第72話 Event2:思い出したわ……


 そして私たちは、ジャンの館に向かった。

 その場にいた全員、移動した。あとはアリーゼの魂を身体に戻すだけ、邪魔をしてたイバラも夫人が正気に戻った今、消えてしまってるだろう。イバラのことを話すと夫人は恥じ入って赤くなった。

 伯爵がなぐさめるようにぽんぽんとその腕を叩く。

 シスターセーラとイシューさんは同じパーティにいたことがあるらしく仲良く喋っている。強い者同士のオーラがある……。


 そして、ライナーさんは、

「隊長が見つかったんです。ですので、おいとまさせていただきたくて、挨拶しようと思ってました」

「おや、それは残念だねぇ……」

 伯爵は穏やかで優しげな顔をした、見かけの通りの性格をした人らしかった。それを見ていると姫の結婚話は、純粋に彼女の幸せを考えて設定されたものなのかな? まあ、本人がいやがっていたらそんな純粋さに意味はないんだけどさ。


 私たちは屋敷に入り込んだ。


「…………あら?」


 様子が変わっていた。入り口を開いて……そこに扉はなかったはずなのに、中央庭園に向かう扉がある。またくるくる廊下を回さないといけないかと思っていたのに。

 こりゃまた便利だよねウフフ、と笑える雰囲気ではなかった。

 ハッキリ言って、いやな予感。

「ノア、お先にどうぞ」

「いえいえ、サラさんこそ、どうぞっ!」

 思い切り背中をどつかれた。戦闘で死なせてしまってから風当たりが強いのである。悲しい。私のせいだけど、それだけじゃないのに。いやまあ単なる私のせいなんだけど。

 扉を開けて。

 そして、私たち、あの人が立っているのを見た。




* * * * * * *




 一人は、ジャン。

 人間に戻ったらしい。……戻ったというか、ネズミがイノシシになったという、か……。いやそんなことはさておきだ!


 イバラは消え失せていた。木の寝台の上に、アリーゼは横たわっている。そしてアリーゼを守るためにジャンは杖を、その男に向けている。戦意をむき出しにした顔。激しい。

 私たちの物音を聞いて、その男は振り返った。

 もちろん……その男のことは、


「ボルタスさま……」


 クラリーネ夫人がうめいた。首を振る。誰だっけ!? と緊急にノアに囁きかけて問うと、ノアは「ニーデルラントの大臣ボルタス! アリーゼが政略結婚させられる相手よ!!」と返してくれた。隣でぽんとシロウが手を叩いた音を、私の耳は聞き逃さなかった。

 いやいやいや、ちょっと待って。

「思い出したわ……」

 ノアが前に出た。


「あなた、前に言ったわね。ライナーさんが『アリーゼ姫はどこにいる?』てきいたとき。彼女は……四つ葉のクローバーを探しているって」


 あの、町にはじめて来たばかりの頃。ライナーさんがケンカしているのに行き会ったのだ。


『アリーゼ嬢がどこにいるか? そんなことを私が知るわけはあるまい。私が興味があるのは、君がお守りあそばしている伯爵閣下の『翠の女神像』だ。それ以外のものは私にとって無価値だ。アリーゼ嬢を見つけたければ、花畑でも探してみればいかがかな。あの夢見がちなお方なら、今頃きっと四つ葉のクローバーでも探しておられるのだろう』


「確かに……彼女の魂は、クローバーを探す像の中にあったわ!

 どうして知っているの? いいえ答なんかもう分かっている。それは、あなたが黒幕だったから! オパール団は、貴方の命令を受けて動いていた! そうでしょう、


 ……錬金術士、ラガート!!」



 彼は振り返った。そして私たち全員をゆっくり眺め回すと、優雅な仕草で胸に手を当て、一礼してみせた。




* * * * * * *




「つまり、どういう、ことだ……?」

 ライナーさんが展開を見失った呟きを漏らした。

 うん、その気持ち分かるっ。するとラガートが肩をそびやかせた。


「つまり、こういうことだよ。

 私は伯爵の女神像が欲しかった。あるいは、泡沫の宝玉でも良かった。それを手に入れるために、アリーゼ姫を必要とした。娘婿が『翠の女神像』を必要とすれば、伯爵は渡すだろう。それが不可能であれば、泡沫の宝玉を手に入れればいい。これは、北の国で死の国の門を開ける鍵となるアイテムだからな……。

 私は、女神像を手に入れるためならなんでもする。

 君たちのひとりやふたり、利用しても痛む良心は持ち合わせがないのだよ。さぁ、泡沫の宝玉を貸したまえ。それは君たちには無用の長物だ」


「貴方の生き様には深い感銘を覚えるわ! 私も、宝石のためなら何売っても構わないッ!」


 ノアが叫んだ。

 そして私たちはフリーズした。

「ちょ、ま、待ってくださいノアさん。なんなのそれ」

 ノアは周りの思いなどいっこうに頓着しなかった。いや、正義の為とか言われても困るかもしれないけど……まぁ、正義なんてこの場合ナニ? ってもんだけど。

 アリーゼを守るため? ジャンの恋心を守るため? クラリーネの思惑通りすすめるため? シャーリーたちは阻止したけれど……でも、彼らは彼らの望むところを邁進してた。んじゃ私たちはくだらない建前なんかふりかざすことなく、思うところをなすべきよね?

