第88話 Level 3:その誓いに反するもの、後悔先に立たず

 ジョナ・イースターは、私たちが思うよりも広い場所だった……と思う。

 でも、夜の王都はどうしても昼間よりは狭い印象がある。だってほとんどの店閉じてるんだもん。

「あ、でも夜でも開いてる店はあるんですよー」

とカンナがぴょこたんぴょこたん跳ねて先導してくれた。


「ちょっとちょっとカンナー、ここらへんなんか、怪しいんだけど……」

 さっきまでうろうろしてた裏街道をさらにまた裏に入ったかな? という感じ。でも人通りが少ないわけじゃないのよ……でも、そうだ。誰もあんまり口をきいてない。暗くて、ちょっと


 そこは蛇の飾りがついた、看板のお店だった。その名もそのまま「ダークスネーク」……なんか、お尋ね者のオーラがただよってる。


「裏のにおいがぷんぷんするんですけど」

「んー、まぁいいじゃないノ。だって君たち、誘拐団だしねェ~」

 ハエみたいにぷーんと飛んでるハチはぱーんとサンドイッチばさみビンタの刑に処することにしたけど、そんな些細なことはともかく

「まぁ……開いてる店他にないしね……」

と私たちはこの店に入ることを余儀なくされたのであった。



「あら、いらっしゃーい」

 店に入ると、紫色の煙がムンムンしていた。迎えてくれた店主は、金色と緑色とピンク色に染め分けられた長髪の、性別不詳のお兄さんだった。

「なんにするぅ? お風呂?」

 店主さんはまっすぐシロウのところに歩いていき、手をぎゅっと握ってきれいな顔をぐぐっと近づけた。

「え、え、え」

「ごはん?」

「え」

「それとも…………私ィィィィィィィ!!!??」

「ふんぎゃーーー!?」


 叫んだとき、店主さんの顔が、狼になった。

 シロウは腰を抜かし、床にツボがぶつかって飛び出たお姫様が大音声で「痛いのじゃー、びっくりしたのじゃー、ひどいのじゃー、うわああああん」と泣き声をあげたが、いや狼面の店主に比べたら、驚きは薄いものだった。

(ちなみにほわわわん状態は、お姫様が意識して「魅了」しないと、ならないみたい)


「あっはははぁ、ごめんね! 新作のビックリドッキリお面を開発したから、どーしても使ってみたくなって。なんか、驚かせたい顔してたのよね、この坊や」

「やめてください!」

 シロウは涙目で文句を言う。

 店主さんは、ローズさんと名乗った。ちなみに、男性らしかった。

「お詫びにこの新作のお面、あげるわー。モンスター相手に使うといいわよ。戦闘中にアイテムとして使うと、相手がびっくりしてそのターン行動不能になるから。でもお試し版だから、3回使うと壊れるからね」

「いりません!」

「これ、買うと800ゴールド」

「ありがとうございます」

 シロウはちゃっかりアイテムをもらっていた。その切り返しの早さ、誰に学んだの。


「すみませんー、これ売ることできますか」

 あ、この子よね……。

 ノアは女神像を台の上にぽんと置いた。

「あら。これ、珍しい。女神像じゃなーい。わあ、もしかしてレア?!」

 ローズさんはアイテムを見て目の色を変えて飛びついた。


「あの、あの、あの、あの……」

「なにカンナ。今、取り込み中よ」

「あの、あの、あの、あの、その、あう、えーと、」

「なにカンナ。用なら後できくから、今はちょっと待って!」


「これ、女神像の中でもなかなか出回らないって評判よ。時価いくらだっけ。調べないとねー、えーと錬金術師ノート、ノート、どこ行ったかなあ」

「なんですかそのノート」

「えーとね、店を経営していると、所持ことになるアイテムでね。市場に出回るアイテムのリアルタイムな時価が表示されるのよ。ほら、出回るアイテムの量によって、値段が上下するから」

「なんか株みたい……」

「でも値段が上下するのを利用して、アイテムを売ったり買ったりするから、ほんとに株みたいなのよー。でもそういうのもめちゃくちゃ楽しいから、一度試してみるといいわ、レアアイテムころがし。

