第48話 Level 2:もしもあなたがカエルなら♪ (倒します)

 通りかかる店店、すべてが気になる。花屋さんとか、お人形やさんとか、えらくファンシーなグッズを取りそろえた店や、怪しげな何に使うのか分からない武器が並んでる店もある。

「鎖屋」

と称する店にはもちろん大小とりどりの鎖がそろっていた。入り込んでしばらく眺めてしまった。

 鎖だけでなく、斧とか槍とか。弓、棍棒。他には正体が知れないなにものか、など。

「これはこうやって使うんだよ~! ほら、このボタンを押すととげボールが回転を始めるから、リズムを合わせて敵にぶつけに行くんだ! え、タイミングを外すと? ウーン……言いにくいけど自分にダメージが……」

 説明してくれたけど、とってもいらなかった。100ゴールドでいいと泣かれたけど。

 上級職用武器防具の店は入ること自体なんだか遠慮してしまう雰囲気があった。いや、入ってもいいんだけどね! この職業進みたいわ! なんて計画たててもいいんだけどね! なんとなくまだいいかな、なんて。

 入り口に立ってる吸血鬼みたいな雰囲気のお姉さんがにたりと微笑んで手招きしてくれたけど、後ずさって逃げてしまった。


 通りすがりに美味しそうなパンプキンパイを売っていたので、買った。

「う、うまー!」

 さくっとしたパイを囓りながら体力回復だ。いや、回復と関係なくても美味しいや。

「もしかして」

 ノアがパイを前にしてつぶやいた。

「私たち、こっちではいくら甘いものを食べても太らないんじゃ……」

「………!」

 ふたりでしばらく見つめ合ってしまった。

 パンプキンパイ、アップルパイ、チョコレートケーキ! イチゴのショート! 鳩サブレ、レモンドロップ、ミルフィーユにティラミス。チーズケーキ! ああああ、いくらでも食べられちゃうってわけね! リングワールド万歳!

「俺は、肉が食べたいなー。昔の漫画に出てきたあの骨付きのでっかい肉」

「いくらでも食べるがいい!」

 胸を叩いてうけおってしまった。


パーティの財布の中身

3630ゴールド

……マイナス60ゴールド

現在3570ゴールド



 そんな発見はともかくー、マハドール通りに来た。こちらはガラハドール通りの武張った雰囲気とは一風違う……「異国情緒」っていえばいいのかな。どこの国から見てもよその国感覚が漂う場所。

 昔話の魔女がさすらうのはこんな場所かもしれないな……

 にしては、人通りが多すぎる気がするけど。

「それは、あれですー」

 カンナが言った。

「どれよ」

「やっぱり魔法使いは人気がある職業なんですよ! 魔法を使ってみたいと思うのは、人々のおっきな欲求なんですねぇ。自然、そちら向けの商売の方が潤ってたりして」

「えー、そうかなぁ。魔法使いなんてMP切れたら動けないじゃない。私は断然戦士系がいいけどな」

 ブーンと飛びながら奴が会話に参加する。

「サラさんてRPGしたら魔法使いを使わないパーティだったでしょ」

「そうねぇ、えっと……戦士、武闘家、盗賊、賢者かな。しかも全員男キャラ」

「ムサッ」

 すごい顔をして言われてしまった。

 しかしやはり、魔法使いは多い。通りを行く人たちのほとんどが魔法使いだ。格好が軽装で、いかにも魔法使いでありますって感じのマントとか。ローブとか。とんがり帽子とかね。あと、杖。ノアの杖がとんだ初期装備に見えるほど凝った杖を持ってる人多数……

 中には右腕に杖がからみついていて、普通の生活に支障をきたすんじゃなかろうか、と心配になってしまうようなすごそうな武器もあった。


 顔の下半分が布で隠れた女の人がにこやかに近づいてくる。

「あなたたち、マハドール通りに来るのは初めて?」

「あ、はい。初めてです」

 赤い唇をした人だった。印象的な泣きぼくろ。色っぽい感じ。

「そうなの。私はシャーリー。ギルドに雇われている案内人なの。初めてのお客さんは是非案内してさしあげるように言われているのよ。もちろん、お金はいらないわ。……いかが? とりあえずこの通りの案内だけしても、いいかしら」

「はい!」

 シャーリーさんは上級魔道士。炎の魔法はレベル12なのだという。アラビアンな雰囲気の裾がきゅっとしぼってあるズボンに、頭からはレースのヴェールをかぶっている。

 ノアの見立てによると、

・ウンディーネの髪飾り

・魔法使いの服(アラビアン風味)

・レースのヴェール

・金色の杖

・素早い靴

だという。しめて3万ゴールドはかたい装備品の数々。なんでそんな人がガイド?

