ

 んでもあの子のことだから、

「一秒遅れるごとに、焼却時間が一秒延びるってことにしようっと☆ いちびょーう、にびょーう、ひゃくびょーう、さんびゃくびょーう……」

ってやってるかもしれない。倍、じゃない。二乗ですらない、おそろしさ。ええいサラ! 覚悟を決めたんさいっ!!


「っっったあーーーーっ!」


 気合いを入れて、叫んで、そのまましばらくしーんとして数秒、そして私は穴の中に飛び込んだ。視界がまっ暗になる。両手をあげた格好で、なんだか巨大な動物の体内みたいな長い管の中を落ちていく。

 そして足元にまぶしい光を感じたとき、ひゅおっと耳元で空気が膨らむような音がして、次の瞬間私の身体は大きな空間に飛び込んでいた。


「ああっ……」


 どぽん! と水の中に石を投げ込んだような音……いや、私自身が水の中に落ちたんだ、とすぐに気づいた。なんだか全身が冷たいような感じ。でも体温が奪われるようなことはない。

水中での動きのコツをつかむのに、少しだけかかった。もがもがしながら水面に顔を出した。

洞窟の中の……地底湖みたいな感じ? いやそれほどおっきくはない。上の広間よりちょい大きいくらいかな。

 水をかきわけて、歩いていく。イベントによっては、水中でのステータス変化とかの条件があるのかもしれないけど、今この場ではそういうのはないみたい。

 ついでに、髪も服も濡れてない。もちろんゲームだからね! 乾かさないと、風邪を引くってもんでもない。便利だなー。

 すぐそばに「回復の泉」と書いてある看板が立ててあった。あ、HPが全快してる……なるほど、回復してくれる泉なんだ。ここを拠点にすると、レベル上げたり謎解きしたりするのに便利かな。

 しかし回復の泉って、ゲームではよく見かけるけど、実際……飲めばいいのか沈めばいいのか。正しい用法はどっちなのだろうか。どっちでも回復するのかな。そうかも?


と独り言を言ってたら、


「無事だったんだー! よかったサラ!!」

「うひゃっ!」


と横から突撃を食らった。ぐふっと言いながらふっとばされる。地面に倒れたところ、すぐそばにブーツをはいてる足を見た。

「………………」

 私に抱きついてるのはシロウ。そして私を見下ろしてるのは、

「…………ノアさん……」

でした。





*******





 シロウは半泣きで私の無事を喜んでくれた。ノアは、にこにこ笑ったまま私を見下ろしている。

「大丈夫だった?」

と聞いてみた。

「なにが?」

「えっと……ほら、上から落ちてきたわけじゃない? 大丈夫だったかなーって」

「落ちてきたんだったっけ、私」

 残酷な質問がわが身を突き刺します。ノアたんはあくまでも笑顔を崩しません。

「えっと……そうだね、上から突き落とされたわけじゃない? 大丈夫だったかなーって」

「うん、下が回復の泉だもんね。なんかあったとしても、回復しちゃうわね」

「そっか、よか……」

「でも回復の泉って、心の傷まで癒してくれるわけじゃないのよね」

 ずきーーーんと胸が痛む。これ、なにかな。恋? 不整脈?

 ここはもう、シンプルに

「ごめんね!」

と謝りました。いやもうそうするしか。

 どんだけ怒られるか、覚悟してそう言ったんだけど。

 返事もまた、シンプルだった。


「んーー、いいよ」


「え。ほんとに? もう怒ってない? ほんとに?」

「なんでそんなに確認するの。そりゃー、突き飛ばされたときはびっくりしたけど、今は全然気にしてないから、そんな突き飛ばされたことなんて人生初めての経験だったけど、今となっては良い経験できたかなって」

