第92話 Level 3:ゾンビなんかだいきらい


「呪いをといて欲しいんですけど……」

 シロウは頭をかきながら、そう言った。

 悪神信仰の巫女さんは、ベールで鼻の頭まで隠してて、目だけは見える。


「呪いというと、そのペンキのことですか。

 もしくはそのハムスターにかけられた呪いですか」

「えええええっ!?」

 慌ててシロウは飛び上がりそうになった。

 すると巫女さんはふふふふ、と妖艶に微笑んだ。

「冗談です。でもそんなに驚いてくださったら、冗談を言ったかいがあります」

「あ、はぁ……」

「10ゴールド、いただきます」


 破格の安さだった。

「なにそれ。なにそれ。善神教会だったら、もしかしたら1000ゴールドはぼったくられてたかもしれないのにっ! しかも一人分で」

 ぶるぶる。恐ろしい。

 教会にカーズさんがいたのは、私たち運が良かったのよね。彼は冒険者を助けるという、いわば修行をしてる人だから。冒険者に奉仕してくれる。そういう聖職者は世界にちらばってるらしい。でも彼らは固定の場所にいるわけではないから、会うかどうかは運。

 カーズさんがあの場所から移動しようと思ったら、次にはもういない。たぶん固定台詞しか吐かない宿屋の主人が居て、何を話しかけても


「よう、泊まってくか?

 →はい →いいえ 」


しか選べなかっただろう。まあその代わりに泊まったのがあのホラー宿かと思うと運が良いかどうか微妙……いや、まあ運はいいんだ。きっと。


 たらららららー、とアジアンチックな音楽がなって、

「神よ、あまねく霊魂に永久の眠りを 迷えるものに鉄槌を!」

と巫女さんが叫んだ。

 てっ、鉄槌!? とシロウが口に出したとき、

 ばりぱりばり! と音がした。雷が、落ちてきたのだ。シロウの上に。


 気づくとシロウはぱったり倒れていた。


「ふう……成功成功☆」


 すごい満ち足りた笑顔で、巫女さんはそんなことを言った。

 ベールをすぱっと取り去ると、風を心地よく受けている。そうすると神秘的なイメージはなくなって、なんか元気な感じ?

「成功って、成功って、してないじゃない! シロウ死んでるじゃない!!」

「あら、死んでないわよ。生きてるわよ」

「動かないじゃない!」

「感電してるからよー。しばらくすれば動き出すから! 怒らないで、安心してっ」

 暗黒巫女さんはアリッサと名乗った。冒険を続けていたらお金が足りなくなったんで、バイトしているらしい。


「うー……酷い目にあった。あわっ、HPが1になってる!?」

 アリッサの言葉通り、シロウはちゃんと目を覚ました。

 でもHPが1なせいで、私たちの視界は真っ赤っかだ。ひどい。

 ……でもそれは回復すればいいだけの話よね。善神教会みたいにたくさんお金を積んで無事に回復して貰うより、HPが1になっても10ゴールドの方が割が良いわ。

「イチゴケーキ食べるよ~」

 シロウはむしゃむしゃケーキを食べ出した。回復は一個じゃ完全じゃなかったので、二つめに手を出している。

「私チーズケーキの方が良いなあ」

「あ、私はタルトがいいー」


 アリッサは猫みたいにのびをすると、おっと次のお客さんが来ちゃう、とベールを装着し直した。ついでに室内にこもらせている煙の量を増やすべく、お香をたき出した。





*******





「……んんん?

 ぺっぺっぺ、なんなのじゃこれは。安い香の匂いがするぞよ、わらわには耐え難き匂いじゃ!!」


 シロウの背後の壷の中身がお目覚めあそばした。

「何をやってるのじゃシロウ! わらわをこんな暗く冷たく狭い場所に押し込めて……まるでネズミにでもなった心地! 耐え難い屈辱じゃ、わらわは、わらわは泣いてしまいそうじゃ……!!」

「わわわっ、ごめんよ姫様!

 すぐ外に出るから許してくれ」


 うーん、この狭さでネズミ気分かあ。姫様って職業も大変よねえ。

 しかしシロウはすっかり保父さんが板に付いているよ。


 巫女アリッサがシロウの壷を見てぽかんとしている。

「なに、それ。珍獣?」

「なにをう! 珍獣とは侮辱! 屈辱! その言葉わらわに対する挑戦と受け取る!

 見ておれ、いま靴を投げつけてやるゆえ……ん? んんんん?

 おお、なんということじゃ、壷に入ったままでは靴が脱げない!!」



 ………………姫様ってば…………。



「なにそれ。ねぇねぇ、なにそれ。

 姫様って呼んだよね。なにそれ」

 アリッサはとっても興味を抱いたようだ。でも説明するのはなんというか……めんどくさい。なんかややこしいし。

「壷に入ったモンスターを見つけたの。

 珍しいから飼ってるの」

 ノアが無惨な説明をした。

 耳に入れた姫様が涙を浮かべながら文句を言うが、知ッタコトジャナイ・テイストで馬耳東風。見事。


「ふーん。そうだ。これはサービスで情報あげちゃう。

 暗黒神殿の東の廊下の突き当たりに、牛の絵の落書きがあるんだけど。そこで、

『ゾンビなんかだいきらいだあああ』

て叫ぶと、なんか面白いことが起こるらしいよ」


「え!? なにそれ。イベント……なのかな?」

「さー? 私は知らない。試してみるのも、試さないのも、自由よ。

 じゃあ次のお客さんが来たみたいだから、出てってねぇ」


 追い出されてしまった。





*******





「東の廊下っていうと……こっちかな」

 ノアが着実な足取りで神殿内を進んでいく。

 なんで建物の中にいて方角が分かるんだろうなー。不思議だなー。


 神殿は大きいけど、そんな複雑な作りではない。

 だから私たちはわりかし簡単にそこにたどり着くことができた。

 その壁には牛の絵が描かれていた。なんか、子供の落書きみたいな絵。



「叫んで、みる?」

「うーーーーん……」

 悩むところだ。ここで変なイベントを起こしてそれが時限イベントだったとする。私たち、そんなイベントをこなしている時間はないはず。

 でも、でもものすごく気になる。

「どうする?」

「じゃ、シロウが決めてよ! シロウがいなかったらここ来てないわけだし。あの情報も、きけてないし」

「え!」


 シロウはしばらく悩んでいた。あーうーうなりながら、壁を眺めていた。

 牛の絵がなんとなく私たちを誘ってる気がする。

 その向こうにはとっても面白そうなことが、待ってる予感。



「ゾンビなんか、きらいだああああああっっっ!!!!!!!」


 そしてシロウが叫んだとき、私たちは壁がくるりと回るのを見た。回った壁の向こうに、


「下に気をつけて」


と書かれた紙が貼ってある。

「下?」


 見ると、床がぽっかり抜けていた。

 私たちは、悲鳴を上げながら落ちていったのだった。

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