 女神像女神像……っと、あら素晴らしい値段が付いてるわ。ほんとにこれ売るの?」

 ノアはこっくりうなづいた。

「ええ。差し迫った用事があって、お金が必要なの。思い出はいらないの」

「切れ味鋭い子ねー、そう言う子って好みよ♪」

「ありがとう。で、おいくらくらいになるかしら……」


 あわてているウサギを見ていると、なにか。

 なにか忘れてるような気がした。





*******





 なんだったかなー。

 と、ハチをみると。

 なんかムカツク、へらへら笑いを浮かべている。

「なによ。バカッパチ。言いたいことがあるなら、言えば」

「いえー、言いたくても言えない。それがナビの辛いところですなぁ。ククククク」

「……………………」

 なんか超いやな予感。

 慌ててるカンナ、ほくそえんでるバッチョ、モンタは……とみると、必死になって首を振っている。シロウがどうしたんだモンタ? なんて尋ねてる声が悠長に響いて、


「じゃ、七千ゴールドね!」

「すごーい! それだけあれば、路銀には困らないわ!! じゃみんないいわよねー、女神像売っ」


「ちょっとまったぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!!!」


 そのときの私の大声はきっと、姫を超えていただろうと思う。

 間に合った。間に合ったけど、


「警告いたします」

と、聞き覚えのある声が聞こえた。

 どこからかはわかんない。私たち、そしてローズさんにも聞こえたみたい。

「警告いたします。誓いを破った者は、痛い目に遭います」


 ノアだって、やっぱり忘れることはあるのよね。うん。いつもなら、彼女が一番に気づいただろうに。

 その「誓い」という言葉を聞いただけで、気づいたんだもんね。


 その声は、リンダのもの。私たち、そう、女神像に関して、誓いをしたのだ。



「一度出すと言ったものをひっこめはしない。

……五千ゴールド出してやろう」

 そして彼は言葉通り、ふところから財布を出した。

 この世界紙幣はあるんだろうか。一応、みたことない。金貨! 金貨ですよ。財布からじゃらじゃらと。この人、すごい金持ちだな……いったいいくら持ってるのか、ちょっと分からなかった。

 そして一枚で500ゴールドの価値がある金貨が10枚、白い袋に入れられて渡された。

「わあぁ!」

「ただし」

 びしっと指をさされて私たちは固まった。

 すっかり金に踊らされています。

「五千は、すべてが女神像の代金ではない。お前たちがこれから先女神像を手に入れたら、ぜったい、必ずこの私に売るという、そのための金だ。分かるな」

 分からないといったら刺されそうだ。

「そして、私の指示するイベントを消化する義務も発生する。たとえもっと実入りの良いイベントがあったとしても指示があれば必ず従う。女神像を手に入れるためにこなさねばならないイベントがいくつか明らかになっているのだ。お前たちは必ずイベントをこなし、女神像を手に入れる。そしてすべて私に売る。

 ……そう誓え。神に」

「はぁい! 言うとおりにしまっす!」



 ラガート。や、その名前が本名だっけ? わかんない。

 とりあえずあいつはあのイベントでそうとうイヤな役回りを演じてくれたわよね。その勢いで、思わず女神像売りつけるの忘れてたわよ。失念してたわよ。すーーーーっかり、ド忘れてたわよ!


 私たちは、しーんとしていた。

「警告いたします。これは、警告その1」


 そうだその声聞いたことあると思ったのも当たり前、私たちはみんなこのゲームを始めるときに彼女の声を聞いている。

 リンダだ!

と、そのとき私たち三人の頭の上に、バケツが出現した。


 そしてどばーっっっと、中からあふれ出したペンキが私たちに降りかかってきた。





*******





 私たちは言葉少なにローズさんの店で、薬草とかキャンディーを買った。

「えーと、なんというか……元気だして! ね!

 次の冒険は……へぇぇ。ドラゴン!? ………………お大事に」


 それ、応援?

 それとも、散りゆく桜に詠う弔いの歌?


 つっこみなんかは心の中で、私たちは無言で店を出た。

 ノアを見てもシロウを見ても、すっかりペンキまみれ。指さして笑うどころではない。つーかこのゲーム、風呂なんかないんだよ! どないせぇっての!?


「えーっとですね、夜に店を運営できるのは、レベルの高い錬金術師で、悪神信仰に限ります。ローズさんはきっとレベルの高い冒険者なんでしょうねー」

「カンナ。私が今知りたいのはそんなことじゃない」

「すすすすすすびばぜん!!! ごめんなさ!! だって、だってだって言えないんですもの!!」

「言えないって何が! 言えないなら、書いて知らせるくらいのことはしてもいいでしょうっ!? ちったあ冒険者の権利を守ろうとか思わないの、ナビのくせにっっっ!!」


「まあまあノア。カンナは悪くないよ。きっと、言っちゃダメなルールだったんじゃないの」

と忠告したけど、

「止めるのは、ハチを握りしめるのやめてからにしてくれる」

「ぐげげげげげげげ」

「あら、気づかなかったぁ☆ 私ったら、いつの間にハチ握ってたのかしら。ローヤルゼリーでもしぼりだせないかな、このっこのっっ」

「すぽぽぽぽぽぽぽ」


 謎すぎる。こいつの悲鳴は、謎すぎる。


「じゃあ……錬金術師ラガートに連絡をとってやる……」

 モンタが言った。

「そんなことできるの」

「…………この街に来る前、ユリアと連絡をとっただろう……?」

 そっか。そうだったな。そんなこともあったな。全てが遠い昔のようよ。

 ついでにラガートも昔の思い出のまま、二度と会えなかったらよかったのに。


 きっと、きっと私たちのペンキまみれの姿を見て、絶対にもんのすごく微妙な笑いを浮かべるに決まってるんだ……!!



 と、ラガートは私たちの召還に応じ、なんらかのアイテムを使って「テレポート」してくるという小技をきかせてくれた。ちなみにそのアイテムが何なのかは、私たちのレベルが低いため、まだわかんない。

 そしてあの男は、

「久しぶりだな」

と挨拶し、私たちの様子をみて絶句し、そして、


 もーーーーーーーーんのすごく微妙な笑みを浮かべた。

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