第4話 連レヅレ
ヒュウ…ヒュウ…
ソイツは喉笛を鳴らし、虚ろに暗闇を見ていた。
「やった、これで17匹だ。」
満足げに笑うガキの姿が直ぐ傍にあった。奇怪な眸に虚ろを満たして、何処か歪んだ笑みを見せる。
「ザマーミロって。ああすっきりした。」
言葉とは裏腹のさ迷う眼が、ガキのひねた心を炙り出していた。
オレはゆっくりと地面の血溜まりに転がる小さな骸に近づいた。
…ニ…ャア……オォォ……ォォン……
霊声が木魂する。倒れた躯骸から白い靄がボウと浮き上がっていた。
オレは苦い顔で、靄と化したソイツを宥めすかす。
「悲シイ…悔シイ…か、」
その意を汲み取って呟くと、僅かに靄は震えた。まだまだ自分でろくにエサも取れぬチビだ、無理も無い。
理不尽に命を奪われれば、誰だって傷付く。そいつは人間に限った事ではない。
オレは一歩前に出て、ソイツの心を鎮めようとした。
「啼くな…もう。遅かれ早かれ閉じる命ダッタノだろう?」
礫がオレを目掛けて飛んできた。寸での所で黒尾の小手にて叩き落とし、オレも応戦する。
激しく風が渦巻き、往生を拒むように、吹き荒れている。やがて靄は漆黒となり、風が唸り、ソイツが化ケ物に変化しかけているのに気が付いた。
「疾ク逝けよっ。次の世が待っている。」
オレが促すもソイツはまるで聞く耳持たずで、尚一層暴れようとする。
「待てっ、少しはオレの話も聞ケッ!!」
とうとうぶちキレて、オレはソイツを力任せに投げ飛ばした。
…ビョオオォォォォォ!!
轟音が辺りを
それは、あのガキが走り去った跡だ。
渦巻く気配が重苦しい。
…ニクヒ…ニくひ…ニクひ…憎イぃ─!!
完全な、憎悪一辺倒の気溜まりであった。細く憫笑うオレは眼を眇め、躊躇うこと無くソイツを咬み掴む。そして、一気に砕いた。
…びやャアァァァァァ
辺りは何事も無い、元の静けさに戻った。
ただ、小さな子猫の死骸がぽつん、と、冷たい夜気に野晒しにされていた。
再びニャアニャアと、もがく声が聴こえる。暗闇に動く人影が、不自然に蠢いていた。声は勿論その人影のすぐそばだ。
オレは闇より出でて、ゆっくりとガキの人影に近付いた。背を向けているわけではないが、オレがアチラ側の存在であるのと、ガキが猫を絞めるのに夢中なのとで、全く気付いて無いらしい。
「いい加減ニしろよ、オイ。」
ドスの効いた声音で、オレは何の遠慮もなくガキの上に乗った。
「うわっ!?なっ!?」
びっくりし過ぎて、次の言葉が紡げないらしい。
気にせずオレは、ガキを震え上がらす唸り声で、愚かにも行おうとしている行為を制した。
「いくら命ヲ奪おうが、テメェの苦悩、転嫁出来る訳ねぇだろうガっ!! このスットコドッコイっ!!」
バチコーン、と空っぽに響くガキの頭蓋を殴り飛ばすと、何処からとなく風が嗤う。その匂いにオレは苦笑を隠せなかった。
ガキは口から泡ふきかけて、びくびくと震えてやがる。
猫が人間の言葉を喋る訳がなく、尻尾が三つに分かれる筈もない。況してや頭を叩かれたのだ。
「テメェん中の苦しみはナァ、テメェん中で片付けろヤ。」
オレは仰向けに倒れたガキの胸元に乗り、眸をギョロリとさせて顔を近付けた。
「今度、他の命を奪おうとしたら、呪ッテヤルからな。」
白眼を剥いて小便チビったガキを今一度足蹴にし、オレは闇へと姿を消した。
暫くはこれで犠牲になるものも少ないだろう。フーッと息を吐き出し、真っ黒な天を仰ぎ見る。
ガキの為ではない、標的となるモノの為でもない。
ただ埋マル事の無い、この心が叫ぶ。
もう誰も、オレの様にはなって欲しくないノダ。
惨めな姿を闇明かりにさらして、オレはヒトリ孤独に哭いた。
小さい翼が滑稽にオレの頭をぽんぽんと慰めた。
「そんなことがアッタな。」
苦笑いでいるオレを、目の前の雀は頷いて揶揄する。このオレを見下し、あまつさえ説教を垂れた。
オレはただただ苦く笑顔を携え、そんな逞しい雀との語らいを、満喫する。
あのろくに生きれなかったチビは、今や何羽もの小雀達を巣立たせた立派な母雀となっていた。
本当ならもっと上位の生命を承けても良かったろうに。雀はそれを蹴って今の生を選んだらしい。
「でもマタ何故に雀?」
チチッ、と羽ばたいて高らかに笑う。
“アンタみたいな間抜けの餌食にならない為よ。”
それでも猛禽類や小型肉食の獣共に狙われるだろうて。オレは薄ら笑い、浅はかだったのかと己を振り返った。
“バカね、愚かな人間に捕まるヘマなんて、もうしないわ。”
母雀は精一杯胸を張り、誇らしげにのたまわった。その姿が眩しくて、オレは眼を眇めてみる。
“いつでも、大空に飛んで逃げる事が出来るんですもの。”
「………。」
化け物にならなくて良かったな。オレは彼女の生き生きとした姿に、そっと感嘆の息を溢した。
命を紡いでいく方がどれだけ力強いか。どれ程逞しいか。
オレはそう、思う。
チチ、と再び雀が鳴いた。
“アンタも良かったわね”、と。
それだけ言って、笑いながらパタパタと、雀は嬉しそうに飛び去っていった。
オレはソイツが飛んでいった空を眺める。
「三ツ又、そろそろ飯にするぞぉ。」
部屋の奥から琢磨の呼ぶ声がした。それに合わせ、今一度思い切り伸びをして、オレは上機嫌で屋根から降りて、飯にありつきに家の中へと駆けていった。
ツレヅレなる日々こそが、何よりも一番、かな。
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