「ギルドで働いてらっしゃるんですか」

「え? えぇ。ただ働きみたいなものだけど」

「あれはこの通りの案内看板ですか」

「こちらを見て!」

 シャーリーさんは通りを指さした。太った商人が出てきた店があった。

「魔法使いの防具を売っている店よ。初心者向けね。でも、魔法使いの防具は基本的に高くなっているの。初心者にしても結構お金はとられると思って頂戴。そして、あちらが杖の店。魔法使い用の武器といったら、基本的に杖しかないわね。あちらの店にいけばいい説明がきけると思うわ。

 えーと……あちらが、魔法を教えてくれる店。火、氷、風、土の順番に並んでいるわ」

「…………」

 してもらっておいてなんだけど、あんまり丁寧な案内ではないような。

 地図見りゃ分かるだろ、みたいな。

 ま、まぁ文句をつけるなんて心の狭いことだわ。魔法の店、魔法の店かー。

「風と土か……風は味方のステータスを変えて、土は敵のステータスを変えるんだったよね」

 たとえば風の力を借りて味方のスピードを上げたりとか、大地の力を借りて敵の攻撃回数を減らしたりとか。毒にしたり、逆に解毒したり。戦いに決着をつける力ではないけど、圧倒的に有利になったり不利になったり、身につけておいて損はない力だ。

「次は氷か風にしようと思ってたの」

 ノアは言った。

「どちらかといったら風かな。私たち味方を回復する力ってほとんどないじゃない? だから、風だけでも覚えておけば結構有利になるかも」

 そうね。

 ……私とシロウは戦うしか能がないのだったわ。

「魔法を学ぶの! それならまず、魔力を回復するべきね。魔力がないのに店に入ると、金だけ取られるという結果に陥るのよ。今から魔力回復の薬の店に連れていってあげるわ。私が一緒に行くと、サービスしてくれる……」


「いいいい、いやっっっ!! カエル薬なんて、いらないわ!!!」





■ ■ ■ ■




 ノアは心の底からの大音声で叫び倒した。その声はきーんと耳をつらぬいていった、まるで尖った槍のように……うう、言葉を飾っても痛い。

「ん……?」

 シロウがなにか、指さした。そちらを見ると、猫が。可愛い白い子猫がいた。かわいい、と声を出しかかったときその姿がふいと消えてしまった。

 私とシロウは顔を見合わせた。

「幻?」

「え……でも、見たよね?」

 シャーリーはノアの剣幕にまごついている。

「薬って、カエルって、ああ、原材料のこと? そんなあなた、そんなこと気にしていたら薬なんて」

「でも、絶対いやなんです。カエルだけはいやなんです。なにがあってもいやなんです」

「ああ、お願いだから大声出さないで。見えちゃうじゃない」

「だってカエルだけは」

 私とシロウはまた顔を見合わせた。

 この、シャーリーって人……。

 史郎がゴーサインを出し、私は言葉を続けた。

「ノア、でもカエルは仕方ないんじゃない。アイテムには全部入ってるらしいじゃない、レアラも言ってたよね」

「全部だなんて聞いてないわよッ!」

 シャーリーはノアの大声に飛び上がる。慌ててなだめすかそうとする。

「ね、全部に入ってるだなんてそんなの、デタラメよ! 信じないで頂戴、お願い。いい店紹介するから、そこだと全品30パーセントオフでアイテムを提供するわ」

「カエルものを?」

「いりませんっ! 絶対いりませんっっっ」

「ないから。カエルはないから!」

「真実から目をそらしちゃダメよ、ノア。魔法使いにカエルはつきもの。あなたはこれから運命を甘受して生きていくさだめなのよ」

「カエルだけはーーーーいやーーー!!」

「叫ばないでぇ!」

「あ……ノアの足下に、アマガエル…………」


 囁きかけた。

 するとノアは、目をかっと見開き、足のつま先から頭のてっぺんまで十二分に空気を行き渡らせて発声したような、そこらへんの人たちがみんな振り向く大音声で悲鳴をあげたのだった。

 興奮してたところに、針を突き刺したようなものだった。

「あ、見えた!」

 シロウは姿を現した子猫に手を伸ばす。白く小さな猫は、案内看板の下に座り込んでいた。や、様子がおかしい。

 そしてシロウが猫に触ったときだった。ぱりーん! と音がして、猫の表面からがらすがぼろぼろ剥がれ落ちたように見えた。でもそれはガラスではなくて、

「呪いが、とけた!」

 シャーリーが叫んだ。

「畜生! あんたたち、おぼえといで!! バイト代がパァだよ!!」

 そして杖をふる、するとシャーリーの姿はカラスに化した。そのまま逃げていく。なんで捨てぜりふは口調がはすっぱなんだろう……? と、疑念を口にする暇もない。

 シロウは姿を現したまま消えない白猫を抱いて、ぽかんとしてそのカラスが飛んでいくのを見ていた。


 大声を出すと姿が見えてしまうけど、対象を見えなくしてしまう呪いだったわけね。

「………で、私に大声出させたわけね……?」

「あわわ。でもあの人も結構まぬけね! 呪いかけたんだったら、さっさとどっかにやっちゃえばばいいのに」

「呪いは条件が多いですからー。対象者を周りから見えなくしてしまうような呪いだったら、かなり高級ですから……たぶん、大声を出すと一瞬呪いがとける、呪いがかかったものはその場から動かすことができない、そしてまた、見えなくても触ることはできる、触ったなら呪いが解ける、ということだったんではないかと」

「そっか。だからシロウが触ったら消えなくなったんだね」

 シロウの中で子猫は安心したように眠っていた……わけではなかった。

「ねぇ。この子、変だよね」

 つん、と頭をつついてもぴくりともしない。

 まるで石のようにカチカチだ。その目は虚空を覗いたまま、身じろぎもしない。

「シロウのステータスを見ろ……」

 のそのそと出てきたハムスターが言ったとおりにしてみる。すると、シロウのアイテム欄に、


・石化した子猫


というのが増えていた。

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