「そ……そう」


と言葉にややトゲ……いや槍を感じるものの、基本的に怒ってはいないようだった。うん、節目節目でそのことを持ち出してこられる予感はするんだけど……。


「気にしないで。今は三人が合流できたことを喜びましょ」

「わらわもいるぞよー!」

とシロウの背後の桃姫が主張する。桃姫って呼びすぎて、もはや本名を忘れてしまいそうだわ。えーと……なんだったっけ。


シロウは、

「俺、君らが戦ってるときに一人で上の広間に来たんだけど、あっという間に落とし穴に落ちてさ……。焦ったよ、いきなりパーティメンバーから外れてるし!」

と説明した。そりゃ驚いただろう。私だって、パーティメンバーから外されるなんていやだ。いきなりダンジョンの中で一人! じゃないけど、シロウ、背中に姫様いるし。


「下の部屋に落ちただけなんだから、そこまで離れたわけでもないのにねー」

 ノアが落ちてきて、パーティメンバー復帰! というウィンドウが立ち上がったらしい。それを見たシロウは感涙にむせびながら、ノアにタックルをかましたらしい。吹っ飛ばされたノアだけど、そこはそれ、回復の泉の真上だもの。転んでもHPはすぐ回復しちゃうって寸法だ! ……ううーん。

「んであなたが来るのを待ってたんだけど……遅かったのね? まさか、上で逃亡計画立ててたんじゃ、ないわよね」

「まっ、まさかぁ~~」

 大当たりーッ! と叫ぶため飛び出したバッチョを空中でつかみ、床にたたきつける。

「そんなっ! ことっ! 全然っ! 思いつきすらしなかったよ!?」

「踏まないでェー、踏まないでェー!」

 ノアとシロウの眼差しからは疑惑を感じたけど、そこは力業でスルーさせていただいた。





*******





「違うの、上でね。パーティで一人になった瞬間、映像が見えたの」

 話題を転換するため、いきなりではあったけどふたりに説明することにした。女の人が竜に変身する、すごい光景。あれは一人で見るよりみんなで見たかったなあ。それよりなにより、

「あの麻呂のやつが登場したのよ」

「麻呂!?」

 ノアが柳眉を逆立てる。麻呂って、えーとえーと。

「ミュンヒハウゼン!」

 ああ言えた。良かった。そう、あの映像では、ミュンヒハウゼンが登場してた。槍もって、竜と戦ってたんだわ……。

「俺、なんか想像を絶するんだけど……あのひとが槍装備して竜と戦う?」

 ヒトっつーかフーセンの方が近かったけどね。デフォルメ効きすぎてた、あの身体は。

「んでもサイズ的には竜ともばっちり戦えそうな感じだったわよね」

「そりゃそうだけど……なんかイメージ違う……」

 ノアはぶつぶつ言ってた。

「んでも綺麗な映像ではあった。ややホラーではあったけど。なんなら、みんなあそこに戻って、見に行ったら?」

 一人になったら見ることが出来る映像。

 シロウが眉をひそめた。

「それが、できないんだ」

「え? どういうこと」

「戻れないんだよ。落とし穴から落ちただろ? この階全部調べたわけじゃないけど、戻る道は見つかってない」

「ええーー! なにそれ。もし戻りたくなったらどうなるわけ?」

「どうなるもこうなるも」

 シロウは言葉を濁した。うう、そうか。回復の泉みたいなものが存在してるんだもの。これは、「これ置いといてやるからしばらく冒険がんばれや、な!」というR=R社からのメッセージてわけね。

「穴から落ちるのが順路だったのかも。あの穴一人ずつしか通れそうになかったし、だとしたら最後に誰かひとり残るのは必然ってことね」

 そっか……。


 気を取り直してこの階を調査しよう! ということになった。

「そろそろわらわ、ダンジョンにも飽きてきた」

「早いよ! まだ探索は始まったばかりだよ!」

「ふん。暗いし、狭いし……最悪な環境じゃ。お前たち冒険者はよっぽどのモノズキなのじゃな。ダンジョンには飽きたが、お前たちを見ていることはやや楽しい」

 悪かったなああああ! て言葉を飲み込んでにっこり微笑む。

「そういや、あんまり長引いたら、キャンディが足りなくなるかも」

なんてシロウは心配している。一級の保父さんだな……。

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