 つまり、

「泡沫の宝玉は私がいただく予定なんだから!!」

 こけそうになった。

「あなたにはぜったいにあげないわ錬金術士ラガート……!! いいえ、大臣ボルタス?」

 ふふふ、とラガートは笑った。


「無粋な名前は一時捨て去ろう。私のことは、ラガートで良い。

 今から私が君たちをねじふせたとしても……君たちとの契約は有効だよ」


 ばさり、とマントが翻る。

「コマンド戦闘は!? コマンド戦闘はっ!?」

「窓が立ち上がらない……ないね、これは」

「お助けベルはぁぁぁ?」

「ラスボス前にして無意味だよ」

「戦うのぉぉ?!」


 私たちは、向き直り、構えた!




* * * * * * *




 後ろを振り返った。

 シスター・セーラ。超一級の僧侶。イシューさん。戦闘のエキスパート。一人でミノタウロス倒せちゃう。ライナーさん、人気とレベル急上昇中の騎士様。たぶん何があろうと盾になってレディを守ってくれる。

 伯爵夫婦はおいておいて……。

 すごいメンバーが揃ってるのよね。うん、そして敵はラガート一人きり。

 ……圧勝じゃん?


「やい、そこの陰険眼鏡錬金術士! これだけの数前にしてちょっとでも勝てると思うなら、あんた頭が面白いことなってるのよ! 女神像に狂ったのは人生だけじゃないみたいね!!」

 とりあえず挑発した。

 すると、ラガートため息をつきながら頭をふった。


「それはもう、さすがにあなたたちに一人で勝てるとは、思いはすまいよ」

 右手を振りかざす。そこにあるのは、黒い宝石。それはいやな輝きを増していく。

「逃げろーーーーっ!!」

 ジャンが叫んだ。

 ラガートは指輪を外し、床に叩きつけた。


 そして。庭園の床が、波打った。

 起きあがる。まるで最初からそこにいたかのように。違うよね、床からいきなり生えてでてきたんだよね、なんの救いにもなりはしないけどそうだよね。

 ……この黒い竜!

 ブラックドラゴン!!


「神の力を持つというドラゴン……しかもブラックドラゴンではあるが、所詮それは私が作り出したものに過ぎない。だが、足止めには十分だよ。頑張ってくれたまえ。それでは」

 ラガートは私たちに背を向ける。


 そして残された竜は咆吼する。すごくでかい。トラックぐらいかなぁ……しかも俊敏そう。竜って鈍重なイメージもあると思うけど、これは尻尾も太くとがってて、すごく当たったら痛そう。獰猛そう。噛まれたら痛そう。

 レベルが違いそう。

「セーラさん! あの杖の力でずっと回復っていうの、やってください!」

「無理よ」

 セーラさんは首を振った。

「あれは敵も味方も構わず回復するのよ。戦闘が、終わらなくなってしまうわ」

 く……。

「ま、いいじゃないか。竜は私たちに任せたら。ね、セーラ。ライナー君。トルデッテ伯爵家チームだよ」

 にこにこしてそう言ったのはイシューさんだった。

「君たち、サラ、ノア、シロウといったね。三人に、あのにやけ面の錬金術士は任せよう……アリーゼ様のことは、頼んだよ。

「翠の女神像のためとはいえ、なんという男だろう」

 伯爵が言った。

「あれは、迷いいずる夢ともいう。あの男には、意味がない……あれは……うう」

 伯爵が額をおさえ、低くうめいた。

 それを隣で見ていた夫人が、小首をかしげた。

「あなた?」


 私たち、ラガートを倒すしかないみたい。

 決意を固めるこの数秒、既にイシューさんが竜にすごい一撃をくれた。蹴りで、竜の身体が浮いた。すごい。

 セーラさんがろうろうと呪文を詠唱するのがまるで歌のよう。

 そしてライナーさんも声をあげて向かっていった。


 そして私たちはラガート、そしてアリーゼを守るジャンの元へ。しかしあの錬金術士、まんま悪役だな。

「次シロウ行きなさい」

「な、なんだよ?」

「どーんと決め台詞言って! さぁっ」

 走りながらシロウはうなっていた。そして、三人で最後の戦闘場所に走り寄っていくと、シロウは叫んだ。

 どーん、と!


「ちょっと、待つのです!!!」



 なんで丁寧語やねん。




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